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    2008

07.31

「オカンの嫁入り」咲乃月音

オカンの嫁入りオカンの嫁入り
(2008/06/04)
咲乃月音

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女手ひとつで娘を育てあげた看護師・陽子と、その娘・月子が暮らす家に、ある晩、酔った陽子が「捨て男」(研二)を拾ってくる。陽子は彼と結婚するつもりらしい。とまどう月子だったが、やがて研二の気さくな人柄と陽子への真摯な思いに、母の再婚を受け入れていく……。オカンと月子と捨て男とセンセイ。ひたむきに生きる人々の恋と人生を描く、愛しく切ない大阪童話。第3回日本ラブストーリー大賞ニフティ/ココログ賞受賞作。《本の帯より》

ラブストーリーの面も確かにあるのだが、メインは母娘の愛情物語にあると思う。オカンと父親が結婚して三ヵ月後に父親はこの世を去っている。だから、月子は父親を知らずに、ふたりっきりの家族として、隣に住む大家さんであり母娘の保護者のようなサク婆に見守られ、愛犬のハチを弟分として暮らしてきた。そこに突然、捨て男が加わるのだが、元板前という料理の上手さや、サク婆に認められたことや、ハチの急変という出来事があって、捨て男のポイントが徐々に上がっていく。

そんな前半部分は、ずいぶんまったりしている。だけど、飽きはこない。会話はネイティブな大阪弁だけど、リズム感があって読みやすいし、家の中をチャカチャカと足音を鳴らして歩くハチがかわいいし、捨て男やサク婆の魅力もあってすいすい読める。ただ、月子の彼氏であるセンセイの影がどうにも薄い。オカンの勤めているクリニックの先生という設定が、上手く作品内で生かされていないように思った。

そして中盤では、それぞれの人物たちが抱えている事情、つらい過去が明らかにされる。月子はある理由から電車に乗れなくなって、それ以来、家でゴロゴロして過ごしている。オカンはわずか三ヶ月だった結婚生活のこと、サク婆にも過去があること、そして、捨て男はもっと過酷な過去を抱えているのにも関わらず、いつもへらへらして何の悩みもないように見せていること。ここで各々の人物たちにぐっと引き付けられるのだ。

そして終盤では、停滞することに逃げていた月子が前に進みだし、他にもいろんなことが一度にどどどっと動き出す。少し狙いすぎのような部分は見えるが、自分はこういうあざとさは嫌いではなかった。はっきりいって安易な方向に進むわけだが、日本ラブストーリー大賞の色としてはこんなものだろう。これまでの受賞作とも共通していることだし。

しかし、この日本ラブストーリー大賞の賞の増え方はどうなんだろう。こう賞が増殖すると、大賞の重みが減りはしないのだろうか。でも、作品自体は面白いし、作品の雰囲気にぴったりであるジャケのハチもかわいい。動物って得なポジションだ。このハチが作品全体のバランスを上手く取っていたように思う。

めったに買わない新人作家だけど、釣られた理由はこれ。

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    2008

07.31

7月に買った書籍代

個人メモです。

合計9.370円


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自分への戒め
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    2008

07.31

7月に買った書籍

個人メモです。

単行本
うたうひとうたうひと
(2008/07/23)
小路 幸也

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窓の魚窓の魚
(2008/06)
西 加奈子

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グ、ア、ムグ、ア、ム
(2008/06)
本谷 有希子

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ボックス!ボックス!
(2008/06/19)
百田尚樹

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文庫本
天才探偵sen 2 (2) (ポプラポケット文庫 63-2)天才探偵sen 2 (2) (ポプラポケット文庫 63-2)
(2008/07)
大崎 梢

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シーセッド・ヒーセッド (講談社文庫 し 66-3)シーセッド・ヒーセッド (講談社文庫 し 66-3)
(2008/07/15)
柴田 よしき

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AURA ~魔竜院光牙最後の闘い~ (ガガガ文庫 た 1-4)AURA ~魔竜院光牙最後の闘い~ (ガガガ文庫 た 1-4)
(2008/07/19)
田中 ロミオ

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コスモス七番目に出会った人 (ピュアフル文庫 み 1-2)コスモス七番目に出会った人 (ピュアフル文庫 み 1-2)
(2008/07/10)
光丘 真理

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τになるまで待って (講談社文庫 も 28-36)τになるまで待って (講談社文庫 も 28-36)
(2008/07/15)
森 博嗣

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    2008

07.30

「夜を守る」石田衣良

夜を守る夜を守る
(2008/02/13)
石田 衣良

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可もなく不可もないレンタルビデオ店でバイトする川瀬繁。アメ横の古着店の息子であるサモハンこと橋本直明。区役所で福祉課の仕事をしているヤクショこと服部要。彼らは地元の中学校の同級生で、仕事上がりにアメ横ガード下の定食屋「福屋」に集まるのだけを楽しみにしていた。そろいのフライドジャケットを着て、腰から長いシルバーのチェーンを下げた三人は、一週間前に人助けをした。それ以来、生活支援施設で暮らすユキオが三人の行く先々に待ち伏せるようになった。

ぼくは岡田由紀夫。「のりすの家」では天才と呼ばれています。園長先生にはユキオくんはもう外にでて、お友達をつくったほうがいいといわれました。お友達になってください。追い払うつもりで、アメ横通りにあるすべての放置自転車の片づけを命じたところ、夜十二時をすぎた通りの片隅でなにかが動いていた。それもひとつではなくふたつである。ユキオと老人だった。酔っ払いに息子を殺されたという増井老人と知り合ったことにより、三人の心は動いた。この街の空気をよくする。この街の夜を守る。サモハン、ヤクショ、天才、そして、アポロ。四人は本気でこの街をよくしようと、青いベレーのガーディアン・チームを結成した。

本書のストーリーは単純である。ガーディアンたちは夜のアメ横をパトロールする。そして、放置自転車を整理したり、酔っ払いを介抱したり、ゴミを拾ったり。アメ横がもうすこしきれいで、気もちいい街になるようにするだけだ。そこに、夜はストリートガールをしているレイカと知り合ったり、廃品回収と電気製品のリサイクルをしているサキ婆にものを頼まれたり、上京してからひとりも友人ができなかったという内気なハヤテを臨時ガーディアンに加えたり、ヤクザの経営する風俗店に嫌がらせをする野郎を見つけるよう依頼されたり、ダンスユニット・ミサリサの片割れであるミサが行方不明になったり、ハイカラ窃盗団からアメ横商店街を守ったり、増井老人の事件についての情報提供者を探したり、とガーディアン以外の物事に首を突っ込むことになる。

これで石田衣良の二冊目を読んだことになるが、前に読んだ「リョウタ組」よりもこちらの方が面白かった。だけど、ガツンとくるものがないんだよなあ。普通にサクサク読めるのだけど、これがむちゃくちゃ面白いというほどでもない。判断の人であるアポロ、女好きのサモハン、お金に弱いヤクショ、ケロロ萌えの天才。登場人物たちに魅力はあるのだが、ただそれだけに終わってしまっているような気がする。全体的に小さくまとまりすぎていて、他の作品も読みたいと思わせる何かが足りないのだ。今後は気紛れをおこさない限り、読むことはないかもしれない。自分とは合っていないのかも。

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    2008

07.29

「月魚」三浦しをん

月魚 (角川文庫)月魚 (角川文庫)
(2004/05)
三浦 しをん

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古書店「無窮堂」の若き当主、本田真志喜とその友人で同じ業界に身を置く瀬名垣太一。二人は幼い頃から、密かな罪の意識をずっと共有してきた。瀬名垣の父親は、いわゆる「せどり屋」だった。ゴミを漁り、後ろ暗い経路で手に入れた本を売る輩、と業界でいい顔をされなかった。そんな中で、「無窮堂」のご隠居、本田翁は少し違った。古本業界に半世紀身を置き、その目利きぶりと誠実さを周囲に認められた老人だ。彼はクズ本を売りにくる瀬名垣の父親に、他のせどり屋とは異なるにおいを嗅ぎつけ、瀬名垣の父親は、本田翁に徐々に目にかけられるようになった。

瀬名垣も父に付いて、広大な敷地に建つ古本屋によく遊びに行った。彼も本が好きだった。そして少女とみまごうばかりの少年の顔を見た。いずれは「無窮堂」の三代目になるはずの少年。自分より一つ年下の本田真志喜に、瀬名垣太一はちょっかいを出さずにはいられなかったのだ。幼い二人は兄弟のように育った。しかし、ある夏の午後起きた事件によって、二人の関係は大きく変った。しかし、真志喜は二十四、瀬名垣も二十五、魑魅魍魎が跋扈する古本業界の中で、彼らは今日までなんとか生き延びてきた。

瀬名垣に誘われて、買い付けの旅に同行することになった真志喜。そこで待ち受けていたのは過去との対峙だったという「水底の魚」と、高校生の真志喜と幼なじみたちと瀬名垣。彼らが国語教師を巻き込んではじける一夏の「水に沈んだ私の村」と、文庫版では書き下ろしの「名前のないもの」が収録されている。

現代の物語であるはずなのに、随分時代掛かったように思えてしまったのは自分だけだろうか。それとも単に、京極堂と重ね合わせているだけなのだろうか。主人公ふたりは、過去の出来事によってがんじがらめになって、まっすぐにお互いに向き合えない。それぞれの負い目と罪悪感を感じつつ、それでもまだ離れられない。いや、離れたくないと思っている。その顛末については、読めばわかるのであえて書かない。ただ、旅先で出会う古本屋は嫌いだった。やり込めたという点では溜飲を下げたけれど、あんな自分勝手はバツである。

BLを読んだことはないが、本書はBLになる直前で寸止めになっている。瀬名垣が真志喜の髪をいじるシーンや、一つの部屋で布団をくっ付けようとする場面などがあって、危うくなりそうになって、結局はそうならない。それに、二作目の真志喜を見つめる教師なんて、かなり際どいラインをいっている。それ以上行かなくて良かった、とホっとした。なにしろ免疫がまったくものだから、あれより先となると耐えられなかっただろう。

それ以外の点ではとても面白く読めた。本への愛が素晴らしいし、目利き対決も楽しいし、仲間とハメを外す夏のプールや花火鑑賞もウキウキした気分になれる。そして、なにより読後感が爽快だ。いろいろ賛否両論があるようだが、個人的にはアリの作品であった。

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三浦しをん
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    2008

07.28

「ママカノ」末永直海

ママカノママカノ
(2008/06)
末永 直海

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私は作家のはしくれだ。年齢は四十三歳。最近、ミオというハンドルネームで遊ぶことを覚えてしまった。いろんなことがうまくゆかないこの頃、私は見知らぬ人間と、ネットでつかの間の会話を楽しむことを、心の清涼剤にしていた。明日はいよいよ、ネットで知り合ったゾラと、リアルで会う日だ。一日恋人――。思いつきのばかばかしい遊びに、彼は乗ってくれた。

鎌倉高校前駅の、海が見えるホームで、会うことになったふたり。そこに現われたゾラは、アイドルみたいな顔立ちを打ち消すように、肌も髪もぼろぼろの男だった。ゾラは失恋の痛手から立ち直れない二十三歳の大学生。だけど、お互いにお揃いが多く、すぐに通じあってしまった。歳の離れた人間を面白がるところ。携帯の着メロが宇多田ヒカルの「COLORS」なところ。そして、借金という数字のオバケに追い回される生活。

ぼろぼろ女と、ぼろぼろ男。カッコ悪い現実を見せ合ったふたりは、お揃いのにがい現実も、ふたり力を合わせれば、乗り越えられそうな気がした。それが、いつしか本気になって、二人をめぐる世界も変わる。ママみたいな歳のカノジョだから、ママカノ。私はこのネーミングが、結構気に入っていた。

きっかけは出会い系とか、会ってすぐに付き合いが始まるとか、歳の差を気にしないとか、借金を抱えていても平然としているなど、ここにはリアルが一切ない。たぶん、わざと排除しているのだろう。ではなにがあるのかというと、二十も離れた歳の差カップルのラブがある。いや、ラブラブしかない。ハートマークのお伽の国だ。これがもうむちゃくちゃ小っ恥ずかしい。お尻がモゾモゾするのである。

例えば、手をつないで歩いたり、真向かいではなくいつも並んで座ったり、ほっぺたに甘く噛みついたり、人前でチューしたり、とにかく、始終ベタベタしている。まるで中高生のような恋人同士なのだ。主人公の女性は四十三歳でしょ、というツッコミはけっしてしてはいけない。四十三歳だって乙女なのだ。ここはお伽の国なのだ。そうわかっていても、実際に読むのは恥ずかしい。ティーン向けともいえる恋愛ものに、まったく免疫がないからだ。

嫌いというわけではない。ベタ甘な作品は大好きだ。しかし、この作品はなんとなくエロい。官能的なエロさではない。見えそうで見えないという男が好きそうなチラリズム。これがずらずら~と羅列されているようで、何度もいうけれど恥ずかしいのだ。「好きでしょ、こういうの」と並べられると、確かに好きだ。でも、今の子ならこれが普通だろうけれど、年代的にこれが赤面ものなのだ。そういう点で、何度も息切れしてしまった。

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    2008

07.27

「ラン」森絵都

ランラン
(2008/06/19)
森 絵都

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本書はどこまでがネタバレになるのかわからない。だから、自分が思うところまで書いちゃえ、と書いた結果がこうなってしまった。とにかく大長編である。そして、いろんな要素が詰まっている。それゆえに、人によっては、ネタバレしすぎと言われる方がいるかもしれない。よって、未読の方はご注意を。

主人公は夏目環。十三歳で父を亡くしたとき、あの世はまだ遠かった。やや時間差で母が逝き、弟の修くんがそのあとを追った。そうして死がまわりで幅をきかせていくほどに、不思議と自分がひとりぼっちになっていくのでなく、むしろ死んでしまった彼らの側へ近づいていく気がした。引き取って面倒を見てくれたくれた奈々美おばさんを二十歳で失ったときには、あとひと息、というたしかな手応えがあった。そして、二十二の年にこよみが死んだ。それがはじまりだった。

こよみは近所の自転車屋さんの猫だった。特別な猫だった。サイクル紺野の紺野さんとは似たもの同士だった。紺野さんのまわりにもたくさんの死者がいた。その紺野さんが、こよみの四十九日を終えて間もないころ、郷里へ帰ると言い出した。そして、最後にとっておきのプレゼントをあげる、と紺野さんはそう言って、亡き息子に贈るために取り寄せた、俗にいうロードバイクの一種だけど、世界にひとつというオリジナルの自転車を譲ってくれた。

モナミ一号という名前の自転車は、積極的にどこかへ連れていってくれそうな自転車だった。以来、週末のたびにモナミ一号と遠出するようになった。ある日、モナミ一号が突然自分の意思で走りだした。そこでようやく気づいた。モナミ一号を走らせているのではなく、走らされているのだ、と。本当にどこまでもモナミ一号は走った。そうだ、走れ。走れ、走れ、このまま突き進め。

私たちはたどりついた。こよみが音もなくすりよってきて、足元で身体をくねらせる。ついてきて。OK。八階建てのマンション305号。ノックをすると、懐かしい声と共に扉が開かれ、懐かしい顔がいっぺんに現われた。パパ、ママ、修くん。私の家族、そう、みんながそこにいた。下界と冥界を結ぶ40キロのレーンを越えて、死後の世界にやって来た。それは、紺野さんの亡くなった息子さんの思いが憑依したモナミ一号のおかげだった。

私、家族に会ったんだ。あの世とこの世との境を突破して。それ以来、ひんぱんにその場所へと通うようになる。そこで過ごす時間は極楽そのもの。しかし、モナミ一号には本来の持ち主がいた。紺野さんの息子さんが自転車に強い未練を抱いているからこそ、懐かしい人たちに出会えたのだ。だけど、いつまでも自転車を独り占めしている訳にはいかなかった。悩んだ果てにモナミ一号を息子さんに返すことにし、40キロのレーンを自分の足で走りぬく決意をした。

環は走り出した。しかし、すぐに挫けそうになる。そんな自分の弱さに負けそうなある日、もみあげ男のドコロさんからなかば強制的にスカウトされた。チーム・イージーランナーズ。退職後の趣味、ダイエットが目的、ビールをおいしく飲みたいなどの動機で走るゆるい人たち。そんなバラバラな面子が集められた初心者ばかりのへっぽこチームだった。それが突然、五ヵ月後のフルマラソンに出場することになった――。

まずは主人公のダメっぷりが紹介される。人と交わるのがいやだとか、人に心を閉ざしているとか、すぐに人のせいにするとか、自分の居場所がないとか、不幸のヒロインに酔っているとか、この主人公はとんでもなく自分に弱い。しっかりしろ、と怒鳴りたくなってしまうのだ。しかし、意外と負けん気だけは強い。その対抗心を煽って大きな糧になるのが、手前勝手で人騒がせな真知栄子である。ムカつき度は高いが、裏返すと主人公にそっくりなのだ。このクレイジーなおばさんが痛いことによって、主人公の痛さが緩和されている。この手技には、上手いな~と感心してしまった。

そして、あの世と繋がっているという森作品では二度目になる特殊な設定の説明があり、ラン(走る)に至る経緯が綴られている。主人公の走る目的が、居心地の良いあの世に自分で行き来するため、という後ろ向きのものだが、速く走ること、長い距離を走ることを達成していくことで、向こうにいる人たちはもう大丈夫だと感じ、留まっている未練が薄れて、転生の次のステージへと離れていく。安らぎの地へ行きたいがために頑張ることが、別離を促進するという矛盾が生まれてくるのだ。

しかし、主人公は走ることを止めない。なぜならば、周りにいるへっぽこな仲間たちが、気づかせてくれたからだ。自分のいる場所がどこなのか。そして、ひとりぼっちではないことを。後ろ向きではなく、前向きに走る。自分の足でしっかり地面を蹴って走る。力強く走るその姿をあの世で見ている家族に見せつけて、こんなにも頑張る底力があったのかとぎゃふんと言わせたい。それが家族との別れになることだとしても。仲間と共に走ってきたランが、自分との戦いでもあるランが、いつの間にか主人公を成長させて、自分の足で立つことを教えてくれていた。

自分の足で走り、自分の足で生きつづける。それが「ラン」という物語である。爽快!


絵都さんのサインは宝物。

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森絵都
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    2008

07.26

「運命の女に気をつけろ」沢村鐵

運命の女に気をつけろ運命の女に気をつけろ
(2008/06)
沢村 鐵

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劇団北多摩モリブデッツは三年前に結成された。先輩たちが、ウチの大学に入学してわりとすぐのことだ。創設メンバーは三人。座長の鳥井修は結成当初は役者もこなしていたが、いまは演出に専念している。ヨイチさんこと田中陽一は一応看板俳優で、モリさんこと守屋俊顕は良くも悪くもインパクトだけはある人。そこにヨイチさんの先輩のドッヒーさんこと土肥譲が加入し、同じころに紅一点のヒメこと渡辺由美も参入。その二年後にぼくこと松野淑之が入学してすぐに加入した。

多摩という陸の孤島のような場所にコメディ劇団のモリブデッツは突如として現われ、それが好評を受けて、調子に乗った彼らは続々と新作公演を発表し、多摩を越えて一気に全国まで行こうとしていた。そのモリブデッツの一ヶ月後に行われる新作公演では、わざわざ学外から安堂夏姫さんというヒロインを迎えることになった。座長の執念が、小劇団界の人気NO.1女優をこんなド田舎まで引っぱってきてしまったのだ。

モリブデッツはまっとうなことは何もやっていない、演技理論も知らない、発声さえちゃんとやっていない。下積みの努力、日々の汗というものとは無縁だ。所詮は思いつきから出発している。高慢な理想なんかない、楽しいからやっているだけだ。モリブデッツという集団の中で天才と呼ばれる資格があるのは座長だけだった。そこに正真正銘のプロが、もう一人の天才が客演として加わった。しかし、安堂夏姫には、極悪非道な毒婦のようなウワサが飛び交っていた。

善良でモテない男子くんたちが、次々と魔性の女に狩られていく。ただ、それだけのドタバタコメディだ。少しキャラのバランスが悪く、モリさんの個性に頼っている部分が大きいような感じを受けた。それに安堂夏姫像もふわふわしていて実態が見えてこない。だけど、それ以外は、実際の男ってこんなもんかな~とは思った。美人にチューされると、クラクラきてしまうだろうし。

某ネット書店では好評価が多かったが、そんなに熱くなるほどでもなかった。内容的には悪くはなかったけれど、二回読みたくなるような作品でもなかったし、記憶に残るような作品でもない。まあ気楽に読めて、暇つぶしや読書の箸休めには丁度いいぐらいかな。個人的には、可もなく不可もなくということでふつうでした。

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    2008

07.25

「窓の魚」西加奈子

窓の魚窓の魚
(2008/06)
西 加奈子

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誰も、あたしの本当の姿を知らない。あたしの本当の目から、涙がこぼれた。秋のある日、二組のカップルが温泉へ向かう。男の子のようなナツ、つるりとした肌のアキオ。明るく派手なハルナ、ぶっきらぼうなトウヤマ。一緒にいるのに違う現実を見る四人にまとわりつく、不穏な影。裸になっても笑いあっていても、決して交わらない想い。大人になりきれない恋人たちの一夜を美しく残酷に描いた著者の新境地。《出版社より》

好きな作家の作品に「新境地」という宣伝文句がつくと、ドキっとするのは自分だけでしょうか。まず読み始めて、これまでとどこかが違うと漠然と思った。ひとつは登場人物の会話に答えがあった。大阪弁ではなく、標準語を話しているのだ。そして、大きく違う点は、とても静かで、時間の流れが緩やかで、かわいらしさがなくて、ひやりとした空気が漂っていることだ。

二組のカップルという組み合わせの四人の若者は、温泉に行こうとバスに揺られていた。着いたところは、川沿いの寂れた温泉宿。お風呂は旧館に内風呂がふたつと、露天がふたつ。露天は旧館の裏口から、綺麗な日本庭園の中を通って行った先にある。庭園を歩いていると、「ニャア」と猫の鳴き声がした。でも、猫の姿は見えない。内風呂の窓越しに、庭園の池で泳ぐ錦鯉が見える。「ちゃぷん」と鯉が跳ねる音が聞こえる。翌日、その池から、身元の分からない女の人の死体が発見された。

最初は得体の知れない四人の人物たち。ナツ(夏)、トウヤマ(冬)、ハルナ(春)、アキオ(秋)。四季の名前を持った彼ら四人の一人称で、同じ時間、同じ場所で過ごしたことがらが順番に綴られていく。そして、彼らの内面が徐々に明らかにされていく。ナツは「私はきっと狂っている」と感じ、トウヤマは「皆が俺のことを笑っている」と思い、ハルナは「誰もあたしの本当の姿を知らない」と切なさに頬を濡らし、アキオは「生きる意志を求めて」あることを続けている。

ナツの章で見えてくることがベースになって、トウヤマ、ハルナ、アキオの章を読むことで、そこであったこと、若者たちの輪郭が広がっていくのだ。彼らは何かが欠落している。だからこそ、大人になりきれず、孤独にあって、自分自身を持て余している。その欠落した部分を埋めようと、心の繋がらない他人の存在に依存している。

若者四人の物語には、救いもなければ解決もない。この旅館の内風呂から窓越しに見える泳ぐ鯉のように、狭い池の世界から出ることはない。じっとガラス越しに鯉を観察するような作品だ。それぞれに模様はあるがけっして交じわることがない。目的もなく、ただ人間の観賞用として、窮屈な池で泳ぐだけの鯉のように、小さく小さく生きている。彼らの抱えているものが、寂しくて、哀しくて、不思議な余韻をもたらした。こういった新境地もいい。個人的にはアリだった。しかし、以前の作品にも、自分を含めたファンがいるということを、西加奈子さんには忘れないでもらいたい。それに、感想が書きにくいったらありゃしない。

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西加奈子
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    2008

07.24

「死者のための音楽」山白朝子

山白朝子短篇集 死者のための音楽 (幽BOOKS)山白朝子短篇集 死者のための音楽 (幽BOOKS)
(2007/11/14)
山白朝子

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これは愛の短篇集だ。と帯で乙一が言っている。ちょっと不思議な感じがした。確かに愛の物語であることは間違いない。ジャンルでいえばホラー作品だが、親子愛であったり、恋人であったり、姉弟愛であったり、さまざまな愛のカタチがある。いやいや、そうではなくて、乙一の覆面名義だという噂があるのに、帯に乙一の推薦文があるから不思議なのだ。実際のところはどうなんだろう。まあ作品を読んでいると、そうそう、とらしさに膝を打つ場面が多々あった。そういった七つのホラー短篇が収録。別題が、山白朝子短篇集。

「長い旅のはじまり」
和尚は、物取りに襲われて父を殺された少女を助けた。名前を思い出せない少女はお宮と呼ばれることになり、普通に生活できるまで回復することができた。お宮が子供を身ごもっているとわかったのは、彼女が村に来て三ヶ月のことだった。しかし、お宮の体は無垢であり、なのに確かに子が宿っている。やがて生まれてきたお宮の子供は、まだ目にしたことがないはずの風景や、不思議な夢を見るようになった。それを知ったお宮は、あの子は父の生まれかわりだと言い出した。


「井戸を下りる」
高利貸しをする父を怒らせてしまい、幸太郎は父の追っ手から逃れようとしていたところ、雑木林で偶然見つけた井戸を下りることにした。その井戸の底には部屋があって、雪という女が住んでいた。その日以来、男は雪の待つ井戸へ頻繁に通うようになった。男と雪は心からお互いのことを好きあうようになった。だけど、雪は秘密の多い女だった。しかし、男は本当のことを知るのが怖く、雪は知られるのが恐ろしく、だからいつもお互いにはぐらかしていた。そうこうするうちに、父が男に縁談を勧めてきた。

「黄金工場」
村と工場のあいだには森がひろがっていた。千絵ねえちゃんは都会の女の人みたいな化粧をして工場に出勤した。僕は千絵ねえちゃんの姿をちらっとでも見たくて、森に入った。やがて錆びた金網にぶつかり、金網にそってあるいていると、工場の排水弁の土管がつきでていた。そこから廃液が放出され、きたない水は地面のくぼみにたまっていき、巨大な沼となった。表面に油が浮かんでおり、腐った果物のような、甘い匂いがした。そこで僕は、黄金色のコガネムシを拾った。

「未完の像」
少女が訪ねてきたとき、師匠は外にでていた。少女の年齢は十四か十五というところだろう。ここに弟子入りしたいのだが、女でも仏師になれるのか。これまでに何人もの人を殺してきたので、近いうちに捕まって縛り首されるだろう。その前に自分で仏像を彫って残しておきたい。そう少女は言った。その少女は、本物以上の形を与えられた小鳥を小刀で彫った。弟子入りは認められなかったが、私は師匠に内緒で、彼女の仏像ができるのを見守ることにした。

「鬼物語」
祖父の話ではあの山には鬼が住んでいるという。村の子供たちがみんなで山に出かけた。少女たちも誘われたが、弟が泣いて怖がったのでついていかなかった。少女と弟は双子だった。子供の頭が小川を流れてきたのは夕方のころだった。山に行った子供たち全員の頭だった。かつて、桜の花見に集まった村人すべてが桜の沢で殺された。罪人を追って村にやってきた侍が山に入ったきり帰ってこなかった。村人たちは巨大な熊の仕業だという。そこで、山に火を放ち、子供殺しの熊ごと焼き払うことになった。

「鳥とファフロッキーズ現象について」
私の自宅は山裾にあり、周囲は森だった。私は小説家の父と二人きりで生活していた。ある日、中学校から帰宅した私は、巨大な鳥が屋根にひっかかっているのを発見した。動物病院に運び、そこで鳥は命を救われた。しかし、そいつがなんという鳥なのかは特定できなかった。前進が真っ黒な羽根におおわれているため、ちょっと見は鴉に似ているが、嘴の形状や目つきは鷹に似ていた。回復したそいつには奇妙な能力があった。私たちが何かを欲したとき、その鳥はそのものを持ってきてくれた。

「死者のための音楽」
母親は生まれつき耳がわるかった。母は子供のころに川で溺れて死にそうになった。そのとき音楽が聞こえてきた。耳はわるいはずなのに、その演奏と歌声は、はっきりと聞こえた。なにか祝福をうけているようで、胸をつかれたみたいにかなしくなる。でも、よろこびさえもわいてきて、あらゆる気持ちがいっせいに咲きほこって、心の中が色でいっぱいになる。おとうさんが亡くなったひしゃげた車内でも、手首を切った今も、死にそうになるたびに、どこからともなく、それが聞こえてくるの。うつくしい音楽が。

個人的に面白いと思ったのは、人の欲が怖かった「黄金工場」と、嫉妬と羨望に揺れる「未完の像」と、血が飛び散る切ない愛の「鬼物語」と、ミステリの要素が強かった「鳥とファフロッキーズ現象について」と、母娘の対話が切ない「死者のための音楽」だ。おいおい、ほとんどではないか。だけど、白黒で分類されるところの黒作品のままだったので、これでは好きになってしまう。すごく面白かった。そして、お薦めです。

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    2008

07.23

「グ、ア、ム」本谷有希子

グ、ア、ムグ、ア、ム
(2008/06)
本谷 有希子

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長女はなんの目的もなく田舎を飛び出し、東京の大学に通った。何の職業が自分に向いているのかわからない。だが、漠然とクリエイターかマスコミ関係に興味があった。ミーハー心、まる出しで。だからあらゆる入社試験に落ち、このままでは本当に路頭に迷うかもしれないと危機感を覚え出していた大学四年のある日。なんとなくアナウンサースクールに通うことにした。そして、二十五歳の現在は、スパで垢擦りマッサージのアルバイトをしている。

四歳年下の次女は堅実と言われた。次女は本当はそれほど堅実ではなかったのに、姉がふらふらしているぶん、親の経済力と、日本の未来に不安を感じ、高卒で大阪の信用金庫に就職した。いつか絶対に働かなければいけないのになぜわざわざ…ともったいがる長女を尻目に、いつかどうせ働くのだから今働いても同じこと、と次女は割り切っていた。長女の無計画性に腹立たしさを覚えた次女は、徹底的に長女とは違う人生を歩もうと決めていた。

女三人旅プランを父が薦めたことで、今は別々に暮らす成人した姉妹と母親は二泊三日のグアム旅行に行くことになった。無防備の人である長女と現実主義の人である次女は、性格も違えば仕事面でも格差がある。子供の頃からケンカはよくしたが、最近はいよいよソリが合わない。そんな姉妹の間で折衷主義の人である母親は右往左往。一触触発の地雷を抱えたまま、女三人とも初めての海外旅行。しかし、次女は抜いた親知らずのあとが痛くて、母は生理で下腹部に鈍痛を抱え、しかも、グアムの天気は台風接近によって生憎の雨模様だった。

本作はこれまでの作品と比べて少し大人しいような気がした。人物紹介を重点にした前半部分と、グアムで過ごす後半部分に別れている。この作品で変わっているのは、いっさい人物名が出てこないところだ。長女はおねえ、お姉ちゃんと呼ばれ、次女はあんた、チビ助と呼ばれ、母親はおかん、父親がおとん、おっさんと呼ばれている。とにかく、みんな口が悪い。その彼女たちは方言を話していて、なおかつ北陸出身とあった。たぶん本谷有希子の出身地である石川県をイメージすると間違いないだろう。

本谷作品といえば、登場人物の身勝手なエゴやわがままを連想するが、本書の場合は長女がその役割を果たしている。この長女が自己正当化の塊で、めちゃくちゃ痛い女である。生まれた時代や、不景気や、就職難や、なんやかやと、上手くいかないのはすべて何かのセイであって、自分は悪くない。いや、むしろ被害者だと思っている。こういうおバカなキャラは大好きだ。突き抜けているからこそ、気持ちがいいのである。

その長女と対極の位置にいるのは、堅実で無口な妹ではなく、間に挟まれておろおろする母親でもなく、日本に留まっている父親にあるのが面白い。電話でしか登場しない父親だが、ひょうきんで、愛嬌があって、とにかく軽くて、憎めないおっさんである。金食い虫の長女を我が家のワーキングプアの愛称で呼び、女たちの旅行代金を出したことで、ケツの毛まで毟り取られたと自虐する。ファンキーでかわいいオヤジである。こういうポジションにちょっと憧れたりするのである。

今や姉妹たちは別々のところに住んでいるが、家族の立ち位置は一緒に住んでいた頃とまったく変わっていない。といういか、姉妹たちは独立しているが、子供のまんまのようなポジションにいる。長女は言うまでもないが、次女も隠してはいるが本質はしかりである。物語の終盤に、家族というものに不器用な姉妹が、おかんのために仲のよい家族を演じることになる。その子供顔が出る場面がおかしくておかしくて涙がでそうになった。おかん目線が、くすくす笑いの連続を誘うのだ。そして、家で飼っているおもちという名のうさぎのこと。上手いな~。このうさぎのことはあえて語らず。読めばわかります。そしてそして、やはり本谷有希子が好きだ!


本谷さんのサインです。

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    2008

07.23

「体育座りで、空を見上げて」椰月美智子

体育座りで、空を見上げて体育座りで、空を見上げて
(2008/05)
椰月 美智子

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「大人の階段を昇るのって、すごくしんどい。」五分だって同じ気持ちでいられなかった、あの頃。中学生時代の出来事を通して読者を瞬時に思春期へと引き戻す、おかしくも美しい感動作!《出版社より》

東京ディズニーランドがオープンしたその春、小学校を卒業したばかりのわっここと和光妙子は、中学生になった。その彼女の中学生活三年間が淡々と綴られている作品だ。不安いっぱいの中学一年生では、六年で同じクラスだった米村さんとなんとなくつるむようになり、テニス部に入部するつもりが、なし崩し的に姉のいる卓球部に入ってしまう。クラスのかわいい女の子に憧れ、初めて男子を異性だと感じ、ブラジャー熱が一気に上がり、小学校では親友だった子がヤンキーに変わりつつある。

そんな彼女も、新たなレッテルを貼られることになる。小学校時代は、絵に描いたように明るく元気よく、正義感が強く、勉強も運動もわりかしできて、活発な女の子だった。それが中学生に入ったとたん、気持ちは外へではなく、内に向かうようになって、明るいお調子者の女の子ではなくなった。気がつくと、ものしずかで、どこかつかみどころのない女の子、というレッテルを貼られていた。本当の自分がどういう人間なのか、わからなくなってしまうのだ。

一年生時代はかわいいなぁと読めていたが、二年生の頃から、お母さんに強く当たるようになる。言葉遣いが悪くなって、なんでもないことに怒りをぶつけまくって、暴力的になる。これって反抗期だと思うのだけど、女の子って、こんなに凶暴になるものなんだろうか。自分は男なので比較にはならないが、うちの妹は母と仲良しのままだった。だから、この得たいのしれない怒りはよく理解できなかったし、それが作品の最後まで続いていたのは不思議な感じだった。

そのイライラと共にわからなかったのが、国語教師の山田太郎だった。こんなヘンタイ教師がいてもいいのだろうか。PTAから文句がでないのだろうか。こんなヤツが目の前にいたら、学生時代ならぶん殴っていただろう。とにかく、キモチわるい。

自分が学生のときにも、可愛い子や勉強ができる生徒だけを贔屓する教師は確かにいた。だけど、そういう教師は、車が傷つけられるとか、卒業式のあとのお礼まいりだとか、なんらかの天罰が降っていた。こんなことを言っちゃっていいのか。汗、汗。でも時効だし、まあいいか、って誰が犯人かバレるよね。くれぐれもこんなバカな真似はしないように!

少女の普通の中学時代でしかないが、これはいい作品だと思った。第二ボタンまで外して下敷きで扇いだり、女子ならスカートを持ち上げてバッサバッサと中に風を送ったり、そういうオコチャマな描写に、あったあったと手を叩きたくなってしまう。日常の何気ない仕草がすごく懐かしく、キューンとなったのだ。そんななかで、強者はスカートを持ち上げて下敷きで扇いでいた。これだけは頼むからやめてくれ!

主人公が女子なので、すべてが理解できたわけではない。共感にしてもそうだ。だけど、微妙に変化する男女の距離感や、口うるさく言われることへの嫌悪感や、勉強への倦怠感、必死になることがなかったのに緊張だけはする高校の合格発表。これらはすごくわかる。いや、わかりすぎて、もう一度やり直したくなった。今更だけど、自己嫌悪に陥ってしまった。面白かったのに、何故、ヘコまなければならないのだろう。

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    2008

07.22

「密室に向かって撃て!」東川篤哉

密室に向かって撃て! (光文社文庫 ひ 12-2)密室に向かって撃て! (光文社文庫 ひ 12-2)
(2007/06)
東川 篤哉

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デビュー作「密室の鍵貨します」に続く、烏賊川市を舞台にしたシリーズ第二弾。

烏賊川市警の砂川警部と志木刑事のコンビは、傷害事件の容疑者を逮捕しようと向かったところ、相手の男は拳銃密造のことがバレたものと勘違いした結果、拳銃を取り出して抵抗を始めた。まさか拳銃を持っているなんて知らなかったへっぽこ刑事たちはあっさり逃亡を許してしまうが、男は四階の窓から転落してあっけなく死んでしまった。しかし、砂川たちが転落死体に駆けつけるまでのわずかの間に、男が所持していたはずの拳銃が偶然通りかかった何者かに持ち逃げされてしまった。

その拳銃が、次々と事件を引き起こす。事件から二週間後、馬ノ背海岸にて、男性が頭を銃で撃たれて死亡しているのが発見された。被害者は、前作にも登場したホームレスの金蔵で、鵜飼杜夫と戸村流平に関係する人物であった。金蔵を供養しようと現場を訪れた流平は、美少女という言葉が似合うお嬢様の十乗寺さくらと、愛犬のスルメオーと、その祖父で有名食品会社を経営する十乗寺十三翁と知り合う。

流平から鵜飼の名探偵ぶりを聞いた十三翁は、さくらの花婿候補という三人の男の女性関係を調査するよう、鵜飼に依頼してきた。かくして、名探偵の鵜飼と弟子の流平は、その報告書を抱えて十乗寺邸を訪れたその夜、白覆面を被った怪人物が出現し、花婿候補の一人が銃弾に倒れた。しかも、衆人環境の密室で起こった射殺事件だった。

砂川警部と志木刑事のコンビと、名探偵の鵜飼と弟子の流平のコンビが、くだらないやり取りをするドタバタコメディだ。そこに新レギュラーとして、オーナー兼二番弟子の二宮朱美が常識人で加わり、ゲストの十乗寺さくらが天然ぶりを発揮して、読者の笑いであったり、あるいは失笑を誘う作品だ。とにかく軽い。だけど、リズム感がよくて、難しいことを何も考えずにスラスラ読むことができる。

その一方で、あいかわらずミステリとしては物足りない。読者への挑戦状っぽいことは茶目っ気があったが、今回は犯人がわかったし、最後のトリックも見破ってしまった。だけど、この人にはミステリをハナから求めちゃいない。お目当ては笑いだけにある。

でも、この笑いのセンスが非常に優れていると、個人的に評価している。会話のやり取りなどの文章だけで、そう簡単に読者を笑わせることはできない。その高い壁を、この著者はあっさりとクリアしてくる。このユーモアや笑いのセンスは稀有なものだと、毎回読むたびに感心してしまうのである。

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    2008

07.21

「謎の転倒犬」柴田よしき

謎の転倒犬―石狩くんと(株)魔泉洞 (創元クライム・クラブ)謎の転倒犬―石狩くんと(株)魔泉洞 (創元クライム・クラブ)
(2008/05)
柴田 よしき

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就職は決まらない。借金は返せない。そんなある早朝、僕は摩耶優麗(まやゆうれ)と出遭った。徹夜のバイトが明けた眠たい空気の中で、優麗は、冗談としか思えないような濃く派手な化粧ですくっと立ち、僕を混乱の極みに落とし込んだ。リクルートスーツとパソコンとデジカメを買ってローンに苦しんでいることを優麗にズバリと当てられてしまったのだ。いきなり核心に至る展開である。そして、経緯が未だによくわからないまま、彼女の経営する(株)魔泉洞という占いの館で働くことになった。

僕の名前は石狩拓也。だけど、誰も石狩と呼んでくれない。原因は、総務部長兼経理部長兼金庫番兼ご意見番兼ボーディーガド兼……とにかく、困ったらなんでもこの人にお任せ、という役割を社内で担っているウサギちゃんこと宇佐美儀一郎氏が、トカチくんと呼ぶからだ。一番最初にした自己紹介のときに、北海道の平野の石狩として、インプットしたようだが、呼ぶ段になると十勝くんとなってしまう。つまりそれがニックネームになってしまったのだ。

摩耶優麗は、女性である。年齢は不詳だが、素顔なら二十五、六に見え、営業用の化粧をすると四十代、テレビ化粧だと三十代、仕事が終わったあとの剥げかけた化粧なら五十代くらいに見える。占い師としての能力は天下一品だと、ウサギちゃんは言う。そして世間的にも、摩耶優麗の占いはものすごくよく当たる、と評判で、魔泉洞は客の行列が連日絶えない。

優麗には、他人の過去に一瞬で飛んで、過去の出来事を目撃する超能力があるそうだ。僕も初対面の時に、ずばっと言い当てられた。でもそんな能力は信じていない。必ずからくりが、トリックがあるはずなのだ。カリスマ占い師・麻耶優麗の名推理と、優麗に翻弄される石狩くんの受難を、ユーモラスに描いた、本格ミステリ連作集。

軽く読めます。なにしろ収録作のタイトルからしてパロディになっている。「時をかける熟女」は「時をかける少女」、「まぼろしのパンフレンド」は「まぼろしのペンフレンド」、「謎の転倒犬」は「謎の転校生」、「狙われた学割」は「狙われた学園」、「七セットふたたび」は「七瀬ふたたび」という風に。軽っう!というか人を食ったようなタイトルばがりだ。

それぞれの内容は、スリの犯人探し、失踪人探し、愛犬の謎の行動、強奪された定期券、盗まれた本のゲラ、という日常的なミステリになっている。だけど、本書の見どころというか読みどころは、キャラ読みしやすい軽妙な会話にあると思う。わがまま言い放題の優麗に、オカマ言葉のウサギちゃんに、平凡な主人公の石狩くん。この三人のバランスが良くて、緩いけれど微笑ましい空気感が作られている。このテンポ良い会話の妙によって、読者は気持ちよくサクサク読めるのだ。これはぜひとも東京創元社には、シリーズ化をしてもらわなくては。読んだみなさん、ですよね!

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    2008

07.20

「底辺女子高生」豊島ミホ

底辺女子高生 (幻冬舎文庫)底辺女子高生 (幻冬舎文庫)
(2006/08)
豊島 ミホ

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「本当の私」なんて探してもいません。みっともなくもがいてる日々こそが、振り返れば青春なんです―。「底辺」な生活から脱出するため家出した高校二年の春。盛り下がりまくりの地味な学祭。「下宿内恋愛禁止」の厳粛なる掟。保健室の常連たち。出席時数が足りなくて、皆から遅れた一人きりの卒業式。最注目の作家によるホロ苦青春エッセイ。《本の背表紙より》

これまで育った町では、女子はだいたい自分のことを「オラ」と言っていた。それが秋田県立高校に入学すると、周りはみんな「あたし」だった。一人称矯正プログラムを実施する一ヶ月。二年生になって、新しいクラスに馴染めずに、五月病にやられて教室からドロップアウト。長年貯め込んだ郵便貯金を下ろして、最初の大阪から、つかまえられてしまった秋田市を含め、七都市・十三日間という自分探しの旅をする。つまり、家出をした十六歳の豊島ミホ。

その結果、あまりに遠距離の通学によるノイローゼのためとされて、学校の近くに下宿することになった。下宿生活には馴染むことができたけれど、教室のみんなのことはだいっきらいのままで、保健室にこもるようになった。完全にそこの住人と化すが、同じような常連たちがおり、自然と保健室コミュニティができた。さらに美術部に入部すると、美術室は自分に合って居心地が良かった。

他にも、つまらない学園祭のこと、地味女子の味方だった卓球のこと、楽しい夏休みを待ち続けただけの夏休みのこと、男子とほとんど話せなかったこと、憧れだった先輩のこと、親しくなかった中学の同級生の死のこと、冬のトラウマになったスキー教室のこと、ハガキを出すほどのラジオっ子だったこと、などのエピソードがぎっしり。そして、出席日数が足りずに補修を受けて、校長室で行われたたった一人の卒業式。

読んでいて思ったことは、ここまで赤裸々に語ってもいいのかよ、ということ。地味な女子は良いとして、ひくつ病は痛すぎる。学校ではなくて、ただ漠然と教室の集団が嫌で嫌で、現実逃避をしまくっている。それゆえに、自分のいるところから抜け出したくて、大阪まで家出をする。そのパワーはすごいとしかいいようがない。無謀だけど、地味な子の方が大きな行動力があるのかもしれないと思った。

自分の場合は、年中バンドに明け暮れて、友達の家に何日も入り浸って、女子と手をつないで下校して、という豊島さんとは違う能天気な浮かれ高校生だった。一応進学校に通っていたけれど、髪は金髪で通していたから、保健室ではなく生活指導室の常連だった。だからもし、同じクラスにいたとしても、お互いに眼中に入らなかっただろう。そういったこともあって、余計にこのエッセイを読んで、勝手に作りあげていた豊島さんのイメージと、当時の病んでいた姿に違いがありすぎて、ただただビックリの内容だった。

しかし、豊島さんが作家になったことで、当時は地味だった女の子と、やんちゃだった男の子が、こうして著者と読者という立場で出会った。人生って、先に何があるのかわからないから面白い。そして、このエッセイの底辺に対して、きらきらしたがコンセプトの「檸檬のころ」はまだ未読なので、読むのが楽しみになった。

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    2008

07.19

「三国志男」さくら剛

三国志男三国志男
(2008/05/09)
さくら 剛

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「あった!あったぞ!!!王平の墓だっ!! おお~~~。へぇ~~~。くぅぅぅぅぅぅ(涙)。長かった……。」赤壁、虎牢関から、馬超の墓、徐庶の自宅まで三国志遺跡100ヶ所以上を現場検証&爆笑ツッコミ! 三国志を愛するがあまり、本当に中国大陸を放浪してしまったへなちょこ青年の笑いと怒号の180日間、オモシロ冒険旅行記。写真と鋭いツッコミで、三国志ファンを爆笑させます。《アマゾンより》

中国には、赤壁や五丈原などの古戦場、劉備関羽張飛3兄弟をはじめとした魏呉蜀の英傑たちゆかりの地が、現代にいたるまで消滅せずに多数存在している。中国語がしゃべれない著者は、「関羽」「赤壁」「張飛馬超一騎打所」と紙に書いてタクシーの運転手や近所のおばちゃんに見せることのみで三国志遺跡を訪ねる執念の旅をする。そして、中国側には一切配慮せず、感動と憎しみをこめて読者に生々しく伝えてくれる。

ゲーム→マンガ→小説とある意味で王道ともいえるルートを辿って三国志ファンになった著者だから、まるでアニメのキャラクターの墓が実在するぐらいのテンションで心を踊らせる。まず漢中では、いきなり大物武将の馬超の墓に感動し、魏の夏候淵が老将黄忠にぶった斬られた定軍山では興奮に身悶え、さらに超大物の孔明の墓では中国人のいい加減さに呆れてしまう。

次に向かった広元では、蜀の古桟道、張飛の墓、張飛と馬超が一騎討ちを繰り広げた葭萌関(かぼうかん)を訪れ、その後も、成都、許昌、洛陽、荊州、赤壁と旅をしていく。ああ~ったくもう。内容とは関係ないことを書くが、漢字の変換にイライラしてキレそうになった。まったく思う漢字が出てこないたらありゃしない。だから、もう人名や地名に触れることは書かない。すー、はー、すー、はー。深呼吸をしてみる。

著者の根っこにあるのがコーエーの三国志なので、比較はすべてゲームでの武将のグラフィックや武力などの数値になっている。そこは自分と変わりがないので気にならなかったが、文章が軽いなんてものじゃなくて大軽すぎる。だけど、写真の量はすごく豊富だ。できればカラーが良かったが、そこまでは我儘をいうまい。まあ、わかりやすくいえば、三国志の遺跡探訪した個人ブログを想像してもらえば、それがこの本の雰囲気のすべてだと思う。

ゲームや少年ジャンプを知らないという年配の方には、お子さますぎる内容かもしれない。だけど、まともな三国志ファンでも、自分の程度を落とせば、写真が多いので楽しめる可能性はあると思う。横山漫画のファンなら、それよりさらに楽しめるだろう。でもやはり、ゲームのファンが一番楽しめる内容になっている。すごく浅い知識で、ゲームありきの内容になっているからだ。そういう点でいえば、コーエーゲーム世代向けの本なのかもしれない。

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    2008

07.18

「破滅の石だたみ」町田康

町田

破滅の石だたみ

破滅の石畳は唐突にあった。足を踏み入れた瞬間、ひやっ、とした。しかしすぐに、なんだこんなもの。ただの道じゃないか。そう、自分に言い聞かせてずかずか路地に入っていった。それから十年、特に破滅することもなく、アホーな文章を書いてその日を暮らしている。そして、いま思うのは、もしかしたら自分はあれからずっと、長い長い、破滅の石畳を歩いているのではないか、ということ。そしてその石畳はこれからもずっと続くのではないかということ。――<あとがきより> 『正直じゃいけん』に続く、町田康、待望のエッセイ集!《出版社より》

パンク歌手町田のいつもと変わらぬ風景がここにある。相変わらず落語のビデオを見て、時代劇を一日中見て、世間のいわれのない侮蔑を恐れ、しこたま深酒をする。時には踊り、やりたいことだけをやり、勝手放題に生きる日々。隣家の大邸宅が自分の部屋よりも広い車庫を造り始めたことを呪い、無農薬キャベツから現れた青虫を飼育してみたり、四十三にしてエビの殻が剥けなかったり…。という第一部の「偶然の土石流」。

そして、作家である町田康の一面も見せてくれる。デビューのきっかけや、芥川賞受賞の裏側。約一年も書き続けた新聞小説「告白」のもう一つのあとがきや、「パンク侍、斬られて候」などの小説を書くということ。ナントカ先生の執筆風景や散歩風景のようなドキュメンタリーの見えない側面。井伏鱒二や内田百聞などに思うこと。そして、私のオールタイム文庫ベストテン。という第二部の「ときめきノーフューチャー」。

富岡多恵子「波うつ土地」、筒井康隆「エンガツィオ司令塔」、「辻井喬コレクション7巻」、萩原葉子「パ・ドュ・シャ 猫のステップ」「輪廻の暦」、中島らも「酒気帯び車椅子」、「山下洋輔エッセイ・コレクション2」忌野清志郎「瀕死の双六問屋」、北川悦史子「恋愛の神様」、若木真吾「Now’s the Past」という作品群の解説を集めた第三部の「実にいい」。

伊八と名付けたマックG4キューブとの悪戦苦闘ぶりが「ASAHIパソコン」に連載。それをまとめた爆笑コラムの第四部「伊八のいる風景」。コラムのようでいて、短編としても読めて、これは笑えた。何度も吹き出してしまった。初期設定から命名、音声入力にまつわる伊八のアホっぷりに、そして、デジタル音楽作り。いわゆるマックの体験リポートだ。

続けて読むには疲れるが、たまに無性に読みたくなる町田の文章。「伊八のいる風景」だけを読んでもおつりがくる。そんな一冊だった。

パンク町田のサイン。

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    2008

07.17

「ハチミツドロップス」草野たき

ハチミツドロップスハチミツドロップス
(2005/07)
草野 たき

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クールな高橋。坂本竜馬フリークの真樹。ちょっとエッチな田辺さんに、運動神経ゼロの矢部さん。これが我がソフトボール部の面々。仲間たちとの楽しい部活のかたわら、直斗との恋も絶好調な私・カズ(いちおうキャプテン)。でも、この幸せな中学生ライフが、なんとなくズレはじめてきて…。《出版社より》

中学三年のカズこと水上果頭子は、ジャンケンで負けてソフトボール部のキャプテンをすることになった。部員は二、三年をあわせてたった五人。しかし、彼女たちにはなんのあせりもなかった。それは何故かといえば、彼女たちがソフトボール部に所属している理由にあった。べつに汗まみれになって青春を謳歌するつもりでも、試合に勝つためでもなく、ただ、部活に入っていると内申書によさそうだからだ。サボリはOKだし、きびしい上下関係もない。つまり、ソフトボール部はいい加減な集団だった。よって、ドロップアウト集団のくせに、部活の甘くておいしいとこだけを味わっているやつら、という意味をこめて、ハチミツドロップスという別名を持っていた。

そんなソフトボール部に妹のチカちゃんが入部してきた。しかも、小学生のときにバレーボールで全国大会まで進んだ元バレー部の仲間九人を引き連れてやってきた。練習が始まってみると、新入生たちの完璧なプレイに圧倒され、最後にはふりまわされて終わってしまった。自分たちの居場所だったハチミツドロップスが、妹たちに乗っ取られて解散してしまったのだ。さらに、カズの災難は続く。付き合っていた直斗から好きな子ができたと別れを告げられた。ハチミツのように甘かった中学生ライフに一変して危機が訪れた。

少し痛い。いや、かなり痛い。だけど、こういう作品は好きだ。主人公のカズは、明るくて陽気、オバカでお調子者というカズらしさを演じてきた。高橋のクールにしても、田辺さんの見栄にしてもそうだ。ハチミツドロップスという場所でふざけたり、遊んだりして、自分たちの気持ちをごまかしていた。でも、その場所がなくなったことで、カズたちはひとりで苦しみとむきあわなくてはならなくなる。

しかし、それは突然の出来事で、カズたちは急には変わることが出来ずに各々に苦しむことになる。なにかを守るために、ふざけてごまかしてしまうカズの気持ちもわかる。シリアスな母を笑わせようとするカズは健気だ。そのカズと対照的に見える妹のチカちゃん。くそ真面目にがんばってしまうチカちゃんの自分しか見えていない痛さも少しはわかる。だけど、この姉妹は、似ていないようで似ていると終盤で明らかにされる。そして、これまで心の中を見せなかったチカちゃんが、ラストでそっと本心を覗かせるシーンにほろっきてしまった。

だけど、物語としては何も解決していない。カズの受けた心の痛みは、少しだけ前向きな一歩を踏み出すが、彼女たちの学校生活はまだまだ続くし、家族の傷の方は、この先にどうなったの予測がつかない。子供の方がより適応能力があって、大人の方がこじれると難しいということなのか。それとも、大人の方が打たれ弱いということなのか。そこが少し未練がましく感じる部分ではあるが、なんとなくまあいいか、と思えてしまう魅力があった作品だった。

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草野たき
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    2008

07.16

「ジャージの二人」長嶋有

ジャージの二人ジャージの二人
(2003/12)
長嶋 有

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読んだのは文庫版だけど、読んだ文庫の表紙とは違って、今の文庫画像が映画の宣伝臭がただよう画像だったので、単行本版の画像を使用した。その点はあしからず。

恒例の「一人避暑」に行く父親と犬のミロにくっついて、五年ぶりに北軽井沢の山荘で過ごす小説家志望の「僕」。東京に残った妻には、他に好きな男がいる。危ういのは父親の三度目の結婚も同じらしい。かび臭い布団で眠り、炊事に疲れてコンビニを目指す、アンチスローな夏の終わりの山の日々。ゆるゆると流れ出す、「思い」を端正に描く傑作小説。翌年の山荘行きを綴る「ジャージの三人」収録。《本の背表紙より》

グラビアカメラマンの父と会社を辞めたばかりの息子が、ぼろぼろの山荘で、大の男二人が小学校のネームが入ったジャージの上下を着て、のんびりと日々を過ごす一夏。それぞれに悩みはあるけれど、お互いに相手に打ち明けることなく、怠惰な日常のなかで、時おり訪れる人々との何気ないやり取りに、おだやかな気持ちになれる日もある。

主人公の僕は、妻から「好きな人ができた」と相談されてから、複雑な思いを持ちながらも妻からの電話を待っている。これがすごく切ないのである。どうにもならない事だとわかっているのに、決断を出すことができない。外聞だけを気にしてずるずるしているのだ。その一方で、仕事を辞めてプー状態だから、時間だけはいくらでもある。それなのに小説家志望といっているわりに執筆はまったく進まない。

その相方である三度目の結婚も危うい親父だけど、ダメ親父というわけでもなく、威厳があるわけでもない。ひょうひょうとしていて自由人の匂いがどことなくする親父だ。なんだか二人とも鬱屈した思いを抱えているのだが、緊迫感や寂寥感がうすいと思っていたら、雑誌「ダ・ヴィンチ」の父子インタビューで、実話が元になっていることを知った。このインタビューを読むことで、この親父のモデルが長嶋有の実の父親であると知り、なるほどなぁと腑に落ちた。雑誌の父子対談の中に、この作品の二人と同じ空気があったからだ。

うちの父子関係は、犬猿の仲で、とにかく性格が合わない。すること為すことすべてが気に障ってしまいイライラしか生まれてこないのだ。だから、本書を読んでも、二人の距離感に共感なんてこれっぽっちもなくて、こんな風に父親と二人だけで過ごすなんてことは、自分には絶対にありえないので、こんな父子は本当にいるのかと疑いの目線でしか見られなかった。だから、作品としては嫌いではなかったが、自分にはこの作品をうまく消化するスキルが欠けていた。

そういったまったくの個人的な事柄ではあるが、父子関係についての評価はできなかったが、魚肉ソーセージを代表とする小道具の使い方や、カプリコからくる人物の分析という細かさや、妻に構って欲しいけれどいじわるなことを思う複雑な心理や、腹違いの妹との踏み込めない会話や、畑の真ん中で立ち続ける女の子の謎など、漠然とだけどなんかいいのだ。何も得るものがないような日々が心地良いのだ。では、彼らの過ごした山荘へ行ってみるかと誘われたら、それは丁重に断らせてもらう。虫嫌いには堪えられない環境なので、それとこれとは別の話になるのである。

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    2008

07.15

「銀河不動産の超越」森博嗣

銀河不動産の超越銀河不動産の超越
(2008/05)
森 博嗣

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毎日が気だるい。これまでの人生は、なんとか危険を避け、そんなに頑張らなくても生きてこられる道をあらかじめ吟味して、言い換えれば、怠わけられるだけ怠わけて過ごしてきた。しかしながら、就職活動でことごとく惨敗が続き、ここだけはやめておけ、と言われた銀河不動産へ就職する羽目になった。

銀河不動産は、下町の商店街の一番端にある。六十五歳になる銀亀元治社長は気力の人で、大人しい事務員の佐賀佐知子は四十代だと思う。銀河不動産の三人目の社員が、私こと高橋だ。ようするに、現在三人しかいない。私としては、銀河不動産が存続するかぎりは、ここに勤めていたい。なにしろ、居心地が良い。社長はやや偏屈ではあるが、悪い人ではない。佐賀さんも、もちろん良い人だ。仕事量は少なく、私のような虚弱な人間には、おあつらえ向きといえる。

その客は、ある日の午後に現れた。間宮葉子という地元の大金持ちの夫人である。私は彼女をある物件に案内したのだが、彼女はそこを買う代わりに、そこに私が住むように、という条件を提示したのだ。賃貸料は五万円と破格に安い。私は成り行きで引っ越すことになってしまった。ただ、そこは一戸建てで、しかも部屋が異様に広すぎるので、部屋のコーナーに、自分のものをまとめて置くことにした。炬燵、冷蔵庫、敷きっぱなしの布団。全体の面積の三パーセントだけが、私の住居空間になった。

ぼつぼつと銀河不動産にお客たちが訪れる。ミュージシャンの丹波さんを連れたまま忘れ物を取りに家に寄り、新居が火災にあった芸術家の山田さんと島田さんの女性二人を臨時的に部屋へ住まわせたり、高齢者向けのアミューズメント施設を始めたいという池谷さんは何故か我が家でジェットコースタを組み立て出し、その池谷さんの娘である登美子さんが突然やってきてなんとなく流れで同居することになり、その彼女は、とても可愛らしく、優しい人で、さらに、私と結婚したがっているのである。この広い部屋を借りたことが、人生のすべてのきっかけになっていく。

いい意味で力が抜けていて、つかみ所がないのに、状況だけは加速しながら展開していく、という、巻き込まれタイプのような作品でいて、実は優柔不断な主人公がお人好しをした結果に基づいている。いわば、わらしべ長者ならぬ、成り行き長者のような作品だ。そして、作品の設定上、主人公に欠落しているものを、周りの人たちが代弁するような言葉や、その人たちの多少強引な行動力もありながら、成り行きに身をまかせるが、それをしたということが、努力だと言っている。私は、私なりに努力したと。こういう姿勢は世間では認めてくれないだろうが、実際に、こういうことが起こったらちょっと面白いだろうな。夢があって、ハッピーな気持ちになれる。そんな一冊であった。

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森博嗣
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    2008

07.14

「生まれる森」島本理生

生まれる森 (講談社文庫 し 75-3)生まれる森 (講談社文庫 し 75-3)
(2007/05/15)
島本 理生

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主人公のわたしは、同じ学科の加代ちゃんが夏休みの間は実家に帰っているというので、彼女の一人暮らしの部屋を借りることにした。深い森に落とされたような予備校の先生だったサイトウさんとの恋に、一方的に別れを告げられ、心のどこかで、新しい生活が始まれば彼のことなんてあっという間に忘れてしまうだろうとタカを括っていた。けれど実際は、未だにあのころの夢に捕まったまま途方に暮れていた。

そんなある日、だれにも話さなかった秘密を唯一打ち明けた高校時代の友人、キクちゃんからキャンプに行かないかという誘いを受けた。そのキクちゃん一家は、ガテン系のお父さん、バンドでボーカルをしているという中学生の弟の夏生君、区役所勤めの公務員だという兄の雪生さん、そして、同級生のキクちゃん。彼ら兄妹との関わりを通じて、わたしは少しだけ前へと一歩を歩み出す。

サイトウさんとの関係がよくわからない。離婚した四十歳の予備校講師が、高校生の生徒に優しくされたからといって、同じ部屋に泊まったり、抱き合ったり、一緒にお風呂に入ったりするけれど、体の関係はもたない。野獣になれとはいわないが、この男の精神構造が理解できなかった。いや、理解なんてしたくもないけど。とにかく最低な男だということだけはわかった。

その最低男との失恋で壊れてしまって、ぐちゃぐちゃになってという回想場面をまじえつつ、キクちゃんの兄の雪生さんが静かに温かく優しく主人公を見守る。その雪生さんが主人公を思う姿には恋心があると見え見えなのだが、このじれったさがたまんない。その弟の夏生君も、主人公のバイト先に顔を出したり、バンドのテープを渡したり、という距離感をキープしつつ、さり気なく姉の友人の前に現れる。中々愛いヤツなのだ。

そして、キクちゃん。高校時代にはあまり接点はなかったが、何故か突然仲良くなったという唐突感はあるものの、彼女がすごくかわいかった。どこか飛んでいるようで、私には友達が野田ちゃん(主人公)しかいないと言っているが、根っこの部分がすごく真面目で、男遊びも激しいようでいて、主人公にまっとうな意見を語ったりする。アンバランスなようでいて、主人公のことを本心から心配している。それに彼女の兄弟を見る目が、すごく仲良しなんだとこちらに伝わってくる。

主人公が捕われた森から脱出するという作品なんだろうが、途中からは、キクちゃんしか眼中になくなってしまった。「キクちゃん、わたし、どうすればいいんだろう」「私の胸で泣く?」 こういう男前なキクちゃんのような女の子は、どこかにいないかな。おっとっと、話が大きくずれてしまった。作品としても面白かったし、そしてなにより、キクちゃんがかわいかった。やはりそっちかよ(ヲイ)

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島本理生
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    2008

07.13

「渋谷ビター・エンジェルズ」横森理香

横森

渋谷ビター・エンジェルズ (ミステリーYA!)

シングルマザーの母親となんだかうまくいかない響、イケメンへの初恋でどうしたらいいのか分からない恵、初めてできた彼氏に絶対いえない秘密のある優香、妙な妄想に悩まされる健斗…、彼らの前にあらわれる天使たちは、ギャル男で、オカマで、ダンサーで、オバサンだった? 渋谷の天使たちとの、笑えて泣ける物語。《本の帯より》

シングルマザーの母は女手一つで私を育ててくれた。母はもともとキャリアウーマンだったから、私は小学生の頃から家事にいそしんだ。掃除はもとより料理なんか、今ではヘタな主婦よりもうまくできる自信がある。中学から私立の女子高に入って、お弁当になってからは、母親の弁当まで一緒につめてやる。だけど、時々、母親に対して無性にムカつく。普通の母親だったら、小学生の頃からまるで主婦みたいに働いている娘に感謝したり、ただの一度も母親らしいことをしてあげられなかった自分を反省したり、謝ったりするもんだろ。そう、心の中で罵倒しながらも、毎週お決まりの渋谷への買い物に響は母と出かけた。その響の前に天使が現れた。おっさんだけど、ギャル男の格好をした天使が。

心にくったくや悩みがある少女たちが、渋谷の街で風変わりな天使たちと出会う。その天使は強烈な個性と緩さでもって、少女たちの悩みを解消するサポートをする。という基本を同じくした作品集だ。キョーレツな母に対してわがままを言えない少女、初恋からくる体型などのコンプレックスに悩む少女、人とはあそこのカタチが違うんじゃないかと心配になる少女、頑張りすぎて妄想のネガティブ・スパイラルにはまる少年、そして、自分を出せずに受け身でいつづける元少女。

内容はマンガ的な展開でわかりやすい。天使たちの軽さもまあいい。出来すぎのラストも許容範囲。しかし、少女が話すギャル語だけはついていけなかった。とくに二話目の少女はキツかった。これだけはテンションの高さに自分の年齢が拒否反応を起こした。それともう一つ、本書はミステリYAシリーズだけど、どこがミステリになっているのかがわからなかった。

この作品がけっして嫌いではない。むしろわかる。大人から見ると取るに足らない悩みだけど、少女たちにとっては重大な悩みであったりする。これには共感できたとも言える。とくに三話目の性については、わかりすぎて、わかりやすすぎて、いろんなことを思い出した。本書の少女は、くらべっこはしなかったけれど…。つうか、これ以上は書けない。いや~、あの頃は若かった。

とにかく、軽く読めるが共感できて、少しだけ痛くて、思春期の青さがちょっぴり恥ずかしくて、そして、あんなこともあったなと懐かしくもなれる。少女のギャル語さえクリア出来れば、十分に楽しめるんじゃないだろうか。ミステリとしては認められないが、思春期ものとしてならグッドだった。

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その他の作家
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    2008

07.12

「忍びの国」和田竜

忍びの国忍びの国
(2008/05)
和田 竜

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人間離れした技ばかりが、忍びの術ではない。親兄弟すら欺き、ひたすら出し抜くこと。でなければ、生き残れぬ。戦国大名不在の国、伊賀国に織田軍一万余が攻め込んだ。「その腕、絶人の域」と言われる忍びの無門は想い女のお国を連れて敵前逃亡をはかるが……。歴史時代小説の枠を超えた面白さと圧倒的な感動に包まれる傑作長篇。《出版社より》

天正四年。この時期の伊賀の国では、戦国大名が不在の中、六十六人の地侍たちの間で、伊賀惣国一揆なる一種の同盟が結ばれていた。その第一条には、他国の者が当国に入った際は、惣国一味同心してこれを防ぐこと、と掲げられ、この六十六人の地侍から選出されたのが、十二家評定衆と呼ばれる十二人の地侍たちであった。

主人公は伊賀者の無門。上忍の命を受けて、忍び働きをする下忍。いわゆる忍者である。十二家評定衆の一員である百地家はおろか伊賀一国のうちでも「その腕絶人の域」と評された百地三大夫秘蔵の忍びである。他国の大名もこの男を雇うのに、三大夫に対して大金を支払った。ただ、非常ななまけものである。腕が良いのをいいことに、主の三大夫の下知もここのところ断りさえしていた。

無門には二年前に西国の安芸国から盗み出したお国という女がいた。ただ、お国は侍大将の娘という実家並みの生活にこだわり、彼女にとって関心があるのは無門の稼業ではなく、その稼ぐ額であった。そのお国の尻に敷かれた無門は、お国のご機嫌伺いのための小銭欲しさに、十二家評定衆の一員であり、小競り合いをする下山甲斐の次男を殺めた。そこには天正伊賀の乱に導く謀略が張り巡らされていた。

前作と同様にゆったりとした冒頭。中々動かない展開。そして何故か敵側の目線から物語は始まる。それともう一つ、史実の注釈が少しうるさい。気分は忍者なのに、たびたび説明が入るので、ずっと世界観に浸ることができない。しかし、一度物語が動き出せばその加速度はすごくはやいのである。

その伊賀対織田軍の戦闘シーンについては、一番盛り上がる場面なのであえて触れないが、伊賀者の尋常ではない働きに、わくわくドキドキが楽しめた。ただ、伊賀者という普通ではない感覚のない持ち主たちが集まる集団だからこそ、終盤には突然ゾッとさせられる。人を騙し、出し抜くことを至上とし、誰を犠牲にしようとも、金のために働く者たち。何度も前フリがあった言葉だが、一瞬で理解できてしまうと共に、その思想の怖さがはっきりとしたカタチとして見せられる。

評価としては面白かった。しかし、史実を大事にするのはいいが、エンタメ性を上げるならば、説明調の注釈は避けて、もっとさり気なく時代背景や薀蓄を織り込んでもらいたい。この著者の特色としてのねらいかもしれないが、現時点では浮いているのが気になってしまう。しかし、大阪人は大阪人を無条件に応援する不思議な民族である。今後もこの大阪出身の新人作家を応援し続けるぞ、とすでに大阪人である自分は決めている。次回作も買うぞ!できればまた、サイン本を。

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    2008

07.11

「館島」東川篤哉

館島 (ミステリ・フロンティア)館島 (ミステリ・フロンティア)
(2005/05/30)
東川 篤哉

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会社社長にして異能の建築家、十文字和臣。彼の最新作は、彼自身が老後に備えて造ったといわれる四階建ての別荘である。六角形の奇抜な外観と、内部に秘められた巨大な螺旋階段、その他にもさまざまな特徴を有する、このいかにも十文字らしい館は、完成から一年もしないうちに彼の遺作となった。螺旋階段の踊り場で、十文字和臣が変死体となって発見されたのだ。死因は転落死ではなく墜落死。階段から落ちたくらいでは、こんな死に方はしない。結局、警察の捜査員の懸命の努力にもかかわらず、捜査は早々と頓挫した。

十文字和臣の謎の死から半年が過ぎ、本州と四国を結ぶ瀬戸大橋計画のルートに組み込まれた瀬戸内海のとある孤島、この横島にある別荘に、十文字和臣のすべてを引き継いだ未亡人の康子夫人の意向によってふたたび事件関係者が招かれた。

遠縁にあたる岡山県警捜査一課の相馬隆行。康子夫人の姪である私立探偵の小早川沙樹。十文字の右腕だった副社長の鷲尾賢蔵。県会議員の野々村淑江。そのひとり娘の奈々江。主治医の吉岡俊夫医師。フリーライターの栗山智治。そして、複雑な関係にある三人の跡取り息子、長男の信一郎、次男の正夫、三男の三郎。

彼らが集った別荘では、新たに連続して殺人事件が勃発する。しかし、嵐による悪天候のために警察の到着は望めない。そんななか、未亡人に依頼された女探偵は若手刑事を引き連れて事件および異形の館の謎に立ち向かう。

東川篤哉といえばユーモアミステリという方が多いだろう。しかし、これをミステリとは認めたくない。いや、他の東川作品もミステリとは言いたくない。何故か。それはなっていないからだ。冗談のような犯人の動機にしろ、SFのようなありえないトリックにしろ、こじ付けのような推理にしろ、ぜんぜんミステリになっていないからだ。それを知っていてなぜ読むのか。ユーモアの部分が格別に面白いからだ。

思い出したら下心をむき出しにする若手刑事の相馬隆行と、ただの酒豪のようでしかない女探偵の沙樹との絶妙なボケツッコミや、そこに美少女の奈々江という天然ボケを加えたトリオによる漫才と、あれこれカタチを変えながらも繰り広げるどたばたコメディ。これがとんでもなく面白いのだ。キャラが立つという言葉がピッタリくるのだ。この笑いについては読んでみてのお楽しみにしておくが、ミステリの拙さを差し引いても、読む価値ありだと思う。

こういったコメディだけを期待して読んでいる作家だが、いつかはミステリとしても読ませる日が来るのだろうか。今のところ、そんな兆候はまったく見えない。このまま見えないままでもいいかとも思うが…。

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東川篤哉
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    2008

07.11

「眠らない少女」高橋克彦

眠らない少女―高橋克彦自薦短編集 (角川文庫)眠らない少女―高橋克彦自薦短編集 (角川文庫)
(2006/08)
高橋 克彦

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深夜2時を過ぎても眠ろうとしない5歳の娘に手を焼き、妻が口にした一言。この一語によって、夫は、かつて耳にした世にも恐ろしい物語「人喰いあまんじゃく」を思い出すのだが…(表題作「眠らない少女」)。ホラー、ミステリー、タイムトラベル、幻想、掌編小説…。「いつかは果たしたい夢」だったと語る著者自薦による初期短編集。いずれも名品佳品の、高橋文学の精髄を示す宝玉10編!全編自作解題付き。《出版社より》

この短編集は、読んだことがある作品ばかりだった。ということは、高橋作品のすべてを持っている身としては、二重買いになってしまったことになる。やってしまった。内容を確かめずに買うから、こういうことになってしまうのだ。でも、半分以上は忘れているだろうと思って読んでみた。

やはり、高橋克彦のホラーは怖かった。背筋がぞぞぞっとするのだ。それ以外のジャンルもすごく上手い。懐かしいシリーズの短編もある。そして、今回のように再読するたびに思うことがある。自分の頭が忘れっぽいトリ頭で良かったと。さて、自虐はこの辺までにして、さらっと内容紹介をしておこう。

潜在意識の奥底で眠っていた記憶が、妻の一言でよみがえる「眠れない少女」では、著者のねらいどおりに気持ち悪くなり、三十年ぶりに参加したクラス会は、お互いに記憶のない人物ばかりだったという「卒業写真」では、記憶の錯覚に切なさがあふれ、美術界のスーパーマンである搭馬双太郎が初登場して、冷静に贋作者の罠に立ち向かう「歌麿の首」では、また塔馬の新作が読みたいと欲求がわき、「蒼夜叉」の原型作品だという「ばく食え」では、現代に伊達政宗が登場かよとツッコミをし、ホラーの「子をとろ子とろ」と幻想的な「星の塔」は、東北の民話をモチーフに上手く話を膨らませ、不思議な温泉宿に迷い込む「ゆきどまり」と母の死を追って無限ループにはまる「ねじれた記憶」は、ちょっと面白いオチが待っている。そして、覗くと人を狂わせてしまう魔鏡の「鏡台」を読むと、ラストには「ドールズ」の目吉センセイが登場する「紙の蜻蛉」が待っている。

高橋克彦といえば、多作でジャンルも幅広いことで有名だが、その高橋克彦がぎゅっと詰められた一冊になっている。自分のように高橋作品を読み尽したファンならば、新刊が待ち遠しくなるだろうし、あまり高橋作品を読んだことがない方には、自分に合う作品傾向が見つかるかもしれない。ここにはなかったが、いわゆるノーマルなミステリや、歴史ミステリや、歴史大河や、伝奇小説など、多数のジャンルを描いているからだ。ご本人はホラーが一番好きだと語られているが、どれもこれもすごく面白い作品ばかりだ。まだ読んだことがないという方は、本書を高橋克彦の入門書にしてはどうだろう。

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高橋克彦
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    2008

07.10

「カウントダウンノベルズ」豊島ミホ

カウントダウンノベルズカウントダウンノベルズ
(2008/05)
豊島 ミホ

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J-POP TOP10チャートから生まれるドラマ。トップを走り続ける歌姫の恐れ、人気アイドルグループの輝きの秘密、解散直前バンドの悲哀、話題の新人のデビューの経緯――トシマミホが音楽シーンで生きる若者達の光と影を描いた小説集。《出版社より》

チャートにランクインしたアーティストたち。そのアーティストたちのそれぞれの内面を描いた作品だ。カウントダウンならば、順位が下から上がっていくのが当たり前だが、これはまったく逆で、一位から順番にひとつずつ下りていく。その手法によって、ランク下位にいるアーティストたちの上辺だけでない悩みや葛藤を掘り下げていく。

伊藤ありさ、二十五歳。女性アーティストでシングルチャート一位を最多獲得している歌姫。この歌姫の地位はいつか譲ることになるなんて、最初からわかっている。でも、ずっと欲しがられていたい。「あたしはいい子」

相葉ミリ、二十二歳。しっかり歌って踊ってみんなをアゲて、そして自分も楽しい思いして恋もして幸せになりたい。あたしには、帰るところがちゃんとある。だから、手にしたものを、ちゃんと持っていかなくちゃいけない。「ぜんぶあげる、なんでもあげる」

スモール・ロンドン。Vo.智、G.伊勢谷、B.ムチP、Dr.アタル。七年前の高校時代にバンドを結成し、デビューから二年目。このスピードは怖い。速すぎて、真正面すら見えていない気がする。戸惑いから、バンドは崩れてしまうんじゃないか。「話があるよ」

コンペイトウスパーク。DJ.マリモ、MC.かっぺと相良。自分の頭の中にある音楽という楽園を他の人にも見せてやりたい。忙しい日々の中で、自分の楽園がなおも育ち続けると思われたある日、楽園が聞こえなくなった。「楽園が聞こえる」

シュガフル。景、ミーミーたちによる六人組のアイドルグループ。とっても尊い一瞬を生きている。高校生くらいじゃわかんないソレが、アイドルをやったおかげではっきりと見える。普通の子に戻るなるなんて、一度も考えたことがなかった。「きらめくさだめ」

浅田真樹。自分が歌ってる。聴いてくれる人がいる。路上ライブでCD手売り一千枚という目標を達成してデビュー。私の歌がみんなに届いて売れているんだと思った。なのに、この声が、正味の形で届いてはいないなんて。「きたない涙」

英怐子。音楽家の両親の才能を継いで生まれ、音楽家の道を踏み外してやったつもりで、ポップスの道に進んだ。わたしは、あの子守唄を、たったひとりの我が子のための歌を、結局リリースしてしまった。でも、馬鹿なわたしはやめられない。「ピクニック」

ウィンド・オア・ソングス。篤史は周とデュオを組んでデビューを果たした。それから二十年以上やってきた。今年四十三になる篤史は、声が出なくなった。若いときの曲を思うように歌えない。だけど、ステージの上で再現し続けたい。「永遠でなくもないだろう」

アライブ・オン・ザ・エッジ。オーディションからデビューまで放送された企画ものバンド。後ろ盾がなくなって、気づいたら、売れないバンドになっていた。ベースの江島、ドラムの名取、ボーカル&ギターのトモに、事務所から解雇が告げられた。「ラストシングル」

沼倉雄介。学校で日常的に行われるイジメ。ラジオから流れる曲のどれもが、自分を救ってくれなかった。沼倉は歌い始めた。ただ絶望を歌いあげる、自分だけのための歌を。なんら救いも励ましもない歌詞を、適当なコードに乗せてギターを弾く。「絶望ソング大全集」

この歌姫はあの売れっ子で、セクシー系の関西弁の女の子はあの人で、アイドルグループは娘かな。などと、想像しながら読んだ。流行り廃りの激しいJ-POPはほとんど聴かない。聴いても心に残る歌や曲がないからだ。しかし、そんな彼らにも、長いか短いかは別にして、一瞬の輝かしいスポットがあたる。その輝きを努力で継続しようともがく者、何も考えずに自分の勢いを信じる者、余裕がなくなる者、自分の才能だけに頼る者、仲間に自分にないものを見つける者、大人の世界に翻弄される者、世間の期待に自分の好きの反対を行く者、衰えを認めたくない者、ブームが終わった惨めな者、これからの可能性に生きる者など、華やかな世界であるがゆえに、そこに生まれる影も濃いわけで、さまざまな人間模様がここにはある。

読み物としての試みは面白いとは思うが、アーティスト十組の人間ドラマに拡散した結果、少し小さくまとまっていたように思った。十人十色のいろんなパターンが読めるという点では面白いのだけれど、ガツンとくるものがなかったように感じた。よって、個人的には、本書はもうちょっとだったかな。

TBさせてもらいました。「まったり読書日記」

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豊島ミホ
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    2008

07.09

「動物園の鳥」坂木司

動物園の鳥 (創元推理文庫)動物園の鳥 (創元推理文庫)
(2006/10/11)
坂木 司

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外資系の保険会社に勤める坂木司はいつもの友人の部屋にいた。鳥井真一。ひきこもり気味のコンピュータ・プログラマーで、最近では探偵のようなことをちらほらやっている。というのも、坂木が外出嫌いの彼をなんとかして外へ引っ張り出そうとしているうちに、いくつかの事件に巻き込まれ、それを鳥井が持ち前の頭脳で解決した結果、他人の相談事が持ち込まれるようになったからだ。

春が近づくある日、鳥井の部屋へ二人のお年寄りが訪ねてきた。坂木のお得意さんであり、今となってはもう年上の友人と呼んでも差し支えはないだろう木村栄三郎さん。もう一人は、栄三郎さんの幼なじみの高田安次朗さん。その安次朗さんは動物園にボランティアとして通っているが、松谷明子さんという二十三歳のボランティアも通っていて、最近の彼女はどことなく元気がない。原因は動物園に住み着いた野良猫が虐待される事件があいついで起こり、その野良猫の姿を見て心を痛めているという。

さっそく動物園に向かった坂木たちだが、その帰りに坂木は一人の男に声をかけられた。名前は、谷越淳三郎。坂木と鳥井が中学校のときのクラスメートで、鳥井を苛めていた奴だった。そう、思い出したくない人物。坂木の人生で唯一、存在を消したいとまで考えた人物。それが谷越淳三郎という男だった。シリーズ三冊目にして完結編。

苦手な部類に入るこのシリーズも終わってしまった。そして、三冊目にして、やっとしっくりきた。鳥井が引きこもる原因になったイジメや、坂木が鳥井に依存するようになった理由が明らかにされている。この原因や理由がわからなかったので、二人のべったり具合が気持ち悪かったのだとここにきてわかった。それと合わせて、二人をそっと見守ってきた友人の滝本にも、心の傷があったことが明かされる。その滝本には妹がいて、今回はたまたま上京していたので坂木たちと行動を共にする。この美月ちゃんがかわいくて、さらにミニ鳥井みたいで笑えた。

その一方で、イジメのことや、肩書きで人物を判断することや、ぶりっこで壁を作っていることなど、読んでいて重くなる場面がある。一番名の知れたものを選ぶブランド信仰と、それによる他者への世間体の押し付け。そして、同調しないものを排除するというイジメへの流れには、おもわずほほうと唸ってしまった。そういうイジメのパターンは確かにある。人と人は違うことが当たり前なのに、同類じゃばければハブをする。こんなことをするやつは小せえ。それに乗っかるやつも小せえ。そんな男をぐうの音が出ないほど理論攻めする場面は、ツッカエが取れたように胸がすうっとした。

本書は単独のミステリとしては物足りない。だけど、これまでの謎だった事柄が解けたというシリーズを通してのミステリとしてはアリだった。それに完結編としても、この内容なら納得できたし、心憎いオマケも巻末にあった。でも、これで終わってしまったことは、少しは寂しいかも。それに、坂木作品をすべて読んだことになるので、次に読む本がないことも寂しい。新刊をプリーズ。


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坂木司
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    2008

07.08

「かわいいカノン」季東将司

かわいいカノンかわいいカノン
(2008/05/17)
季東 将司

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かわいいね、とはじめて言われたのは7歳のときだった。そう言った肉屋のトシちゃんは、その2日後にずっと付き合ってた彼女と結婚した。あたしはわりとトシちゃんのことが好きだったから、落胆し、憤慨した。男なんて信ずるまい、と赤いランドセルの留め金をかちゃかちゃいわせながら拗ねた。カノンだってかわいいよ。マリちゃんのその一言は、10歳のあたしの自信を一気に回復させた。

従姉妹のマリちゃんはあたしのあこがれの人だった。細くて、でも出るとこは出てて、かわいくて、大きな目が愛くるしかった。そのマリちゃんが素敵なことを教えてくれた。かわいいね、とか、キレイだね、とか言われたらその数をちゃんと覚えておくこと。いち、にい、さん、しい……ひゃく。100番目。100番目にかわいいと言ったその人が、きっと運命の人だから。あたしはその日から「かわいいカウント」を始めた。先行きが不安だったので、肉屋のトシちゃんを記念すべき1番目にしてやった。そして、月日は過ぎる。

カメラマンのヒタチダイゴはいけ好かない。いけ好かないが、初恋のオトコだった。菅野カノン、小学生のとき「カノンのキャメラ」。タイラエイキは背の低い王子様。学年一の人気者から告白された。菅野カノン、中学生のとき「マイ・ダーティー・ハリー」。1つ年下で不器用なバイト仲間のカジくん。複雑な家族への想いを持つカジくんだけど、気が付けば好きになっていた。菅野カノン、高校生のとき「シンデレラ城を、あなたに」。人数合わせで合コンに参加をすると、中学時代の同級生と再会した。キャラの変わった和泉ノブに心をぐらぐら揺られる。菅野カノン、21歳のとき「同級生」。ライバルは5歳児の女の子。そしてついに、100番目をカウント。菅野カノン、26歳のとき「カウントダウン」。

広末涼子絶賛!という帯の文字に期待値を下げてしまったが(失礼)、そんなことは杞憂にすぎなかった。かわいいカノン。捻りはまったくないが、タイトルそのままにカノンがかわいかった。カノンの話し口調や、乙女ちっくな物の考え方や、成長しながらも一本の筋が通った変わらないところや、素敵な出会いからくる当然の別れなど、もうすべてがかわいくて、トロさが愛らしくて、幸せになって欲しいと応援したくなる。

基本的に悪いやつは出てこないが、カノンが恋心を抱く人物を除けても、たくさんの魅力ある人物が登場していた。友達のようなお母さんや、中学の数学教師だったハリーや、肝心なことはすべて任せてくるバイト先の店長や、ダメ男っぽいが憎めないノブの兄など、時にはひと際大きな輝きを放つ人物たち。主人公のカノンよりも目だってしまうサブキャラたちがすごく良かったと思う。

それに、飛びぬけて美人だとか、人よりどこそこが優れているとか、母性のかたまりだとか、そういう女の魅力や色気があるわけではなくて、カノンはいたって普通なところ、むしろさえない系の平凡な女の子だったところが好印象に繋がった。バカはみんなに愛されるとか、好きになって後悔のない人などと、作中でカノンを評していたが、ほんとにその通り。この作品には、かわいいという言葉しか出てこない。とにかくとにかく、かわいいのであった。

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    2008

07.07

「ささらさや」加納朋子

ささらさや (幻冬舎文庫)ささらさや (幻冬舎文庫)
(2004/04)
加納 朋子

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生まれて間もない赤ん坊をかかえる新婚夫婦だが、突然の交通事故で夫はあっけなく亡くなってしまった。義姉夫婦には子供がおらず、義姉は赤ん坊を養子として引き取ると言い出し、養母からはいっそ身軽になってしまった方が、あなたのためになると言われ、養父からは孫の将来のことをじっくり考えろと言われた。このままじゃ、ユウスケを盗られてしまう。サヤは彼らが怖かった。逃げるしかない。でもどこへ? ここでようやく、思い出したことがあった。可愛がってくれた亡き伯母が、遺言で自分の家を遺してくれていたことを。サヤは赤ん坊のユウスケと佐々良の街へ、伯母の家へ引っ越してきた。

サヤの周辺では不思議な事件が次々と起こる。けれど、サヤの側にはいつも守ってくれる存在があった。ささら さや……。と風が吹く。馬鹿っサヤ。おまえがそんなに馬鹿だから、そんなに弱くて頼りなくて馬鹿だから、俺は成仏できないんだぞ。なにか問題がサヤの身に降りかかると、亡き夫が他人の身体を借りて助けに来てくれる。馬鹿っサヤ、という愛情のこもった言葉と共に。

理不尽でおかしなことだらけの世の中で、怒らずに、いつだって気弱な笑みを浮かべて、簡単に諦めたり許したり忘れてしまうサヤにも、佐々良の街に来て新しいお友達ができた。世間知らずで内気なサヤを叱咤激励してくれる読書家の久代さん、甘えさせてくれるお母さんのようなお夏さん、いつも目を光らせていてくれる詮索好きな珠ちゃん、という女学校時代に同級だった三人の老婆たち。そして、公園で知り合ったヤンママのエリカと息子のダイヤくん。

にぎやかな彼女たちお友達と日々を過ごす中で、サヤを助けてくれる人たちがもうたくさんいるということにやがて幽霊の夫は気づく。サヤ自身と、サヤの周りにいる人たちの力があれば、いくらかは遠回りになるかもしれないが、問題はきっと解決するに違いない。自分がいなくても、何とかやっていける。いくらでも幸せになれる。それは喜ぶべきだ。本当にありがたいことだ。自分はすでに、死んでしまったのだから。

個人的なことだが、この「ささらさや」がマイベスト加納作品だ。そして、今回が三度目の再読になった。いや、再々読か。大好きで頼りになる夫が、冒頭で死んでしまうという悲しい設定のはずが、むしろほんわか温かく描かれている。サヤの頼りないところやどんくさいところにやきもきし、三人の老婆たちのやり取りに笑って元気をもらい、エリカの毒舌におもわず吹き出してしまい、時折あらわれる郵便配達員のサヤを眩しそうに見る目線が微笑ましい。そして、やはり一番は泣けてくるところだ。悲しくて、切なくて、泣けるのではない。たくさんの愛を感じて、泣けてくるのだ。

いつも謝り、いつも騙され、いつも助けられている印象があるサヤだけれど、すべてを許せてしまうということは、一番の強さなのかもしれない。それに、かなり強情な面もあって、思い込んだらテコでも動かない。弱々しくてお人形さんのように見えても、女性の本質の強さを持っている。これに気づかないで、俺が守ってやる、と思ってしまう自分を含めた男ってお馬鹿さん。女性は強い。母は強しなのだ。

この本はまた、確実に再読するだろう。そして「てるてるあした」もまた。

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加納朋子
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    2008

07.06

「実験4号 後藤を待ちながら」伊坂幸太郎

実験4号―後藤を待ちながら実験4号―後藤を待ちながら
(2008/04)
伊坂 幸太郎山下 敦弘

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新作小説と新作映画がコラボ!熱狂的人気を誇る2人が場所やキャラクターをリンクさせた奇跡のコラボレーション作品集Theピーズの名曲『実験4号』に捧げる、青春と友情と感動の物語!《出版社より》

本とDVDがセットになっているはずが、図書館ではDVDの持ち出しが禁止。こんなことってありかよ。ブー、ブー。そんなわけで、コラボなのに中途半端な楽しみしか味わえなかった。本のことだけになるけれど、一応、伊坂を読んだ体で書いておく。

温暖化が進んだ近未来の世界。このままでは地球は住めなくなる、大変なことになる、と誰も彼もが、政府やマスコミが騒いだ結果、人口の三分の二が火星に移住し、地球は十年ほどで過疎化してしまった。ベースの柴田、ドラムの角倉さん、ギターの後藤のスリーピース・ロックバンドも、後藤が三年前に火星に行ったことで、実質、活動は休止してしまった。そして二人は、火星からのロケットが空港に着くたびに後藤の姿を探し、生徒が3人になった小学校の片隅を借りてバンドの練習をしながら、後藤を待っていた。

世の中でロックは誰も見向きもしなくなり、ジャカジャカと呼ばれる音楽が流行している。俺らはロックにこだわっていた。だけど、ロックンロールとは何だ。その答えを探していたある日、柴田はたくさんの紙が入っているダンボール箱を見つけた。それは名前も聞いたことがない大昔のロックバンドのインタビュー記事で、バンドのデビュー当時から時系列順に記事が並んだクリアファイルだった。

そのバンドは三人組ということもあって親近感が沸き、彼らの発言も面白く、いつの間にか完全に感情移入をし、このバンドのことなら何でも知っているかのような錯覚を覚えていた。その記事の後半でギタリストが途中で抜けてしまい、バンドは活動停止になったところで記事は終わっていた。ロックンロールとは何だ。日本語にするとどういう意味なのか――。

Theピーズというバンドありきの作品になっているが、そのピーズを知らないので、感慨深いとか、個人的に何かを思うことはまったくなかった。あら、そうなの、という程度の印象だった。ここでDVDを見ていれば違うことを感じるのかもしれないが、見ていないのだからしょうがない。図書館がもっと融通が利いてくれればなあ。なんだか消化不良の読書になり、感想になってしまった。

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伊坂幸太郎
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