2008
シルエット (講談社文庫) (2004/11) 島本 理生 商品詳細を見る |
冠くんに初めて出会ったとき、彼を霧雨のような人だと思った。二人の始まりがどこだったのか、正直よく分からない。言葉の量よりもタイミングや空気で伝えようとする彼に、必死で耳を傾けた。そんなとき、自分の気持ちがたしかに彼に全身全霊で向かっていることを感じていられたし、彼もまた、わたしのそういう心をしっかりと感じとって、絶妙なタイミングで笑顔を返した。冠くんには秘密が一つだけあった。冠くんの母親は浮気をくり返すようになって、とうとう父親のほうが激しい口論の末に妻を刺して逃走した。母親は寝たきりになったという。
それ以来、女の人の体に嫌悪感がある冠くん。それは徹底していた。手をつなぐことさえも、例外ではなかった。冠くんと恋愛するようになって、わたしはようやく自分の存在を認められたようで嬉しかった。ただ、彼は、わたしの肉体までは愛することができなかった。あのときのわたしは自分に自信のない子供だった。自分のすべてを認めて肯定してくれる存在を必要としていた。そして彼はそんなわたしの一部分だけを愛した。冠くんと別れ、むちゃくちゃな精神状態のまま半ば居候のように転がり込んだ遊び人の藤井。今の恋人、大学生のせっちゃん。
せっちゃんとの毎日は楽しい。けれど気を緩めるとすぐに、あの日々に引き戻されそうになる。それはまるでわたしが望んでいるかのように強く、後ろ髪を引く。こんなにもせっちゃんを本気で好きなのに、冠くんとのことはまるで別格のように自分の中に今でもはっきりと存在していることに我ながら唖然としてしまう。女子高生の内面を鮮やかに描いた群像新人賞優秀賞の表題作と、「植物たちの呼吸」「ヨル」を収録。
自分が高校生だった頃とあまりにも隔たりがありすぎて、少し引いてしまった。今の女子高生って、男の家に入り浸ってやりまくりなんだろうか。しかも、男の家から学校に行くなんてことは考えられない。これが男ならさもありなんだけど、女子高生がねえ。でも、心理的な描写はさすがに上手いと思った。誰かと触れて安心したいという想い。だけど、冠くんは手も触れてくれない。肩を抱いてくれない。そういう寂しさは、すごくこちらに伝わってくる。その点でいえば、今彼のせっちゃんは安心をくれる。だけど、冠くんを忘れられないことにもやもやもする。好きなまま別れたのだから。今彼がいて、元彼を想って心が揺れるのだけれど、こういう上手く折り合いがつけられない青さが、不器用さが、等身大の女子高生と言えるかも。
熱くならずにどこまでも静かで、それでいて揺れる想いが熱い。これって若さだなぁと思った作品だった。恋人の部屋で恋人を待つ女性を描いた「植物たちの呼吸」と、自分の存在を否定されることを恐れる少女を描いた「ヨル」の二作品。この女の子たちの不安感もなるほどなぁと思った。でも、やりまくりは…ねぇ。ちょっと衝撃度が大きかった。
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