「二都」藤谷治
2008年05月10日 (土) | 編集 |
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二都

そのメールは巷を賑わす新興宗教を追う女性ライターから。その手紙は父が鎌倉の実家に遺した美しい義母から。互いには繋がらない二つの都、二人の女――気鋭の作家が織りなす、過去と未来のあわいに惑うひとりぽっちの男の物語。《出版社より》


父が創業した会社を乗っ取られながらも、お飾りの重役として干されていることに何の不満もない堀雅也。その彼の元へ、中野いずみという女性ライターから一通のメールが送られて来た。友人のうちでも理性のある現金な男だった加山昇平が、ゴンドワナ大陸教団という新興宗教団体に深く関わっているので、加山を紹介して欲しい、といった内容だった。雅也は知らなかったが、退社した加山がかつて部下だった社員を勧誘している、という噂が会社内にあった。

そんな折、会社とは無関係なところで絶縁していた父が亡くなった。雅也は義母である信子を憎んだり軽蔑したりする気持ちは微塵もなかった。信子は多くを語らない。しかし、母の死と短かった人生を蹂躙しているという思いが、希薄になったりすることはなかった。雅也は信子に対してどっちつかずの態度を取り続けていた。大学を出て、会社に入って、都内にマンションを借りて以来、一度も帰らなかった鎌倉の実家へ、二十年以上も会わずにいた、三つしか歳が違わない義母と顔を合わすべく、電車に乗り込んだ。

うーん、この作品は言葉にするのが非常に難しい。主人公が、ライターの中野いずみと義母の信子に対しながら、自分は旅をしていたつもりだけど、実際は旅をしているつもりだけで、ただ流されていたことに気づく物語、かな。間違っているかもしれないが。

中野いずみには手伝いをする優越感に、男は酔い、義母の信子には先行きを心配しながらも、男は惑わされる。そのベースには、能であったり、更級日記の一文であったり、宗教的な小道具があったりする。そんな二人の女性、つまり二兎に挟まれた男は、結局は何も手に入らない。これって教訓でもあるのかな??

つんつるてんの男の頃からだろうか、藤谷治の新境地!と本の帯に文句が謳われだしてから、作品を読んでもよくわからなくなってしまった。本書もはっきりいって何がどうなのか理解できなかった。たぶん、日本的な謙譲の美徳というか、普遍の崩壊というか、一瞬で儚く散る美、いわゆる耽美的なものを目指そうとしている作品のように思えた。でも違うのかもしれない。結局は、何もわかっていないのだ。文藝って、難しい。