2009

11.20

「コイカツ-恋活」坂井希久子

コイカツ―恋活コイカツ―恋活
(2009/07)
坂井 希久子

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柿崎教授の、ソフトな命令口調が好きだ。さあ、お踏みなさい。最初は、シュークリームだった。今、私の足元にはゴカイの山がある。釣りのエサに使う、ムカデの子分みたいな虫だ。えいやと踏み潰す。サンダルを通して、弾力のある柔らかいものが弾ける感触が伝わった。後はもう無我夢中だった。ぐちゃり、ぐちゃり。教授は床に頬をつけて、至近距離でゴカイの大虐殺を観察していた。小さな生き物が踏み潰される瞬間に性的興奮を得る。そういう世間様に認められがたい性癖を、柿崎教授は持っていた。フェチ教授と女子大生の崇高な関係。(「かげろう稲妻水の月」)

香織は専門学校に通うかたわら、チャットレディのアルバイトをして学費を稼いでいた。音声と動画つきのチャットサービス。バーチャルなキャバクラか、映像つきのテレクラみたいなものだ。きららちゃん。呼びかけられて背筋が凍った。それは源氏名だった。香織は声を震わせながらその名を呼んだ。冷凍まぐろ…。冷凍まぐろは独占状態でログインしてくれるヘビーユーザーだった。おびき寄せて捕まえる。彼氏の秀樹は自信満々にそう提案した。ところが血判つきの誓約書を書かされたにも関わらず、冷凍まぐろは香織の前に姿を現し続ける。ネット美女に恋をしたオタク青年の純情。(「チャット・ガール」)

裸主義に目覚めた同僚の藤原は喋り通しだった。だが俺は俺で大変だった。かれこれ五年も同棲している佳苗との仲がこじれて、彼女が実家に帰ってしまった。でも結婚となると話は別。俺は筋金入りの独身主義者だ。佳苗も昔は同じ意見だった。かつては、子供なんて一生産まないと宣言していた。仕事にブランクができるし、それ以前に子供にあまり興味がない。俺の考えもまったくその通りだ。どうして子供なんてほしくなったんだ、と聞くと、佳苗はこう答えたものだ。子宮が呼ぶんだわ。女の性っていうやつ? 独身主義が一転、彼女に子供が欲しいと言われ。(「素っ裸の王様」)

冴子が仕事から帰ると、同棲相手の崇が玄関に飛び出して来た。花粉症が寄生虫で治る。健康番組でやっていたらしい。その教授は寄生虫学を専門にしていて、自らも腹にサナダムシを飼って喜んでいる、一風変わった名物教授だ。冴子は健康雑誌の編集をしている。その番組も毎日録画していた。崇は強くて逞しくて、風邪なんかひいたこともないってタイプだ。その崇が突然花粉症を発症したのは二年前。かなり重症だった。だからといって寄生虫を飼いたいと言われても、賛成できるはずがない。同じ風呂やトイレを使う身にもなってくれと言いたい。彼氏が突然お腹のなかに寄生虫を飼いだした。(「虫のいどころ」)


こういう変テコな性癖や恋愛の作品は普段なら好きだ。しかし、どうも乗りにくい。著者のユーモア感覚と自分のそれとが合わないのだ。全体的にチョイスは面白そうなのに、題材が生かし切れていない。作品の面白さを左右する起承転結も平坦。執筆当時「SMクラブの女王様」だったかもしれないが、それとは作品の評価は別。なぜこんなしょうもないことを公表しているのかが疑問でしかない。もっと練ってから書いていれば、違ったものになっていた可能性がある。そこが惜しい。

個別の感想を短くあげてみると、まず「かげろう稲妻水の月」は、虫嫌いにとってはおぞましいだけで、踏み潰す場面は鳥肌しかでてこない。でもこれは個人的な嫌悪なので気にしない頂きたい。途中でぷっと笑える場面もあったからだ。次の「チャット・ガール」は、某大賞受賞作と似た内容で、パクリ疑惑は別にしても、比べるのも某作品に対し失礼になるほどのお粗末。「素っ裸の王様」は、一番マシな作品だった。裸思想に染まっていくこのバカっぷりは突き抜けていた。バカになるのに理由はいらない。最後の「虫のいどころ」は、女性の心の内面なのか、寄生虫嫌いなのか、読ませたい焦点がぼやけていた。もっと早くに寄生虫を飼いだしても良かったのでは。

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    2009

11.18

「WILL」本多孝好

WILLWILL
(2009/10/05)
本多 孝好

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「MOMENT」の姉妹編。葬儀屋を営んでいた両親が事故で死んだのは、森野が高校を卒業する間際だった。誰かに任せるのもおかしなものだから、両親の残した店で葬儀をした。喪主とも葬儀屋ともつかない立場で、どちらの立場にも立てないまま、彼女の目の前で葬儀は淡々と進み、気づいたときには終わっていた。それ以来、何となく店を継ぐ流れになり、森野は両親が残した葬儀店の社長となっていた。二十九歳になった現在も、親の代から働いている古株の竹井と新人の桑田、二人の従業員とともに、古ぼけた商店街の片隅でちっぽけな森野葬儀店を経営している。

月に一、二度ほどのペースで、神田は電話をくれる。森野と同じ年に、同じ商店街に生まれた幼馴染だ。同じような環境で高校まで一緒だった彼とは、十八から違う道を歩き始めた。森野は葬儀店を継ぎ、そのときとさして変わらない今を過ごしている。神田は大学を卒業したあとアメリカに渡り、今は出版物を翻訳して出版することで生計を立てている。彼はもう幼馴染ではなかった。一緒に暮らそう。その言葉は涙が出るくらい嬉しかった。けれど森野は行けなかった。あのとき以来、神田の態度は変わらない。動けない彼女を、せかないし、なじりもしない。今後については、森野自身が結論を先送りにしたままだ。

そんな森野のもとに、仕事で関わった「死者」を媒介にした、数々の不思議な話が持ち込まれる。高校時代の同級生・佐伯杏奈の父親の葬儀。その故人が幽霊になって現れたと甥っ子は告げ、死者の描いた絵が突然送られてくる(「空に描く」)、一度執り行われた老人の葬儀を、喪主を代えてやり直したいと要求する愛人を名乗る女(「爪痕」)、故人の生まれ変わりだと主張する少年が現れ、本人じゃなければ知らないことをいっぱい知っている(「想い人」)。死者は一人で起きたりはしない。生き残ったものが死者を起こすもの。死者を眠らせるのが森野の仕事。それぞれに潜む「真実」を、森野は探っていく…。

死を扱った作品であることはいつもと同じだが、今回はよりオーソドックスなミステリとなっている。森野葬儀店が関わった故人の周辺で起こる不思議な謎。それを探偵役となる森野が聞き込み調査をし、真相を明らかにしていく。そして、神田との遠距離恋愛の気になる行方と、森野としか明かされていないヒロインの名前の謎とが相まって、三編の連作集でありながら、実は一つの長編作品であるという構成になっている。作品として無駄な部分はなく、綺麗にまとまっている。しかし、本多作品って、こんなにもスマートだったかしら。悪意ある人物が若干一名登場するが、そういう心の暗い部分をぐいっと突いてくる作家であると思っていた。そこは少し拍子抜けの感があった。でも、優しい作品であった。


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    2009

11.17

「ほんじょの眼鏡日和。」本上まなみ

ほんじょの眼鏡日和。ほんじょの眼鏡日和。
(2005/11/16)
本上 まなみ

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庄内平野の四季を感じた祖父母の家でのお泊まり。人生でいっとう最初に見聞を広げはじめた幼稚園のときの断片的な記憶。春に思い出す小学校入学にまつわる文房具。妹と二人だけで山形に行くはじめての夜行列車。乗組員のペットが行方不明になるロングドライブ。子どもの楽園だった先生には入らないようにと注意されていた場所。お弁当で思い出す運動会のへもい記憶。強くてたのもしいおかん。

おかんの手作りよりもお肉屋さんの揚げたてメンチカツ。ふーふーしながら食べるのがうれしいあつあつのごちそう。伝授する鮎の一夜干しの作り方。心温まるゆるゆるのひとときはお茶の時間。はじめて調理する注文品のナマコ。鍋の人生について考察するお鍋の不思議。眼鏡がこわれた瞬間のマヌケ面を他人に見られたくない恐怖症。誕生日のサプライズパーティー。六月といえば苦手な衣替え。はじめての声優はおでんくん。「ハウルの動く城」を見て。

他に、毎回発見がある小さな旅と遠い旅行の風景、大好きな動物のはなし、本のことなど、記憶を掘り起こしたエピソードや、日常の中で見つけた大切に思うこと、疑問などを書き連ねたエッセイ集だ。意外な視点が新鮮で、あたたかく親近感のわく文章は、彼女が見た風景そのままを読者にも届けてくれるような錯覚を与えてくれる。そして、ふつうの人なら嫌がるような事柄でも、彼女にとってそれはおいしいネタになる。意外とたくましいのだ。さらに、鶯まなみ名義の短歌にも独特な味がある。人とは違う側面から見ることのできる感性。それは才能だと思う。

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    2009

11.16

「凍土の密約」今野敏

凍土の密約凍土の密約
(2009/09/12)
今野 敏

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警視庁公安部外事一課に所属する倉島達夫は、登庁したときにはまず、自販機のコーヒーを飲む。明日は、もう味わうことなどできないかもしれない。それが公安の仕事だ。そう腹をくくったときから、朝のコーヒーは、倉島にとって神聖な儀式となっていた。その日、上田係長からなぜか特捜本部に行くように命じられた。警備企画課は、倉島を名指しだったという。ゼロというのは、警視庁の警備企画課内にある情報集約のための組織だ。かつて、ゼロは、サクラ、その後はチヨダと呼ばれていた。全国の公安捜査官からの情報を吸い上げ、それを分析し集積している。

被害者はロシア大使館周辺で街宣活動をやっていた行動右翼の幹部。公安三課によると、ロシア大使館から右翼団体に金が流れていたようだ。二日後、ロシアとの密貿易を資金源にしていた暴力団の組員が殺害された。二つの事案は凶器が同一であることが明らかになり、その手口から同一犯人で、間違いなく殺しプロの犯行と思われた。プロということは、雇った者がいるはずだ。さらに、第三の事件ではロシア人の経済スパイ、第四の被害者は公安捜査員に協力していたロシア語の教授が殺害された。

刑事VS公安という図式はよくあるパターンだが、刑事視点による公安は不気味だというものがほとんどだ。ところが、本シリーズでは一貫して公安側の視点で事件を追っている。警察が国家権力を守るために存在するのに対し、公安は日本という国家を守るのが仕事。諜報機関であり、スパイなのだ。扱う事案の性格がまるで違うので、捜査の方法も違ってくる。刑事に必要なのは、証拠だ。そこが、公安とは違う。公安は事実だと納得できる情報があればそれでいい。そして組織捜査よりも、単独行動が多い。また必要とあれば事件そのものに蓋をする。まっとうなもの読みたい人にはおすすめできない。でもおもしろい。

そしてもうひとつ特徴的なのが、ロシアという国を知れば知るほど嫌いになっていく点だ。ロシアは、社会主義国ではなくなった。だが、それは表面上のことで、巨大エネルギー産業やマスコミはどんどん国の管理下に置かれている。反政府的なジャーナリストが政府によって暗殺されている。それが政府によるものかどうか、明らかにされたわけではない。また自分たちの国益のためなら、何をしてもいいと、ロシア人が常にそう考えている。そういうキナ臭い部分を、著者は題材にし続けている。大丈夫なのか。そんな心配をしつつ、さらなる成長を重ねていくだろう倉島の今後も期待できそうだ。


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今野

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今野敏
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    2009

11.14

「ラストダンス」堂場瞬一

ラストダンスラストダンス
(2009/09/18)
堂場 瞬一

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ドラフト二位で即戦力と期待された樋口のプロ入りしてからの十八年間は、タイトル争いに絡むどころか、一軍の準レギュラーレベルだった。主な仕事は守備固めと、レギュラーのキャッチャーを休ませる日の先発。年間百試合以上出場したシーズンは四回しかないし、規定打席に達したことは一度もない。打撃では何も期待されていない選手だった。そして今、四十歳になって二軍落ちしている。怪我もあったが、一軍にもう居場所がないのは明らかだった。

真田誠。ドラフト五位でプロ入りしてからはあっという間にのし上がった。稀代のトリックスター、ショーマン、そして大エース。最多勝三回、最優秀防御率三回、最多奪三振二回。唯一二十勝ラインに達した年には、この三つのタイトルを揃えて投手三冠に輝いている。一方で、その四年後にカムバック賞を獲得したのは、頻繁な怪我で苦労している証である。何回かの大きな故障がなければ、とうに二百勝ラインに達していただろう。今年も怪我で出遅れ、八月に入ってまだ二勝六敗。

プロ野球「スターズ」の同期、真田誠と樋口孝明。今季、球界最年長・四十歳の二人に引き際が訪れた。二軍監督要請という形で引退勧告を受けた樋口に対し、真田はシーズン半ばで突然引退会見を行う。ところが引退宣言以降の登板で真田は連勝。球団上層部も巻きこんだ真田劇場が開幕し、低迷していたチームも優勝争いにからむ快進撃を始めた。シーズン終盤、正捕手の負傷で一軍に昇格した樋口と真田にあの日以来となる十七年ぶりのバッテリーを組む日が到来する…。

この作家のスポーツ小説は安心して読むことができる。いや、それどころか、対照的なタイプの二人が引退を目前に控え、十七年前にただ一度だけバッテリーを組んで大敗をしたことで避けあっていた二人が、お互いを認め合うようになっていくところに引き込まれ、そこに快感がもたらされた。また試合の中で選手同士が繰り広げる駆け引きと、しんと静まった臨場感がたまらない。手に汗握るとはまさにこのこと。野球に興味がなくても、夢中に読ませてしまう吸引力がここにはあった。


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    2009

11.13

「雪だるまの雪子ちゃん」江國香織

雪だるまの雪子ちゃん雪だるまの雪子ちゃん
(2009/09)
江國 香織山本 容子

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山のふもとの、小さなしずかな村のはずれに、雪だるまの雪子ちゃんはひとりで住んでいる。雪子ちゃんは雪だるまですから、雪でできている。でも雪子ちゃんは正真正銘、野生の雪だるまだった。そして、そのことをたいへん誇りに思っている。じっさい、雪子ちゃんがはじめてふつうの雪だるまを見たときの驚きようといったらなかった。こわいと心も体も凍りついたようになって、一歩も動けなかった。そんな雪子ちゃんの性質を、誰よりも心配していたのは雪子ちゃんのお父さんであった。野生の雪だるまはみんな、そもそもひとりでこの世に生まれてくるのだが、家族の記憶を抱いて、雪だるまたちは生まれる。

「こわいと思ったら、力いっぱいにらみなさい」記憶の中の雪子ちゃんのお父さんは、まだ小さかった雪子ちゃんに、たびたびそう言いきかせたものだった。そういうわけで、雪子ちゃんはこわかったので、すこしはなれた場所から、でも、力いっぱい――。ややよごれた雪でできたその巨大な雪だるまは、にらみかえしてこなかった。ところで、お父さんの助言にはつづきがあった。世の中には、にらみつけるまでもなく危険なものもある。火とか、のどをかわかした動物とか、わるい人間とか。そういうものには近づいちゃいけない。いまのところ、雪子ちゃんの知っている人間たちはぜんぶいい人だった。

お友だちの百合子さんは、もうずいぶん年をとっていて、しわしわですが、元気で陽気な女の人。彼女は画家で、雪子ちゃんの家のお隣さんである。たるさんは百合子さんのお友だちで、雪子ちゃんともお友だち。三人は、夜おそくまで、おしゃべりしながらトランプに興じる。家の天井うらや壁のすきまに住んでいたねずみたちは、雪子ちゃんがあとからやってきて家をとってしまったようで、すこし気がとがめ、おわびと友好のしるしにごちそうする。ちなみとりゅうは家が隣どうしで、同じ小学校の、おなじ組。雪子ちゃんは気がむいたときだけ、ちなみとりゅうのいる小学校にかよいはじめた。

雪だるまの雪子ちゃんにとっては、毎日が冒険。学校にいくことも、字が読めるようになったことも、お友だちができたことも、こわがるあまり凍りついてしまわないように気をつけることも、お散歩も、夜のドライブも、たき火も、雪合戦も、なわとびも、よその家からのおまねきも、野性動物を見つけることも、毎日が新しい発見の連続。雪子ちゃんはいつか「とけちゃう前に」たくさんのものを見る。ささやかな喜びを見つけて一日を大事に生きることは、すなわち命のきらめき。一見かわいらしさに目がいきがちだけど、楽しく生きることに貪欲な雪子ちゃんは、立派な野性の雪だるまであった。


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江國

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江國香織
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    2009

11.12

「初恋ソムリエ」初野晴

初恋ソムリエ初恋ソムリエ
(2009/10/02)
初野 晴

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穂村チカは高校の入学祝いに買ってもらったフルートを片手に吹奏楽部の門を叩いた。そこで幼なじみのホルン奏者・上条ハルタと再会した。吹奏楽部は部員不足のため廃部寸前の崖っぷちにあった。二人は恋する草壁先生と部員集めに奔走して、秋にはオーボエ奏者の成島さん、冬にはサックス奏者のマレンという素晴らしい仲間が加わった。しかし現実問題として部員は十七人。チカとハルタも二年生になる今年度の新入部員獲得は重要だ。吹奏楽部の甲子園「普門館」につながるコンクールに出場できるバンド編成になれるかどうかの正念場でもある。しかし、気づけば不可解な謎にまきこまれて……。高校の吹奏楽部を舞台に繰り広げられる青春ミステリ「退出ゲーム」の続編。

その痕跡が見られるようになったのは春休みの初日からだった。春休みの間の音楽室は、午前中は吹奏楽部、午後は合唱部に割り当てられている。ゆえに音楽室の鍵を開けるのは、一番早くきた吹奏楽部の部員の役目だ。音楽室の鍵は職員室にあり、鍵開け当番の先生にひと言いってから鍵を取って向かう。ところが音楽室の鍵がない日が何日かあった。先にだれかがきているのかと思って音楽室に向かうと、鍵がかかって入れない。首を傾げながら職員室に戻ると、あるはずの鍵がある、といった具合。犯人はプロ志望のクラリネット奏者・芹澤直子だった(「スプリングラフィ」)

チカはラジオが持つ魅力にはまってしまった。ローカル局FMはごろも。カイユという素人のパーソナリティが、お爺さんやお婆さんを七人集めて、リスナーの人生相談に答える。吹奏楽部は部活動の予算に頭を悩めていた。楽器の維持費や、合同練習や発表会にもお金がかかる。そこに生徒会長の前に地学研究会の部長を連れてくれば、地学研究会が辞退した予算をスライドしてくれるという。彼女の名前は麻生美里。地学研究会は昨年大学と活動を共にして実績をあげた。ところが今年になって麻生たちは途中下車した。(「周波数は77.4MHz」)

草壁先生が過労で倒れて入院した。藤が咲高校吹奏楽部からのヘルプ要請を断り切れずに掛け持ちしたのだ。彼らの部活の顧問が突如自宅謹慎の身になった。処分を下したのは校長先生。教員にもクラスの生徒にも事情の説明はなかった。そして理由がいっさい伏せられた謎の席替え。一ヶ月の間に席替えが三回もあった。鍵を握るクラスの生徒たちは沈黙しているし、当事者の先生も真相を語らない。ハルタとチカ、そして新たに入部したカイユの三人は、流しの生徒となって藤が咲高校に乗り込んで、謎の席替えと自宅謹慎の真相を突き止める。(「アスモデウスの視線」)

初恋研究会代表初恋ソムリエ・朝霧亨。興信所の三代目を継ぐ予定の朝霧が部長を務める文化部で、初恋は嗅覚によって生まれた感情だと仮説を立て、初恋当時の状況を正確に再現し、記憶から、誇張や歪曲という要素を取り除いた、純粋な情報のみを抽出して鑑定するらしい。どうやら芹澤直子の叔母は初恋の人捜しを彼の父に依頼したところから、その胡散臭い朝霧と会っているそうだ。芹澤に泣きつかれた吹奏楽部は、選抜隊ふたりを選び、初恋研究会に送ることになった。チカとハルタは、成り行きで叔母の初恋の真相を解明することに。(「初恋ソムリエ」)

ミステリとしては若干トーンダウンしたところが見受けられるが、新入部員の勧誘という前作にあった要素を引き継ぎ、また発明部のような他の怪しげな文化部が登場し、その部長がとても個性的で魅力ある人たちで、チカとハルタの漫才のようなやり取りも健在だった。「退出ゲーム」と比べても遜色ないぐらいの水準を保った点は評価したい。どうしても二作目となると、狙いすぎが裏目に出てしまうからだ。そして彼らの部員集めのその後が気になるように仕向けてあるところも巧い。今回は入部するまでに至らなかった芹澤直子は、三冊目に突入して仲間になるのか。さらに同じ人を想うチカとハルタの恋の行方は?(笑) おもしろかったです。

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    2009

11.11

「新参者」東野圭吾

新参者新参者
(2009/09/18)
東野 圭吾

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日本橋人形町。都営新宿線を降りると、明治座の前を通り、清洲橋通りを渡ると人形町に向かう。反対側から、脱いだ上着を肩に担いだワイシャツ姿の男性が何人も歩いてくる。都営浅草線の人形町駅に行くまでの小さな商店街が甘酒横丁だ。お世辞にも、最先端の街とはいえない。洋服店に飾ってあるのは中高年女性をターゲットにした商品ばかりだし、昼間は爪楊枝で歯を掃除しながら歩くサラリーマンが歩道を占拠する。唯一の取り柄は、昔ながらの江戸情緒が残っている点だ。

人形町にほど近い小伝馬町で殺人事件が起こった。独り暮らしの四十五歳の女性が、自宅マンションで首を絞められて死んでいるのが発見された。部屋は荒らされておらず、顔見知りの犯行の可能性が高いらしい。被害者の女性は最近夫と別れて、自立した生活を始めたばかりだった。息子とも殆ど会っておらず、なぜ縁もゆかりもない日本橋にやってきたのかも不明。この街にとっては謎の新参者というわけだ。そして新参者がもう一人。練馬署から日本橋署に赴任して間もない刑事の加賀恭一郎だ。

被害者の部屋を訪れていた保険屋のアリバイを証明する煎餅屋「あまから」、被害社宅にあった人形焼きと同じものを買っていた小僧が働く料亭「まつ矢」、被害者が立ち寄っていた嫁姑問題に悩む瀬戸物屋「柳沢商店」、犬の散歩の途中でよく顔を合わせていた「寺田時計店」……。加賀はふらりとそれらの店を訪ねて事件について聞き込み、人々の家族間で抱えている秘密の苦しみから解放し、なおかつ殺人事件の真相に少しずつ迫ってゆく。全九章で構成された連作短篇でありながら長編でもある巧い作品。

なんと言っても加賀刑事が格好良すぎ。飄々とした表情で人々と紳士に向き合い、手柄を上げようと焦らずに、いつも冷静に鋭い洞察力を駆使し、人情味溢れる自分だけの信念を強く持ち、そして、いつの間にか住人に認められ街に溶け込んでいる。空気のような存在でありながら、その存在感はとても印象的だ。だが本書の主人公はあくまでも被害者の関係者や人形町の住人たちだ。そんな彼らの一時の潤滑油となるのが加賀刑事である。下町の家族小説としても読め、上質なミステリとしても堪能できて、満足感を存分に得る作品であった。

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    2009

11.10

「ハング」誉田哲也

ハングハング
(2009/09/16)
誉田 哲也

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警視庁捜査一課第五強行犯特捜一係は、重要未解決事件の継続捜査や、強行犯に係わる特命捜査を手掛ける部署である。津原英太巡査部長が所属する通称「堀田班」は、主任の堀田次郎警部を筆頭に、冷静沈着な先輩刑事の植草利巳、馬鹿を演じ続ける同期の小沢駿介、できの悪い弟のような後輩の大河内守の五人で編成されている。堀田班の若いメンバー四人は、休暇になると植草の妹・遥を誘って何度も飲み会を続けていた。大河内は遥のことを想っている。それを承知の上で、同じく遥に想いを寄せている津原には、彼を指し置くような真似はできなかった。彼はあらゆることを津原に相談し、また津原もそれに答えてきた。

赤坂の宝飾店の経営者が刺殺されたが、犯人を逮捕するには至らず、捜査本部は解散。捜査は打ち切りとなっていた。ところが被害者の長女が遺品を整理したところ、店内の様子を撮影したビデオテープを発見。監視カメラの映像には犯行の九日前に起きた強盗未遂の場面が録画されていた。再捜査にあたった堀田班は一気に犯人にたどり着き、自供も得るが、突然メンバー五人に移動の辞令が出た。そして迎えた初公判で犯人は、植草に自供を強要されたと言い出し、名指された植草は首を吊った。これには裏があると睨んだ津原は、警察をやめて雑誌記者になった小沢とともに、植草の身に起こったことを調べ始める。

そうして津原は巨大な闇に足を踏み出し、一人、また一人と大事に思う人を次々と失っていく。その闇に蠢いているのは、国の政治を裏側から操る謎の大物、元警察庁長官で財団法人の理事、元警視庁刑事部長で現在は関東管区警察局長、彼らの手足となって動く現役の警視庁捜査一課主任、そして、殺しによって世間と繋がっている「吊るし屋」と異名をとる殺し屋。気がつけば正義感を通り越し、怒りで突き進んだ津原自身も、深い闇に呑み込まれ、後戻りできないところにまで到達していた。その危うい結末とは。

刑事小説と思いながら読んでいると、いつの間にか悪漢小説へと変貌していた。これにはちょっとビックリ。誉田作品といえば刑事もの。それを知っている読者を巧く裏切った感じの作品だ。また、剣道を扱った青春小説しか知らない読者にとっては、尚ビックリの作品内容だろう。いったい何人の死者がでるのか。実はこれが誉田作品の本性なのだ。死人がでない「武士道」シリーズの方が異色作だったのだ。元々ホラー出身だけあって、容赦なく人を殺す。それも無残に。趣味悪いだろうが好き!

最近、人気が出だした誉田作品だが、無事に受け止められるのだろうか。そこが心配。

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誉田哲也
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    2009

11.08

「殺気!」雫井脩介

殺気!殺気!
(2009/09/16)
雫井脩介

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何か変だ。殺気……。大学生の佐々木ましろがアルバイトをしている健康食品ショップに客を装った男が強盗に入るが、ましろのお手柄で犯人は逮捕された。ましろには予感があった。犯人の攻撃的な感情の起伏が手に取るように分かった。もちろん、だからこそ怖かったという面もあった。ましろは小六のとき、連れ去り事件に遭ったことがある。空きビルに監禁されていたところ無事に保護されたが、犯人は不明のままだ。ひどいPTSDに陥るほどのショックを受けたましろは、心理カウンセラーの催眠療法で記憶を封印されて、事件のことを思い出せなくなった。そのためか、警戒心が研ぎ澄まされて、周囲の「殺気」を敏感に感じ取ってしまうのだ。鮒田店長の彼女だというタウン誌記者の丸山次美は、ましろの不思議な力に興味を持つが、記事にはしないと約束してくれた。

成人式の夜、ましろは野辺理美子と小学六年生以来の旧交を温めあった。小学四年生のましろが鹿児島から多摩が丘に引っ越してきたとき、最初に声をかけてくれ、友達になってくれたのは理美子だった。小学六年生のとき、父親を事故で亡くしてから、理美子は変わった。そして、ましろも拉致・監禁された事件があり、当時は自分のことで精一杯だった。中学生の頃の理美子はいわゆる不良グループとつるみ、いつも不機嫌な顔を見せていた。ましろも荒んだ理美子を敬遠していた。それから月日が経ち、二十歳になった理美子は有名な建築デザイナーと付き合い始め、すっかり幸せになっていた。一方でましろは過去の事件の真相が気になりだす。理美子の父親が崖から転落死したのも、ましろが拉致・監禁に遭い、救助されたのも同じ日の出来事だったからだ。

こう書いていると陰湿な作品に思われるかもしれないが、作風は真逆である。バイト先で店長と無駄口を叩き合い、同じ大学に通う坊ちゃんタイプの友部やいとこの深紅姉とバカを言い合ったり、ファッションコンテストのイベントに友人の仁美と参加したりと、今風の大学生活を日々エンジョイしている。とにかく意図的に軽いタッチの物語を心がけているようだ。そうしたところに突然かつての同級生が事件を起こし、そこから沈痛モードに突入する。封印された記憶、拉致・監禁の真相が明らかになるとき、不快な殺気を放つ人物と向き合うことになる。この結末がほろ苦い。そして、カッとするたびに行動してしまう人物がひとりいるのだが、いつか本当に殺人者になってしまうと確信。自分がましろの立場ならとても許せない。そこだけが読後感を悪くしていた。

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雫井脩介
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