「走ル」羽田圭介
2008年05月07日 (水) | 編集 |
走ル走ル
(2008/03)
羽田 圭介

商品詳細を見る

夏休み明けの試験が終わったある日、自転車レースで使うような専用自転車を昔譲り受けたことを思い出した。ロードレーサーと呼ばれるその自転車。物置に入れられていた、その自転車を復活させた。エメラルドグリーンのフレームにくっきりと映えるBILANCHI(ビランキ)の文字。世界最高峰の耐久自転車レース「ツール・ド。フランス」の衛星放送を続けて見るほどに、熱中しながらも、何故自分は、このロードレーサーを探す気にならなかったのだろうと不思議に思った。

なんとなく、ビアンキにまたがって走り出す主人公は、学校の授業も次第にどうでもよくなって、勢いのまま、目標もないままに、東京を出て北へ向かう。そこに明確な理由はない。だけど、若い頃って、そういったわけのわからない衝動みたいなものはあると思う。ふとした思い付きで、漠然と何かに駆り立てられてエネルギーを消費したくなってしまうのだ。

自分も高校時代に、通学の下車駅で降りずにそのまま電車に乗って、京都までプチ修学旅行へ行った経験が何度もある。ただのサボリだって? 自転車がらみでも、大阪と奈良を結ぶ暗峠(くらがりとうげ)という生駒山を越える旧街道を、マウンテンバイクで走破したことがある。あの時の下り道は急すぎて何度も、死ぬな、と思った。あの当時のことを思い出してみても、何故あんなことをしたのか、その理由は思い出せない。いや、理由なんてなかった。若さゆえの衝動だったのだろう。

埼玉、栃木、福島…と北上して行くのだが、流れる景色も、食生活も、主人公の感情も淡々としていて、まったく彩りがない。そこにドラマがなく、盛り上がる部分が一切ない。あまりにも単調な展開になりすぎていたように思う。野宿をし、股ずれをおこしながら、どしゃぶりの雨の中をひたすら突き進む。そんな悲壮感が漂う雰囲気がありながらも、友達や彼女と交わす携帯メールが俗っぽい。それが現代の若者だと言われればそうなんだろうが、今の若者をそのままリアル書けば、読者はそこにリアルを感じるというわけではない。

それに妙に引っかかる部分が多すぎた。例えば、銭湯で念入りに身体を洗ったあとに、海に入って泳いだりするのだろうか。これはちょっと考えが甘いんじゃないの。それにオチにも唐突感があっていただけない。あっちがダメならこっちって、ご都合すぎる。

本書のように、突き動かす衝動や溢れる生命力だけで、最後まで読ますのにはまだ力量不足かな。それを補うという点で、もう少し何かプラスアルファがあっても良かったのではないかと思う。というわけで、漠然とした苛立ちなどは想像できるのだが、なんだか消化不良のようなもやもやが残ったのは確かだ。「黒冷水」が良かっただけに、肩透かしをくらったようだ。ああ、また強気な自分が出てしまった――。