「星のひと」水森サトリ
2008年06月20日 (金) | 編集 |
水森

星のひと

中学三年の槙野草太を中心に据えた、「ルナ」「夏空オリオン」「流れ星はぐれ星」「惑星軌道」四つの連作短編集。

「ルナ」
体が重い。心も重い。重力が重いのだ。女子の仲良しごっこがくだらない。やかましい母親。小汚い部屋。幼い頃のはるきは本当のお母様からのお迎えを待っていた。本当は大金持ちの家の娘だ。いつかきっと本当のお母様が現れて、このあばら家から救い出してくれる。もちろんそんな夢想はすぐに終わった。でも、いまだに終わらない思いがある。自分の居場所はここではないこと。自分は何か、特別な存在であること。いつの日か、必ず、何かすごいことをやってのける。ある日、クラスメイトの草太の家に隕石が落ちた。あの隕石は、ほんのわずかに軌道がずれれば、自分の上に降っていた。あと一歩で自分が主役になれたのに。そんなイライラが爆発して、UFOを召喚する約束をしてしまった。

「夏空オリオン」
槙野草一郎、三十五歳。今年で勤続一五年。もがき続けた年数は、そのまま息子の年齢と重なっている。草一郎の結婚は、いわゆるできちゃった婚であった。息子の草太は誰からも望まれず胎内に宿った。せめて草太が成人するまでは、演じきらねばならない。愛しあう夫婦。円満な家庭。全責任を負うなどと豪語しておきながら、今では家事も子育でも、ほとんどさっちゃんに任せきりだ。墓場まで持っていく決意でいた愛してるの嘘も、すでにメッキが剥げ落ちている。さっちゃんには、どれほど感謝を尽くしても足りない。尊敬もしている。だが、ひとりの女性としてどうかと言えば、太ったさっちゃんに欲情のカケラも抱けなくなって久しかった。そして、星降る夜に、夫婦は崩壊に向かい加速を始める。

「流れ星はぐれ星」
ビビアンは尽くした。骨までしゃぶらせるほど貢いだ。そうするに足る男だった。それが突然ぽいと捨てられて、行くあてのないままホテルに泊まった。明日からの暮らしのことは、明日になったら考えよう。翌朝、テレビの中に、遠い初恋の人が映っていた。隕石が民家を直撃というニュースとともに。かつてお隣に住んでいた、八つ年上のお兄さん。それは恋と呼ぶにはあまりに幼い思い出だ。なにしろ当時のビビアンは、まだ男子小学生だったのだ。しかし、心の奥底にしまい込んでいた思いが、一気にあふれ出してくる。今でも草ちゃんがいちばん好き。草一郎に会いに行こう。ビビアンは自分を焚きつけて、化粧もそこそこ、一〇分後にはホテルを飛び出していた。

「惑星軌道」
暑さにダレた教室に、目が覚めるニュースが飛び込んできた。草太の家の屋根に隕石が直撃したのだ。クラスメートはきゃっきゃと草太に群がったものだが、明浩にはそんな真似はできやしない。関心の片鱗も覗かせず、だが内心ではウズウズとしていた。斜めに生きる者として。肩で風切る者として。理科系オタク少年のような、あどけなくも辛気臭い趣味は、あってはならぬことだった。だが、隕石である。宇宙から飛来した隕石は、地球よりも高齢である可能性がある。なんと地球よりもだ!欲しい。隕石がどうしても欲しい。草太に譲って欲しいと切り出したいが、なかなかきっかけがつかめずにいたその日、明浩と草太は七人の若者にボコられて、気がつけば、ボートに乗せられて川の上を漂っていた。

はるき、草一郎、ビビアン、明浩に草太とオールキャスト、という流れで、槙野家への隕石直撃の前後を描いた作品だ。「ルナ」はとにかく青い。自意識の塊のようであるはるきだけれど、自分をイジメる相手を逆に不憫に思ってしまう強さがある。そういったイジイジしない部分に好感が持てた。「夏空オリオン」は草一郎の異星人ぶりが目立った。ばかみたいに優しいひとで、なんでもかんでも受け入れてしまう。だけど、こういう人と結婚したさっちゃんは大変だ。でも寂しいストレスからぶくぶく太り、暴言を投げつけることで、心を開かそうとするのは間違っている。結婚前のエピソードを読むと、どっちもどっちかな。明らかにさっちゃんは変な人だし。「流れ星はぐれ星」はビビアンの乙女ぶりがかわいらしかった。最後に見せる老獪な部分も笑えた。「惑星軌道」は明浩の不器用さや、太陽のような草太の根っこが見られて、さらに全員集合で各話のその後が披露される。そして、タイトル「星のひと」の意味がわかる。

デビュー作である「でかい月だな」でも思ったが、人物の心理描写が抜群に上手い。ちょっと複雑な部分をさらりと書いてしまうのだ。「ルナ」のはるきのような息苦しさだけでなく、すべての人たちが、《本当の自分はべつにある》と思っている。その痛みは誰にでもあって、その痛いところをちくちくと突いてくる。自分で言えば、「惑星軌道」の明浩がよく似たタイプだった。やんちゃをしているからこそ、本当の自分を出せない。カッコ悪いと思っているのだ。そういう痛さが、すごく共感できた一冊だった。