2008年06月19日 (木) | 編集 |
![]() | 荒野 (2008/05/28) 桜庭 一樹 商品詳細を見る |
以前ファミ通文庫で刊行された「荒野の恋」の第一部と第二部の二冊に、第三部を新たに書きおろして、一冊の本にまとめられたのが本書。
主人公は山野内荒野、十二歳。幼い頃に母を亡くした荒野は、北鎌倉は今泉台にある、なかば崩れかけたような古い大きな平屋で、いつも女の匂いをぷんぷんさせている恋愛小説家の父と、年齢不詳の若い家政婦さんと、三人で暮らしていた。その荒野が中学校に入学する日、電車のドアにセーラー服を挟まれているのを、文庫本を熱心に読んでいた同じ中学の制服を着た少年に助けられた。彼の持っていた本は「青年は荒野をめざす」五木寛之。わたしと同じ名前、と言おうとしたのだけれど、少年はわきめもふらずに行ってしまう。
同じクラスになった、巻き巻きヘアーで美人顔の江里華や、日焼けしたショートヘアの麻美という新しい友達もできた。そして、電車で出会ったあの少年、神無月悠也とも同じクラスになるが、荒野の名前を知ると、悠也は何故か睨んできた。その悠也が語った。遠くに行きたい。荒野と悠也は少しだけ話しをするようになったある日、山野内家に見覚えのある母子がやって来た。神無月蓉子さんと、息子の悠也だった。父と蓉子さんが再婚すると、荒野はそのとき初めて聞かされたのだ。「第一部」
十三歳になった荒野だけれど、学校は相変わらずだ。ますます大人びた江里華とボーイッシュになった麻美との仲良し三人組も健在。けれど、ひとりだけクラスからいなくなった男子生徒がいた。遠くへ行きたいと言っていた悠也がアメリカへ留学していた。そして、蓉子さんのお腹の中に赤ちゃんができて、男子と話すことが苦手だった荒野にも、気軽に話せる男子の友達ができた。悠也とは全然違うタイプで、クラスの中心的な存在の阿木くんだった。「第二部」
十五歳になった荒野に小さな妹ができた。中学から一貫の高校は相変わらずだ。中学入学と同時にできた三人組も、もう三年以上のおつきあい。お互いの考えていることや行動パターンがなんとなく身にしみこんでいる。東京の全寮制男子校に進学した悠也とは、月に一、二回デートするようになった。いちおう恋人どうしと言ってよい。これは父にも蓉子さんにも語ることがない秘密。最近やたらと家が静かなのはなぜだろうと思っていたら、父の小説がなんとかいう賞の候補作になり、そのことがきっかけで山野内家はおかしくなってしまう。「第三部」
早く大人になりたい、変わりたい、という気持ち。まだ知らないことを、全部、知りたい。でも変わりたくもない。恋ってなぁに?という荒野が十二歳の第一部。恋、とか、好き、という気持ちは、相変わらず、わかったようなわからないような、不思議なもの。でも、好きな人もしたがるよ、という、見え始めたそれは、なんだか不気味なようにも思えてしまう荒野が十三歳の第二部。男子は男子、女子は女子で固まってけっして相容れることがなかった中学のお子ちゃまのころから、いつのまにか、恋の秘密も、性の発見も、大勢ではなく、二人きりで共有するものになった荒野が十五歳の第三部。荒野が少女から少しずつ大人の階段を登っていく作品だ。
レトロな雰囲気が漂う古都鎌倉。その町で育つ青臭い少女たち。少し匂いフェチっぽい地味な荒野、すごく美人さんなのに女の子好きな江里華、スポーツ万能で活発な麻美。出会った当初に一番おませなのは、大人びた江里華なのに、高校生になると、彼氏持ちの麻美が先を行って、彼女があれこれ語る体験談がたいへん貴重になっていく。そんな風に、成長速度の違う三人のバランスがすごく良かったと思う。
女性をとっかえひっかえするのはいかがなものか、という嫌悪を抱きそうな小説家の父だけれど、真面目にキザなセリフを言うのがユーモラスで、どこか憎めないのだ。それに、一緒に住み出した頃は、子供扱いをしていた蓉子さんと荒野の関係も、いつの間にか、嫉妬に苦しむ蓉子さんを荒野が気遣うようになっている。作品のラストでは、対等のおんなとして、蓉子さんの背中を押す荒野が印象的だった。
「赤朽葉家」では女三代を描いていたが、本書では、荒野の十二歳から十六歳までの成長過渡期を描いている。この年頃の一年って、女子にとってはすごく大きな変化があると思う。自身の身体の変化もあり、好きという一言の重みも変わり、なにより、女子が女性、男子が男性というように、時間の流れが急速に変わっていく。その変換期を抽出した本書は、すごく読み応えがあった。

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