「虚空の旅人」上橋菜穂子
2008年04月10日 (木) | 編集 |
虚空の旅人 (偕成社ワンダーランド)虚空の旅人 (偕成社ワンダーランド)
(2001/07)
上橋 菜穂子佐竹 美保

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十四歳になった新ヨゴ王国の皇太子チャグムは、相談役であり学問の師である、若き星読博士シュガと共に向かったのは、ヤルターシ海に面した海運と海産物で栄えるサンガル王国だった。新王即位ノ儀に招かれたのだ。新王が即位する、このときに、地方領主である島守りたちが怪しげな動きを見せ、得体の知れない南方の商人が暗躍し、ナユグール・ライタの目に選ばれた少女が現れた。

それは、サンガル王国に語り継がれている伝説で、海の底にナユグール・ライタという民が暮らしているとされ、その異界の海の民に目として選ばれた少女は、王宮に招いて最上のもてなしを受けたあと、海に落とされ、殺される運命にあるという。それを聞いたチャグムは、かつての自身を襲った運命と、あまりにも似すぎていたことに驚く。チャグムは精霊の卵を宿すという不思議な体験をしていた。あの時、女用心棒のバルサと、その幼なじみの薬草師タンダ、そして、師匠である呪術師トロガイが、彼の命を救ったのである。そのナユグール・ライタの目になった少女から、あのナユグの水の臭いを、チャグムは嗅ぎ取ってしまう。

チャグムは、その華やかな宴の席で、接待役のサルーナ王女と、血の気の多いタルサン王子と親しくなる。そのタルサン王子だが、突然、新王になるはずのカルナン王子を傷つけてしまう。人変わりしてしまったタルサン王子は、呪いにかけられていることに、シュガが気付いた。一方、海に浮かぶ家船で暮らすスリナァは、南方のタルシュ帝国がサンガル王国侵略を企てていることを知り、かつて幼いころから一緒に海にもぐり、遊んだ友であり、今では雲の上の人になってしまったタルサン王子に急を告げようと、一人孤独な船旅をはじめた。チャグムは、サンガル王家に渦巻く呪詛と陰謀の中に身を置くことになる。「精霊の守り人」シリーズの外伝。

これまでは、バルサが放つ孤高の力強さが目についたが、本書は王国と王国の狭間に揺れるチャグムの物語だ。新ヨゴ王国では、身近に数は少ないが、心が通じた者たちがいた。それが今回はシュガしかいない。だけど、皇太子チャグムにとって、シュガとって、先の未来にこれからの新ヨゴ王国にとって欠かせない二人の、主従の絆を深めるきっかけになる。

それに他国の内乱、外敵の脅威の中に身を置いたチャグムは、政治の世界、あるいは外交の世界にいるので、うかつな行動を取ることが出来ない。そんなもどかしさの中で、サンガル国の政治力や、いざとなった時の決断に疑問を感じ、自身の持つあやうさを認識しながらも、その考えを曲げたくはない、と強く思うようになってゆく。

サンガル王国の王子であるタルサンと、一緒に育ったスリナァ、ナユグール・ライタの目になった少女エーシャナの三人の物語も読ませるものがあるし、そして将来的には、チャグムとサルーナ王女はあり、なんて楽しみかたもある。冒険のわくわくではなく、少し大人の世界を垣間見せてくれる作品だった。

放りっぱなしで終わってしまった感はあるが、その辺りは「蒼路の旅人」に引き継がれるのだろうか。まだまだ読む楽しみがあって、嬉しく思う。

「飯綱颪」仁木英之
2008年04月10日 (木) | 編集 |
飯綱颪―十六夜長屋日月抄 (学研M文庫)飯綱颪―十六夜長屋日月抄 (学研M文庫)
(2006/12)
仁木 英之

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深川の十六夜長屋に住む、泥鰌漁を生業とする甚六が、ある日川べりで行き倒れの男を見つけた。その男は驚くほどの巨体で、剛毛に覆われた体が血と泥に塗れた姿は鬼を思わせた。恐ろしさにかられた甚六だったが、苦しんでいる姿を見て男を長屋へ連れて行く。長屋の住人たちの介抱によって男は体力を回復するが、一切の記憶を失っていた。歴史群像大賞最優秀賞、日本ファンタジーノベル大賞、W受賞の気鋭の著者が贈る、受賞第一作長篇書き下ろし小説。《背表紙より》

これが初めて読む仁木英之作品。おもいっきり取っ掛かる順番を間違えているが、まあ、ご愛嬌ということで。どうも「僕僕先生」とはタイミングがあわないんだよな。

泥鰌獲りの甚六、とみの親娘は、拾ってきたごつい男を、山みたいだから山さんというあだ名をつけて、居候させることにした。彼らの住む長屋には、樽職人をしている太助、弥八、九兵衛の喧嘩早い三兄弟とその妻たち、何やら過去を秘めた浪人で、寺子屋先生をしている藤村忠兵衛、旦那と一人息子を辻斬りに殺され、死ぬに死ねず、自分をどうすることも出来ない未亡人さえ、長屋の鼻つまみ者で、博打打ちの磯次、という面々が住んでいた。

一方、松代藩十万石は、大水害で多額の借財を負い、家老の原八郎五郎の極端な財政再建によって、城下は不穏な空気に包まれていた。その家老の原は、藩のために、どんな手段でもいいから逃げたあの男を連れ帰れと、江戸藩邸の若穂貞光に命じる。その原が邪魔で仕方がない江戸家老の屋代定助は、影働きの海野大桷を使って、あの男の動向を探らせる。

その問題の記憶をなくした男とは、真田忍軍の末裔で、代々真田家のために影働きをしてきた、狩人と呼ばれる集団の若き頭領だった。松代藩を守ってきた凄腕の集団は、かつて見せたその結束力が嘘のように三つに分かれていた。一団は藩主に絶対の忠誠を誓い、もう一団は江戸家老に味方している。そして最後の一団は彼らの頭領が姿を消してからというもの山里に引っ込んでどちらの命令にも従わなかった。その山さんと呼ばれる男を巡った暗躍に、長屋に住む庶民たちが巻き込まれていく。

人情もの、忍者ものと呼ばれる系列作品の定番パターンだろう。江戸っ子のきっぷの良さ、見過ごせない人情、人間離れした躍動。善悪の陰謀が渦巻くなかで、自ら記憶を封じた男。その封印を解いて目覚めさせることを依頼され、引き受けることになった江戸っ子庶民。そのことによって、無害である庶民たちは、狩人たちの獲物になってしまう。

序盤は登場人物が多いこともあって、それら人物を把握しやすいように丁寧に書かれている。物語の主人公は泥鰌の甚六であって、眠れる獅子の山さんではない。だから剣戟ものを期待すると肩透かしを食うかも。派手な活劇はあるものの、その役目を担う者が眠っているから。でも隠れキャラが登場して、楽しませてくれたりもするのだけど。武器を手に取ることがない甚六たち江戸っ子たちが、松代藩の内紛に巻き込まれる主流のストーリーがあり、そこに過去の山さんに関わりがあった人物のストーリーがあり、さらに、寺子屋の藤村先生、未亡人のさえ、仇を持つ若穂貞光などのストーリーが、平行したかたちで展開していく。

時代もの特有の言い回しや用語は抑え目になっている。だから取っ付き難さというものはなかった。それに江戸ばかりが舞台ではなく、長屋の男衆だけで善光寺参りに行ったりと、ひとつ所に留まらない遊び心もあって、読者を飽きさせない工夫もしっかりしている。それに男と男が対峙する美学などもしっかり書かれていて、ほんとに定番というもの、をきっちり詰め込んだ作品だと思った。「僕僕先生」を読んでいないので比較は出来ないが、読んで損なしだと思った。タイトルは「いいづなおろし」と読んでください。