「ブラックペアン1988」海堂尊
2008年04月08日 (火) | 編集 |
ブラックペアン1988ブラックペアン1988
(2007/09/21)
海堂 尊

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一九八八年五月。ある晴れた日の朝、一人の研修医が東城大学医学部付属病院への坂道を駆け上っていた。その青年の名は世良雅志。神の手を持つとされている佐伯清剛教授率いる佐伯外科教室に入局したばかりの新米医師だった。佐伯教授の言葉は絶対。ここでは彼がルールだ。そこに世良の指導医であり、赴任して間もない高階講師が新兵器を持ち込み、天性の跳ねっ返りさを発揮して、総合外科学教室を引っかきまわし、医局員の十年選手という変わり者で、オペ室の悪魔と呼ばれる手術職人の渡海、といった個性派の面々の中で、世良は一人前の医師として扱ってもらえないもどかしさ、技術をもたないゆえに無常感に襲われながら、二人の凄腕医師に挟まれて、己の医師としての方向性を模索していく。

口は禍の元。とばっちりの矢がどこから飛んでくるのかわからない、という忠告を受けながらも、ついつい口を出してしまう主人公。そんな若さがあり、不親切なようでいて、いつの間にかちゃんと身に付いてしまう高階講師の指導のような、上に立つ者のさりげなさ、心ある医療のもとで、新しいものを取り入れようとする斬新さがあり、自分の手術技術がすべてだと言い切る人あり、老獪さもありと、まんべんなく揃った人物たちが面白い。

主人公の世良、裏主人公の高階講師、何かありげな手術職人の渡海、大御所の佐伯教授、中間管理職の垣谷助手、やり手の藤原婦長、やはりネコのままの猫田主任、初々しい花房看護婦、口うるさい黒埼助教授、学生としてやって来る速見、島津、田口の三人。新しい人物たちに加え、肩書きは違うがおなじみの人物たちの登場に楽しくなった。

癌告知について、製薬会社との癒着、新技術導入に伴う人材育成、病院の自己保身など、医療の問題点を読ませながら、いつか手術で人を殺してしまうのではないかという恐怖や、忙しい合間の淡いデート、心も技術も磨いていく成長など、人間ドラマとしてもしっかりと読ませてくれる。

それにおまけのように登場していた、学生たちの三者三様のレポートも面白く、中でも田口が手術嫌いになったエピソードはニヤリだった。そうか、世良の未熟さが不愁訴外来を生んだのかと。田口ではないが、おいらも血を見ると貧血を起こしてしまうほどの怖がりなので、本書の手術シーンの多さには、ちょっと及び腰になってしまった。だって生々しくて、臨場感があって、緊迫感もある。苦手と言いつつ褒めざるをえないのだから、さすがは現役のお医者様といったところかしら。

患者を治すのは医師の技術ではない。患者自身が自分の身体を治していく。だけど、患者になる身としては、名医に頼みたいものだ。出版社を越えたリンクを楽しみつつ、若者の成長、医師とは、が面白く読めた作品だった。