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    2008

09.30

「美女と竹林」森見登美彦

美女と竹林美女と竹林
(2008/08/21)
森見登美彦

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妄想作家森見登美彦氏は、作家として行き詰ることを見越して、多角経営を志し、竹林経営へ進出することにした。具体的行動が必要である。登美彦氏の念頭にあったのは、数ヶ月前に鍵屋さんという職場の先輩から聞いた話であった。世間話をしているとき、鍵屋さんの家が竹林を所有しているという話が出た。「今は手入れをする者が誰もおらず、荒れはてたままになっている」と鍵屋さんは語った。その竹林に、俺が手を入れるというのはどうであろう。心配しいしい切り出してみたら、「好きにしてええよ」ということになった。

十月のある晴れた竹林日和、登美彦氏は洛西の竹林へ分け入ってみたが、荒れて薄暗い竹藪をうろつく己が不審者以外の何ものにも見えないことを発見。子兎のごとく淋しがり屋で、一緒に竹を刈ってくれる心の友を必要とした登美彦氏は、ともに笑いともに泣いてきた盟友・明石氏へ協力を要請した。「竹、切らん?」「ええよ」頼りになる友のかぎりなく無力に近い腕力と法科大学院仕込みの知識を武器に、登美彦氏はみごと竹林を整備して、二十一世紀竹林経営のパイオニアとなることができるのか?

竹林伐採エッセイかと思ったがどうも違う。途中から虚実が入り乱れて、妄想が暴走していく。MBC(モリミ・バンブー・カンパニー)設立、たまには小説も書く社長を目指すものの、締切次朗との死闘、山本周五郎賞受賞という予想外のオメデタにより、雑誌や新聞のインタビュー、写真を撮られる、サイン会に引っ張り出される、そしてまた締切次朗を蹴散らすなど、仕事が忙しくなったことによって、たびたび、いやほとんど、竹林伐採事業は暗礁に乗り上げたままになってしまう。そこで本来の趣旨から果てしなく逸脱し、いつの間にか竹林との悲劇的別離というか、竹林をこじつけた物語へと、様相を変えていく。要するに、行き当たりばったりの何でもありなのだ。

本書が雑誌に連載されていた時期といえば、「夜は短し歩けよ乙女」が売れに売れ、「新釈走れメロス」「有頂天家族」が出版され、一躍、森見登美彦という名前が書店の目立つ場所にでんと鎮座し出した頃である。その多忙な作家の普段見られない一日の姿を描き、また授賞式での万城目氏にパンチの真相や、憧れの本上まなみさんとの初対面のこと、それら森見ファンなら喰いつくようなことがさらりと披露されていて、竹を刈るだけなのに、あっちこっちへぶんぶん話題を振り回し、果ては未来予想まで妄想する。

さて、本書は一体何なのか。「竹林が好きです」という漠然とした愛を、なんとかカタチにしようとした登美彦氏の涙ぐましい努力の結晶である。ただし、万人受けするような本ではない。ファン限定という狭き門戸しか開いていないのだ。彼のブログが好きという方にだけ、お薦めしたい。

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森見登美彦
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    2008

09.30

「晴れた日は、お隣さんと。」福田栄一

〔MF文庫 ダ・ヴィンチ〕晴れた日は、お隣さんと。 (MF文庫 ダ・ヴィンチ ふ 1-1)〔MF文庫 ダ・ヴィンチ〕晴れた日は、お隣さんと。 (MF文庫 ダ・ヴィンチ ふ 1-1)
(2008/06/21)
福田栄一

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修士課程を修了し、菜美は大炊郷土資料館で事務員として働くことが決まった。実家からの引越しの荷解きもほとんど終わり、ようやく部屋が落ち着いた状態になった。窓の外には、柔らかな春の日差しを浴びる畑が一面に広がっている。視界を遮るような高い建物はないから、アパートの二階にあるこの部屋からでも遠くの山の麓まで見渡すことができる。ふと視線を近場にやったとき、菜美はぎくりとして固まった。二十メートルほど先に打ち捨てられたプレハブ倉庫が建っていて、いつの間のかその裏手に妙な男が姿を現していた。

男は腹回りにたっぷりと肉を付けた体型だった。初老くらいの年頃だろうか。そんな外見の特徴はどうでもよく、一番重要なのは男が素っ裸でいるということだった。男が屈みこんだ拍子に尻の割れ目まで見えてしまったので、慌てて視線を逸らした。もし、あれが近所に住んでいる変態だったりしたら。そこは増渕さんのお家で、お風呂がないので水浴びをしていたとのことだった。子供たち相手に塾を営む元大学教授の増渕さんは、ちょっと変わったお隣さんだった。

先生はのんびりとした人柄で頼りになる反面、無邪気で奇抜な行動に驚かされてばかり。先生を敬愛する同い年の康孝は、無愛想だが端正な顔立ちで気になる存在。先生の娘で双子の姉の沙紀は、康孝のことで対抗意識を燃やし、妹の由紀は、二人が張り合うのを見物して楽しもうとする魂胆が見える。先生はといえば、家族とは別居、大学を辞めた経緯も不明と、謎がいっぱい。そして職場では、同僚の佐枝子から嫌がらせを受ける。波乱含みの菜美の新生活が、ここに始まった。

次々と起こる、大小さまざまな事件。大事なマスターキーを失くしたり、先生の過去にまつわる濡れ衣事件が起こり、嫌がらせから始まった郷土史研究会での発表に、そして、恋する人の留学と、ばたばたとした騒がしさが福田さんらしい作品で、それプラス「あかね空」のように、これが田舎だというのんびりした時間が流れている。めっちゃ当たりというわけではないが、安心して読めるのだ。

そして、先生にしろ、康孝にしろ、由紀にしろ、タイプは違うのだけど、とにかく粋だ。おっとこ前だ。表には出さないけれど、見えないところで何か行動してくれているのだ。その何かがさらっと明らかになった途端、ええやっちゃ~となって、その人物のことがすごく好きになってしまうのだ。康孝をめぐって敵対心をむき出しにする沙紀は、お子ちゃますぎて、それがそれでかわいいし。

そんな中で異色だったのが、いびりキャラの佐枝子だ。こういう憎まれタイプは福田作品では初登場で、こいつが嫌なやつであるほど主人公を応援したくなる。できればギャフンといわせて欲しかったけれど、キャフンぐらいでも満足だった。最後はベタな展開にでへへとなり、今度は水着ショウかよとツッコミを入れて、おもしろかったと本を閉じた。

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福田栄一
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    2008

09.30

9月に買った書籍代

個人メモです。


合計10.942円


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自分への戒め
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    2008

09.30

9月に買った書籍

個人メモです。


火村英生に捧げる犯罪火村英生に捧げる犯罪
(2008/09/25)
有栖川 有栖

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出星前夜出星前夜
(2008/08/01)
飯嶋 和一

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三月の招待状三月の招待状
(2008/09/04)
角田光代

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まんまことまんまこと
(2007/04/05)
畠中 恵

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偏路偏路
(2008/09)
本谷 有希子

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長い終わりが始まる長い終わりが始まる
(2008/06/26)
山崎 ナオコーラ

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レヴォリューション No.3 (角川文庫 か 50-2)レヴォリューション No.3 (角川文庫 か 50-2)
(2008/09/25)
金城 一紀

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パコと魔法の絵本 (幻冬舎文庫 せ 3-1)パコと魔法の絵本 (幻冬舎文庫 せ 3-1)
(2008/07)
関口 尚

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下北沢―さまよう僕たちの街 (ピュアフル文庫 ふ 2-1)下北沢―さまよう僕たちの街 (ピュアフル文庫 ふ 2-1)
(2008/09/10)
藤谷 治

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    2008

09.29

「夏のくじら」大崎梢

夏のくじら夏のくじら
(2008/08)
大崎 梢

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高知は父の郷里だ。市内の山側に祖父母の家がある。東京近郊に生まれ育った篤史にとって、遠く離れた田舎であり、これまでは手土産をぶら下げて訪れるよその土地だった。けれどこの春、高知大学にめでたく合格してからは、状況ががらりと変わった。もうお客さんではなく、りっぱな住人だ。店舗の壁に貼られたポスターに目がとまった。去年のよさこい祭りのポスターだ。今や全国に散らばったよさこい祭りは高知発祥の参加型祭りで、神仏に一切関係がないという特異なルーツを持つ。

篤史は従兄弟の多郎に誘われ、クラブチームと呼ばれる個性的なチームのひとつに参加した。四年前のことだ。元来口べたで無愛想な自分に、うちとけられる人ができるとは思えず、ましてよその土地の知らない人間関係の中だ。とにかく一生に一度の挑戦。ひと夏の脱線。自分に言い聞かせ、事実、そうなるはずだった。いい思い出なんて何もなかった。忘れてしまいたいことがあるだけだ。ふたたび祭りに関わる日が来るなど、思いもしなかったのだ。

従兄弟の多郎は、よさこい祭りに参加しないかとしつこい。ただの参加ではない。しばらく途切れていた町内会チームが今年、復活するので、そのスタッフとして手伝いに加わらないかというのだ。多郎はずっと気に病んでいたのだ。四年前、篤史をむりに誘ったのに、自分は学校の友だちを優先したことを。篤史はそれがふつうだと思っていた。むしろ人付き合いの苦手な自分をわかってくれて、むりやり輪の中に入れようとしないのがありがたかった。責任を感じるのは自分の番だった。

すっごく面白かった。だけど、みそがつく部分があったので、先に書いておく。篤史のよさこい祭りから逃げる理由は不自然。このネタ振り部分は違和感ありありだった。まあ、そういうおかしな部分はあるが、六年ぶりに復活した鯨井町踊り子隊のスタッフに参加してからは、文句なく楽しむことができた。あっ、そうそう。約束を交わした女性の正体も、早い段階で気づいてしまった。

この作品は、祭りの魅力に尽きると思う。よさこいはいやでも人に関わる。知恵を出し合い、力を出し合い、ときに譲って、ときに争う。そうやって同じ時間をみっちり共有し、本番では苦楽を共にした仲間との一体感を味わう。何もないところから準備が進められ、こつこつと作り上げていく。そしていざ迎える八月十日と十一日の本番。これはもう、だらだら書いても何も伝わらないので、とにかく読んでくれって感じ。

チームリーダーの月島、サブリーダーの三雲、無愛想で取っつきの悪い看板のカジ、クイーンを目指す綾乃、三雲に好意をよせる志織、そして、従兄弟の多郎。彼ら仲間に魅力があって、高知人の大らかさが気持ち良くて、祭りを通してひとつになって、そして無心になって弾けて…。とにかく気持ちいい。本をぱたんと閉じて、ことんと置いた途端、「よさこい祭り」をネット検索していた。よさこい、サイコー。

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大崎梢
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    2008

09.28

「長い終わりが始まる」山崎ナオコーラ

長い終わりが始まる長い終わりが始まる
(2008/06/26)
山崎 ナオコーラ

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小笠原は二十三歳の大学四年生。おかっぱの髪を茶色に染めていている女の子だ。彼女が所属するマンドリンサークルには、後輩に対して「教育」という言葉を使って、人間的な成長を促そうとするような向きがある。全員が、十八歳以上の大人で「教育」だなんて、ばかだ、と小笠原は思っている。そして、サークルの運営の仕事を上手くこなせない人のことを、「使えない奴」と呼ぶ。小笠原はまさに、「教育」の対象になったり、「使えない奴」といわれたりしてきた。みんなに役立つようなことをひとつもしなかったし、スタンドプレーが多かったから。

サークルで一番弾けるマンドリニストになった、と小笠原は自負している。周りからもそう言われてきたので、いい気になっていた。自信があった。だが、結局のところは、コンサートマスターなどの重要人物になることはできなかった。自分がコンミスだったら、演奏をよりハイセンスなものに仕上げられたはずだ。しかし、みんなはそれを望んでおらず、音楽を極めることよりも、仲良く「友だち作り」をしたあと「思い出作り」をするのが目標なのだ。みんなと意見が合わないのだから、さっさとサークルをやめて、もっと有効に青春を使えば良かった。でも、サークルから必要とされていなくても、小笠原にとってはサークルが必要だった。

田中だけは違うと思う。音楽をやりたいはずだ。人づき合いの仕方が幼稚極まりないので、頭がおかしいのではないか、と小笠原はときどき思ったけれど、小笠原の目には田中のそんなところが好ましく映っていたのだった。だから、尻込みする田中を飲み会や遊びに強く誘ってきた。そして、ことあるごとに、「大好き!」と伝えてきた。小笠原が、好きだ、と言うと、田中は、うん、うん、と流すだけだったが、親友と言えるぐらい、二人は仲が良くなった。

田中と合奏を作りたかった。合奏だけがデートのようで、田中の指揮棒に集中して、求められる音を出すのは快感だった。将来に繋がる就職活動よりも、先のないサークル活動に力を注ぐばからしいこととは、小笠原には決して思えない。恋人ではない男の子と音楽を作ることが、ストイックで刹那的で、高潔な活動で、今しかできない大事なことなのだと思っていた。そういったふつうの日常を描いた青春小説。

「カツラ美容室」ではあれれ?と思ったけれど、これはすごく良かった。性格的にぶきっちょな女の子が、サークル内でうまく人間関係を作ろうとせずに、だけどみんなのやることが気に食わないので、ぶちぶち文句を垂れている。他人にぶつかって他人を傷つけ、自分も傷つくひねくれ者で、はっきり言ってダメな女子なんだけど、彼女の言動行動にハラハラして目が離せない。そんな彼女にも、気づかってくれる後輩が数人いて、そういった後輩が登場するたびにぐっとくるのだ。彼女が想う田中という男は一言でいえばヒキョウな奴なんだけど、なぜか女子からはモテ男だ。男から見ると、モテ要素があるとは思えないけれど、こういう子供っぽいのが母性をくすぐるのだろうか。

そんな恋に、人間の集団に、小笠原の心が揺れに揺れたサークル活動も最後の演奏会が終わった途端、急に気持ちがドライになる。その直前に、自分の言葉が相手を傷つけていたと気づき、相手にも心があるということがわかる。ここで大いに反省するような素直な女子ではないが、少しは世間を見る視野が広がったことだろうと想像する。そして好きで報われなかった恋の相手、田中の人間としての小ささにやっと気づいた彼女は、どこまで行っても始まりはしない恋愛、最初から終わっている恋愛に、自分で自分に終止符を打つのだ。だからこそ、「長い終わりが始まる」という作品タイトルなんだろう。


よく買うなあ。サイン本です。

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山崎ナオコーラ
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    2008

09.27

「暁の密使」北森鴻

暁の密使暁の密使
(2005/12)
北森 鴻

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明治という時代。二百有余年にわたってこの国を縛り付けていた鎖を自ら断ち、激動する世界情勢の荒波に立ち向かうにはあまりにも幼い大日本帝国。だが、この国の行く末に心砕く人々がいないわけではなかった。彼らを煩悶させる内憂すなわち、国内に充満する不平士族という名の負の勢力。外患はアジアを目指す列強国との外交政策。そんな中、神仏分離令、廃仏毀釈運動により、仏教者にとっての維新とは、苦難の時代を宣言する先触れだった。同時に、それは仏教界存続をかけた、戦いの幕開けでもあった。

能海寛(のうみゆたか)は日本仏教立て直しのために清国にやってきた。まずは重慶へ。成田安輝。重慶の日本領事館で能海を待つ人物の名前である。ただし面識はない。法主よりの新書を受け取る折に、成田安輝という人物を訪ねるようにと厳命されたのである。ただ成田に会えばよい。会えばわかる。そして君はひたすらに拉薩を目指すがよい。己の信じる道を一心に信じ、君は拉薩に行くがよい。本山東本願寺法主よりの新書をダライ・ラマ十三世にお届けしなければならぬ。西蔵仏教に伝わる原点である経典を学び、そしてそれを日本に持ち帰ることがわたしの宿命。西蔵(チベット)へ。聖地・拉薩(ラッサ)へ。

重慶に向かう船中で、耶蘇教布教師たちの会話が聞こえてきた。どうやらこの男ではなかったようだ。やはり、カワグチ・エカイなのか。怪しいのはナリタ・ヤステルであろう。なんとしても密使を突き止めねば。――密使? 密使とはなんだ。なおも声は続く。グレートゲームを制するものこそが、アジアを制するのだ。能海寛のチベット行きは、本人の意思があるなしにかかわらず、当時のアジア大陸における西洋列強、露国等の思惑と戦略、情報戦といったものと無関係ではいられなかった。

案内人の揚用や洪水明、山の民である明蘭や義烏と出会いながら、能海寛がチベットを目指すのが縦軸ならば、アジア大陸における各国のパワーゲームが横軸である。当時のアジア大陸とは、どういう思惑が交差する地であったのか。ロシアにとっては長きにわたる不凍港への憧れを実現させる約束の地であり、欧州三カ国(英・仏・伊)にとっては、地上に残された最後の市場であり、強大国ロシアの南下政策を阻止するためには、譲ることのできない橋頭堡である。そして日本にとっては、シベリア鉄道の完成と共に、ロシアの南下政策は急激に進み、やがて日本国にまで手が伸びるのは間違いなかった。よってどうしても守らねばならない死線といえる重要な地だった。

そういった時代背景ゆえに暗躍する魑魅魍魎。そんな中を、純粋に仏教のことしか頭にない能海がえっちらおっちら旅をしていく。本の帯に、歴史のifに挑む秘史発掘ミステリーとあったけれど、そんな大層に身構えて読む作品ではない。電車もバスもない苦難の道中記に、ちょっとした冒険活劇というエンタメが付随し、列強国に食い荒らされた清国がその舞台になり、その主人公が実在の人だった、というぐらいの位置づけで構わないんじゃないでしょうか。だけど、思っていた内容とはかなり違っていたので、評価は微妙かな。いや、面白くは読めたんだけど、歴史ミステリを期待していたので。

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北森鴻
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    2008

09.26

「指輪をはめたい」伊藤たかみ

指輪をはめたい (文春文庫)指輪をはめたい (文春文庫)
(2006/11)
伊藤 たかみ

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今月中に、プロポーズするはずだったな。そんなことを考えた途端、ひどい頭痛に見まわれた。気がついたときには、この殺風景な部屋で寝かされていたのだ。ここ数時間の記憶だけが、どうしても思い出せなくなっていた。ここはスケートリンクの治療室だ。生まれてこのかた、一人でスケートに行った経験など一度もなかった。僕は、今月末で三十歳になるそうだ。免許証でわかったらしい。記憶が抜けるということは、はたから見るよりもずっと恐ろしい。そこでまず、ここ数時間にしたことを一つ一つ思い出そうとした。

この日の昼前、僕は新宿にあるジュエリーショップで0.3カラットの指輪を買った。セオリー通り、給料の三ヶ月分で買った指輪だった。誰かにプロポーズするつもりだったのだ。三十歳になるまでに結婚しようと前から決めていたのだから、驚くこともない。それにはわけがあった。僕は、学生時代から、絵美里という同い年の恋人と同棲していた。甘い生活は、二十七歳までだった。ずっと前から、子供過ぎる僕に愛想をつかしていたらしい。あまりに唐突な宣言だった。捨てられてしまった。唐突に捨てられてしまった。

この事件のあと、絶対に三十歳までに結婚してやろうと胸に誓った。絵美里よりいい女の子を見つけて、復讐してやろうと。その決意の三十歳を数週間後に控えていた。だからこそ大枚をはたいて指輪も買った。残念ながら結婚まではこぎつけられなかったにせよ、プロポーズだけはしておきたい。だが、ここにきて、新たな問題が起こってしまった。スケートで転び、この数時間の記憶が飛んでしまった。そして一緒に、指輪をいったい誰にあげるつもりだったのか忘れてしまったようなのだ。しかもまずいことに、僕は密かに、三人の女の子と付き合っていた。そのことははっきりと覚えている。

奇妙な小説だ。主人公は三マタをしており、誰にプロポーズをしようとしていたのか、誰の指に「指輪をはめたい」のか、という女性読者から反感を買うような答えを求めて動き出す。期限はもうすぐに迫った自分の三十歳の誕生日まで。そこで三人の女性と会わって、相手が誰なのか確かめなくてはならない。そこでひとり目の女の子と会ってはエッチをし、その女の子の匂いを消すために、自宅に戻ってシャワーを浴びて、女の痕跡を消すと、またあわただしく次の女の子の元へ向かっていく。なんて元気な男なんだろう。

その三人の女性。智恵はひたすらゲームをコレクションするためだけに生きている。仕事も結婚も、そのためだけにある。過去も未来もなくて、今に生きている。悩みなんて、ゲームをやればすべて解決できると思っているようなゲームおたくの女だ。めぐみは過去に生きている。彼女にとって一番大切なのは、思い出そのものだ。二人でどこに行って、何をどれだけしたという記憶をどんどん貯蔵している。似た境遇だけど、救いようがないぐらいに、見るものや聞こえるの、感じるものが違う。そして和歌子は、未来に生きている。いつも、理想の自分になることばかりを考えている。沢山の習い事をして、未来にばかり目を向けている。まだ、どこにも行きついていないけれど、歩き移動し続けている。

問題は、主人公の男がそのどれも大切にしていないということなのだ。過去でも現在でも未来でもなく、文字通り、止まった時間の中にいる。大人になっても、まだ心がついていかない。大人になれなかったから、結局、絵美里に出て行かれた。愛想をつかされて、傷ついた。そこで時が停止したままなのだ。読み進めていくうちに、ふと気づくと、プロポーズをするつもりだった相手を探していたはずなのに、そんなことはどうでもいいことになっている。自分にとっての結婚相手という他者と向き合うことで、自分自身と向き合っていたことに気づくのだ。男とは、いつまで経っても子供が抜けないところが確かにある。男にとって、痛いところを突いた作品だと思った。

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伊藤たかみ
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    2008

09.25

「告白」湊かなえ

告白告白
(2008/08/05)
湊 かなえ

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中学校終業式の日。一年B組のHRで女性教師が淡々と語りだす。教師を辞職すること。教師になった理由。世直しやんちゃ先生のこと。教師と生徒の信頼関係について。自分がシングルマザーという話。結婚するはずだった人がHIVだったこと。四歳の娘が校内のプールで死んだ話。娘は事故で死んだのではなく、このクラスの生徒に殺されたこと。そして、二人の少年を告発。法に委ねたくない、自らの手で裁きたい、そう言い残して女性教師は去っていく。

その告発という裁きによって、異様な渦が発生していくことになる。女性教師から、級友、犯人の家族、犯人B、犯人A、遺族、と語りが移動していくことで、事件の表情はどんどんと変貌し、状況は二転三転していく。語り手を変えていくという手法は目新しくはないが、とにかく読む人の興味を惹く手技が新人離れしている。自己保身だと思われた行動や、こういう人物だと理解していたつもりが、実はまったく違っていたと転がされ、そうかと思ってさらに読み進めるとまたもや転がされ…。ひとつの事件のはずなのに、すべての章にどんでん返しが仕掛けられているような錯覚を覚えるのだ。

出てくる登場人物のすべてが自分勝手で、幼稚で、傲慢で、臆病で、弱くて、読んでいて非常にムカムカしてくる。だけど、人間誰しもが持っている負の部分であって、その見たくないと隠している感情が羅列されることで、読ませる作品になっている。この著者は難しいことを意図も簡単に成し遂げている。読む人をあっさりとミスリードさせる才があるし、各人物たちの心理描写も生々しく、その側にいる人物の思い込みや外野にいる人たちの集団心理などもよく書けているのだ。

そして辿り着く衝撃のラスト。読み終わってすっきりする作品ではない。しかし衝撃度はバツグンだ。とんでもない新人が誕生したと思う。これはすごい作品だ。だけど、あれこれと書くと、面白さが目減りしてしまうから困ったもんだ。とにかくすごいから、ぜひ読んでみて欲しい。お薦め。


湊かなえさんのサイン。

湊告白

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湊かなえ
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    2008

09.24

「しらみつぶしの時計」法月綸太郎

しらみつぶしの時計しらみつぶしの時計
(2008/07/23)
法月 綸太郎

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林太郎は登場するが、作家探偵の法月綸太郎は登場しない、ノン・シリーズ10編を収録。買ったものの、読み始めるまで長編だと思い込んでいた短編集。(おい)

「使用中」
中堅推理作家の新谷が半人前編集者の桐原に対して、こういう作品の案があると熱弁を奮う。犯人は何の小細工もしないで、犯行現場から一度は立ち去る。それからすぐに、自分の犯行が発覚する決定的な証拠を残してきたことに気づいて、現場にとんぼ返りする。ところが、鍵もかけずに出てきたはずのドアが、目を離したわずかの隙に内側からロックされていて、中に入りたくても入れない。そのシチュエーション通りの殺人事件が起こる。犯行現場は男子トイレ個室。殺されたのは推理作家の新谷。そのとき編集者の桐原は――。トイレの個室という設定が面白い。トリックに重点を置かず、どうなるのかという興味を持たせる終わり方もグッド。

「ダブル・プレイ」
その日は、木島省平と牧子の結婚記念日だった。しかし、省平はそのことを失念していた。牧子が記念日のことを口にしたのは、夫に対する執念深いいやがらせ以外の何者でもなかった。夫婦の関係は冷えきっていた。その夜の牧子は普段にもましてしつこく、たちが悪かった。牧子に対する憎悪がふくらんで、木島は目に見える具体的な結果を切望するようになっていた。そこにタイミングよく、自分と同類だという男が声をかけてきた。絶対に安全なアリバイを確保しながら、邪魔な人間を消す。交換殺人の計画を持ちかけてきたのだ――。上を行くつもりが、さらに上を行く者がいた。こういうブラックな作品は好きだ。

「素人芸」
その夜、塚本保雄は十時過ぎに帰宅した。アパートの一室で、早苗が待っている。浪費癖があるくせにパートにも出ず、一日中のうのうと過ごしている妻のことを考えると、鬱屈した不満と疲労感がいっそう募った。台所に早苗の姿はなかった。その向こうにある和室からあたふたと立ち動く気配が伝わってきた。断りもなしに、七万円もする腹話術の人形を通販で買い、押入れに隠していたのだ。腹話術の名人をTVで見て、自分もマスターして腹話術で稼ぐと言い出す始末。保雄の気持ちは治まらず。気がつくと、早苗を殺していた――。この妻や隣人の女は、確かにウザい。オチに愛嬌はあるが、早苗の死の瞬間に聞こえた声は誰の声?ちょっと怖いかも。

「盗まれた手紙」
愛国者の将軍は、かねてから汚職の噂が絶えない長官の収賄の証拠をつかんだ。保身を迫られた長官は、シャルラッハの組織を動かして、政敵のプライベートな弱みを握ろうとし、中央郵便局にもぐりこませたスパイを通じて、将軍の美しい若妻がモンテネグロ博士に送った恋文を入手するのに成功した。その手紙の破棄と引き換えに、汚職の告発を取り下げるよう圧力をかけてきた。夫人は将軍の紋章が入った鉄の状箱に恋文を入れ、二つの南京錠かけたうえで、博士の許へ送るようにしていた。その手紙を盗んだ手口とは――。こういった翻訳系は苦手。もったいぶった言い回しがヤだし、日本人なら日本人を描けと反発してしまう。

「イン・メモリアム」
Sさんというデビューの時から世話になっていた編集者から、評議会のコンペに参加してみないかと誘われた。評議会とは、才能と実力を認められた作家だけが入会を許される文壇内の秘密結社めいたものらしい。ただし評議会の会員になるためには、ひとつ条件があるという。誰でもいいから、存命中の有力作家の追悼文を書かなければならない。参加者が未来の追悼文を持ち寄って、ナンバーワンを決める。私はその誘いに乗った。私は自分が一番影響を受け、作家として目標にしているT先生の追悼文を書くことにした――。3ページ強という短さからか、意味がよく読み取れなかった。

「猫の巡礼」
飼い猫のみどろが九歳になったので、定期健診とフィラリアの薬をもらうために、夫婦そろって、かかりつけの動物病院へ行く。「異常なし」とカルテに書き込んでから、女医さんはあらたまった口調で言った。そろそろ巡礼に行く年頃ですけど、どうされますか? いつもとちがう問いかけに、ぼくと妻は顔を見合わせた。年をとった猫はある日ふっと人前から姿を消して、一ヶ月か二ヶ月してから、何くわぬ顔で戻ってくるという。まだ足腰のしっかりしている間に、猫の聖地へはるばる赴いて、前半生のけがれを祓うために――。ノン・ミステリで、不思議な雰囲気を持った作品。猫好きにはほろっとくること間違いなし。これはすごく良かった。

「四色問題」
被害者はテレビの特撮シリーズ「クロノレンジャー」に出ていたヒロイン役の女性で、デビューする前は、本職の看護婦をしていた。彼女は犯人に腹を刺されたあと、どういうわけだか右手首の腕時計はずし、利き腕の左手首をナイフで二本クロスするように切っていた。手首の傷は、犯人の名前を知らせるために書き残した、ダイイング・メッセージだ。そして犯人は「クロノレンジャー」の共演者の中にいるとしか考えられない。以前撮影所内で盗撮された破廉恥映像が流出し、その盗撮犯人を自分の部屋におびき寄せて、直接対決をもくろんでいたのだ――。都筑道夫の「退職刑事」を転用した作品。子供に聞かせないよう、声をひそめる部分までそっくり。でもちょっとまわりくどいかなあ。

「幽霊をやとった女」
クォート・ギャロンというおひとよしの私立探偵が、女房と一緒に寝ていた部下を、拳銃の台尻で冥途に送りかけたのは、もう五年前のことだ。そのとき持兇器暴行現行犯でひっぱられ、私立探偵の認可証をとりあげられた。おちぶれはてた私立探偵は、いまはニューヨークの裏町で、ルンペンたちと暮らしていた。この裏町でさえ、ひとは悩みを持っている。この裏町でさえ、ひとはおれのところへやってくる。夫が急に護身用の拳銃を手に入れて、肌身はなさず持ち歩くようになった。怯えている原因を突き止めてくれと依頼――。いわゆるハードボイルド・ミステリ。謎自体はそんなに難しいものではなかった。

「しらみつぶしの時計」
その施設は円柱状の建物で、完全に外部から遮断されることになっている。出入口はゲームの開始と同時に外側からロックされる。そして、ゲームが終了するまでこのロックが解除されることもない。施設の回廊には一四四〇個の時計がランダムに配置されている。一四四〇という数字は、二四時間×六〇分、すなわち一日を一分刻みに細切れにしたものの総数だ。一四四〇個の時計は、たったひとつの例外もなく、すべて異なった時刻に合わせてある。与えられた課題は、六時間以内に、唯一正しい時を刻む時計を見つけること――。表題作だけど、こういうパズルっぽいのは苦手。体質的に受け付けないようになっている。ほんとか。

「トゥ・オブ・アス」
その事件の犯人は、木下悠子という二十五歳のOLだ。殺された北沢靖子は、木下悠子と同じ部屋で一緒に暮らしていた。二人は高校時代に三年間ずっと同級生だった。小さな鍵を握った北沢靖子が絞殺体で見つかり、木下悠子は逃げていた。社会面の小さな写真を見て、間宮は自分の眼を疑った。殺された北沢靖子さん(二五)。彼が木下悠子として知っていたはずの女。二ヶ月前に街で偶然に出会い、それから交際を始めて急速に親しくなった女。夜の凪に閉じこもっていた彼に温かい手を差し伸べてくれたはずの女だった。なぜ悠子が――。デビュー前の作品らしく、文章や構成に若さが見える。また作家とその父の警視が登場するが、微妙に名前が違っている。人間ドラマの切なさが余韻を引いた。

お気に入りは、「使用中」「ダブル・プレイ」「素人芸」「猫の巡礼」「トゥ・オブ・アス」の五作品だった。野球でいう10打数5安打。面白率は5割。これって高確率なんだろうか。

なんかめっちゃ書いたな。サイン本だから力が入った?

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法月綸太郎
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    2008

09.23

「タチコギ」三羽省吾

タチコギタチコギ
(2008/07)
三羽 省吾

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柿崎信郎は、不登校になっている小学4年生の息子智郎を連れて、祖母の葬儀のため、故郷にかえることになった。柿崎が智郎と同い年だった1978年6月、「ノブ」と呼ばれていたあの頃。そこには大きな鉱山があった。
ノブは5人の友だち――ウネリン、チクワ、タカオミ、ガボちゃん、ジャガ夫と、悪戯したり女の子を追い掛け回したり、恋をしたり、野球をしたり……とにかくいつも何かに興奮していて、いつも何かで忙しかった。そんな中、鉱山の経営方針転換による影響が子供たちの世界にも色濃く影を落とし始める……。
あの頃。今よりも遥かに貧しく、「格差」というものがはっきりとあった時代の、生々しい日々の匂い。その中で生き生きと過ごしていた自分たちの姿……。30年ぶりに訪れた故郷で、柿崎は、父親として、同じ男の子だったものとして、息子に何を伝えられるのかに気づいていく。《本の帯より》

お父さんの柿崎信郎、少年時代のノブ、現在と過去が交互に描かれ、物語のラストで、イジメを受ける我が子と向き合うことになる。少年サイドの始めのうちは、小便飛ばしにアホやなあ、エロ本集めにマセとるなあ、タマキン先生やモッコリマンというネーミングセンスの悪さに失笑しながらも、パソコンやゲームがなくても真っ暗になるまで遊んだなあと遠い目をしつつ、自分の子供の頃を懐かしく思いながら楽しく読めた。だけど、段々とざわざわした空気が流れだしてからは、少しブレーキがかかってしまう。

階級意識だとか、貧富の差だとか、人を見下すようなことを大人と同じように子供までするからだ。それにめんどくさそうな先生は問題外だし、ガボちゃんが抱えている問題にしても、子供の力ではどうすることもできないもどかしさが募る。それに野球対決の結末にしろ、読んでいてしんどくなるばかりでちっとも面白くない。鉱山の合併についても退屈だった。そんな中で行われたグルグル対決は笑えたけれど、あとはインゲンと軍曹に魅力があったことぐらいしか上向きになれる部分はなかった。

それよりも、始めは退屈だと思われたお父さん柿崎信郎サイドが面白くなってくる。ふらりと入った赤提灯。そこにいた店主、葬儀屋の男、汚い身なりをした酔客。彼らは柿崎のことをノブと呼ぶ。相手は自分のことを知っているのに、柿崎自身は誰だか思い出すことができない。この三人の正体が誰なのかが気になって、その興味だけで最後まで読んだ感がある。そして現代っ子の象徴である智郎は、いつもゲーム機に向かってピコピコ。返事は首をカクンと振るだけ。なんだかなあ。

乗れない部分はあったけれど、嫌いではなかった。人から見たらそれがイジメだという部分におおっと思い、聡明で理解者だと思っていた初恋の子が実は他所を見ていたというオチにズッコケ、すべてが解決しないまま終わるラストにはさもありなんとなった。なにごともそうそう上手くいくことはない。前を向いて、ガシガシとペダルを漕ぎ続ける。タチコギをして坂の上を目指す。生きるということは、たまには寄り道や休憩を入れながら、そういう日々を繰り返すことかもしれない。

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三羽省吾
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    2008

09.22

「ドールズ」高橋克彦

ドールズ (角川文庫)ドールズ (角川文庫)
(1997/08)
高橋 克彦

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雪が降る盛岡市の深夜。結城恒一郎が運転する車が、明りの洩れている土蔵の前に着いた。信司が電気を消し忘れて帰ったのだろうか。月岡信司は恒一郎の亡くなった姉のつれあいで、土蔵の持ち主でもある。一階は恒一郎が借りて同道堂という古書店を開いていて、二階のほうは信司が遊び半分で経営している喫茶店「ドールズ」になっている。とにかく、インテリアに金がかかりすぎている。フロアの中央には店名の由来でもあるようにドイツから輸入した巨大なドールズ・ハウスを飾っているが、信司の自慢話によると三千万を軽く越したと言うのだ。静まりかえった土蔵の戸に、信司からの伝言が貼りつけられていた。

伝言には信司の一人娘の怜が事故に遭ったと書かれていた。救急センターに駆けつけたところ、怜は轢き逃げに遭ったという。骨折のほうは大丈夫らしいが、脳波に少し異常があった。人の気配に気がついて怜は静かに目を開いた。目が合う。怜の瞳が次第に恐怖の色に変わった。悲鳴を上げようとするのだが声がでないらしい。失語症に陥っていた。さらに問題なのは、血圧が異常に高く、心臓の肥大も目立ち、重度の動脈硬化が見られたことだ。七歳の子供が動脈硬化。老化現象なんてありえない。

小夜島香雪は半年くらい前から頻繁に同道堂へ顔を見せる客の一人で独身の人形師。それだけで充分恒一郎の関心を引いているのに、彼女は相当の美人だった。彼女の希望で二人は病院へ向かった。怜は相変わらず声がでない。けれど症状だけは薬の効果で確かに好転している。今では医者や看護師に対しての怯えもなくなった。ベッド生活にも慣れ、食事も進んでいるらしい。怜は香雪を覚えていた。人形の…。はじめて声がでた。

その怜が隠れてタバコを喫っていた。また失語症が再発したようだが、ワザと装っている感じがする。歩けるのに歩けないフリをしている。甘いものばかり食べて叱られていた子が、梅干しや漬物を特に好んで食べている。機械の構造が知りたくて分解して壊す。そして、人形に異様な関心を示しだす。少女の心に何がひそんでいるのか。ドールズ・シリーズ第一弾。

待望の4冊目が出版されるというわけで、この際、過去のシリーズを再読することにした。やはり面白い。だけど、この作品については感想が書けない。二冊目三冊目になると別なのだが、シリーズの序章にあたる本書では、秘密のキーワードが作品の頂点にあり、これを避けたネタバレなしでは語れないのだ。ジャンルでいえばホラーだけど、身の毛がよだつ怖さではなく、日常の中に異常が紛れ込んでくるホラーになっている。

また、主人公たちが自分探しの旅に出るので、盛岡の報恩寺や、熊本の浄国寺や、宮本武藏がこもって五輪書を書いたという霊巌洞などに、ぜひ行ってみたくなるのだ。近い日にシリーズ二冊目も読むつもりだ。こちらの再読も楽しみである。

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高橋克彦
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    2008

09.21

「なんにもうまくいかないわ」平安寿子

なんにもうまくいかないわなんにもうまくいかないわ
(2004/11/19)
平 安寿子

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子なしシングルの負け犬も、四十過ぎたらオオカミ! ゴージャス(?)な独身生活と、孤独で寂しいかもしれない未来の狭間で揺れる並河志津子……。けど、バタバタせかせか、今日も元気です。《本の折り返しより》

世にいう負け犬の志津子を描いた作品だけど、志津子目線ではなく、幼なじみ、部下、不倫相手など周囲にいる人たちの目線で、志津子を捉えている。結婚したいくせに、結婚できない相手ばかりを選び、恋多き女で、寂しがり屋で、キャリアウーマンで、人脈が広く、世話焼きで、という破天荒な人物だけど、愛されていたり、憎めなかったり、ほっとけない感じ。そういった愛すべき女性を描いた連作集と、不倫中の男女とその妻のひと時を描いた一編を収録。

「マイ・ガール」
令子と志津子は幼なじみ。中学から進路が分かれ、令子が公立校を出た後、専門学校でデザインを学ぶ一方、志津子は私立に通い、持ち上がりの大学を卒業して今は市場調査会社で働いている。まだ独身。令子のほうは結婚後もフリーのデザイナーとして、小さな仕事を細々と続けている。子供は美冬一人。その美冬が中学生になり、マンションに一人住まいをし、ブランド服を気前よくくれる「しーちゃん」に引き比べ、オバさんモードで娘のすることなすことに文句をつける母親を小バカにして、喧嘩をする度に当てつけがましく志津子の家に泊り込むようになった。

「パクられロマンス」
志津子の部下であるナツキが、泥沼の三角関係やゾゾゾものの口説き文句を知っているのは、逐一聞かされたからだ。それも、二度や三度ではない。証拠の品も見せてもらった。当時を知る志津子の友人の証言もある。その修羅場のエピソードが雑誌のインタビューに掲載されていた。あの席でも思い出話をおもしろおかしく披露して、みんなを笑わせていた。鴨井とく子は、あれを聞いていた。プライバシーのパクリだ。志津子がコケにされたのが、許せない。ナツキは志津子の妹分をもって任じている。姐御のメンツがつぶされたというのに、座視していたんじゃ、女がすたるのだ。

「タイフーン・メーカー」
女が上司であることに、こだわりはない。並河志津子は、仕事ができる。それはよくわかる。頭がよく、責任感が強く、必ず結果を出す。仕事の手腕を考えれば、彼女が上司であることに何の異論もない。だが、部下は友達ではない。杯を交わした子分でもない。自分の思い通りにしないでほしい。マッチ(近藤真彦)と呼び名を決められたことは、まあ、いい。だが、志津子の私用に使われるのは心外だ。志津子に秘密はない。別名「私生活のない女」なのだ。知り合ったら最後、彼女の人生のすべてに関わることになる。ナツキはそれを楽しんでいるが、直哉は辟易していた。

「恋駅通過」
別れた男は、みんな親戚みたいになる。志津子はそう言っている。ということは、俺も親戚か。ポジションとしては従兄弟か、叔父さんか、どうなんだろう。今年、五十五歳。志津子より一回りと少し年上だ。力関係で言えば、志津子は永明にとって常に庇護者であった。言ってみれば、永明は志津子に食わせてもらっているのだ。永明は、別居中だが結婚している。妻の渚はやり手の経営者で、ご隠居さんのようなマイペースで暮らす夫は、超多忙の妻にとっては「亭主元気で留守がよい」の理想型らしい。それが一瞬で、志津子にとって、永明は男ではなくなったようだ。

「なんにもうまくいかないわ」
まもなく三回忌を迎える未亡人といえば、悲劇のヒロインである。同性からは同情され、異性にとってはいけない欲望をかき立てる特殊な存在といっても過言ではない。実際、涼子はここ二年というもの、どこに行ってもそういう扱いを受けてきた。しかるに、亡夫の旧友の還暦パーティーに来てみると、そこにいた数人の男女がいっせいに同じ目つきをした。へぇーと見下す目つきである。涼子に冷たい視線を送ってくる連中は、みんな志津子の仲間だ。罪があるとすれば、女たらしだった連にある。連は涼子と結婚した。それも、十五年も前の話だった。

「亭主、差し上げます」
毎月の第三土曜日、昼から夜まで二人だけで過ごすようになって半年が経つ。食べて抱き合うだけで、時間はたちまち消化される。唇を合わせ、楽しきフォアプレイを楽しもうとしたところ、インターホンがピンポンピンポンと続けざまに鳴り続けた。女が部屋に入り込んだ。わたし、田川光。耕平の家内です。恵子は耕平に目をやったが、耕平は困ったように天を仰ぐばかりだ。オロオロする二人を尻目に、光は嬉しそうに語りだす。「わたし、あなたを引き取ってくれる人がいるんなら、渡してもいい」と。耕平はぶっとび、恵子も唖然とするしかなかった。

やっぱ平安寿子はすごい。感想はこの一言で十分でしょ。前もこれだったような^^;
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平安寿子
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    2008

09.20

「小さな空」風野潮

小さな空小さな空
(2008/08/25)
風野 潮

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大阪府北部に位置する自然豊かなM市。山から吹きおりてきた風を受けるその団地の四階に住む岩本一家は、小学四年生の太一、二年生の慎ニ、母の光江、父の潤三の四人家族。その岩本家のお隣に引っ越してきた十和田家は、少しわけありの父子家庭。太一と同じクラスに転校してきた風希子と、二十五歳という年齢の若き美青年の父親。若すぎるのは当たり前で、まーくんこと正見は、風希子の死んだママの再婚相手だった。

ドラマーだという正見に太一が弟子入りし、漫画を執筆しては投稿する光江に風希子が弟子入り。そして子供たちは子供同士で、親たちは子供を通して親しくなり、やがて光江もママさんバンドを始め、昔バンドをしていた潤三も正見と音楽談義を咲かせるようになり、お互いの家庭を理解しあうようになる。いつしかふたつの家庭は、困ったときはお互いに助け合う親密さを持っていた。

春、夏、秋、冬、それぞれの季節に起きる事件や発見や出会い。自分たちの幸せとは何か、自分の夢とどう向き合うのか、ふたつの家庭の交流を中心に、大人も子どももそれぞれが少しずつ成長していく。自然の音や、ロックの音楽が聞こえてきそうで、一瞬の淡いときめきや、親が子どもを見る姿が瑞々しく、淡々とした日々が続くふつうの日常の物語。

ザリガニ取りや秘密基地など、子供の頃に遊んだ風景がここにある。今でもこういう遊びがあるのだろうか。すごく懐かしかったです。それに近くにM国定公園があるので、みんなでハイキングに行ったりもする。自分が子供の頃は、サルが我がもの顔で観光客を襲撃していたM国定公園だけど、今では餌付け禁止になり、サルの管理が徹底されているらしい。大阪に住む子供にとっては遠足の定番の場所だし、車好きならドライブの名所になっているMが舞台というのも嬉しいことだ。

そういう思い入れのある場所についてはここまでにして、作品の方に戻りたい。わんぱくな太一に対して、弟の慎二はドンくさいんだけど、そこにお転婆だけどしっかり者の風希子が加わることで、いい三人組になっていたと思う。ただ運動会での慎二に対する先生の発言は対処して欲しかった。劣ったものだとみなすことはあるかもしれないけれど、理解力が弱いので検査を受けろ、なんてあまりにも酷すぎる。もしこんなことを言う先生がいたら、自分ならキレていたかもしれない。個人的な要望だけど、お灸があってもいいと思った。

風希子と生活することを選び、ミュージシャンとして成功する可能性が薄れてしまった正見といい、お母さんをしながら漫画家を目指す光江といい、夢を簡単にあきらめない姿がすごくカッコ良かった。これって風野さんご本人が投影されているのだろうか。光江が描きたいと思う熱いビートのお話って、「ビートキッズ?」のまんまのような気がしたのだけど。こういうファンにとってのニヤリもあって、最後には、恒例(?)の音楽があふれるお祭りが待っている。

ドラムを叩く太一のニィという笑いに、こちらまでニィと笑ってしまい、ママさんバンドの超高速テンポにはおもわず吹き出してしまい、よれよれ姿が定番である正見がドラムを叩く場面には、ぐっときて、簡単には言葉に表せないものがあった。やはり音楽の流れる風景は楽しい。そして、希望を乗せた風を感じて、気持ちよく本を閉じることができた。家族の物語であり、音楽の楽しさがいっぱい詰まった、優しく温かな気持ちになれる作品だ。

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風野潮
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    2008

09.19

「上を向いて歩こう」ヒキタクニオ

上を向いて歩こう上を向いて歩こう
(2008/07/31)
ヒキタ クニオ

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お父さんは臭い、という理由で、娘がお父さんの下着と一緒に自分の下着を洗濯機で洗うことを拒否する時代。それは奥さんが、旦那の下着を割り箸で洗濯機に入れるとテレビのワイドショーで臆面もなく発言している時代でもある。時代遅れで手垢にまみれた「男らしい」という言葉は、現代では「オヤジ」という言葉に変わった。オヤジは黙って家族を養う。オヤジは見返りなんて求めず必死になって家族を養うのだ。

桐山は、神楽坂の毘沙門天さんの裏の石畳を敷き詰められた小路を進んだ先で、「花鳥風月」という名の湯屋を営んでいる。名前の由来は、桐山の双子の娘、花鳥と風月から取ったものだ。花鳥風月は会員制で、売り物のひとつに屠蘇がある。十年前まで裏稼業に身を置いていた桐山の料理を食べながら、客たちが語りだす。その会話の中に、さまざまなオヤジたちが登場してくる。

旅を続けた当たり屋だったオヤジ...「小指のおもひで」、ぼくもあるなと嘘話を被せてくるオヤジ...「霧島先生」、娘が薬物中毒になってしまったオヤジ...「炭酸人形」、我が道を行く亭主関白のオヤジ...「おやじ太鼓」、定年を迎えた日に夫婦憲章を突き付けられたオヤジ...「一通大臣」、妻を亡くすまで本当の姿をしらなかったオヤジ...「鬼やんま」、複数の家庭でシーソーの役目をするオヤジ...「沖縄イズ・フリーダム」、昔気質の武闘派ヤクザのオヤジ...「上を向いて歩こう」。これらオヤジたち、あるいはオヤジたちと関わりのある人物の人間ドラマを描いた連作集である。

ヒキタクニオにしては普通の作品である。だけど、これが読ませる作品だ。子供に引け目を感じる仕事をしている男だったり、子供が親をわずらわしく思ったり、どん底にいる子供を救い出したくて覚悟する親がいたり、昭和の親父が絶対に正しいと思っている暴君だったり、妻の逆襲を受けてたじたじになる男や、時代について行けなくなった男など、こんなオヤジっているいる、となるオヤジばかりだ。ウザッというオヤジもいれば、カッコいいオヤジもいるし、切なくなるオヤジもいるし、呆れてしまうオヤジもいる。

そういうオヤジだけど、読んでいると、多くのオヤジに共通する部分が見えてくる。会社に行って給料を貰って、それを家庭に入れる。子供が産まれて、男が働いたお金で子供が育っていく。家族を養うってことのほかに何があるんだよ。それだけで充分じゃねえか。大変なことだぜ。そう思っているオヤジたちが多く登場するのだ。ヒキタクニオは、その後、こんなセリフを女性に言わせている。家族を養っていくことだけで満足するのなら、離婚して子供の養育費と慰謝料を払っているのと同じだと。これには考えさせられる。

それともうひとつ。今では古い考え方だけど、男は仕事をして、女は家事する、という男もいるだろう。これは男女の役割分担になっていると。じゃあ定年になってその男が家に居つくようになると、男は家事をするのかという問題。日頃から家事をする男も増えただろうが、その家事とはどこまでを指すのか。買い物、食事の用意、後片付け、洗濯、掃除、etc…。そういった一人よがりを考えさせるという点でも、この作品はとても奥が深い。

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ヒキタクニオ
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    2008

09.18

「イグアナくんのおじゃまな毎日」佐藤多佳子

イグアナくんのおじゃまな毎日 (中公文庫)イグアナくんのおじゃまな毎日 (中公文庫)
(2000/11)
佐藤 多佳子はらだ たけひで

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徳田のジジイはあたしに約束した。誕生日のプレゼントには、生きている恐竜をくれるって。徳田のジジイは親戚だ。パパの大叔父で、パパが英語教師をしている私立中学の理事長をしている。ヤツの前ではいい子にしないとパパに死ぬほど怒られる。ヤツの機嫌をそこねると、ウチは食うのに困るからだ。パパは親戚だけど、油断禁物って、いつもクビのことを心配している。だから、増築したサンルームを我が家へ見にきたときも、うそつきめ、と思いながらジジイに話を合わせた。恐竜なんて欲しくないかね? 生きている恐竜なら欲しい、って。

ウチにきたそれは、一メートルくらいの恐竜ではなくて、ティラノザウルスと名付けられたグリーン・イグアナだった。ジジイの孫である勉が、飼うのを持てあましたイグアナを押し付けられただけで、あたしの誕生日をつかったいやらしいペテンだった。ママはヘビとかトカゲとか大嫌いだから、絶対に世話なんてしないとヒステリー。パパは約束した樹里が悪いと、無理やり決めつけ。ヤだもんとはっきり断ろうとしたけど、ぶたれるのがいやで何もいえなかった。イグアナの世話は結局あたしに押しつけられることになった。

あたしは、イグアナが好きか嫌いか、よくわからなかった。ママほどイヤ!じゃないけど、誕生日のプレゼントにもらいたいシロモノじゃ絶対にない。世話するのも、まっぴらゴメン。ティラなんて呼ぶのも嫌だ。ヤだ、ヤだ、ほんとにヤだもん。「ヤダモン」という名前に決めた。自慢のサンルームは、もうパパのものでも、ママのものでもない。あたしのものでもない。ヤダモン一匹のものだった。ジジイをおそれるパパとトカゲ嫌いのママはケンカばかり。イグアナのせいで、パパもママもあたしも、どんどんアホウになっていく。しかし、ある日を境に愛情がめばえて――。

この樹里一家は欲しくて飼い始めるのではなく、押しつけられて飼うことになる。だから、愛情なんてこれっぽっちもないし、世話なんてしたくないし、それゆえにイライラが募って、家族がおかしくなってしまう。でも本書の場合は、あるできごとがきっかけで、ヤダモンが家族の一員になっていく。ヤダモンを受け入れていく過程は、エサやり、フン掃除、病気の気づかい……。もの言えぬ家族と一緒に過ごしていくということは、そこにいる日々が当たり前になるということで、責任感を持つことであり、めばえる愛情である。

ペットを飼うのって大変だ。欲しいという気持ちだけでは飼えない。生き物を飼うということは、最後に息をひきとるまで面倒をみるという責任が生じてくるのだ。犬や猫、それがイグアナであっても同じである。持てあまして捨てるなら、飼うべきではない。生き物は、ぬいぐるみではないからだ。一方で、癒しがあることも確かだ。その当たり前のことがらが面白おかしく綴られている。そしてかわいいのだ。いい作品だったと思う。

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佐藤多佳子
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    2008

09.17

「ひかりの剣」海堂尊

ひかりの剣ひかりの剣
(2008/08/07)
海堂 尊

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一九八八年。バブル景気真っ盛りの頃。医学生もはじめは医療の素人で、普通の大学生のようにサークル活動に励みながら、医学の枠組みをゆったりと身体中に染みこませていたゆとりある時代。そうした時代に舞い降りた、豊かな才能を持ったふたりの男。ひとりは、剣の道をまっすぐに追及する男、東城大学医学部剣道部主将の速水晃一。もうひとりは、あり余る才能を持ちながら、それ故にその世界を疎んじている奸雄、帝華大学医学部剣道部主将の清川吾郎。ふたりは、東城大の猛虎、帝華大の伏龍と並び称され、互いに鎬を削り、覇権を争うことになる。

彼らが手に入れたいもの。それは医鷲旗だった。医鷲旗とは、東日本医科学生体育大会剣道部門の優勝旗の別称。医学生の間では、その旗を手にした覇者は外科の世界で大成する、という言い伝えがあった。そしてその戦いの影には、帝華大から東城大佐伯外科に招聘された阿修羅、高階顧問の姿があった。医療的な要素を省いた、剣道にかける青春小説。

時間軸としては、以前の作品で田口、速見、島津の三人が医学生として、病院実習を受け、最終日にそれぞれ個性的なレポートを提出していた「ブラック・ペアン1988」と同時代で、実際に本書でも、世良医師が糸結びに失敗して血が噴出。その直撃を受けた田口が卒倒している。まさにあの頃の速水(ジェネラル)が主人公のひとりであり、「ジーン・ワルツ」に登場した清川準教授がもうひとりの主人公である。そして裏番長ならぬ裏主人公が高階顧問だ。

その高階顧問が、速水を含む東城大剣道部の全員から一本を取り、「私は毎日、手術という命を削る闘いの場に身を置いている。メスという刃は竹刀より小さいが、その下で繰り広げられる世界は、一歩間違えば相手の命を奪う真剣勝負。そこで毎日メスを振るっていれば、剣筋はおのずと磨かれる」とめちゃくちゃを言っている。そんなアホなという大ダヌキぶりが健在だ。

彼らが挑む大会とは、部員五人による団体戦というわけで、速見と清川以外にも両大学にキーポイントとなる人物が登場する。東城大では清川の弟である志郎であり、帝華大では紅一点の朝比奈ひかりである。男性陣は初めから強いわけではない。それぞれの成長過程にいるのだ。そんな中で、朝比奈だけは飛びぬけた強さを初めから持っている。その朝比奈から、自分は強いという自負がちらちらと見えて、そこがムズムズするわけだけど、終盤に入ると、その傲慢な心をポキリと折ってみせる場面がある。そこが痛快で爽快だった。

熱かった。そして、スマートな作品で面白かった。若き日の彼らが成長していく姿と共に、はたして医鷲旗を手にするのはどちらの主人公かが興味深く読むことができるだろう。

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海堂尊
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    2008

09.17

「天才探偵Sen2-オルゴール屋敷の罠」大崎梢

天才探偵sen 2 (2) (ポプラポケット文庫 63-2)天才探偵sen 2 (2) (ポプラポケット文庫 63-2)
(2008/07)
大崎 梢

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放課後の教室、さつき小はじまって以来の天才・渋井千が帰りじたくをしていると信太郎がすっとんできた。姿形だけはやけにととのっていて、だまっていれば女の子と間違えられるほどの外見だけど、昔から勉強が大の苦手で気も弱い。その信太郎のずれた話にげんなりしていると、後から千の名前を呼ばれた。ふりむくと、女の子が立っていた。二週間前に転校してきたばかりの女の子で、名前は横道麻美。どうしても相談したいことがあるという。そこに香奈が横から首をつっこんできた。やたら元気がよくて、やかましくて、強引で、野次馬根性のかたまりみたいなやつだ。

そのヨコミーの相談とは、町外れのおじいちゃんが住んでいた大きな家に引っ越してきた。その同じ敷地にもう一軒、古い家があって、そこにはひいおばあちゃんが住んでいたが、十年前に亡くなって以降、ずっと空き家になっている。その誰もいないはずの隣の家から、夜になるとオルゴールの音が聞こえてくるという。亡くなったひいおばあちゃんは、オルゴールの有名なコレクターで、今でも家の中にいっぱい残っているらしい。ゆうべ勇気を出して、弟といっしょに音のするほうに行ってみたところ、真っ暗な部屋にふわふわと白いものが動いていた。怖くてたまらないので、この家の中をいっしょに調べて欲しいということだった。

渋井千、信太郎、香奈、ヨコミー、そしてフリーライターの美幌沢和人。彼らがオルゴール館と呼ばれる屋敷を調べだすと、次々と謎が浮上してくる。夜中の十二時ごろに聞こえてくるオルゴールの音。空き家の中で、ふわふわ踊る白い光。誰かが出入りするブロック塀の隙間。いきなり鍵がかかって閉じ込められた扉。ひとりでに鳴り出すオルゴール。探しても見つからなかった、マニア垂涎というふたつのアンティークオルゴール。それがニセモノかもしれないという噂。ひいおばあちゃんを騙して、大切なオルゴールをうばったかもしれない男の存在。突然現われたあやしすぎる外国人のジュリア。死を呼ぶオルゴールがあるという噂。そして、暗号と仕掛けと秘密の隠し部屋。大人も子供も読める、天才探偵Senシリーズ第二弾。

またまた内容紹介をいっぱい書いてしまった。解決してみれば、謎が被っていたりしてあまり多くはないのだが、それにしてもまあ、なんと謎の多いことだろう。そんな中、少し気になったのは、盛り上げ部分は子供の興味をひくようになっているけれど、終盤は失速気味なところだ。作品構成のバランスが悪く、こじ付けにバタバタしているように思えた。それにいわゆる館ものだから、前作よりも人物たちの動きが小さい。だけど、仕掛けによって床がぱかりと開くといった忍者屋敷のようなわくわく感があり、噂が噂を呼ぶ幽霊屋敷の探検だとか、子供ってそういう冒険が好きだから、怖さひかえめで、お子さまが読むには丁度いいんじゃないでしょうか。

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大崎梢
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    2008

09.16

「カイシャデイズ」山本幸久

カイシャデイズカイシャデイズ
(2008/07)
山本 幸久

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けっこう熱血な営業チーフ、古臭い二枚目顔の施工管理部、掟やぶりのヒラメキ型デザイナー。彼ら″魔のトライアングル″と同僚たちが織りなす内装会社の愉快でアツい日々のお仕事。こんな会社で働きたい!《本の帯より》

これはすごく面白いお仕事小説だと思う。時間の流れを継承し、目線がリレーしていく連作集。はじめはやる気のない社員たちもいるが、パワフルな主要人物の毒気にあてられ、仕事に熱をもって励むようになっていく。黄金トリオの高柳(タカさん)篠崎(シノ)隈元(クマ)と、脇を支える石渡(ハヤブサ)橋本(ケーオー)江沢(エザっち)大矢と弘子たち。彼らがからみあうことで人物像に深みを与え、みんなが魅力的で、楽しそうに働いていて、自分も頑張ろうって気になれる。ユーモアもあって、とても楽しい時間を過ごすことができた。いい作品だ。

以下、内容紹介。

「女神の呼び名」
営業チーフ、高柳憲一。小田弘子は人生において五人目の女神だ。彼女たちにはアプローチなどしない。女神だから、ただ見ているだけでじゅうぶんだった。四人目とは、一年の交際を経て結婚をした。高柳はついに女神を手に入れたのである。しかしまた女神と出会ってしまった。しかも同じ社内で。その女神と、新人の橋本が結婚するという。

「魔のトライアングル」
施工管理部、篠崎光。現場、会社、休みの日と、いつも作業着で過ごし、篠崎にとって現場以外といえば、呑み屋かフーゾクである。営業の高柳が持ってきた仕事を、設計部の隈元が図面をひき、施工管理部の篠崎が形にする。その隈元が言うところの黄金トリオがこだわって施工した喫茶店が、開店二年半にして店じまいすることになった。

「夢破れて」
営業、石渡信吾。入社して五年。それまで担当した物件は、上司や先輩から引き継いだものばかりで、今回はまるまるひとりで、始めなければならなかった。その仕事が取れなかった。しかも顧客の担当者から、営業としてのダメ出しまで食らってしまった。へこんだ石渡だが、かつてのDJ仲間に会うと、魂は自由と見栄をはってしまう。

「いつもおひとり様」
統括室室長、大屋時枝。二畳もない統括室でミスドのドーナツを食べることが楽しみ。入社して三十二年、会社の人間は相談事があると、大屋のところに相談をもちかけてくる。社内ではこれを大屋参りと呼んでいた。だけど、悪い気はしなかった。大屋は粗忽者や莫迦になれる者が嫌いではなかった。そして面倒をみる。

「バームクーヘン」
営業リーダー、江沢六輔。偉くなりたい。出世をしたい。社長になりたい。江沢は社長教育セミナーに参加し、その教えを実践していた。自分をのぞく社員全員、同期の高柳が好きだった。江沢はそれがおもしろくなかった。自分の方が営業成績もいいし、強面の高柳は粗雑で粗暴で粗忽。酒癖も悪い。ところがみんなどこか楽しげで、最後にはこうだ。高柳だからしょうがない。

「ガウディでよろしく」
デザイナー、隈元歳蔵。あなたは天才なんですか?はい天才です。打ち合わせの最中に寝てしまい、顧客の話を満足に聞いていなかったどころか、自分のコンセプトをへし折るほどの意見を飲んでしまった。屈託を抱えたまま別の顧客との打ち合わせに向かうと、彼女はお気に入りの店舗をスクラップブックにまとめていた。それは隈元歳蔵作品集ともいえる代物だった。

「スナイパーヒロコ」
営業、橋本陽七。与党の元幹事長の息子で、ケーオー卒の二枚目。父の権力を頼らず、自分で就職先を決めた。就職を機に一人暮らしもはじめた。そこに弘子と暮らしている。隈元が勝手にラフデザインを描き、それを高柳に渡し、部下の石渡の営業が見事成功。その物件の実地調査に橋本、石渡、隈元と行くと、バイトが急に集団で辞めたとかで、店の手伝いをすることになった。汗水流して働くって気持ちがいい。

「社長教育ABC」
社長、巨瀬司郎。来月にある会社説明会までに、カリスマ性のあるリーダーになるよう総務部長に指示された。手配はすでに整えられていた。社長教育セミナー・三泊四日短期集中コース。これであなたもカリスマ社長!という謳い文句。合宿所を脱走した。罵倒の数々に絶えられなかった。そして会社創立時を思い出す。会社を途中で辞めて旅に出た男。鴻上とふたりですべてやったあの頃を。

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山本幸久
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    2008

09.15

「うたうひと」小路幸也

うたうひとうたうひと
(2008/07/23)
小路 幸也

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涙をうたうひと、友をうたうひと、愛をうたうひと、悲しみをうたうひと、待ち人をうたうひと、希望をうたうひと、夢をうたうひと。誰にでも歌いたい歌がある。歌にまつわる七つの短編集。

「クラプトンの涙」
娘のマイと同じ名前をもつ女性インタビュアーの質問に、元名ギタリストは昔を思い出しながら語りだす。泣かせるギターを弾くと言われたが、自分は泣いたことがなかった。祖父に買ってもらった最初のギターとの出会い。中学時代から最初のバンドの絶頂期に突然姿を消すまでの十何年間、ボーカリストであり、たた一人の愛する女性であったアンリのこと。

「左側のボーカリスト」
ケントとショウは公私共に仲の良いデュオだった。幼なじみで、お互いにお互いのことが手に取るようにわかった。ショウの世界にケントが色をつけて、ケントの色にショウが色を重ねる。そんなふうにして、二人は、二人だけの、二人しか作れない曲を作っていた。そのデュオは消滅した。ケントは十五年ぶりにステージに立つ。その左側の立ち位置を開けて。

「唇に愛を」
ホーンセクションのバンドといっても、メインに立つボーカルによって名前がころころ変わる単なるバックバンドでしかなかった。メンバー全員がリーダーのコーイチさんと音楽をやってきた先輩後輩同輩で、音楽を職業にして、楽しかったし、嬉しかった。伊東ミキwithウルトラホーンは売れた。そこにペットのゴトーとミキが恋に落ちた。問題は事務所だった。

「バラードを」
盲目の歌姫が突然の引退宣言をしたのは八ヶ月前のことだ。彼女の人気は常にトップクラスに位置していた。マスコミはもちろん、彼女のファンたちがその理由を知りたがったが、彼女は沈黙を続けた。むろん、その沈黙をそのまま続けさせるほど業界も優しくはない。そこにフィクション作家である自分に白羽の矢が立った。彼女が熱心なファンで、その話にOKを出したからだ。

「笑うライオン」
四人全員が幼なじみというロックバンド、ディローグ。ドラム担当の笑うライオンことザキは、ライブ中に髪の毛がライオンのタテガミみたいになる。笑うのは楽しいから。新曲のレコーディングを控えた時、折り合いの悪かった母が倒れた。その看病のため、実家に戻ったザキ自身も全治三ヶ月の重症を負った。助っ人ドラムスで録音した新曲が空前の大ヒット。自分の存在意義を疑う。

「その夜に歌う」
ピアノ・バーのオーナーであるジョーは、今日が特別な一日であることを知っている。エリックがこの店にやってきたのは三年前だった。音楽の才能があった彼は、あっという間にこの街の有名人になっていた。ウェイトレスとして働くミンディにとって、今日は約束の日だった。二年後の今日、帰ってきたら、結婚しようとエリックがミンディに言ったのだ。

「明日を笑え」
米軍キャンプでロカビリーの代役をすることになってしまったハワイアンのバンド。自分で言うのもなんだけどヘタ。とてもキャンプの連中が満足するとは思えなかった。そこで演奏の合間にギャグをかますことにした。大爆笑の嵐で、それをきっかけに自分たちのテレビ番組を持つに至った。そしてイギリスが生んだ世紀のスーパースターの前座に選ばれてしまった。

最近の小路作品はツメが甘いと書いてきたが、本書に限ってはその言葉を撤回したい。すごくオチが切れている。絶品ともいえるほどの切れ味だ。長編作家の短篇となると、ふつうぼやけてしまう作品が多い。それがより内容密度の濃い短篇作品に仕上がっていた。「クラプトンの涙」では実はという真相がミステリだし、「左側のボーカリスト」ではエンターテイメント性が抜群だし、「唇に愛を」では仲間が取った行動がドラマティックだし、「バラードを」では引退した女性がミステリアスだし、「笑うライオン」では仲間たちの気持ちがブラボーだし、「その夜に歌う」では愛の力がミラクルを呼び、「明日を笑え」ではドリフやないかとツッコミを入れる。

すべてと言っても構わないぐらい秀作揃いだった。そんな中でも好みを選ぶとなると、「左側のボーカリスト」「唇に愛を」「笑うライオン」かな。それ以外の作品もレベルが高い。小路幸也の短篇はすごいかもしれない。これが初短編だと言うのにもビックリ。これは買って正解だった。

サイン本なのだ。

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小路幸也
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    2008

09.14

「波打ち際の蛍」島本理生

波打ち際の蛍波打ち際の蛍
(2008/07/31)
島本 理生

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かつての恋人によるDVで心に傷を負い、未だ覚めやらぬ悪夢に怯え続け、時に大声で泣き出しそうになり、気をゆるめると不気味な黒い影が自分を呑み込みそうになる。川本麻由は、家とカウンセリング専門の相談室を行き来する日々を送っていた。ある日、通院先の待合室で出会った、ひと回りも年上の穏やかな男性、植村蛍に次第に惹かれていく。だけど、過去の記憶に囚われ、前に進むことができない。募る想いと拒絶する身体。その狭間で狂おしく揺れながら、失っていた強さを取り戻していく彼女が求めた恋愛の形とは。

麻由がDVによって男性不信に陥ってしまったのは、自分が悪いから自業自得だと思っている。もっと早く逃げ出すことができた。でもしなかった。そんな関係を続けたのは自分の責任だと。そして今も離れられない苦しい過去の経験に囚われ、恋をしたら、また暴力されるのではないかと恐れている。その気持ちと共に、好きな人に嫌われたらどうしようとか、自分とは違う穏やかな女の子を好きになったほうがいいとか、好きという自分の気持ちに気づくと、次の場面ではやはりダメというように、たえず感情が揺れているのだ。

痛くて暗くなりそうな設定の作品だけど、人を好きになるという上向きの気持ちがあるからか、思ったほど苦しくはなかった。麻由のように極端な過去ではないにしろ、誰だって苦い経験はあるだろうし、封印してしまいたい事柄は抱えている。それは年齢を重ねれば重ねるほど増える場合がふつうであって、結婚というキーワードもからんできて、それゆえに、次の一歩に慎重になって踏み出せないということがある。そういった新しい出会いがあっても、好きイコール恋愛へと、容易に前に歩み出せないもどかしさに共感することができた。

静かだけどひりひりとした空気の中で、急にほわんと温かな空気に切り替わる場面がある。それは麻由の従兄弟であるさとる君であり、蛍の友人である揚げ物好きの紗衣子さんであり、元同僚で仕事に誘ってくれる楠本さんである。さとる君は麻由の過去をすべて知る人物で、あまり詳しく書いてしまうとあれなんだけど、頼れて、リラックスできて、無償の愛の人だけど、麻由が現在から変われるという人物ではない。これが好人物ですごくもったいない。だけど、それは恋愛ではなく、変われるかもしれない人物は蛍だった。

どこまでも優しくて、大人の鷹揚さも兼ね備え、その一方で、別れた彼女と友達になって遊んだりする大馬鹿野郎で、嫉妬に疲れるし、度々ボディタッチをしてくるので、その都度固まって耐えることを強いられる。だけど、好きになってしまい、この人なら違う世界に行けるかもという薄い予感がする麻由。正直にいうと、この蛍のようなタイプの男は好きではない。すぐに麻由の頭に手を置く曲者だからだ。というか、羨ましい。自分が恥ずかしくてできないからだ。(おい)

ますますきれいな文章に磨きがかかり、感覚も研ぎ澄まされているように思えた。重いテーマを重く感じさせないという筆致力も秀逸。すべてが解決するわけではないが、未来に明かりが見出せるラストには、じーんときて、優しく温かな気持ちになることができた。

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島本理生
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    2008

09.13

「訣別の森」末浦広海

訣別の森訣別の森
(2008/08/07)
末浦 広海

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北海道北見市の病院でドクターヘリの機長を務める槇村博樹は、出動中に墜落した新聞社の報道ヘリを発見。着陸して救出にあたった現場にいたのは、槇村の自衛隊時代の部下であった武川一恵と記者。二人は大怪我を負っていたが適切な処置で命をとりとめる。だが翌日、一恵は左肩脱臼の怪我を負ったまま病院から姿を消した。

また、ドクターヘリの司令室を担当する信田豊は、交通事故で亡くした妻子の命日に、事故現場へ出かけて花を手向けるのを習わしとしていた。この年も休暇をとって事故現場へ向かった。しかしそのまま信田は突然退職し、連絡が取れなくなった。一方、北海道の自然環境を考える、若林という男がある計画を進行していた。

ヘリの墜落、一恵の失踪、信田の突然の退職など、不可解な出来事が続く中、槇村の身にも予期せぬ出来事が続発。ドクターヘリ運行委託契約が満了を迎え、槇村が三ヶ月ぶりに札幌の実家に戻ってみると、荒らされた形跡はないが、何者かがこの家へと侵入していた。それに墜落機発見について嗅ぎまわる男や、槇村の名を騙る謎の男の存在。背後には槇村と一恵の過去、そして巨大な陰謀が交錯していた。第54回江戸川乱歩賞受賞作。

ドクターヘリの始動、離陸、発進と一連の描写が巧みで、冒頭から物語の世界へ引き込まれた。そのヘリを操縦する元自衛官の主人公に魅力があり、槇村が飼う北海道犬のカムイにも愛らしさがあり、ヒロインは駄目だったけれど、北海道の大地をヘリやバイクで飛び回るスケールの大きさや、面白く読ませる力や興味を引き付ける筆致力はさすが乱歩賞と頷ける作品だ。ただ乱歩賞とはデビュー作でもあるわけだから、どうしても若さが目立つところ、なっていないところがある。

それぞれが関係ないように思われた出来事も、そこに繋がりあるということが明らかにされていく。けれど、主人公を取り巻く主要人物の動きの理由が描ききれていないという、根本的な思惑部分に無理があるので、そこで興味が停滞してしまうのだ。それら大風呂敷をぎゅっと集めようとするのだけれど、風呂敷の四方を結ぶことが叶わずに、違和感だけがぽつんと残るのだ。墜落から救出そして失踪した一恵の想いしかり、突然退職して行方を消した信田の動機しかり、若林という男の疑問しか浮かばない錯乱しかり、現役自衛官である藤原の精神構造しかりである。性格破綻者のオンパレードかつうの。

そういったバタバタした部分はあれど、広大な北海道の情景が浮かび、疾走するスピード感、犬やオオカミから聞こえてくる息遣いもあって、これが読ませる作品になっていた。主要人物が人間ではなく動物ならもっと面白くなったはず、というのはジョークだけれど、カムイとモモのその後は気になるところだ。デビュー第一作も読みたいと思う。文句は言ったが、個人的にはアリだった。面白かったです。

サイン本なのだ。

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その他の作家
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    2008

09.12

「ヴァン・ショーをあなたに」近藤史恵

近藤

ヴァン・ショーをあなたに (創元クライム・クラブ)

下町のフレンチレストラン、ビストロ・パ・マルのスタッフは四人。二人の料理人はシェフの三船さんと志村さん、ソムリエの金子さん、そしてギャルソンの僕。気取らない料理で客の舌と心をつかむ変わり者のシェフは、客たちの持ち込む不可解な謎をあざやかに解く名探偵。
近所の田上家のスキレットはなぜすぐに錆びるのか? しっかりしたフランス風のパンを売りたいとはりきっていた女性パン職人は、なぜ突然いなくなったのか? ブイヤーベース・ファンの新城さんの正体は? ストラスブールのミリアムおばあちゃんが、夢のようにおいしいヴァン・ショーをつくらなくなってしまったわけは?…… 絶品料理の数々と極上のミステリーをどうぞ!《本の折り返しより》

いつもなら個別に内容紹介をするが、これだけしっかりした紹介があれば十分でしょ。

シェフが軽い気持ちで野良猫に餌をやったら、ビストロ・パ・マルの料理に味を占めた猫は、毎日、店の厨房口に座り込み、にゃあにゃあと鳴いて、餌の催促をするようになった。家で四匹も猫を飼っているという猫好きの志村さんがそのことに激怒。猫に餌をやるということは、その猫に責任ができる。よって責任をとりなさい、というわけで、ビストロのレジ横に、「猫をもらってください」の貼り紙が貼られた。この冒頭のエピソードは本当にそうだと思う。猫おばさんって無責任なところがあるから。

さて、感想。「錆びないスキレット」では猫に対する息子の行動はどうかと思い、「憂さばらしのピストゥ」では陰険な悪戯をする店なんて潰れろと呪詛し、「ブーランジュリーのメロンパン」では頑ななパン職人の雪解けにほろっときて、「マドモワゼル・ブイヤーベースにご用心」では動揺するシェフがかわいくて、「氷姫」では主人公の僕が切なくて、「天空の泉」ではシェフってキザだな~と思い、「ヴァン・ショーをあなたに」では外人との気質の違いが上手く盛り込まれていた。

恥ずかしいけど今更ながら本書で知ったことがある。フレンチの味の基本がバターで、他にもクリームやチーズが使われているということだ。三船シェフは親切に対応してくれていたが、乳製品嫌いの自分はますますフレンチとの縁がなくなった。というか、そもそもラーメン店が常連で、チャーシューを乗せるか値段で迷うという時点で縁がないのかもしれない。しかし謎のヴァン・ショーだけは一度味見がしてみたい。どんな香がするのだろう。

それと前作を読んだときに思ったのが、無理やりミステリじゃなくてもいいかな、ということだ。すると今回はミステリ度がどんと低くなっていた。まったくの個人的な思いでしかないが、これには高評価を与えたい。あともうひとつ比較になるが、あのオーナーシェフだとか、女性シェフだとか、ビストロ以外の人物が少しビターかもしれない。だけど、スタッフ四人が見せる一面はニヤリだった。シリーズ三冊目にも期待したい。

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近藤史恵
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    2008

09.11

「熊の場所」舞城王太郎

熊の場所 (講談社文庫)熊の場所 (講談社文庫)
(2006/02/16)
舞城 王太郎

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「熊の場所」「バット男」「ピコーン!」の3編を収録。再読です。

「熊の場所」
僕がまー君の猫殺しに気づいたのは、まー君のランドセルをぶちまけてしまったところ、ひょろりと長い猫の尻尾が、一本ぽろと飛び出て僕の心臓を一瞬停止させた時だ。まー君は優雅といっても良いような手つきで、それを拾い上げて何気なくランドセルにしまいこんだ。僕は怖かった。この大きな恐怖を、僕は何とかしなくてはいけない。かつて豪放磊落気味の父が言っていた。恐怖を消し去るには、その源の場所に、すぐに戻らねばならない。放課後、僕はまー君の家の玄関に立った。

「バット男」
バット男は表面ぼこぼこの金属バットを振り回して喚き出す性格破綻者だ。でもバットは威嚇用であって本当には人を殴ったりしない。だからあっさり反撃を食らって殴られたり蹴られたりしてバット男は生傷が絶えない。僕は心のどこかでバット男の逆襲を待っていた。そのバット男が死んだ。調布のバット男が残したのは一人の女の子の醜聞だった。バット男の汚らしいアパートで四万円もらってやった馬鹿な女の子。それは友達の彼女だった。弱い方へ弱い方へ、不幸は流れ込んでいく。

「ピコーン!」
馬鹿が集団になって改造乗用車に乗りまくるチームが出きた。チョコはそこで哲也と出会い一緒に住み出した。哲也は喧嘩にあけくれる日々。チャコは決めた。ここを抜け出てみせると。哲也と二人で這い上がってみせると。今よりずっとまともな場所にたどり着いてみせると。哲也が出した条件は、フェラチオ一万本ノック。五十本抜きくらいから哲也はチームの誘いを断り始めバイトに通うようになった。チョコはバイトと大検の勉強とフェラチオにより一層熱が入る。その頑張っていた哲也が何者かに殺された。

さて、補足を入れた感想を。

「熊の場所」
まー君への恐怖と対峙するわけだが、わかったことは、まー君は単に猫を殺しているサッカーが巧い少年にすぎなかったということ。まー君との友情を温めながらも、同時にある欲望がわいてくる。まーくんが猫を殺すところを見てみたい。さらには、まー君に殺されたいと。グロい。そして痛い。次々に感情がブラックな方へとエスカレートしていく。普通の読者はどう思うだろう。だけど、自分はこういう黒い作品が好きなのだ。

「バット男」
こういう危ない性格破綻者は子供の頃にいたような。さすがに暴力はしなかったけれど、からかっては追いかけられ、というのを繰り返して遊んだ記憶がある。バット男自体は作品の序章でしかない。その彼が死に、負の遺産を引き継いだ馬鹿女とその彼氏の悲惨な物語だ。主人公は第三者で傍観者でしかない。その冷めた目線にぞぞぞっとくる。

「ピコーン!」
死んだ哲也の様子が異常で、チョコが灰色の脳細胞によって死の謎を究明していく。どう異常だったかは自分で読んで欲しい。ピコーン!というのはチョコの閃きの音。とんちの一休さんでいうチーン!である。そこかよというオチは苦笑いだけど、このピコーン!の瞬間が気持ちいいし、なんと言ってもチョコがかわいい。この作品は漫画にもなっている。

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舞城王太郎
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    2008

09.10

「ABCDEFG殺人事件」鯨統一郎

鯨

ABCDEFG殺人事件 (ミステリーYA!)

堀アンナ、十八歳。聴力検査をしたら、聴力は左右の耳とも完全に失われていることがわかった。幸い、通信教育で身につけた読唇術があった。そして聴力を失った代わりに、とんでもないものを手に入れたのかもしれない。木や石などの固形物の言葉を聞くことができる能力を手に入れたのだ。アンナはカープ探偵事務所で働く新人探偵だ。そして自宅の部屋には″安楽椅子″探偵がいた。

「Aは安楽椅子のA」
クライアントは十七歳の高校生。彼女の父親は二ヶ月ほど前、何者かに殺害された。首を切り取られた遺体となって発見されたのだ。犯人もわかってないし、切り取られた首も発見されていない。クライアントの依頼は、その首を発見することだった。

「Bは爆弾のB」
同僚の中川淳一が死んだ。結婚を誓い合い、処女を捧げた恋人の死。三日前に愛を交わしたベッドの上での爆死だった。中川の自宅ベッドに爆発物が仕掛けられていたのだ。刑事に犯人と疑われたアンナは、中川の死の謎を究明しようとする。

「Cは地下室のC」
中川さんが死んで以来探偵事務所の人員は、所長の鯉登はつ子とアンナのふたりだけになってしまった。その所長の鯉登はつ子が死んだ。自宅の地下室に閉じ込められて、餓死しているのが発見された。毎日カツ丼を食べていたのにだ。

「Dは電気椅子のD」
会計士と相談した結果、アンナが社長を引き継いだ。ゼロから出発のクライアントはアイドルの木枯ジュン。彼女の依頼内容は、一家三人を惨殺したとして、一週間後に死刑が執行される死刑囚の無実を証明することだった。

「Eは英語のE」
次にやるべきことは新入社員を入れることだった。面接にやって来たのは、剣道有段者で英語が得意というが、目が見えない徳永マリアだった。そこにブロック財閥会長のお嬢様が交通事故で亡くなったのだが、事故の原因を調べて欲しいと依頼がきた。

「Fは不感症のF」
クライアントは五十二歳の大学教授。恋人が不感症になった原因を調べて欲しいという。その恋人は十六歳の少女で、不感症だけでなく、口も利けなくなり、感情までなくなってしまった。面会した少女は、自分はテロの犯人だ、とキーボードを叩いた。

「Gは銀河のG」
その男は、完全に密閉された室内で殺されていた。男は宇宙飛行士だった。まるで部屋の中が無重力状態になり、見えない力に振り回されたように、壁に全身を強く打ちつけられて死亡していた。人材が揃い、新しいカープ探偵事務所の出発。


松尾由美のパクリ……言っちゃった。だけど、鯨作品らしいテイストにはなっている。ABCと来ればポワロだけど、まったく関わりはない。本書はABCDEFGとなっているが、日本的に言えば1234567となる。1があって2、2があって3、という連続性のある連作短編集だ。とにかく主人公のアンナを取り巻く環境が変わっていく。始めは三人しかいない探偵事務所だが、同僚の恋人が死に、所長で社長が死に、アンナ一人となって、その結果アンナが社長になる。次はまるでRPGのように仲間集めが始まっていくのだ。そしてステージをクリアする都度、おもしろいぐらいの大金が転がり込んでくるのである。マンガ要素、ゲーム要素があって、キャラ読みできる今風の作品になっている。この作家の作品は選別しながら読みたいが、今後も応援していきたい。


TBさせてもらいました。「まったり読書日記」

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鯨統一郎
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    2008

09.09

「ミュージック・ブレス・ユー!!」津村記久子

ミュージック・ブレス・ユー!!ミュージック・ブレス・ユー!!
(2008/07/01)
津村 記久子

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オケタニアザミは高校三年生。髪は赤く染め、目にはテンプルの太いメガネ、歯には黒と黄色というカラフルな歯列矯正器。耳にはほとんど一体化しているといっていいヘッドホン。音楽が鳴っている間は自分が自分でなくなることができた。日本の高校生であることを恥じるわけではないけど、それを謳歌できる同世代の女の子たちを遠く感じるのは事実だった。

二年生の学年末考査で数学の単位を落としたアザミは、落第こそ免れたものの仮進級というオミソのような状態だったので、指定校推薦制度の対象からは外れていた。そんなアザミに対して、友達のチユキは、指定校推薦の枠に入れそうな生徒の一人だ。悪目立ちするデカいアザミと、染めたような真っ黒いくせ毛に、服も持ち物もモノトーンで統一した背の低いチユキは、並ぶとちぐはぐながら、ほとんど毎日一緒に下校していた。

チユキとは七対三ほどの割合で、アザミのほうがよく喋った。息をしているだけでくだらないことが次々と頭を過ぎり、それを口に出さずにいられないアザミと付き合うことに疲れを感じる人びとも多い中、チユキは根気よくそれを聞いてやることができる希少な存在だった。勉強も見てくれた。アザミはチユキにはとても感謝していた。

歯列矯正器友達のモチヅキ君を介して知り合った洋楽おたくのトノムラ君や、クラスの合同授業でいつも隣同士になるナツメさんらとも親しくなるきっかけは出来るものの、中々素直になって踏み込めないでいた。アザミがベースギターを弾いていたバンドは解散してしまったし、周りのクラスメイトたちは次々と進路を決めていく。進路が何一つ決まらないアザミのぐだぐだの日常を支えるのは、パンクロックだけだった。

自分は何なのか、何になりたいのか、少女は自分がどうしたらいいのかが分からない。子供の頃ははっきりとした夢があった。しかし高校三年生になって、夏休み、冬休みと過ぎて、まだ進路が決まらない。いや、決められない。だけど、焦りもない。高い授業料を払って大学の四年間を遊ぶことも疑問だし、と言って就職するのもなんだかなという感じなんだけど、周りの人たちは大半が大学に行くしなあ、という流れになんとなく乗っかってしまう。

かつての自分と近いところがあってすごく共感できた。のんびり屋さんって、状況が切迫していてものんびりを決め込むことができる。これって何でしょう。それにあれだけ毎日つるんでいた仲間とも、卒業をきっかけにあっさり別れることができてしまう。音楽にしても、あの頃に聴いていた音楽が未だにすべてだし、パンクとロックの違いはあるが、これって自分のための本じゃないかとそう思ってしまうほど波長がビシバシ合ってしまった。いい作品だった思う。他の方まではどうだか知りませんが。

ちょいと珍しいタイプのサイン本。

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津村記久子
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    2008

09.08

「マリッジ・インポッシブル」藤谷治

マリッジ:インポッシブルマリッジ:インポッシブル
(2008/07/23)
藤谷 治

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結婚。それは女なら一度はあこがれる理想郷……。ここにその夢に目覚めた女がいた――。引田輝子(ひきたてるこ)、29歳独身、グルメ番組のディレクター。今の仕事もライフスタイルも手放したくない!だけど結婚もしたくなっちゃった!果たしてそんなことができるの!?まさに“実現不可能”(?)大いなるミッションのために輝子は立ち上がった! [ミッション1]まずは身近なところに標的を定めよ。[ミッション2]4対4の合コンを攻略せよ。[ミッション3]お見合いをあなどるなかれ。[ミッション4]結婚相談所に潜入せよ。[最終ミッション]幸せの(秘)任務を遂行せよ。《出版社より》

制作会社の仕事は、きついなんてもんじゃない毎日で、丸三日間穿き続けてどろどろになったジーパンを脱がずに熟睡できるようになり、臭いとか汚いとかいわれても、そうっスかデヘヘーなんて答えられるようになった。デニムもユニクロ、シャツもユニクロ、朝目が覚めたら髪の毛なんて鳥の巣で、メークに五分以上かけることはめったにないし、大きい声じゃいえないが歯を磨かないで寝ることもある。もちろん男の気配なんてこれっぽっちもなかった。

結婚したい。その前に彼氏だ。輝子は自分が、男を判断する経験値が、絶対的に不足していることは重々承知している。お付き合いは大学時代の一人だけで、卒業と同時に自然消滅になった。そんな輝子が男を作ろうとするのだが、まず自分から男に声をかけて、二人きりになって、なんてことは、生まれてこのかた一度もしたことがない。つまり、どうやって声をかけていいのかから判らない。合コンも正直よく知らない。そんな恋愛経験皆無と言ってもよい輝子の奮闘記である。

輝子の番組のメイン・リポーターを務める女優の河出さんとは二年も一緒に仕事をして、ウマがあうだけでなく、結婚してやるぞ、と思うきっかけを作った重要な人物である。もう一組重要なポジションにいる二人がいる。輝子の住んでいるマンションは、もともと大家さんご一家が花屋さんで、改築して上を賃貸マンションにした今も、まつまえ生花店として営業している。その大家さんの娘さんの洋子さんと、花屋の修行をしている日野さんという男の人だ。そして脇役だが強烈な個性を持った人物もいる。何事も自分のペースで進めるピンクの悪魔こと塚伊原みづゑである。このピンクの悪魔がからむことで、面白さもパワーアップしていくことになる。

本の帯に新境地と題されてからの藤谷作品は、ファンなら読まねばという心境でなんだかよくわからないまま読んでいた。本書はそういう点では初期作品のような軽いノリだ。いや、原点返りを突き破っているのかもしれない。とにかくテンションが高い。そしてダジャレの宝庫だ。ヒロインの名前からして、引田輝子、他人を「引き立てる子」である。そんな藤谷作品では、久々にクスクス笑いが絶えない作品だった。キャラが濃くて、いい感じのユーモアがあって、すごく楽しいひと時が味わえて、そして本を閉じる頃には温かな気持ちになれて、幸福感がじわ~と広がってくるのである。またこういうのを読みたいと思い、猛烈にお薦めしたい作品であった。

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藤谷治
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    2008

09.07

「宿屋めぐり」町田康

宿屋めぐり宿屋めぐり
(2008/08/07)
町田 康

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執筆7年。新たな傑作長編小説の誕生!主はいつも言っていた。「滅びにいたる道は広く、光にいたる道は狭い。おまえらはいつも広い道ばかり行こうとするが、それは天辺から誤りだよ」 主の命により大権現へ大刀を奉納すべく旅をする鋤名彦名は、謎のくにゅくにゅの皮に呑まれ、「偽」の世界にはまりこむ。嘘と偽善に憤り真実を求めながら、いつしか自ら嘘にまみれてゆく彦名の壮絶な道中。その苦行の果てに待ち受けるものは。俺は俺の足で歩いていくのだ。俺の2本の足で正しい道を。《出版社より》

謎のくにゅくにゅの皮に呑まれた主人公は、現実の世界に戻れるかわからないまま、とりあえず太刀の奉納に行く過程を重んじて歩き出す。男はいわれのない誤解を受けては僧を殺し、気が狂った女郎のとばっちりで警官を殺してしまい、しゃぶ中が暴れたのを自分のせいにされて全国の博徒の間に廻状が回った。いわゆる凶状持ちになってしまうのだ。

この男には独り言の癖があり、思考がだだ洩れゆえに、出会った珍太や石ヌにたばかられ、恥辱にまみれ、時に義憤に駆られ、やってこますと決意をするが、凶状持ちという世間に言えぬ負い目もあり、結局は諦めてしまう。弱い者には強くなれるが、基本姿勢は逃げである。これは嘘の世界かもしれないという感覚を持っているがゆえに、不真面目な行動に甘んじてしまうのだ。

そして男は騙され続けるうちに、自分の保身から、こんな奴に本当のことをいう必要なないと思うようになり、口から出任せに答えるようになる。偽名を語っては、嘘に嘘の上塗りを繰り返し、悪気はないのだが、それがドツボに嵌まってしまうのである。時に奴僕、時に芸人、望むと望まないに関わらず、生き残るためにしたこと。自分ではそんなつもりではなかったのだが、世間を震撼させた世紀の大悪党みたいなことになってしまうのだ。

犯罪者扱いされ、狂人扱いされ、官憲と博徒に追われ、身に覚えのない濡れ衣を着せられて、生きているだけで負いきれぬ罪状が積み重なっても、それでも太刀奉納という目的に向かって邁進する。それは何故か。とにかく男は主が恐ろしかった。主に逆らうとなにをされるか分からないからだ。だから男の行動原理はただひたすらに、主に怒られないようにすること、だった。

この男にとって、主とはなにか。救ってくれる人だろうか。雇ってくれる人だろうか。言い訳の道具にする人だろうか。それとも試す人だろうか。絶対の神様なのか。自分は主に選ばれてこの世界にやって来たのだろうか。しかし男は主の命令を自分の都合のよいように解釈して、自分が楽なように、自分の快楽に忠実に、自分が発揮できるように行動する。

鶏が先か卵が先かではないが、この呑まれた世界は嘘ばかり。そして本当のことを言う正しい人は、みな殺される。そんな正しい人たちを見殺しにし、その銭を奪い、また宿屋から次の宿屋へとめぐっていく。煩悩を持て余し、世を恨みながらあがく卑小で哀れな男による、壮絶で切実な自分探しの漂泊の旅だ。これは人間の普遍を描いた作品のような気がしてきた。この感想はあながち間違いではないだろう。

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その他の作家
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    2008

09.06

「角」ヒキタクニオ

角
(2005/10/20)
ヒキタ クニオ

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自分のくしゃみが部屋に響いた。麻起子の喉にジガジガしたものが張りついたかと思うと、喉は激しく咳き込んだ。堪らず麻起子は目を開けた。うっすらと明るい部屋を見回すと、金銭的にも精神的にもゲンナリする事実が麻起子の目に映った。一週間前に大枚一万八千円を払って購入した高級羽毛安眠まくらが裂かれたように破れていた。羽毛を白い腸のように吐き出した安眠まくらは、ぺしゃんこに萎んでいる。麻起子は大きくため息をつき、立ち上がって洗面所に向かった。麻起子は鏡の前に立った。えっ。麻起子の頭の上には一本の角が生えていた。

麻起子の頭頂部には、チョココロネのように巻いた髪が前方に向かって突き立っている。クラブのチーママのような髪型なので、チーママの巻き髪と、チーママの麻起子を略して掛けてチー巻きと呼ばれた。何度も角を切ろうと試みたが、出来なかった。最も角を切ることを躊躇わせたのは、角が自分の心に反応しているような気がするからだ。麻起子の感情が揺れるとき、角の芯がつっと冷たくなったり、角全体がぽっと温かく感じたりすることがあった。それは自分の思い過ごしかもしれないけれど、もしそうであったなら、と考えると切ることには踏み切れないでいた。

今まで通り出版社の校閲部で仕事をこなす麻起子の日常。同じ出版社で雑誌記者をやっている彼氏の山平。日本語は潮光社校閲部が守るというスローガンを掲げている並木部長。低次元に発想が広がるミステリーが得意分野の山之辺。博学で新書やビジネス書が得意な田所。初校の前に鉛筆で作家の原稿を汚してしまう編集者の小内田。そして、校閲部とことあるごとに揉めている新人作家の保田。

角が生えたからといって、特別なことは何も怒らない。分かりやすく言えば、出版社で働く人たちによるドタバダ劇である。角が生えて、失踪者を探して、忘年会をして、香港旅行をして、文学論を闘わせて、作家の担当を外れたくなくて、角の秘密を守り、恋に揺れ、ラストを迎える。少し中だるみはあるが、気軽に読めるお仕事小説というところだ。よって、出版社の内幕に興味がある方なら面白く読めるかも。ただ、ヒキタ作品としてはインパクトが欠けていたように思う。

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ヒキタクニオ
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    2008

09.05

「誘拐」五十嵐貴久

誘拐誘拐
(2008/07)
五十嵐 貴久

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秋月孝介が勤める旅行代理店は経営状態が厳しく、経営に介入してきたトキワ銀行の意向により、リストラを進めていた。リストラを勧告するのが孝介の仕事だった。かつてお世話になった葛原の勤務態度は真面目で、部下の管理もきちんとしていたし、リストラの対象になるような社員ではない、と意見を具申したが会社の上層部はそれを却下した。老兵は必要ない、というのがトキワ銀行から出向してきた人事担当者の言葉だった。

その葛原一家は電車に飛び込んで無理心中をするはめに陥った。葛原本人と奥さんは即死。娘の和美は重体で、臓器移植が必要な体になってしまった。孝介の娘が和美と同じ中学に通い、もう一人の女の子と三人でグループを作り、毎日のように一緒にいたことも知っていた。その翌日、娘の宏美が、パパの責任だと、そう言い残して、マンションから飛び降りて亡くなった。

一方、総理の座に就いてから、佐山憲明は政治改革に着手していた。外交方針について、世論の支持は高かった。賛否両論があったのは、経済に関する政策だ。勝ち組と負け組の区別を明確にし、日本国民のすべてが競い合う社会を目指す。能力のある者、努力した者が勝ちあがり、何もしなかった者が負ける。金で買えないものはない、というのは佐山にとって絶対の真実だった。そんな佐山にとって、一人娘の忘れ形見である百合は、ある意味で総理の椅子よりも重い唯一の存在だった。

日韓友好条約終結のため、韓国大統領が来日する。核実験を繰り返し、核兵器装備を宣言している北朝鮮に対し、事実上の日韓同盟を締結することにより、その脅威を封じ込めることが狙いだ。佐山にとって総理大臣就任以来、ある意味で最も重要な会議になるはずだった。その韓国大統領来日を二日後に控え、警視庁はその総力を挙げて警備に当たっていた。その最中、事件は起きた。総理の孫が誘拐された。百合を誘拐した犯人は、秋月孝介と元同僚の関口順子だった。

これ以上、内容については触れないが、とにかくがっつり読ませる作品だ。ここにある犯罪自体は、個別に見るとありふれたものだけれど、それらを見事に融合させて、壮大なスケールの誘拐犯VS警視庁を作りあげている。そして、経済の在り方にも警笛を鳴らしている。ただ、反日意識の高い韓国の件では夢物語の感があり、パートナの順子が書ききれていないことや、送り状に書かれた名前のちょんぼにも違和感があるなど、少々の荒っぽさはあるが、それらを差し引いても面白く読むことができた。最近の五十嵐貴久はすごい。エンタメとして、ミステリとして、そして、警察小説としても読める、読後感の良い作品だった。お薦め。

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五十嵐貴久
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