2008年07月20日 (日) | 編集 |
![]() | 底辺女子高生 (幻冬舎文庫) (2006/08) 豊島 ミホ 商品詳細を見る |
「本当の私」なんて探してもいません。みっともなくもがいてる日々こそが、振り返れば青春なんです―。「底辺」な生活から脱出するため家出した高校二年の春。盛り下がりまくりの地味な学祭。「下宿内恋愛禁止」の厳粛なる掟。保健室の常連たち。出席時数が足りなくて、皆から遅れた一人きりの卒業式。最注目の作家によるホロ苦青春エッセイ。《本の背表紙より》
これまで育った町では、女子はだいたい自分のことを「オラ」と言っていた。それが秋田県立高校に入学すると、周りはみんな「あたし」だった。一人称矯正プログラムを実施する一ヶ月。二年生になって、新しいクラスに馴染めずに、五月病にやられて教室からドロップアウト。長年貯め込んだ郵便貯金を下ろして、最初の大阪から、つかまえられてしまった秋田市を含め、七都市・十三日間という自分探しの旅をする。つまり、家出をした十六歳の豊島ミホ。
その結果、あまりに遠距離の通学によるノイローゼのためとされて、学校の近くに下宿することになった。下宿生活には馴染むことができたけれど、教室のみんなのことはだいっきらいのままで、保健室にこもるようになった。完全にそこの住人と化すが、同じような常連たちがおり、自然と保健室コミュニティができた。さらに美術部に入部すると、美術室は自分に合って居心地が良かった。
他にも、つまらない学園祭のこと、地味女子の味方だった卓球のこと、楽しい夏休みを待ち続けただけの夏休みのこと、男子とほとんど話せなかったこと、憧れだった先輩のこと、親しくなかった中学の同級生の死のこと、冬のトラウマになったスキー教室のこと、ハガキを出すほどのラジオっ子だったこと、などのエピソードがぎっしり。そして、出席日数が足りずに補修を受けて、校長室で行われたたった一人の卒業式。
読んでいて思ったことは、ここまで赤裸々に語ってもいいのかよ、ということ。地味な女子は良いとして、ひくつ病は痛すぎる。学校ではなくて、ただ漠然と教室の集団が嫌で嫌で、現実逃避をしまくっている。それゆえに、自分のいるところから抜け出したくて、大阪まで家出をする。そのパワーはすごいとしかいいようがない。無謀だけど、地味な子の方が大きな行動力があるのかもしれないと思った。
自分の場合は、年中バンドに明け暮れて、友達の家に何日も入り浸って、女子と手をつないで下校して、という豊島さんとは違う能天気な浮かれ高校生だった。一応進学校に通っていたけれど、髪は金髪で通していたから、保健室ではなく生活指導室の常連だった。だからもし、同じクラスにいたとしても、お互いに眼中に入らなかっただろう。そういったこともあって、余計にこのエッセイを読んで、勝手に作りあげていた豊島さんのイメージと、当時の病んでいた姿に違いがありすぎて、ただただビックリの内容だった。
しかし、豊島さんが作家になったことで、当時は地味だった女の子と、やんちゃだった男の子が、こうして著者と読者という立場で出会った。人生って、先に何があるのかわからないから面白い。そして、このエッセイの底辺に対して、きらきらしたがコンセプトの「檸檬のころ」はまだ未読なので、読むのが楽しみになった。
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