「ジャージの二人」長嶋有
2008年07月16日 (水) | 編集 |
ジャージの二人ジャージの二人
(2003/12)
長嶋 有

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読んだのは文庫版だけど、読んだ文庫の表紙とは違って、今の文庫画像が映画の宣伝臭がただよう画像だったので、単行本版の画像を使用した。その点はあしからず。

恒例の「一人避暑」に行く父親と犬のミロにくっついて、五年ぶりに北軽井沢の山荘で過ごす小説家志望の「僕」。東京に残った妻には、他に好きな男がいる。危ういのは父親の三度目の結婚も同じらしい。かび臭い布団で眠り、炊事に疲れてコンビニを目指す、アンチスローな夏の終わりの山の日々。ゆるゆると流れ出す、「思い」を端正に描く傑作小説。翌年の山荘行きを綴る「ジャージの三人」収録。《本の背表紙より》

グラビアカメラマンの父と会社を辞めたばかりの息子が、ぼろぼろの山荘で、大の男二人が小学校のネームが入ったジャージの上下を着て、のんびりと日々を過ごす一夏。それぞれに悩みはあるけれど、お互いに相手に打ち明けることなく、怠惰な日常のなかで、時おり訪れる人々との何気ないやり取りに、おだやかな気持ちになれる日もある。

主人公の僕は、妻から「好きな人ができた」と相談されてから、複雑な思いを持ちながらも妻からの電話を待っている。これがすごく切ないのである。どうにもならない事だとわかっているのに、決断を出すことができない。外聞だけを気にしてずるずるしているのだ。その一方で、仕事を辞めてプー状態だから、時間だけはいくらでもある。それなのに小説家志望といっているわりに執筆はまったく進まない。

その相方である三度目の結婚も危うい親父だけど、ダメ親父というわけでもなく、威厳があるわけでもない。ひょうひょうとしていて自由人の匂いがどことなくする親父だ。なんだか二人とも鬱屈した思いを抱えているのだが、緊迫感や寂寥感がうすいと思っていたら、雑誌「ダ・ヴィンチ」の父子インタビューで、実話が元になっていることを知った。このインタビューを読むことで、この親父のモデルが長嶋有の実の父親であると知り、なるほどなぁと腑に落ちた。雑誌の父子対談の中に、この作品の二人と同じ空気があったからだ。

うちの父子関係は、犬猿の仲で、とにかく性格が合わない。すること為すことすべてが気に障ってしまいイライラしか生まれてこないのだ。だから、本書を読んでも、二人の距離感に共感なんてこれっぽっちもなくて、こんな風に父親と二人だけで過ごすなんてことは、自分には絶対にありえないので、こんな父子は本当にいるのかと疑いの目線でしか見られなかった。だから、作品としては嫌いではなかったが、自分にはこの作品をうまく消化するスキルが欠けていた。

そういったまったくの個人的な事柄ではあるが、父子関係についての評価はできなかったが、魚肉ソーセージを代表とする小道具の使い方や、カプリコからくる人物の分析という細かさや、妻に構って欲しいけれどいじわるなことを思う複雑な心理や、腹違いの妹との踏み込めない会話や、畑の真ん中で立ち続ける女の子の謎など、漠然とだけどなんかいいのだ。何も得るものがないような日々が心地良いのだ。では、彼らの過ごした山荘へ行ってみるかと誘われたら、それは丁重に断らせてもらう。虫嫌いには堪えられない環境なので、それとこれとは別の話になるのである。