「FUTON」中島京子
2008年06月17日 (火) | 編集 |
FUTON (講談社文庫 な 70-1)FUTON (講談社文庫 な 70-1)
(2007/04/13)
中島 京子

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大学で日本文学を講義しているデイブ・マッコリーは、日系の学生で愛人でもあるエミと時間を開けて家を出て、三時間後には教室で最前列に座っているエミに再会する。エミはデイブがこれまで教えた学生の中でもいちばん頭が悪い部類に入っていたが、華奢で毛のない四肢と漆黒の長い髪が彼をひきつけてやまない。おまけに脇フェチで、おぼこかったエミを大人の女にしてやったと悦に入っているエロオヤジだ。そのエロオヤジ、もとい、デイブは百年前に書かれた田山花袋の「蒲団」を研究し、妻目線で見た「蒲団の打ち直し」を執筆している。

「蒲団」とは、作家の元に弟子入りした若い女のことを憎からず思っていた作家だが、女にはやがて同世代の恋人ができる。その二人の付き合いに、作家の内心は穏やかではないが、師であり保護者という立場にあるため、注意はするものの強い態度には出ることができない。理解がある大人という見栄をはっているのだ。そこへ最終的に、二人に肉体関係があることが発覚し、作家の怒りは爆発、女は故郷に帰るはめになる。(明治時代の貞操観念によって) その女が去ったあと、作家は気づく。あれは恋だったと。

その「蒲団」をなぞるように、エミ・クロカワは日本からの留学生コンドウ・ユウキと関係を持っている。それを知ってしまったデイブは、いつの間にかエミに対して執着していた自分に気づきうろたえる。そのエミが失踪し、なにも手につかなくなってしまったデイブだが、エミが夏休みに日本へ行くという情報をつかむや、偶然誘いを受けていた東京で開催される学会に出席することにした。つまり若い女を追いかけて東京まで行ってしまう。

そして、エミの祖父の店「ラブウェイ・鶉町店」で待ち伏せするうちに、デイブは画家のイズミと知り合う。エミの曾祖父ウメキチが馬鹿に健康で区のヘルパーに来てもらえない。そこで父親の世話まではできかねるタツゾウ(エミの祖父)に雇われたイズミは、おじいちゃんの絵を描くという名目でウメキチに近づき、身の世話をしている。そのイズミには同居人であり恋人でもある男装のハナエがいて、男だと思い込んでいるウメキチはハナエが面白くない。

そしてそして、ウメキチはイズミに会ったことでなんとはなしに華やかな気分になり、かつて戦火の中で出会い、関係のあったツタ子の記憶まで表に出てくる。彼女は終戦後、米兵相手の娼婦になり…。その記憶を聞いたイズミは、ウメキチの体験を本格的に絵に描こうとする。やがて、デイブとイズミは新たな三角間系ができあがってしまう。

簡単にまとめる文章力がなかったので、延々と内容紹介を書いてしまった。わかりやすく言えば、ここにあるのは「蒲団」を下地にしたちょっと込み入った三角関係ばかり。どこを切っても三角関係が出てくる金太郎飴のようなものだ。いやらしさはまったくない。ただ、若い女の子に振り回される中年男が滑稽なだけ。いつの時代でも中年男は若い女が好きで、若い女は利用するだけして去っていく。この中年男の惨めさにおかしみがあるのだ。

そのベースになっている「蒲団」を知らないという方も安心して読めると思う。デイブが書いた体である「蒲団の打ち直し」が、本文中に挟まれているからだ。これが「蒲団」を側面から見た物語になっていて、デイブたちの物語にも繋がっていく。別れた妻のサラ、エミ、イズミ、ハナエと、さまざまな女たちが語りながらデイブを通り過ぎていく。その女を知るという経験が、「蒲団の打ち直し」のラスト、失恋に泣く作家の妻の心情を書かせるに至る。上手い。これは面白い。だけど、この作品の良さを伝えるのは困難なのだ。もうお手上げ。