2009
ゆずゆずり (2009/03) 東 直子 商品詳細を見る |
今の住まいは、「仮住まい」と呼ばれるもので、わけあって、元の家を建てた組織からあてがわれて住んでいる。このマンションの一室に、最近やっとなじんできたところであった。同じ部屋に仮住まいしている同居人を、生まれ月にちなんで、イチ、サツキ、ナナ、と呼んでいる。わたしは、シワス。シワスは、まだ一度も会ったことがない人の書いたものを読み、しばし思考したのち、解釈および感想を述べる仕事をしている。
この人工都市は、数十年前までは、野生生物があまた生息する深い森だった。自宅から二十分ほど歩くと、人工都市は突然途絶え、開発されなかった自然のままの森の中に入っていくことができる。シワスは、ときどきその森の中に入って、一人で散策する。同居人と一緒に食事をし、映画のビデオを見て、植物を育て、おしゃべりをする。そんな人工都市での日常の狭間で、シワスの思考はあちこちに飛び、妄想は膨らみ、空想は回遊する。
そんなある日、「仮住まい人」をそろそろやめようか、という話が持ち上がる。仮住まい人になってから、二年が経とうとしていた。新聞に折り込まれている物件チラシを集め、間取り図を眺める。めぼしい物件の詳細を聞くために、業者の戸を叩く。ふとモデルルームを訪れて「新しい家」と契約。切ない引っ越しの荷造り。新居に積まれたダンボールの山。そして。
不思議な世界観で、捉えどころがない作品。だけど、ぐっと共感するエピソードや、おおっと心に響く名言があちこちに散りばめられていた。例えば、普通というのは、一人ひとりの中心にあるもので、そして、一人ひとりの価値観は違うのだから、他者から見れば普通の軸は、必ずどこかしらずれているとか、エレベーターにエスカレーター、動く歩道と、人は何も考えずに歩行できるものを次々に発明し、同時に、ハイヒールやミュールのような、歩行をひどく困難にするものを発明しているとか。
そんな中でもとびきりだったのは、ウルトラマンは怪獣を街の中へ放り投げたりしていたので、たくさんの人に恨まれているのでは、というもの。でも知っている建物が映像の中で壊されたりすると、なんとも気持ちがよいものだったりする。だけど現実だったとしたらたまったものではない、とツッコミを入れているところに面白味があった。けれん味がなく自然体で、忙殺とは無縁のような日々の暮らし。なんでもないことが心地良い。そんな陽だまりの昼寝のような、ほのぼのとした作品だった。
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