--

--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

スポンサー広告
トラックバック(-)  コメント(-) 

    2009

08.31

「白雪堂」瀧羽麻子

白雪堂白雪堂
(2009/07/01)
瀧羽 麻子

商品詳細を見る

シラツユは基礎化粧品のブランドで、売りは徹底的な無添加製法で、天然成分にこだわり、主要な工程はほぼ手作業で作られている。とにかく、白雪堂といえばシラツユ、というほどの代表的商品で、発売当初は今よりももっと勢いがあったらしい。創業者の娘であり、シラツユを作った女性を、社員たちはマダムと呼んでいる。入社二ヶ月目の新人社員・峰村幸子は、シラツユの三十周年キャンペーンを、マーケティング部の代表として担当することになった。その会議にはマダムも出席していた。

一方で、峰村は大学院に進んだ彼氏の直也とは最近うまくいっていない。学生同士のときは、会いたいときにはいつでも会えた。状況が一変したのは、峰村が就職してからのことだ。直也と会いたくないわけではなかった。ただ、今の自分には時間が足りないのだ。そして、余裕も。まだ学生の直也に理解できないのはしかたがないのかもしれない。社会人として働いていくというのがどういうことなのか。どれだけ大変で、どれだけ体力と気力を消耗するものなのか。言い争いを重ねるたびに、すれ違いの感覚はつのっていく。

企画書作りが始まって、看板商品のシラユキの売上業績が信じられないほど縮んでいることが明白になった。わたしたちが、なんとかしないと。でも、マダムは今のままで変えたくないようだ。峰村はあるプランを思いついた。平行線だったマダムもついに折れた。とんとん拍子に話が進んでいた。だがその矢先、外資系の大手の化粧品会社に企画をとられてしまった。外部に企業秘密がもれた? 社内は企業スパイ疑惑に揺れ、頼りになる先輩が槍玉にあげられ、さらに吸収合併という大波にも飲み込まれる。峰村はどう乗り越えるのか。

主人公は新入社員。なので、右も左も分からない。周りにいる人たちは、すでに仕事のやり方やスタンスを築きあげている。また、その人の年代によって、仕事に対する距離の取り方が違っている。主人公は、時に先輩を頼りにし、同期にもアドバイスをもらい、どきどきしながら毎日をじたばたしている。重要なプロジェクトに抜擢された彼女にできることと言えば、必死になって頑張って努力すること。どんなに苦しくても弱音を吐かないこと。上向きな姿勢を貫くこと。だけど、どうにもならないことは突然やってくる。

会社勤めって、いろんな要素があるなとつくづく思った。会社を守るために、自分の部下を疑わなくてはいけないというのはしんどい。窮屈でおもしろくないと飛び出す者がいれば、現状で満足している会社は物足りないという者もいる。このままがいいと思っている者もいる。中にはサボっている人もいるかもしれない。主人公のように、毎日をこなすのに精一杯の人もいる。社員とは、企業戦士なのか、歯車の一つなのか、ただの駒なのか。会社は何をしてくれるのか。何を与えてくれるのか。そんな難しいことを、少し考えてしまった。作品自体は、軽く読めて面白かったです。でも少し淡白だったかな。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ
スポンサーサイト

瀧羽麻子
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.31

8月に買った本の代金

個人メモです。

総額10.118円

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

自分への戒め
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.31

8月に買った本

単行本
ININ
(2009/05/26)
桐野 夏生

商品詳細を見る

祝福されない王国祝福されない王国
(2009/07)
嶽本 野ばら

商品詳細を見る

文化祭オクロック文化祭オクロック
(2009/07/23)
竹内 真

商品詳細を見る

あの子の考えることは変あの子の考えることは変
(2009/07/30)
本谷 有希子

商品詳細を見る

ここに消えない会話があるここに消えない会話がある
(2009/07/24)
山崎ナオコーラ

商品詳細を見る


文庫本
ぶぶ漬け伝説の謎―裏(マイナー)京都ミステリー (光文社文庫)ぶぶ漬け伝説の謎―裏(マイナー)京都ミステリー (光文社文庫)
(2009/08/06)
北森 鴻

商品詳細を見る

理由(わけ)あって冬に出る (創元推理文庫)理由(わけ)あって冬に出る (創元推理文庫)
(2007/10)
似鳥 鶏

商品詳細を見る

さよならの次にくる <卒業式編> (創元推理文庫)さよならの次にくる <卒業式編> (創元推理文庫)
(2009/06/20)
似鳥 鶏

商品詳細を見る


マンガ
バクマン。 4 (ジャンプコミックス)バクマン。 4 (ジャンプコミックス)
(2009/08/04)
大場 つぐみ

商品詳細を見る

星守る犬星守る犬
(2009/07)
村上 たかし

商品詳細を見る


ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

お買い物
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.30

「Lady,GO」桂望実

Lady,GOLady,GO
(2006/07)
桂 望実

商品詳細を見る

南玲奈は、高校を卒業して以来六年近く、派遣生活をしている。玲奈は現在二十三歳。派遣は気楽でいいが、突然首を切られてしまうこともある。貯金はほとんどない。少しあったが、先日フラれた勇太に二十万円あげてしまったから今はピーピーだ。えみりとは三つ前の派遣先で知り合った。以後、たまにメールで近況を報告し合っている。来月アパートの更新だから、次の派遣先を早く決めたい。そう告げた玲奈に対し、えみりは体験入店を勧めてきた。えみりは今キャバクラで働いていたのだ。

絶対に場違いになる。わかっている。地味だし、暗いし、男に擦り寄れないし、美人じゃないし、嘘もつけないし、巨乳でもない。でもタイニューで七時間働けば、帰りにキャッシュで二万円貰える。二万円は確かに助かる。派遣だと今月働いても、翌々月にならないと給料は振り込まれない。今月の生活費が心細い。離婚してお互いに再婚した両親もあてにならない。玲奈には頼れる人はいない。二万円は稼げた。だが、えみりは自分の成績を上げるために店を紹介していた。ちょっとショックだった。

未だ金欠の玲奈に救いの手を差し伸べてくれたのは、高校の同級生のお姉ちゃん、麻生泉だった。はっきり覚えている。顔立ちは地味で、ブスではないが平均点よりは確実に下だった。男にちやほやされるタイプの女ではなかった。どっちかというと男の気持ちを繋ぎ止めたくて、尽くして貢ぐ類の女だったはず。なのに、見違えるように綺麗になって、魅力的な女性に変わっていた。泉は六本木のキャバクラで美香という名で働いていた。昔の私を見ているようなの。素質あると思う。美香は、玲奈を店で働かないかと誘ってくれた。

最近のニュースでは、女の子の将来なりたい職業のひとつに、キャバ嬢とこたえる女の子が多いという。なんちゅう世の中なのでしょう。テレビドラマなどの影響でしょうか。そういう嘆きは置いておくとして、本書は、自分に自信のないヒロインが、場違いな職場で奮闘する姿を描く成長小説だ。彼女のマイナス志向ぶりは痛い。しかし、自分の夢を見つけて、巣立っていく姿は爽快だった。

それに脇役たちにも魅力があった。オカマでも一流のスタイリストのケイ。劇団員とキャバ嬢の掛け持ちをしているしほ。№1キャバ嬢の美香。敏腕店長の羽田。ヒロインを含め、みんな手っ取り早くお金をもうけようと考えていないところに好感が持てた。必死に努力もしている。そして目標を立てている。在り来たりな、お水一辺倒になっていないところが、本書のいいところだったと思う。おもしろかったです。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

桂望実
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.29

「八月の路上に捨てる」伊藤たかみ

八月の路上に捨てる八月の路上に捨てる
(2006/08/26)
伊藤 たかみ

商品詳細を見る

自動販売機天国と言われるほど、この国ではあらゆる場所で清涼飲料水を売っている。敦は自動販売機へ商品を補充するルート配送のアシスタントのアルバイトをしている。そして三十歳の誕生日を迎える明日、離婚届を提出する予定だ。コンビを組んでいる水城さんは、この日でトラックを降りることになっている。昔、余計なことを彼女に訊いてしまったときから、敦は自分のことを包み隠さず話すようにしている。八月の熱い夏、自動販売機の補充に回る車内で水城さんに結婚生活の顛末を話して聞かせる。

遠慮なく、核心を衝いてくる水城さんの言葉は、慰めるでも、責めるものでもない。彼女の離婚後の話は敦もよく知っている。無口な夫を捨て、別の男と子供二人、共に暮らし始めた。ところがすぐに上手くいかなくなった。前夫からは養育費をもらっていなかったので、結果、トラックに乗るようになったのだ。二人の沈黙の間に、敦は駄目になって行く夫婦の時間を回想していく。妻の知恵子との出会い、唐突だった結婚、どうにもならない夢にしがみ付いている自分、潰れて行く知恵子、寂しさを埋め合うように出逢った愛人。そして…。

一度ボタンを掛け違ったらダメになる場合もあれば、小さな棘を積み重ねる内に気付けば修復不可能なくらいに溝が深まっている場合もある。本書の場合は、両方が同時に起こってしまったのか。離婚の原因なんて一言では決して言い表せない。ましてや、自分には離婚どころか、結婚生活の経験もないので分からない。でも敦自身は結婚生活が上手くいかないと察していたのではないのか。どこか不愉快だとボタンの掛け違いを認識しているのに、女に引きずられて焼けっぱちで籍を入れていた。

男として弱さの目立つ敦。徐々に壊れて鬱になっていく妻。この二人ははっきり言ってしんどい。離婚に至るまでの描写だから、当然どろどろとしている。そんな中で、聞き手である水城さんの豪放さや達観に救われたように思った。敦が八月の路上に捨てたものとは、結婚生活だったのか、脚本家の夢をふっきることだったのか。その一方で、同時収録されている「貝からみる風景」は、対照的なほど、ほのぼのとしており、こちらの方が断然好きだった。

そこで、ふと思った。終わる結婚生活を回想しない。敦と水城さんで自動販売機へ商品の補充をするルート配送の一日でも良かったのではないかと。こちらの方がより文学っぽい。伊藤たかみさんは結構読んでいる作家だが、芥川賞受賞作は、やはり自分にとって鬼門だった。面白いと素直に喜べる作品と出会ったためしがない。文学って何だろう。伊藤たかみさんに思うことは、また「ミカ!」を書いて欲しい。そう思うのは自分だけでしょうか。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

伊藤たかみ
トラックバック(0)  コメント(2) 

    2009

08.28

「スノウ・ティアーズ」梨屋アリエ

スノウ・ティアーズスノウ・ティアーズ
(2009/06/30)
梨屋 アリエ

商品詳細を見る

君江は幼い頃から捨てられたモノを拾う癖が付いていた。両親の離婚の影響で寂しかったせいだろうと母親は嘆くのだが、因果関係は定かではない。君江が十歳の時に母親が再婚し、今では新しい家族とそれなりに満たされた生活をしているが、使えるモノが捨ててあると、拾わずにいられなかった。高上陸とは母方の親類の家で生活していたときのお隣さんで、ガラクタで秘密基地を作って遊んだ仲だった。母親の再婚で引っ越して、陸と疎遠になったわけだが、高校で再会した。陸とはコンビと言われるほど、ぶつかり合うことを懼れずにぶつかり合える、友だちだった。

高校生の君江は、捨てられていたトルソーを持ち帰った。そのトルソーがふいに語り出す。顔や手脚がない自分はできそこないの人形だと。君江の不思議体質は、不思議体質以外に説明のしようがない。誰にも見えないものが見え、誰にも聞こえない声が聞こえ、ありえない体験をしてしまう。「不思議体質」と陸が称した君枝の体質。君江の不思議体質を最初に発見したのは、陸だった。そして、陸は君江の不思議体質に動じない唯一の人だった。何が本物なのか、時々わからなくなる。親にはどう伝えたらいいのかわからなかった。でも、そんなとき、陸と「不思議体質」の話をすると、ほんの少し楽になるのだ。

小学三年生の君江は、初恋の人の傘で空を飛び、池の水面から飛び立つガラス細工のような光る鳥の群を見送る。高校生の君江は、拾ってきた聞き分けのないトルソーに振り回され、教室を溢れ出した暖かな海面を泳ぐ。二十歳になった君江は、彼と終わったその日の夜に自分の影に落ちてしまい、幼なじみの陸は彼女と同棲を始めていた。二十六歳になった君江は、結婚して三年の月日が経ち、やや年の離れた夫に感じる空虚な気持ちを持て余していた。自分にとってほんとうに大切なもの。それに気づいたとき、喪失した。

なんとも不思議な世界観だ。だが、この著者の「プラネタリウム」がこんな感じだったことを思い出した。ありえないことが起こる不思議体質にしても、君江のそのときの想いを抽象化したと思えば、そんなに変なものではない。嬉しくって浮かれていると、空も飛べてしまえそうな気がするし、眠りにつく寸前の心地よいときには、温かな海面に漂っている雰囲気のようだし、どうしようもなく落ち込んだときは、目の前が絶望的に真っ暗になる。君江の不思議体質は君江の本心を代弁しているにすぎないと思った。

ただ、君江自身がそうとは気づいていない。よって不思議体質に振り回されて、あらぬ方向へと進んでしまう。唯一の理解者である陸とも疎遠になってしまう。お互いに思い合っていたのに、それを確かめ合わないままだ。それがなんとも切なくて、哀しくて、人生ってままならないものだと、嘆きたくなってしまう。そんなどん底のラストに著者はある思いを込めている。現実から目をそらさずに、満たされなくても、生きていこう、と。ファンタジックな世界が苦手な人は手を出すのを控えたほうが賢明です。イケるという人はどうぞ。新感覚の不思議です。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

梨屋アリエ
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.27

「ギフト」原田マハ

ギフトギフト
(2009/07)
原田 マハ

商品詳細を見る

忙しさの中で見落としている「贈り物」をあなたへ。第1回「日本ラブストーリー大賞」大賞受賞、『カフーを待ちわびて』の著者が贈る、珠玉のショートストーリー。たとえば海の明るさに、手の温もりに、なにげないひとことや一本道に、あの人のジャケットに、ときには助けられることがある。なんでもない日々の中、『ギフト』はいつも私たちのかたわらにある。

曇った気分も自分しだいで変わり、視点を変えることで視界が広がるようになり、通じ合う心に胸がときめき、帰る場所があることを知って勇気をもらい、疎遠になっても本当の友情は存在し続け、思わぬサプライズにあっけにとられ、笑顔の花束で友人の門出を祝福し、物思う遠距離恋愛にあの人のジャケットに温もりを感じ、そこにあり続けた思い出との再会に元気をもらい、人の真意は中々本人に伝わらない。

手の温もりに幸せを感じ、初めての一人暮らしは晴れやかだが感傷的になり、旅立ちに父とそっと約束を交わし、落ち込む友人の背を押し出し、待ち合わせの15分の優しさに涙がこみ上げ、無骨な父の見せた優しさにほっとし、ありがとうの言葉にくすぐったい気分になり、本当にやりたいこと認めてくれた父に涙し、鉢植えはずっとけんかの耐えない二人を見守ってくれて、たった一本の糸でも気持ちはつながる。

ドラマチックなことが起こるわけではない。でも漠然とした毎日の中にも、ふっと癒される一言がある。何かを感じる光景がある。気づく瞬間がある。想いが伝わる行為がある。ほんの少しの幸せが届く。それがギフト。そういうのをギュッと詰め込んだショート・ショート集。ひと息に読まず、大事に読んで行きたい作品ばかり。疲れたり、ストレスが溜まっていたり、そういう気持ちが落ちているときに読めば、元気をわけてもらえるかも。また挿入されたイラストもかわいらしくて素敵。手元に置いておきたい一冊でした。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

原田マハ
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.26

「外科医須磨久善」海堂尊

外科医 須磨久善外科医 須磨久善
(2009/07/23)
海堂 尊

商品詳細を見る

“海堂ワールドの新展開、外科医の謎に迫る。” 世界的権威の心臓外科医はいかにして誕生したのか。旧弊な学界から若くして認められるため、どんな奇策をとったのか。現役医師作家にしか書けない、医者の秘密。 先駆者の栄光!日本初バチスタ手術…“神の手”の軌跡。医療エンタテインメントの人気作家が初めて取り組んだノンフィクション。

心臓外科医・須磨久善。胃大網動脈を使った冠状動脈バイパス手術というオリジナル術式を考案し、日本人で初めて海外で心臓の公開手術を行った。公開手術とは、外科医の未来を賭けたギャンブル。成功すれば一夜にしてスーパースター、失敗したら一瞬にして外科医としての名声は地に墜ちる。須磨は喜び、即座にオファーを受けた。自分が開発した新しい術式を心臓外科学会に理解させ、見学者に自分も同じ術式をやってみたいと思わせることが最終目標だった。

よけいなことをしない。やり直しをしないよう一発で決める。手術の速度を上げる原則は、この二つしかない、と須磨は言う。須磨は、何も足さない。代わりに何かを引いていく。手術は手数と時間は少なければ少ないほどいい。患者の負担が少なくなるから。これが須磨の手術哲学の基本だ。メイク・イット・シンプル。心臓外科手術は、時間はできるだけ短い方がいい。よけいなことをしない、やり損じない、一発で決める。そうすれば手術時間は絶対短くなると、須磨は断言する。

須磨先生、なんかめちゃめちゃ格好いいんですけど。当たり前のことを当たり前にする。それができないのが、人というやっかいな生き物。やる前からいいわけを考えて、失敗すると逃げを打つ。須磨先生は、そんなやわとは一切無縁。というか、お医者さまがそれでは、患者は困る。でも、人はそういう弱さを少しは持っている。そういう部分をまったく見せないから、余計に格好いいのだ。もちろん須磨先生は人の何倍も努力されてきた。向学心もずば抜けている。そして、ブレない生き様は尊敬に価する。

一方で、日本のアカデミズムが情けない。アメリカの学会はクリエイティブなこと、新しい発想に対し、ポジティブに評価する。発想の優先権を尊重する。人のやらないことをやると日本では「変なやつ」と評価され、それが世間に認められた後はそのアイデアに相乗りした人間が一番偉くなったりする。そういうのを先生は乗り越えて、胃大網動脈を使った冠状動脈バイパス手術を考案し、葉山ハートセンターという新病院をつくり、バチスタ手術をスマ手術へと進化させていく。医療崩壊がうたわれる中、ここには希望があり、読んで良かったと心から思えた一冊でした。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

海堂尊
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.25

「宵山万華鏡」森見登美彦

宵山万華鏡宵山万華鏡
(2009/07/03)
森見 登美彦

商品詳細を見る

祇園祭前夜。妖しの世界と現実とが入り乱れる京の町で、次々に不思議な出来事が起こる。最初の「宵山姉妹」と最後の「宵山万華鏡」、次の「宵山金魚」と「宵山劇場」、その次の「宵山回廊」と「宵山迷宮」と、それぞれの作品が対になっている。それと共に、登場人物たちが交錯し、全てが宵山の夜で濃厚に繋がっている。趣向の凝った連作中篇集です。

「宵山姉妹」
バレエ教室が終わったときは午後五時をまわっていた。彼女は小学校の三年生、姉は四年生になる。いつものように帰路を辿って、烏丸通まで出たところで、姉がふいに立ち止まった。露店と群集の熱気がビルの谷間に充ちていた。姉は好奇心旺盛で、どんなところでもずんずん入っていこうとする。引きまわされる彼女は気が気でなかった。その子らは皆女の子で、華やかな赤い浴衣を着ていた。まるで薄暗い水路を泳ぐ金魚の群のようであった。彼女は吸い寄せられるようにその姿を眺めた。ふと我に返ると、姉とはぐれていた。

「宵山金魚」
乙川は「超金魚」を育てた男である。乙川のやることなすこと、ことごとくヘンテコで、暗躍しては珍妙な事件を仕組んでいた。彼は平然とした顔をしてホラを吹くし、俺は人一倍純粋だから、うかうかと信じてしまうのである。「騙す私が悪いのか。騙される君が悪いのか」と乙川はよく言った。しかし俺だって昔の俺ではない。彼の案内で、宵山の夜を満喫しようとしたのだが、昔のことを思い出している内に、乙川の姿が見えなくなった。気がつくと、後ろ手に縛られ、御輿に載せられて護送されていた。

「宵山劇場」
まだ新緑の美しい季節に、小長井は丸尾から大学の中央食堂に誘い出された。丸尾は「サークルを作る」と言った。偽祇園祭を作る計画だった。サークル名は祇園祭司令部ってことにしよう。かつては小長井も裏方界に小長井ありと誰かに物陰で言われたこともある男だった。一度は懲りたはずの裏方魂がうずくのだった。小長井はしばしば悩んだ末、丸尾の手を握り返した。コンセプトは、すでに決まっていた。標的である藤田氏の経験する地獄巡りこそが、彼らが作り上げるべき偽祇園祭となった。

「宵山回廊」
千鶴は不安になった。叔父は謎めいたことを言った。「明日からはもう、会えなくなる」叔父は万華鏡を差し出して見せた。露店の売り台には、色とりどりの万華鏡が並んでいた。そのとき叔父が考えたのは、この万華鏡で宵山の景色を覗いてみたらどういう風に見えるだろうということだった。山鉾の明かりや、露店の明かり、街の灯が、万華鏡の中でなめらかに回転して形を変え、叔父を幻惑した。その景色の中に、十五年前の宵山の夜に姿を消した娘を見つけた。それ以来、叔父は毎日宵山に出かけ、同じ一日を繰り返していた。

「宵山迷宮」
もともと柳画廊は父と母の二人でやっていたものだが、父が亡くなったあと、東京の画廊に勤めていた私が戻ってきて、運営に加わった。杵塚商会は父の時代から付き合いのある古道具屋だが、このところしつこく父の遺品である水晶玉を探すように電話を掛けてくる。翌日、ひどい違和感を感じた。すべてが昨日と同じだったのである。またしても宵山だ。父も私と同じように宵山を繰り返していたのではないか。そしてそこから抜け出す方法を見つけ出す前に死んでしまったのではないか。閉じ込められた理由は、父の遺品にある。

「宵山万華鏡」
彼女は今日が宵山であることを知っている。長いバレエのレッスンが終わってから、彼女は渋る妹の腕を強く引いた。彼女は半泣きの妹の手を引いて、行き当たりばったりで歩いた。妹とつないだ手は汗に濡れてつるつる滑った。そして、赤い浴衣の女の子たちを見た。その女の子たちは金魚の群のようにすいすいと進んでいく。妹までもが、見惚れて口をつぐんでいる。そのとき、なぜ彼女は妹の手を離したのだろう。怯える妹を宵山に置き去りにする。そんなことは、ふだんの彼女であれば思いつきもしない悪戯だった。

森見作品をごちゃ混ぜたような「宵山姉妹」と「宵山万華鏡」、イケイケお馬鹿全開の「宵山金魚」と「宵山劇場」、幻想的で静謐な「宵山回廊」と「宵山迷宮」。バージョンは違えど、すべてが森見ワールド。また、ゲリラ演劇プロジェクト「偏屈王」のように過去作とリンクがあったり、妙に竹にこだわる場面があったりと、森見ファンはここにキュンとくること間違いない。この作品のキーマンは、乙川だろう。作品タイトル「宵山万華鏡」のように、くるくる回され姿を変える。正体は、万華鏡の筒の中にあるのだろうか。怪しげな雰囲気があって、とても面白かったです。

サイン会に参加してきました。会場は奈良のギャップ書店。大阪からは、電車を乗り継いで一時間と少しでした。書店に到着すると、なんと森見さんはふつうに買い物客が通るフロアの真ん中にいる。こういうオープンなサイン会って、地方ぐらいでしょうか。先日参加した有川浩さんの兵庫県の会場もオープンなものでした。ご本人が間近にいるっていい。森見自身は、さらし者だけど。一回目のサイン会をそうして凝視で過ごし、二回目のサイン会でサインを頂戴しました。そして、何かイラストを書いて、とお願い。「太陽の塔」をゲットしました。森見さん、いい人だ。

森見登美彦さんのサイン。

森見_r1

他のサイン本はこちらをクリック。→「サイン本」

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

森見登美彦
トラックバック(1)  コメント(4) 

    2009

08.24

「ダッシュ!」五十嵐貴久

ダッシュ!ダッシュ!
(2009/07/07)
五十嵐貴久

商品詳細を見る

陸上部の天才アスリート“ねーさん”に思いをよせ、忠誠を誓ったイノケンたち4人。彼女のことを、仲間内では“ねーさん”と呼んでいる。ただし面と向かっては“桃子先輩”であり、オフィシャルな場に出れば“菅野さん”と、その呼称はくるくる変わる。なぜならねーさんは、“ねーさん”と呼ぶと烈火のごとく怒るからだ。参考のために言っておくと、ねーさんのファンクラブ会長はリョーイチで、代表がイノケン、親衛隊長がメタボン、ヘッドがわび助だ。

四月に新学期が始まったその日から、ねーさんは学校に来ていなかった。わび助が春日部の駅でねーさんとばったり会った。何してるんですかって声かけたら、クラブに行かないかって、いきなり誘われた。ねーさんらしくない台詞だ。まあ、ねーさんが行くというのなら、どこでもつきあいますけど。クラブで足をひねったねーさんは、それから学校を休んでいた。あの時は軽い肉離れぐらいに思っていたけれど、ねーさんは骨肉腫だった。

ねーさんは既に足を切断しなければならないことを知っていたのだ。足を切ってしまえば、ダンスどころか歩くことさえできなくなる。それがわかっていたから、ねーさんは決して似合うわけでもないクラブへ行こうと僕たちに言ったのだ。ねーさんも人間だ。一人ですべて背負えるほど強くはない。ぼくたち四人には何の力もないけれど、少しでもねーさんの支えになれたらと、一日も欠かさず病院に通った。そして手術の日が決まった。

手術の前に、会っておきたい人がいるのか訪ねてみた。すると、サーフィンのプロを目指して世界中を旅して回っている杉田さんに会いたいという。ねーさんが一年の時、杉田さんは三年生で二人はつきあっていた。とにかく、やってみよう。その杉田っていう人を捜してみよう。地球にいることは確かだろう。目的はひとつ、杉田達也を捜すことだ。難しいのはわかっている。だけど、男にはやらなければならない時があるのだ。

奔走の末に連絡はついた。ねーさんは手術前に杉田さんが来るのを楽しみにしていた。手術間際になっても、ねーさんは杉田さんが来ることを信じていた。でも、結局杉田さんは間に合わなかった。ねーさんが杉田さんと会うことを拒否するようになったのはそれから。杉田さんは会えないまま再び旅立った。その杉田さんから日本にトランジットで寄ると連絡があった。滞在時間はわずか四時間。頑なに会うことを拒否するねーさんとの我慢くらべが始まった。

ヘビーな内容を重く感じさせない。そこはさすがと言いたい。ジャンルは児童書になるのでしょうか。出版元がポプラ社なので、大きくは外れていないだろう。病気は別にして、この設定と似た環境の中学時代を過ごしたことを思い出した。三年生のかわいい女の先輩。それに群がるひとつ下の自分たち。放課後はいつも一緒だった。たぶん、みんなが好きだった。でも、抜け駆けはしなかった。それが当たり前だった。そういうのを思い出したら、キュンとなった。そんな恥ずかしい告白は別にして、いろんな恋をしよう。そう思った。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

五十嵐貴久
トラックバック(1)  コメント(0) 

    2009

08.23

「螻蛄」黒川博行

螻蛄螻蛄
(2009/07)
黒川 博行

商品詳細を見る

「疫病神」コンビ、待望の復活。自称「建設コンサルタント」の二宮とイケイケヤクザの桑原は、五百万の信者を擁する伝法宗慧教寺派の宗宝『懐海聖人絵伝』をめぐるスキャンダルを嗅ぎつける。絵伝を金にしようと画策する二人を待ち受けるのは、巨大宗派の蜜に群がる悪党たち。最後に笑うのは一番の悪党か、羊の皮をかぶった狸・二宮か。巧妙な罠、逆転に次ぐ逆転、想像も及ばぬ金儲けの手法…ページをめくる手が止まらない、大人気シリーズの新たなる頂点。ノンストップ・ノワール・エンタテインメント。

建設コンサルタントをしている二宮。建設現場にはヤクザがまとわりつく。暴対法の施工後、露骨なゆすりたかりは減ったが、あらゆる嫌がらせで工事を妨害する。結果的に工期は遅れ、建設会社は多大な損失を被るため、暴力団対策を欠かすわけにはいかない。毒を以って毒を制す。ヤクザをつかってヤクザを抑える対策を建設業界では前捌きと呼び、略してサバキという。建設コンサルタントの二宮は建設会社からサバキの依頼を受けて適当な組筋を斡旋し、その仲介料を主たる収入としている。

桑原の真湊会尼崎支部へのダンプ突入は二蝶会の名をあげた。組のために六年もの懲役に行ったのはヤクザ世界では大きな勲章であり、彼は出所してすぐ幹部に取り立てられた。シノギは倒産整理と建設現場のサバキ、愛人にやらせている守口のカラオケボックス、「キャンディーズ」と「キャンディーズⅡ」で、本人はエリートの経済ヤクザと称しているが、性格は極めて凶暴。世の中に恐いものはなく、いったん金の匂いを嗅ぎつけたら、なにがあろうと食いついて離れない。確かに天性のイケイケであり、極めつけの疫病神だ。

今回、ケンカの星の王子さまが金の匂いを嗅ぎつけたのは、伝統教団では五本の指に入る大宗派の宗宝の絵巻物。そんな桑原の言いなりのポチとして二宮は生臭さ坊主を刺激した。すると、使い走りの刑事が出るわ、資産家の石材屋に手品をさせられ、東京のヤクザに殴られて青痣をつくり、避難したゲイの長屋で温かな家庭を夢見て、妖艶な美人画商にうつつを抜かし、いつの間にやら巨大宗派のごたごたに巻き込まれ、気がついたら抜き差しならないところに追い込まれている。

どいつもこいつも海千山千の狐狸ばかり。金に汚い生臭坊主に、その坊主を食い物にしている信徒総代。ヤクザは怖いが、桑原はもっと怖い。地元大阪を離れ、京都、東京、名古屋、小田原と、騙し騙され大立ち回り。二宮と桑原の大阪弁全開の会話もユーモアたっぷりで飽きがこないのは毎度のこと。本の分厚さも気にならず、一気読みすること間違いなし。めちゃめちゃ面白かったです。「疫病神」「国境」「暗礁」と併せ、おすすめしちゃいます。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

黒川博行
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.22

「武士道エイティーン」誉田哲也

武士道エイティーン武士道エイティーン
(2009/07)
誉田 哲也

商品詳細を見る

武藏オタクの磯山香織と日舞から転身したお気楽不動心の甲本(西荻)早苗も、高校三年生になった。二人は永遠のライバル。早苗は父の転勤を機に九州へ転校し、全国でもダントツの強豪校である福岡南高校の代表選手に選ばれている。一方の香織が率いる東松学園高校女子剣道部は、ここのところはちょっと団体での苦戦が目立っているけど、それでも剣道の名門であることに変わりはない。香織は後輩の頑固さに頭を悩ませながら、自身の剣道を形作っていく。そして、早苗個人はともかく、福岡南流のスポーツ剣道が嫌いだ。その最右翼である黒岩怜那とは互いに相容れない。香織の宣戦布告を、早苗は笑って受け流した。

もう電話してくんな。敵同士なんだよ。それがお前のためであり、あたしのためでもあるんだ。早苗は自分でも分かっていた。連絡をとり合うのは、ちょっと変なことだって。仲良かったことを逆手にとったスパイっぽいって。そもそもこういうことをしようとしたのは先生たちなんだ。それと、レナ。転校して、その勝利至上主義の校風に馴染めないからって、今も東松剣道部の雰囲気、あたたかさ、潔さに惹かれ続けているからって、彼女にずっと甘えてしまっていた。香織の潔さを尊重するべきなんだ。それが、私たちの武士道なんだ。そう決意した矢先、早苗は膝の靭帯を痛めてしまった。そして最後のインターハイが迫り――。2人の決戦の行方は?

という本編をぶつ切りにするような形で、脇役たちのサイドストーリーが途中、挿話されている。ファッションモデルをやっている早苗の姉の西荻緑子。香織を育てた桐谷道場の玄明先生。福岡南のインチキ教師の吉野先生。香織と早苗の後輩で、東松の先鋒を任されている田原美緒。相手のことが好きで別れる切なさ。歴史に隠された暗い部分。幼馴染みを思うほろ苦い青春。挫折と新たな自分探し。確かに各編とも意外性があって読み応えはある。でも本編に割り込ませる必要があったとは到底思えない。まずは香織と早苗の本編を完結させ、その後に、番外編という形式で収録というのがベストに思えた。

で、本編の方はと言うと、とっても熱かった。美緒に若干イラッとさせられても、それには彼女なりの理由があるわけで、取り立てて嫌悪するほどでもなかった。一番目についたのは香織の成長ぶりでしょうか。とがった部分が影を潜め、丸くなったというか、冷静になっている。だから剣道の場面でも、熱くはあるがじっと見ている緊張感が楽しめた。香織と早苗の対決あり、レナとの対戦もありで大満足だった。そのあとに、進路のフォローまであって、お腹いっぱいという感じ。そして、すべての道は、武士道に通じている。期待通り、おもしろかったです。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

誉田哲也
トラックバック(4)  コメント(10) 

    2009

08.21

「旅するノラ猫」嵐山光三郎

旅するノラ猫旅するノラ猫
(2009/05)
嵐山 光三郎

商品詳細を見る

ノラ猫ノラの年齢は推定十五歳である。メス猫である。もとはマツモトさんちの飼い猫で、子猫を三匹産んだ。子猫の名は、サラ、タラ、リラという。子猫が生まれてしばらくすると、マツモトさんはノラだけを連れて、隣の町へ引っ越してしまった。三匹の子猫は、あちこちの家へ引き取られていった。ノラは、子猫が心配になり、もとの家まで戻ってきた。ところが子猫がいない。そこで、しかたなく、ノラ猫になった。

コオロギやトカゲを食べ、のらりくらりと暮らすうち、アラシさんが根負けして鯖の水煮缶をくれた。ノラは窓のすきまからアラシさんちに侵入し、座椅子の上でテレビを見るようになった。アラシさんが、スーパーからキャットフードを買ってくるようになった。ノラはアラシさんちとノラハウスを言ったりきたりして暮らしている。アラシさんの家の隣には、アソウさんというイラストレーターが住んでいる。アソウさんちには、トーちゃんという七歳のオス猫がいた。

トーちゃんは俳句に詳しい。ノラもアソウさんちのテレビで俳句歳時記の番組を見ているうちに、俳句に詳しくなった。猫俳句を開拓しよう。野良猫俳句会を略してノラハイ。猫界における芭蕉になって、広く猫文芸界に寄与する。トーちゃんはエヘンと胸をはった。そういわれると、ノラもその気になってきた。ノラが猫界の俳句宗匠となって名をなせば、名声をききつけて、行方不明の子猫が帰ってくるかもしれない。二匹は会うと句会を開くようになった。

ノラはやがて家猫のトーちゃんと別れ、捨て猫のボイシーと共に、サラちゃんのトラック食堂から、タローさんの長距離トラックに乗って旅に出る。たどり着いたのは松島の貴紀寺。そこで未亡人のリエ子さんと出会う。猫語が話せる人がいれば、人間に化けた猫もいる。猫どうしの会話はテレパシーであって、声を出してしゃべりあうわけではない。念力で話す。俳句は嗅覚で詠む。ネコケータイを駆使してメールを出す。なんともまったりとした摩訶不思議な猫の世界だ。

日常の何気ない一瞬を、ときには季節の移り変わりを感じながら、俳句を詠んでゆく。出会いがあれば、別れがある。別れがあれば、再会がある。そしてまた、猫たちは俳句に想いを乗せてゆく。なんて風流な猫たちなんだろう。その猫の世界観では、人間は猫の下位に属する動物で、猫に餌を奉納する係りなのである。人間が猫に餌を与えるのは、天がそう命じたからで、当然の行為である。いちいち人間に礼をいう必要はない。なんてふてぶてしい奴らだ。そんなことを言ってると、今晩のメシは抜きだ。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

その他の作家
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.20

「ウェディング・ドレス」黒田研二

ウェディング・ドレス (講談社文庫)ウェディング・ドレス (講談社文庫)
(2008/02/15)
黒田 研二

商品詳細を見る

結婚なんて、一生無縁のことだろう。そう思い続けて生きてきた。ユウ君と出会うまでは。祥子が三十一歳で、ユウ君が二十八歳。出会ってからまだ三ヶ月しか経っていない。それなのにいきなりのプロポーズだ。戸惑うなというほうが無理な話だろう。たった二杯のワインに酔っぱらったのか、ユウ君は軽い寝息を立てながらソファに横たわっている。いつの間にか花唄を歌っていたことに気づき、ベランダに出た。道ばたに停まっていたメタリックブルーのセダンに釘付けとなった。

どくどくと心臓が音を立てて揺れる。その車には見覚えがあった。ここ数日の間に、何度も同じ車を目にしている。偶然とは思えなかった。その車の主はつけ回しているとしか考えられない。無意識のうちに、祥子は自分の首を撫で回していた。母は何者かに首を絞められて殺されていた。ベランダから戻った祥子は鍵を何度も確認した。ユウ君は額にたくさんの汗をかき、苦しそうに顔を歪ませていた。悪夢にうなされているらしい。最近はとくに回数が増えたようだ。

すべては計画通りに進むはずだった。予約していたレストランが、まさかなんの連絡もなしに店を畳んでしまうなんて。用意していた指輪はどこかになくなってしまった。結婚しよう。気持ちが焦ってしまい、結局唐突な台詞となってしまった。祥子はまん丸な目をユウに向けた。彼女の口から言葉が発せられるのを待つ。だが祥子はユウを見つめたきり、いつまで待っても動き出そうとしなかった。彼女の唇が小さく動く。祥子は幼い子供のように、いつまでも泣きじゃくり続けた。

双子の兄とは連絡がつかなくなって、もう十ヶ月以上になる。誠と二人で桜見物に出かけた。その頃はまだ祥子と知り合う前だったし、誠も婚約者を失ったばかりだった。思えば、あれが誠と一緒に酒を飲んだ最後の夜だ。あの夜を境に、誠は一人でこそこそと動き回るようになったのだ。夜中遅くまでどこかへ出かけ、帰ってこないことも多かった。理由を訊いても、うやむやに答える。嘘をついていることはすぐにわかったが、追求しようとは思わなかった。誠が家を空ける回数は次第に増え、ついに完全に姿を消してしまった。

視点を変えて同じ場面を繰り返している。だが、どこか変だ。それがずれていると決定的に知らされるのは、二人だけの結婚式当日である。女性視点の私サイドでは、ユウ君が事故にあったと呼び出され、祥子は銀縁眼鏡の痩せた若い男と脂ぎった太った中年男の二人組みに拉致られ強姦される。もう一方の男性視点では、引き裂かれたウェディング・ドレスを残して祥子は消え、教会には全員が祥子の婚約者だという、ユウと銀縁眼鏡の痩せた青年と肥満体のような中年男性が残された。

どちらが本当のことなのか。これはパラレルワールドなのか。読者としては、落ち着かないストーリー展開がその後も続く。そこに猟奇的なアダルトビデオを模倣した殺人事件も加わり、読み手は物語の結末が気になって、いやおうなくベージを捲る手が止められなくなる。ずれに関しては、そう来たか、という感じだった。ただ密室トリックに至ってはありえない。伏線の扱いはまあまあ。でも全体的に読ませ方は巧いと思った。ミステリというよりもサスペンスとして読めばより楽しめるんじゃないでしょうか。自分的にはアリでした。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

その他の作家
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.19

「今夜も宇宙の片隅で」笹生陽子

今夜も宇宙の片隅で今夜も宇宙の片隅で
(2009/07/01)
笹生 陽子

商品詳細を見る

「ネットにアクセスしてる時って、無限の宇宙空間にほうりだされた小さな星になっている気がしない?」ぼくたちはつながっている。ちょっぴりの勇気があれば、いつだって誰とだってつながれる。連載休止中の人気漫画『惑星5』のファンたちが、ネットとリアルでつながっていく。《出版社より》

「夜空の向こう」
モバイルサイトを閲覧していた中二のシュンの目は、とあるBBSのカキコミにふと吸い寄せられた。クスリの名前も、メーカー名も、なにに効くのかもわからない。でも、ネットで売られるクスリといったら、やばいクスリに決まっている。見て見ぬふりで読み飛ばす。それが賢い子どもというものだ。だけど、時に魔が差すことがある。返信ボタンをクリックしたら、返信メールがすぐに来た。待ち合わせのゲーセンにいたのは、同じ小学校で、問題児だった相沢。もう一人の御園は、はにかんだような笑みを浮かべていた。

「扉を開けたその先へ」
高校卒業後、定職に就いたこともなく、オフラインでの友人はゼロ人というヒキコモリのおれ。見ず知らずの女子高生からメールをもらい、実家の離れに住む俺の部屋に泊まりたいと言ってきた。当日現れたのは、どう見ても家出中です的な男子児童。謀られた。年端も行かないガキにまんまとかつがれた。ネット回遊歴二年半。スパムメールを開けたこともなければ、ウィルスに感染したこともない、用心深いこのおれが。非モテ男の胸中は、ぶっちゃけ、ヤル気まんまんだった。どうでもいいけど、誰、オマエ。

「あの頃ぼくらは校庭で」
自分が担当しているクラスの男子生徒がゲイであることを偶然しってしまった男性教師。まったく、ガッコの先生なんて無駄に難儀な商売。わざわざ貴重な時間を割いて相談に乗ってやったのに、感謝されるどころか、オトナとしてのスペックを否定されるとは。こう見えて、オレはもともとロックやってた人間よ。ロックといえば、反体制の象徴みたいな音楽よ。十七歳の教え子の不幸をひそかに願ったら、二十九歳のOLに三行半をつきつけられた。そして、例の男子生徒から、高校の裏サイトのアドレスを教えられた。

「戦士の休日」
生まれて十四年目のシュンは、いま、変化の真っ只中にいた。小学校の同級生で公立中に行っている病弱で休みがちだった御園。その御園と札つきのワルの相沢とキャンプに行く約束をした。当日、ヤキを入れられた相沢が、車で到着した。もろソレ系のおっさん中島さんは、車でもっといいところまで連れて行ってやると豪語した。車中、中島さんとは、『惑星5』の著者と小学校が一緒だったと盛り上がる。そして、非公式ファンサイトを運営していると、名刺を渡された。

「星空は知っている」
[S高カフェ・裏BBS]に、こんなスレッドが立てられた。うちの学校のイタイ女さらそうぜ。やり玉にあがったのは向井という女。原田はなにげにリンク先へ飛んでみた。趣味が妖精とのおしゃべりという不思議ちゃん。暇にあかして、ふざけた問いをつぎつぎと投げるゲストたち。なにも知らずに、メッセージを返すプロフ主。あんまり面白かったので、原田も尻馬に乗ってみた。祭りは異様なほどの活況を呈し、六日目の朝を迎えたところでぴたりと鎮火した。そこに残ったもの。それは、原田と向井の二人きりのオフ会の約束だった。

「この星はきっとぼくのもの」
相沢はド不良だ。優等生でいい子といわれるシュンが、ネットを通じて再会した。その相沢とガチで組んでいる御園もおまけについてきて、いつのまにやら地元の遊び仲間みたいになってきた。頭ではわかっているはずのことを、人はうっかり忘れてしまう。御園は重い持病を抱え、幼い頃から入退院と手術と自宅療法を繰り返してきた人間だ。いまはたまたま調子がよくて登校できているものの、あと何回か手術をしないと健康体になれないらしい。御園が入院することになり、シュンは入院前のイベント企画をすることになった。

連作であり、単独の短編である作品も含まれた連作集。うっすらとつながっているのは、連載休止中の人気漫画『惑星5』のみ。そして全員がネットをしている。学校の裏サイトとか、掲示板にカキコミするとか、普通にモバイルしている子どもたちを考えると、ちょっと怖い。これが当たり前の現状なんでしょうか。もしそうだとすると、親とか先生とかじゃ手に負えない。子どもに携帯を持たせる必要はないという意見も出てくるわけだ。でも自分が子どもだったなら、携帯の必要性は説いたかも。実に微妙なところだ。現在のコミュニケーションの取り方に危うさを覚えつつ、自分も染まっていることにいま気づいた。慣れって怖い。今後、どのように移り変わっていくのでしょうか。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

笹生陽子
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.18

「星守る犬」村上たかし

星守る犬星守る犬
(2009/07)
村上 たかし

商品詳細を見る

「星守る犬」
林道わきの放置車両にて、男性のものと思われる遺体が発見された。足元には飼われていたと思われる犬の死体。鑑定の結果は、男性が死後一年から一年半、犬は死後三ヶ月。物語は、犬の「ぼく」の最初の記憶から始まる。箱の中でいっしょうけんめい鳴いていた。元気そうな女の子が、ぼくを抱き上げ、笑いながら走りだした。あたたかくていい匂い。ごしごしされて、ふわふわくるまれた。ミルクが甘くて、眠たくなった。ここにずっといられるのかな。そうだったらいいのに。

女の子はみくちゃん。ときどき遊んでくれた。毎日ごはんをくれたのはお母さん。散歩につれていってくれるのはいつもお父さん。こんなふうにして一日一日が過ぎていった。何年もすると、ずいぶん変わってしまう。みくちゃんはほとんど遊んでくれなくなった。ごはんもこの頃はお母さんじゃなくてお父さんがくれることが多い。でも散歩だけはいつもお父さん。持病をかかえて職を失ったお父さんは、お母さんに捨てられた。こうして、ぼくとお父さんの「たび」は始まった。海を左手に見ながらどんどん南へ。

「日輪草」
親がわりに育ててくれた祖父母が遺していったもの。風通しばかりの良い築58年の家と、裏庭を埋めつくす向日葵の花。そして1964年生まれのブルーバード。走らせすぎると壊れてしまうけれど、走らせないと調子が悪い。週に一度の図書館通いに走るぐらいが丁度良い骨董品。私にはこれでもう充分。さまざまな不都合なことを何とかするのがケースワーカーの仕事。あまり知られていないが、身元不明死体を引きとって弔うのもケースワーカーの仕事。林道わきの放置車両から、身元のわからない男性と、犬の死体が発見された。

祖母が死んでほどなく、祖父が一匹の子犬を連れて帰ってきた。祖父と二人きりになって生じた隙間を、犬は上手に埋めてくれた。なのに、私が犬をかわいがったのは最初だけ。すぐに他のことに興味が移って、犬はほったらかし。それでもたまに気まぐれで遊んでやると、それはもう気の毒なぐらい喜んで、ボールをくわえて待っていた。犬はいつだって待っている。調べれば男の身元がわかるかもしれない。翌日、私は走り出す。男と犬がやってきた道を逆に、海を右手に見ながら北へ。

とやかく言いません。泣けた。何度も泣けた。犬の無垢な表情だけで今でも泣ける。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

その他の作家
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.17

「真夜中のマーチ」奥田英朗

真夜中のマーチ (集英社文庫)真夜中のマーチ (集英社文庫)
(2006/11)
奥田 英朗

商品詳細を見る

ビバップという名の会社を興して五年になる。二十五歳のヨコケンこと横山健司が大学生のとき、旗揚げしたプロデュース会社だ。人を集め、上前をはねる。高校生ですでにこの快感を知るや、学業を放棄して、様々なイベントやパーティーを手がけはじめた。出会い系パーティーを主催したり、美人局を手引きしたり、アダルトビデオに女の子を送り込んだ。社員は舎弟扱いのアキラ一人。人手が必要なときはバイトを雇う。人生の目標は、大金をつかんで派手に遊ぶこと。そして大物扱いされること。それが健司の、最大の望みだ。

健司は、仕込んだパーティーで三田総一郎と出会う。三田財閥の御曹司かと思いきや、単に一流商社三田物産に勤めている、三田って名字のダメ社員だった。ミタゾウは、子供の頃から試験の成績だけはよかった。集中力が図抜けているのだ。しかし、集中力は超人的でも視野が狭かった。何かに集中していると、周りがまったく見えなくなるのだ。そして、ヨコケンとミタゾウは、同じ穴のムジナだった。二人は、ヤクザの賭場が開かれている部屋の合鍵を偶然手に入れ、現金強奪をもくろむが、謎の美女に寸前で邪魔されてしまう。

三人は手打ちした。女の名は黒川千恵といった。クロチェの父はインチキ美術商で、金のためならなんでもする男だった。その白鳥は賭場の常連で、白鳥にとっておいしい客が次々とやってくる。その欲の皮の突っ張った素人から、絵画投資と称して全部で十億円を集め、さらに事業を拡大しようとしていた。それに、どうやらヤクザのフルテツが乗り気で一枚噛むらしい。クロチェの口から出てきたのは、白鳥が集めた十億円を全額いただくというものだった。三人はそれぞれの思惑を抱えて手を組んだ。

そこに割り込んできたのは中国人コンビ。彼らもまた十億円の強奪を計画していた。引き下がるわけがないフルテツと、引くに引けない中国人コンビと、金を死守しようとする白鳥。全員、ダーティーで欲深なアウトローばかりだ。ヨコケン、ミタゾウ、クロチェの三人は、そんな奴らを出し抜いて十億円を横取りしようとするが、当然次々アクシデントに見舞われる。強奪できたとしても、彼らの身に危険が及ばないためには、とにかく完全犯罪にしないといけない。こうして四つ巴のドタバダ強奪劇は始まった。

三人で一人前という、何かとヌケている主人公たちが愉快だった。悲壮感も焦燥感も緊迫感も何もなくて、テンポのよさとユーモアあるコミカルな運びが面白かった。肩肘はらずに気軽に読める作品。でもその分、「最悪」や「邪魔」のような強烈なインパクトは残らなかった。だけど、たまにはこういうのを読んで、気分を晴らすのも悪くない。ともかく、楽しい一冊であった。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

奥田英朗
トラックバック(1)  コメント(2) 

    2009

08.16

「図書館ねこデューイ」ヴィッキー・マイロン

図書館ねこ デューイ  ―町を幸せにしたトラねこの物語図書館ねこ デューイ ―町を幸せにしたトラねこの物語
(2008/10/10)
ヴィッキー・マイロン

商品詳細を見る

1988年、アメリカの小さな町の、こごえるような冬の朝。出勤してきた図書館長のヴィッキーは、本の返却ボックスのなかでうずくまる子ねこをみつける。その赤茶色の子ねこは、救いだされると健気にしもやけの足で立ちあがり、ヴィッキーの手に頭をすりつけて挨拶をした。信頼しきった大きな目と、人なつこい表情――。この子は図書館に必要な存在だ、とヴィッキーは直観する。こうして、2人の物語は始まったのだ。

来訪者を出迎え、ひざの上で眠る「図書館ねこデューイ」に、子どもたちは笑顔になり、大人は心をいやされた。やがて人びとはデューイに会おうと図書館に集い、語らうようになる。そしてデューイとヴィッキーは小さな図書館にいながら、町の人を勇気づけ、アメリカじゅう、さらに海外へとあたたかい物語を伝えていくこととなった。自身の病気や子育てに苦労しながらも、デューイの世話をし、ともに図書館をもりたててきた図書館長が、町の人びとに、そして世界じゅうに愛された1ぴきのねこの一生を愛情をこめてつづる。《出版社より》

図書館で猫を飼うことになった館長によるノンフィクション風のエッセイでしょうか。それともただの日記とでもいうのでしょうか。図書館と猫。このキーワードに惹かれ、手に取ることにした。なんか、違う。求めていたのとは違いすぎる。ぜんぜん、面白くない。びっくりするぐらいに。ふだんなら、こういう本を読んだという記憶自体を消去してしまう。もちろん、ここには書かない。しかし、某ネット書店で高評価が並んでいるのを見て、おや?と思った。だから、自分の嫌いな批判的な意見になるとわかった上で、あえて書くことにした。

まずおかしいと思ったのは、著者自身の不幸話を突然持ち出してくること。これには読者は困惑するしかない。でも次の瞬間には、自分の優秀さを臆面もなくアピールしている。なんか、感じ悪い。鼻持ちならない人だ。それと、自身の住んでいるスペンサーという町を執拗なほど描写するのは勘弁して欲しい。町の歴史とか経済状況とか、興味ないって。そしてこの小さな町の図書館に住む猫は、ただの猫ではないと。これが一番おかしなことだと思った。

デューイという猫は特別な猫だと何度も強調している。猫にしては人当たりのよい気性のおだやかな猫だけれど、いたってどこにでもいる猫だ。猫に癒されることはある。それは、人が、であって、猫が癒すのではない。うちにも猫さん二人いるが、彼らは自由だ。「なでて」ところんと寝転がる行動、喉をごろごろ、肉球をにぎにぎ、絶対の甘えに、自分が親?という錯覚をし、自称親は「はいはい」と手玉に転がされる。猫の癒しマジックは理解できる。

しかし、ふつうの猫を特別な猫と連呼しているのは腑に落ちない。結果的にマスコミに取り上げられ、全米で話題になり、日本のテレビにまで登場したとしてもだ。私はデューイを知っている。私たちのデューイは国際的なスターだと。自画自賛の自惚れにカチンとくること甚だしい。デューイが悪いのではないない。この図書館館長の浮かれぶりが気に入らない。焦点がふらふらとぼやけ、そもそもいったい何が書きたかったのかも不明だった。手厳しいでしょうか。

反論は一切受け付けません。そこはあしからず。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

その他の作家
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.15

「福家警部補の再訪」大倉崇裕

福家警部補の再訪 (創元クライム・クラブ)福家警部補の再訪 (創元クライム・クラブ)
(2009/05/22)
大倉 崇裕

商品詳細を見る

鑑識不在の状況下、警備会社社長に真っ向勝負を挑む「マックス号事件」、売れっ子脚本家が拉致監禁犯を射殺し生還するという自作自演のシナリオを書く「失われた灯」、斜陽の漫才コンビ解消、片翼飛行計画に待ったをかける「相棒」、フィギュア作りに絡む虚虚実実の駆け引きを制する「プロジェクトブルー」――以上4編を収録。『福家警部補の挨拶』に続く、倒叙形式の本格ミステリ第2集。

「マックス号事件」
原田と直巳は一時期パートナーだった。原田は直巳の誘いに乗り、探偵と強請屋という二つの顔を持つようになった。三年後、稼いだ金を折半し、直巳は大阪へ移っていった。原田の探偵業は追い風に乗って成長し、いつしか警備業も行うようになった。強請家業は過去のものとなり、すべては順風と思われた。そんなとき直巳が舞い戻った。原田は毎月、それなりの金を与えて口を封じてきた。だがそれもそろそろ限界だ。そこに舞い込んだ千載一遇のチャンス。それが、今回のクルーズだった。直巳の自由を奪い、警棒を頭に叩きつけた。

「失われた灯」
金は用意できたのか? 藤堂が八千万を用意したと答えると、明日の夜に家に来るように告げて、辻はのろのろと歩いていく。藤堂はその背中をじっと見ていた。やるべきことは決まった。役者として芽がでなければ、藤堂の弟子になって脚本の仕事をしたい。三室はそう言って、ストーカーよろしく藤堂につきまとっていた。思わぬ使い道が浮上した。演技を指導すると称して、身代金誘拐犯にしたて上げる。その後、三室を薬で眠らせている間に、強請屋の辻を始末し、あとは三室を殺害して抵抗を試みたと正当防衛を主張する。

「相棒」
一夜の隠れ家として、二人だけの稽古場として、この別荘は、立石と内海にとってのオアシスだった。立石と内海が出会ったのは二十歳の冬だ。内海の希望で、中堅どころの師匠に弟子入りした。入門の五年後、人気実力ともにナンバーワンと言われる漫才師になった。人気にとまどい、周囲に流され、自分を見失っていた。それでも、立石には当時の喧騒がなつかしかった。内海はなぜ解散を師匠の命日にこだわるのだ。なぜ半年後でなければいけないんだ。殺害を決めた後も、そのことだけは疑問として残っていた。

「プロジェクトブルー」
新井が社長を勤める玩具の企画専門会社は創立十五年目にして、やっと軌道に乗ってきた。新井と会社の未来が、今夜決まる。新井がやって来たのは、人の気配のない再開発を控えたブロックだった。新井は無言で、相手を睨みつけた。口元をゆがめた西村は、一千万を要求してきた。学生時代にやっていた違法行為。貴重なソフビ人形をコピーし、その複製品をコレクターに売りつけた。両手には既に、手術用のビニール手袋がはまっている。話に夢中の西村は気づいた様子もない。ハンマーを振り上げると、力をこめて叩きつけた。

童顔で眼鏡をかけた小柄な女性。警察バッジを失くし、運転免許証を忘れ、どうにも頼りなく思えてならない警視庁捜査一課の福家警部補。彼女が対面するのは完全犯罪を目論む殺人犯たち。物語の冒頭で犯人は計画通り殺人を行い、我が身を安全圏に置いたと一安心している。そこへ唐突に現れるのが、刑事らしくない福家警部補。刑事コロンボの流れ継承した倒叙ミステリの第二弾である。

このジャンルの特徴はといえば、ずばり犯人と刑事の一対一の対決にある。追い詰められていく犯人は焦り、動揺し、言い逃れようと必死になる。そこに期待するのは緊迫した心理戦。手に汗を握る攻防だ。しかし、福家は終始、鉄仮面で心の動きが見えてこない。ここが自分的には物足りない。それと、関係者に聞き込みにいくたびに、刑事と気づいてもらえず誤解を受ける。お約束なのだが、これが正直面倒臭い。単調でしかない。そういうわけで、いまひとつ乗れなかった。ごめんなさい。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

大倉崇裕
トラックバック(1)  コメント(0) 

    2009

08.14

「星間商事株式会社社史編纂室」三浦しをん

星間商事株式会社社史編纂室星間商事株式会社社史編纂室
(2009/07/11)
三浦しをん

商品詳細を見る

川田幸代。29歳。独身。腐女子(自称したことはない)。星間商事株式会社社史編纂室の朝は、本社ビル全体に流れるラジオ体操の音楽とともにはじまる。幸代は寝不足で鈍く痛む頭を抱え、自分の机につっぷしていた。隣の机のまえでは、後輩のみっこちゃんがリズミカルに跳ねている。跳ねるたびに、制服の下で胸が揺れる。実質的な責任者である本間課長は、あと一年で定年なのをいいことに今朝も遅刻だ。幸代の二年先輩にあたる矢田は社史編纂室の隅にある色あせた布張りのソファでのびていた。室長にいたっては、これまでだれも姿を見たことがなく、名前さえよくわからないので、「幽霊部長」と呼びならわされている。

だいだい、社史編纂室の存在意義からして謎だった。星間商事株式会社は、一九四六年に創立した中規模商社だ。業績は可もなく不可もなくといったところだ。問題は、社史編纂である。五十周年の年は、バブルが弾けて社史どころではなかった。社史を編むことになったのは、二十一世紀に入ってからだった。二〇〇六年が、会社ができてちょうど六十年だ。それに向けて、めでたく社史編纂室が誕生した。二〇〇三年のことだった。しかしいまは、二〇〇七年だ。会社創立六十周年のお祝いは、去年執り行われた。社員全員に紅白饅頭が配られた。社史は配られなかった。まにあわなかったからだ。ゆるい。

幸代は誰もいない社史編纂室で、小説の原稿をコピーする。幸代は高校時代からの友人二人と、楽しく同人誌を作っている。幸代が手がけるコピー本は、サラリーマンが男同士で恋をするストーリーだ。同人誌を作ってイベントに参加するのは、ひそかな楽しみとして、幸代の生活にずっと組みこまれてきた。もちろん会社の人間はだれ一人として、幸代の裏の顔を知らない。そのはずが、本間課長にばれた。しかも、本間課長は言い出した。「社史編纂室でも、同人誌を作ろう!」と。社編での同人誌づくりが現実味を帯びてくる中で、社史の調査でぶつかった壁は「高度経済成長期の穴」。

幸代は仕事に同人誌製作にと毎日が忙しい。一方で放浪癖のあるフリーターの彼氏とこのままでいいんだろうか不安になり、高校時代からのサークル仲間がやめると言いだし、たるんだ勤務態度の本間課長は同人誌発行になみなみならぬ熱意を出すし、「高度経済成長期の穴」を調べる幸代に脅迫状が届くと、菓子ばかり食べているみっこちゃんも、女遊びばかりしている矢田も、社史編纂に熱が入るようになった。幸代のBL小説も、本間課長のエセ時代劇調の自伝小説もストーリーは同時進行し、そして星間商事株式会社の繁栄には隠された裏側があったことを暴き出す。「ロマンス小説の七日間」ほど勢いはありませんが、気軽に読めるドタバタ・エンターテイメントでした。


三浦しをんさんのサインは二冊目。

三浦2_r1

他のサイン本はこちらをクリック。→「サイン本」

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

三浦しをん
トラックバック(3)  コメント(4) 

    2009

08.13

「刻まれない明日」三崎亜記

刻まれない明日刻まれない明日
(2009/07/10)
三崎亜記

商品詳細を見る

開発保留地区――10年前、街の中心部にあるその場所から理由もなく、3095人の人間が消え去った。今でも街はあたかも彼らが存在するように生活を営んでいる。しかし、10年目の今年、彼らの営みは少しずつ消えようとしていた。大切な人を失った人々が悲しみを乗り越え新たな一歩を踏み出す姿を描く長編。

「序章 歩く人」
紗弓は街に着いてから、ベンチに座り込んでいた。足音が響く。歩いてきたのは、紗弓と同年代の男性。純粋で、完成された「歩行」だった。歩く人は、国土保全省・主任歩行技師。歩くことによって道路を守る技術者で、道路という概念を固定化しているという。彼は明後日から一ヶ月かけて、この街のすべての道を歩くそうだ。紗弓はお願いして、助手として雇われた。紗弓は「あの事件」で、一人だけ消え残った者だった。事件の恐怖を閉じ込めるために、代償としてこの街での記憶をすべて失った。失った記憶を取り戻したいし、消え残った意味も知りたい。そう思って十年ぶりに戻ってきたのだった。

「第一章 第五分館だより」
藤森さんは中央図書館で働き出して二ヵ月半、ようやく仕事の流れもつかめてきた頃だった。ただ、引っ越してきてから何度も、「この街では」の言葉でうやむやにされてきた。西山係長と一緒に仕事をするように命じられた。一度も顔を合わせたことのない人物だ。係長は「担当者」だった。図書館第五分館は十年前まで事件の場所にあって、今は存在しない。いや、確かに存在する。つまり、存在しないのに、存在する図書館。そこでは、いないはずの人々が今も、本を借り続けているらしい。その貸出データを抽出し、家族のもとに届ける。だが、今年になって、急激に今まで借りていた人が本を借りなくなっていた。

「第二章 隔ての鐘」
俊の見下ろす風景の中に、開発保留地区があった。その無機質な名称は、便宜的なものとはいえ、どうしてもなじめなかった。十年前のあの事件の地であり、俊にとっては父の最期の地でもあるからだ。最近聴こえない。昔は頻繁に聴こえていた鐘の音は、今年に入ってめっきり聴こえなくなっていた。この街のごく一部の人々にだけ聴こえる鐘の音。保留地区は、廃墟以上に寒々しかった。俊は異国の少女と出会う。鈴は「共鳴士」の修行者だった。鈴の国においても、この街の「鐘の音」は歪みとして認識されていた。鈴はその理由を探り、歪みを正すべくやって来たのだ。俊と鈴は、鐘の音が歪む原因を追い始めた。

「第三章 紙ひこうき」
坂口さんが視線を落とすと、白いものが着地していた。紙ひこうきだった。ベランダから身を乗り出し、上の階を見渡す。ふと、動くものの気配。屋上だった。彼女はそこに座っていた。ラジオはバスの運行状況を告げた。彼女の右手が、守るような仕草でそっと左手を押える。彼女は昔、バスの運転士をしていた。紙ひこうきを飛ばす女性、持田さんと屋上で会うようになっていた。バスターミナルの一画に、閑散とした乗り場があった。十二番乗り場。この乗り場から出発するバスは一本もない。だけど、遠くはなれた場所から走るバスの光だけが見える。バスの光を見つめ続ける持田さんの姿が思い浮かんだ。

「第四章 飛蝶」
まだ、あの人に追いつけていない。あの頃の彼女の歌う歌、響く声、涼やかなまなざし、そして時折見せる寂しげな微笑。十三歳だった宏至には、すべてが輝いて見えていた。あれから十年。この壁には蝶がとまっていた。いや、蝶の姿が描かれていただけなのだが、宏至にとってはまさに蝶はそこに存在した。青く描かれた大小さまざまな蝶は、街中に散らばっている。彼らがこの街に姿を現して、十年が経った。今年の春ぐらいから、蝶たちはある日突然姿を消すようになった。宏至にとってそれは、彼女の化身ともいえる存在だった。宏至は、彼女と出逢ってしまった場所で、彼女から受け継いだ奏琴を奏でていた。

「光のしるべ」
事件現場の地下深奥部には、国内法にも国際法にも違反した、気化思念貯蔵プラントが建造され、この街の住民に必要な気化思念の実に四十倍もの量が違法蓄積されていた。いったい何を目的としたものかは、事情を一部知らざるを得なかった黒田さんたち供給管理公社の分局職員にも知らされていない。事件後十年を経て、安定化の道筋が整い、今日黒田さんは第五層を解放する。あの日、黒田さんはここにいた。黒田さんが危険を冒してプラントへ向かわなければ、被害は三千人にとどまらず、最終的には街全体に及んでいただろう。黒田さんは失われることはなかった。だが、まったく別の後遺症が発生した。

「新たな序章 つながる道」
歩き始めよう。アタッシュケースを持ち直し、幡谷さんはゆっくりと第一歩を印した。動作の一つとしての歩行から、自らと美知を互いに反応させ合う触媒としての歩行へと、少しずつ切り替えてゆく。この街は二年ぶりだった。歩くべき場所までは、駅から五キロほどあった。とはいえ、一日に数十キロを歩く幡谷さんにとって、それは苦となる距離ではなかった。幡谷さんは駅前の雑踏を構成する一人となって、街に溶け込んだ。その歩行は、風が吹き、雨が降るのと同様の、自然の営みの一つと化していた。道が、幡谷さんの歩行を迎える。幡谷さんは、歩くことによって道を道として帰属させる、歩行技師だった。


「失われた町」に続き、めっちゃあらすじを書いた。気がつけば書いていた。前作の続編ではない。だが、世界観は良く似ている。ここは月ヶ瀬とは遠く離れた違う街だ。でも同じ陸続きではあるようだ。そして、失われた人々と残された人々がいて、その人の記憶や想いをつないでいく。新たな一歩を踏み出していく。個々の章の完成度も高く、各章のつながり方も巧みだった。また、「ヒノヤマホウオウを展示している動物園」や「七階撤去」と、旧作とのリンクを発見する楽しみもあった。ただ、前作では理由がわからないまま人も街も失ってしまったが、今回はその原因を説明しようとする場面が終盤にあり、現実感が迷い込んでくる必要はあったのだろうかと疑問に思う。ちょっとがっかりだった。でも全体的には面白く読めた。そして、好きだった。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

三崎亜記
トラックバック(3)  コメント(0) 

    2009

08.12

「未・フレンズ」魚住直子

未・フレンズ (講談社文庫)未・フレンズ (講談社文庫)
(2007/06)
魚住 直子

商品詳細を見る

一人の少女が崖の上に立っていた。背後は一面、オレンジ色の空。深澄は、ふいに泣き出したくなった。深澄はマウンテンバイクで走っているうちに、一度も来たことのないこの小さな高台までやってきたのだ。そうだ、チャンスだ。リュックからカメラを取り出した。両親からもらったお金と自分のこずかいを足して、十五歳の誕生日祝いに先週、深澄自身が買ったコンパクトカメラだった。女の子はこちらを見た。断らずに撮ったことをとがめられるかもしれない。深澄が走り出すと、女の子はあわてたように「待って!」と大声で呼んだ。でも深澄は振り返らなかった。

壁に社名の刻印のある三階建てのビル。このビルの一階が深澄の両親が経営するコンピューターソフト制作会社で、二階と三階が住居だ。両親は朝昼晩の食事のほとんどを一階でとる。封筒に入れられたお金は深澄一人分の食費で、自分で食材を買ってきて料理することになっている。このごろはたいてい外食かコンビニ弁当だ。深澄の両親が独立開業したのは五年前。母親は深澄の食事や洗濯といった世話をしないことを悪いことだとはまったく思っていない。母親は人工知能の金属製ロボットに薄い肉を貼りつけた人造人間で、父親は藁しか入っていない脳を持つマッチョ人間。人造人間がマッチョ人間を支配している。

三年進級と同時のクラス替えから一ヶ月と少し。今回、深澄の属しているのは最少グループ、深澄自身とマキの二人きりだ。深澄は別に一人でもよかった。というより、一人がいいと思った。でもマキが近づいてきたのだ。学校の子と遊ばない。友達も彼も全部、街で知り合う。中学に入ってから携帯に登録したのは百人以上だ。でも全部は覚えていない。とくべつ仲のいい子もいない。わざとそういう人のつきあい方をしているのではない。夕飯を一人で食べに行ったり、街をぶらついているうちに、気がついたらそういうふうになっていた。

高台は、相変わらず人気がなかった。「オサイフ?」突然、上から言葉が降ってきた。あの女の子だ。彼女は写真を撮って逃げた相手の財布を保管していたのだ。深澄は写真をさしだした。女の子は黙って写真を受け取ると、しばらくして顔を上げた。「いい写真」と、女の子は言った。そして、とぎれとぎれに言った。「友達いないの。だから友達になってくれませんか?」真剣な表情だ。深澄は勢いに押されるように「あっ、ああ」とうなずいた。女の子の名前は、チュアンチャイ。タイからきた十三歳の少女は、体調の悪い母親と二人でひっそり暮らしていた。友達になろうとする二人。だが、お金、親子、学校、仕事―大人たちの世界が冷たく立ちはだかる。

大人になることを母親から強いられた裕福な家の少女と、貧しい家庭環境から大人にならざるをえなかったタイの少女。両親と通じ合えたことなんか一度もない少女と、父親の行方がわからず、ずっと病気の母親を抱えて暮らす少女。家にも学校にも外にも自分の居場所がない少女と、小学校を卒業してからは通うところもないから、うちにいて母親の代わりにすべての家事をやることが当たり前の少女。この二人の少女のうち、どちらがより大きな寂しさや悩みを抱えているかは、もはや問うべきことではない。あとがきに書かれていることがすべてで、読んでみるとすべてが納得できるからだ。

子どもでは手に負えない困難に直面し、現実問題として、子どもたちだけでどう立ち向かえるのか。少女たちが取った行動そのものは間違いでも、理解はできた。ここに出てくる大人たちのすべてがサイテーだっただけに、間違った勇気や、大人に対する反骨心にあっぱれをあげたい。でも外国人の子は健気に見えてもやはりしたたかだった。そこはちょっとショックを受けつつ、さもありなんと思う。わりを食うのはいつも日本人。お隣の厚顔ぶりを見習えとは言わないが、そういう損な国民性は今後も変わりそうにない。困った人がいれば、放っておけないんだもの。それが美徳だしね。などと、変なところで共感した一冊だった。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

魚住直子
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.11

「夏が僕を抱く」豊島ミホ

夏が僕を抱く夏が僕を抱く
(2009/07/10)
豊島ミホ

商品詳細を見る

ゆっくりと遠ざかり始める、夏休みの記憶と、君。淡くせつない、おさななじみとの恋を描く最新短編集。

「変身少女」
毬男が不良になるんだったら私だってなるしかない。毬男が周りに不良仲間をはべらせ、けらけらと笑っていた。その瞬間、毬男と喋っていた女子が、毬男の腕にしなだれかかった。クラスも小学校も違う私でも知っている有名人、秋山奈々だ。入学式から一ヶ月経たないといのに、秋山の長い髪は既に明るい茶色で、短いスカートからは細すぎる脚があらわになっている。なんであんな女が毬男と一緒にいるんだろう。この間まで、毬男の隣にいたのは私なのに。明日から、いや今日からだって、不良になって毬男の隣に行ってやる。/一途で健気で、不良に向いていないところがなんともかわいかった。

「らくだとモノレール」
あたしはらくだと並んで歩きながら、なんとなしに振り返ってみる。いわゆる団地だ。その団地がさらに敷きつめられたニュータウンに、あたしたちは生きている。団地で、あたしはらくだとだらだら過ごした。らくだは十八、あたしは十七。世間では幼なじみと呼ばれる関係なんだろう。けれど、そんな甘やかなものでなくって、あたしとらくだは友だち。お互い便利な仲間なのだ。不穏な音が聞こえてきた。上のほうだ。あ、と小さく声を上げてしまった。あたしは知っている。そこにらくだのベッドがあることを。/微妙な関係がこそばゆい。そしてらくだはいい奴だ。

「あさなぎ」
お姉ちゃんのキスを見た。わたし三年生、お姉ちゃん六年生。相手は石川研吾くん。お姉ちゃんと同じ六年生で、優等生だった。記憶は鮮明なまま保持している。二十三歳になる今でも。大道さんとわたしが出会い系サイトで知り合って、もう一年だ。いろんなところでいろんなことをした。そのための友だちだから。それも、今日で終わりだ。わたしは明日お見合いする。相手は三つ上のご近所さんで、名を石川研吾という。たぶんわたしは、この初めてのお見合いで結婚するだろう。お姉ちゃんとキスした、健吾くんと。/未来は壊れてしまいそうな予感が。ほろ苦~い。

「遠回りもまだ途中」
あたしは近所の大学に受かり、岬は東京の難関大学を全部、落ちた。岬はくさっていた。あたしはその時、岬と結ばれてしまいそうで怖かった。親しみを特別ななにかとかんちがいして、そのままくっついちゃうのはよくない。あたしはちゃんと恋がしたい。世の中の男の人たちがいかなるものかを知って、知った上で、岬のことが好きなら、好きって言いたい。結局その後は、大学で将チンに告ってみごとに彼女の座を得た。その間も、岬んちを訪ねることは続けていた。彼が必要としているのはあたしなのだ、ということがわるから。/女性側はそうかもねと思いつつ、岬がまたかわいい。外見はあれだけど。

「夏が僕を抱く」
ミーちゃんに再会したのは、渋谷のレコ屋の入り口だった。われながらよく気付いたと思う。日に焼けた手足を思いっきり振り回していた若干がさつすぎるあの子と、今目の前にいる渋谷にありふれたタイプの若い女と、どこが重なるというのか。ミーちゃんは俺より三つ年上で、じーちゃんちの孫だった。要するに俺から見ると従姉だ。子どもの頃の俺は、夏休みになると、遠く青森のじーちゃんちに滞在した。俺はミーちゃんと一緒に山を駆け回った。渋谷で再会した俺とミーちゃんは、それから逢瀬を重ねた。/お互いに胸にもやもやを抱え、語り合わないまま寂しさを埋めあう。痛いな~。

「ストロベリー・ホープ」
隣に住む護が帰ってきたというニュースに驚いた。私が耳にした護の最後の消息は、東京で学生をしているというものだった。私たちはきっと、絵に描いたような幼なじみ同士だったに違いない。護はとても「いい」男の子だった。十和ちゃんと護くん。子どもの頃は、セットでそう呼ばれた。こんなに「いい」男の子と、私が、一緒にいていいのかな? 中学へ進んだ機会に、私は護と「セット」の場所から離れてしまった。そのまま別の高校に進み、私は護と口をきいていない。それでも、すぐ護に会いにいったのは、単に好奇心からだったと思う。/そこにいるだけで安心する存在に癒されたい。最近、切に思う。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

豊島ミホ
トラックバック(3)  コメント(3) 

    2009

08.10

「スタバトマーテル」近藤史恵

スタバトマーテル (中公文庫)スタバトマーテル (中公文庫)
(2004/06)
近藤 史恵

商品詳細を見る

声域、音量、声質。どれをとっても並外れているのに、コンクールや重要な演奏会になるとうまく歌えなくなる声楽家・りり子。プロになることをあきらめ、教員になることもなく、大学の音楽学科の事務員を五年も続けている。ようするに、往生際が悪かった。いつになったら、こんな自分を冷静に見られるのだろう。歌えない自分を。りり子の情緒不安定のひとつの原因が、西であることは間違いない。音楽教育を学びに大学院に行った昔の恋人が、ちゃっかり常勤講師になって戻ってくるなんて、嫌な偶然だ。西とは三度つきあって、三度別れた。

そんなりり子の歌をきっかけに、二人は出会った。四年前から大学の美術学科で特別講師をしている大地は、若くして国際的な評価を得た新鋭の銅版画家だが、母親なしでは作品を描けないという母親の傀儡芸術家。二人は一夜にして互いの距離を詰める。だが彼の母親はりり子に対して上辺は穏やかだが、すさまじい悪意を隠そうとしなかった。それと同時に、りり子の部屋に深夜の無言電話がかかってくるようになり、何者かに仕組まれて部屋に強姦男が押し入ってきた。りり子は、そんな危険があったと大地には告げず、いけないと思いつつ西を頼ってしまう。

大地には良くない噂が付きまとっていた。すごく熱を上げた女子学生がいたが、しばらくして精神に異常をきたして、精神病院に入院している。仲が良かった独身の若い女性講師は、交通事故でなくなっている。つきあっていた女性は駅の階段から突き落とされ、足をひきずったままになった。いずれも、大地とつきあっている女に、危険なことが起こった。りり子の身に起こった事件。そしてこれまでの事件、それらすべてはあの母親の差し金ではないのだろうか。息子を奪われまいとする母親の。

ふつうの人ならば、りり子に向けられた悪意にゾッとするのかもしれない。でも自分的には全然物足りなかった。もっと追いつめようよ、もっと危険にさらそうよ、精神的にも責めようよ、と。実際に傷を負わせろと言っているのではない。追い込み方が中途半端なのだ。身震いしないのだ。グッとこないのだ。さらなる過激さを要求してしまう自分って危ない奴なのか。

ミステリとしても想像はつきやすいが、ありだと思った。何故かと言うと、登場人物が少なすぎて、犯人として意外性のある人って絞込みやすいからだ。しかし、一種の狂気は読み応えがあったし、それにこういう理屈の通らない所有欲って理解はしがたいが、何となくありそうな気がした。切り捨て方にもほほ~となった。やはり自分は悪趣味なのでしょうか。後味の悪さも含めて、この作品の嫌な感じは好みだった。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

近藤史恵
トラックバック(0)  コメント(2) 

    2009

08.09

「学校で愛するということ」中森明夫

学校で愛するということ学校で愛するということ
(2009/03/27)
中森 明夫

商品詳細を見る

人はなぜ学校へ行くんだろう。気がついたら、誰もがみんな学校へ行っている。物心ついた時には、もう学校へ通っている。まるで、それが当然であるみたいに。何の疑いもなく、毎日、学校へ通う。そう、一年中。人は大人になるまでのその多くの時間を、学校ですごす。学校にしかないものがある。学校でしかありえない行事や、ルールがある。決して疑ったりしない。人はなぜ学校へ行くんだろう?

ここは希望という名の学校だ。正式名称は希望第一高等学校という。みんなはキボコウって呼んでいる。偏差値は高くも低くもない。校舎は古くも新しくもない。ごく平凡な男女共学、どこにでもありそうな私立高校だ。この学校には月に一度の小論文授業がある。全校生徒を対象に一年間、同じテーマで討論したり、レポートを書いたりしていた。年度末には小論文の発表会が開かれる。今年のテーマは、「学校で愛するということ」――。

健一と美春。二人は幼なじみだ。ケンチは屋上に忍びこんでボンヤリしている。授業をサボって、寝転んでタバコなんか吹かしている。一年生の頃からそうだった。いつしかそんなケンチを追っかけて、ハルも一緒に屋上で過ごすようになっている。毎日、同じ制服着て、同じ教室で、同じ先生の授業を受けて、学校に押しつぶされそうで、息苦しくてたまらない。それで空に一番近い場所、屋上にやってくる。

今年の生徒会のテーマはロックンロール。教室の窓がふるえている。ものすごい音が鳴り響いている。倉沢萌美は目を丸くする。体全体に衝撃が走る。この感じ、と矢沢今日子は思う。これだ、これがほしかったんだ。こんな気分は初めてだ、と浅井江里奈は驚く。息が詰まりそうだった。限界が来ると保健室へと逃げ込んでいた。みんなバカだ。バカどもだ。そんなバカになりたかった、と生徒会長は思う。

担任教師に想いを告げる女子生徒。補欠野球部員を応援し続けるチアガール。鼻毛を抜いて並べているバカな男子。男子なんて不潔で、かわいい女の子が好きという女子。憧れの先輩女子に恋した後輩女子。放課後の教室で素っ裸になって抱き合う優等生同士の男子と女子。不倫をしている保健室のセクシー看護士と日本史教師。高校生活は何もなかったと思っている生徒。みんなの視界から消えている存在感の薄い少女。

二年B組の担任教師、通称トンビ。音楽教師の高見沢涼子。全校男子の憧れのマドンナ。十年前、トンビは高校三年生で、リョウは高校一年生だった。この学校の先輩と後輩。リョウは評判の美少女だった。トンビは生徒会長だった。当時のキボコウは今よりずっと自由な校風だった。今よりずっと個性的な生徒たちがいた。通称ニシキはその代表だ。卒業式の朝、屋上から身を投げ出したニシキの死体が発見された。

コギャルのユカタンと、イケメンのニシキと、時代遅れのバンカラのゲンノショーと、三毛猫のニャーコ。奇妙な三人組と一匹が屋上に佇んでいた。この学校に棲む幽霊だ。学校で死んだ子供は、死後三日以内に昇天しないと、永遠に学校に棲みつく幽霊になってしまう。彼らは学校のあちらこちらで繰り広げられる小さなドラマをずっと見守っている。干渉することはできない。幽霊なんだから。彼らはなぜ学校で死ぬことを選んだのか。学校とは。

目新しさのない随分ステレオタイプな生徒と、突飛な生徒が隣り合わせで生活している。退屈な日常が繰り返され、それでいて流されている。視点の曖昧さを売り物にしているようだが、それも中途半端だった。衝撃の最終章らしいが、そちらも空振りしていた。なんか、ふつう。ロクに感想も思い浮かんでこない。学校ってそんなものかもしれない。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

その他の作家
トラックバック(1)  コメント(2) 

    2009

08.08

「失われた町」三崎亜記

失われた町失われた町
(2006/11)
三崎 亜記

商品詳細を見る

30年に一度起こる町の「消滅」。忽然と「失われる」住民たち。喪失を抱えて「日常」を生きる残された人々の悲しみ、そして願いとは。大切な誰かを失った者。帰るべき場所を失った者。「消滅」によって人生を狂わされた人々が、運命に導かれるように「失われた町」月ケ瀬に集う。消滅を食い止めることはできるのか?悲しみを乗り越えることはできるのか?時を超えた人と人のつながりを描いた長編。《出版社より》

「プロローグ、そしてエピローグ」
今夜、本当に町の「消滅」を防ぐことはできるのだろうか。眼下に町の光が広がっていた。すでに住民の撤退が完了した町には、人の営みを示す暖かな明かりは灯らず、街灯の白々した光が規則正しい配列で光っていた。音もなく輝くその光からは、「町」の意識を感じ取ることはできなかった。三十年前の月ヶ瀬町の消滅とは違い、今回は、人は消滅しない。それ故、消滅の時点を判断することは難しかった。町の光を見下ろしながら、今日この場に至るまでの、さまざまな人との出会いと軌跡を改めて思う。町の消滅を防ぐことができたとしても、やるべき事、考えるべき事は無数にあった。星のない暗黒の夜空を見上げながら、三十年前に失われていった月ヶ瀬町を思うのだった。

「エピソード1 風待ちの丘」
国選回収員の茜たちは、この町のすべての地名、そして住んでいた住民の痕跡を消し去ろうとしている。それが、消滅の「余滅」を食い止めるために行われるということは、この国の誰もが知っていた。失われた人々は、いったいどこに行ってしまったのだろう。この月ヶ瀬の消滅は一ヶ月前。町の消滅は、意識を持った「町」により引き起こされると言われていた。茜は、ペンション「風待ち亭」の主人と出会う。中西さんは失われた町で家族を失っていた。その日、由佳という女の子がやって来た。彼女は将来を決めた相手を失い、歩き出すために、失った町が見える風待ち亭に来たのだった。

「エピソード2 澪引きの海」
圭子さんは、消滅予知委員会のメンバーで、月ヶ瀬の消滅を回避できなかったことから、委員たちはなし崩しに消滅後の対策のため動き回っていた。彼女は恐怖と忌避の対象とされる「特別汚染対象者」だった。失われた町にかかわる人間、それも特別汚染対象者を目の前にして、平常でいられる人間がいるだろうか。およそ三十年に一度、何の前触れも、因果関係もなく、一つの町の住民が忽然と姿を消す。次の消滅こそは必ず食い止めるという意志は使命感のように持ちながらも、これからも続く孤独な日々を思い、心が折れそうになるのを感じていた。そんなある日、圭子さんは写真家の脇坂さんと出会った。

「エピソード3 鈍の月映え」
茜は失われた町の絵の展示を続けている青年と出会った。彼はいわゆる「免失者」なのだ。町の住人であっても、町の外にいたために消滅を免れた人。彼らは、家へ戻ることもできず、家族も失って、まさに身一つで放り出された状態なのだ。彼の名は和宏と言い、茜より二歳年上だった。「町」は、消滅の道連れにするかわりに、彼の町での記憶を奪い去ってしまったのだ。だが、「町」は失ったことによる喪失感だけは、無慈悲にも心の中に残してゆく。和宏は言っていた。あまりに大きな喪失感のせいで、悲しみを感じることができない、と。茜は約束した。不安定な彼の心がきちんと定まるまで、私が支えていくんだって。その和宏が町に入ってしまい、汚染を受けてしまった。

「エピソード4 終の響き」
英明の妻は「別体」だった。「本体」「別体」といえど、そこには便宜上の区分としての名称があるだけだ。彼女は、他の人間と何ら違うわけではない。半年に一度、分離統合局で検査を行う。そして本体、別体どちらかが死亡すれば、もう一人も同時に死亡してしまう、という以外は。通達が届けられたのは、出産のために実家に帰っていた妻の故郷である月ヶ瀬が失われて二週間も経ったころだ。彼は、途方もない無力感と、つかみどころのない空虚な感覚に支配され続けていた。通常の別体の死亡であれば、本体も瞬時に死亡しているだろう。だが、妻は失われたのだ。もしかしたら、妻の本体はまだ生きていて、妻の消滅を知らぬまま生活しているのではないか? 英明は、本体の彼女に会いにいく。

「エピソード5 艫取りの呼び音」
公園を通るたびに、圭子さんは探してしまう。小さな一人用のテントを。何物にも躊躇せず被写体にレンズを向けている脇坂さんの姿を。最後に会った砂浜で、脇坂さんは、いつか彼女の元に戻ってくると約束した。けじめをつけてこなくちゃ。脇坂さんはそう言っていた。「けじめ」が、何を意味するのかは、あえて聞かなかった。何を失って写真を撮ることができなくなっていたのかも。あれから、圭子さんなりに脇坂さんを探してみた。と言っても、彼女が知るのは脇坂という名字と写真家だという事実のみだった。圭子さんは「身削ぎ」の意味するものを理解した。これより七日の時が経った月の中天までに、彼を見つけなければ、永遠に自分の前から失われてしまうことを知った。

「エピソード6 隔絶の光跡」
彼女を表現するには、孤高というコトバしか思い当たらない。由佳と勇治は、六年前、地方都市の高校に同じ学年で入学した。由佳は、様々な意味で目立つ少女だった。一つはその美しさから。そしてもう一つは、その知性だった。彼女の目指す場所は、誰にもわからなかった。由佳の「彼氏」になった勇治にとっても。由佳の中には潤という存在がずっとあった。彼女は、潤を奪った町に復讐することに、自分がこの世界にいる意味を見つけ出そうとしていた。その潤から由佳宛に暗号文で書かれた手紙が届いた。高校三年の秋、由佳は高校を中退し、勇治の前から姿を消した。あれから四年半。勇治は由佳と再会した。由佳の、孤独で、静かな「町」との戦いは、今も続いていた。

「エピソード7 壺中の希望」
のぞみは失われた町で生まれていた。前回の消滅でただ一人、消滅を逃れた消滅耐性。回収員として町に入った父にのぞみは発見され、両親は自分たちの子供として引き取ったのだという。そして管理局は次の消滅に抗うための情報を、のぞみの中に保管していると、先生は説明してくれた。先生は否定しなかった。のぞみが実験材料であるということを。のぞみは自分がどうしようもなく「独り」であることを感じはじめていた。のぞみは、両親にだまって家を出た。失われた町「月ヶ瀬」に向かうために。ペンション「風待ち亭」には、それぞれに違った立場と思いで、「町の消滅」に関わってきた人々が集っていた。

「エピローグ、そしてプロローグ」
今夜、月ヶ瀬は失われる。そのことは、潤はもちろん、町の誰もが知っていた。皆、運命として受け入れていた。圧倒的で、微塵のゆるぎもない「町」の意志。潤は、逃げ出すことも、抗うこともできず、組み伏せられるしかなかった。月ヶ瀬の町は、すべてを巻き添えにして、今夜失われるのだ。潤は、「残る」姉の彼氏の和宏さんに、半ば押し付けるように古秦器を渡した。次に、紙の束が入れられた小さなガラス瓶を川に流した。最後に、由佳に電話をかけ、その言葉を伝えた。「これはエピローグであり、プロローグである」由佳は、確かな声で応えた。人々は失われる。だが、失われた人々の想いは、きっと誰かが受け継いでくれる。消滅はエピローグではない。ここから何かが始まるのだ。

めっちゃあらすじを書いたけど、めっちゃめちゃ好きだった。どのあたりが好きだったかは指摘しにくい。でも特異な作品世界に瞬く間に引き込まれていった。入ってしまうと、簡単には抜け出せなくなっていた。この壮大な物語は、失われた町に関わった人々の群像劇である。町の消失によって、失われた人に対する悲しみや喪失感を抱えた人々が次々に登場し、それぞれの人生をどのように生きていくのかを決断してゆく。SF設定は確かにややこしい。明確な答えもないままだ。でも分からなくても、起こっている現象ははっきりと分かる。雰囲気で伝わってきたからだ。こういう、きっちり説明せずとも読ませる作品は大歓迎。そこに著者の力量をすごく感じた。すっごく好きな作品。感想というよりも、あらすじだらけになったけれど。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

三崎亜記
トラックバック(1)  コメント(2) 

    2009

08.07

「植物図鑑」有川浩

植物図鑑植物図鑑
(2009/07/01)
有川 浩

商品詳細を見る

樹木の樹って書いてイツキと読むんだ。さやかが彼から直接聞いた個人情報はそれだけだった。出会ったのは終電ギリギリの呑み会帰り。マンションのポーチが近づいたとき、さやかはそれを見つけた。遠目にゴミ袋と見えたのは、人間だったのである。リュックを背中に植込みの中で丸くなって転がっている同年代の男。けっこういい男。「行き倒れてます」と、男がぽんとさやかの膝に丸めた手を載せた。そして、「お嬢さん、よかったら俺を拾ってくれませんか」そう言った。まるで犬のお手みたい。クククと笑い転げていると、男は更にことばを重ねた。「咬みません。躾のできたよい子です」ますます笑いが止まらなくなった。今にして思うと、この瞬間をして魔が差したというのだろう。

翌朝、居間のローテーブルの上にささやかな食卓が出来上がっていた。食べる前に手を合わせるようなごはん。随分食べてないな。きちんと誰かの手間がかかったごはん。涙が出るほど、おいしかった。あんなごはんがまた食べたいと思わせるなんて反則だ。リュック一つで行き倒れていた躾のいい犬。彼はこれからどこへ行くのだろう。「もし、行く先ないんなら、ここにいない?」そんなことを口走ったのは自分でも何故だか分からない。彼が根負けしたように小さく笑う気配がした。行きずりの男を引き止めて同棲に持ち込むなんて、親が聞いたらきっと卒倒する。構うものか。そうしてイツキが家事手伝いとして居候する契約は成立した。

いや~~ん、と身悶えするような、濃度の高いベタ甘なラブストーリー。イツキの天然たらしぶりはあえて触れません。ご自信で読んで一人鳥肌を立ててください。もちろん電車での読書には注意。油断していると恥ずかしい目に合うこと間違いなし。そして、どこか遠くに旅行に行かなくても、心の持ちようで、身近なところでも旅行気分が味わえると教えてくれている。ふと足を延ばして散歩してみると、そこには河川敷があり、地面からはさまざまな道草が顔を覗かせている。フキノトウ、ノビル、ワラビ、イタドリと、二人は楽しく道草を狩り、家計に優しいとほくほく顔で持ち帰る。自分たちの採った獲物をわいわい騒ぎながら料理する。うーん、なんとも楽しそうだ。

拾った男は倹約家で家事が万能で重度の植物オタクであった、さやかは生きて歩く植物図鑑に野や道端のささやかな草花の名前をあれこれ教え込まれていく。さやかはいつのまにやら季節を追って移り変わる草花に目を配ることが楽しくなっていった。二人の関係も徐々に近づいていく。だが、居心地よくて幸せで、でもそれが全部かりそめだって分かっていた。突然の別離だった。さよならも何も言わずにイツキは旅立った。さやかの慟哭はめちゃめちゃ切ない。しかし安心されたし。愛の作家・有川浩がそのままで終わらせるはずがない。それに本編以外にアナザーストーリーが二編収録されている。本をぱたんと閉じた時には満足感を味わっているだろう。そして一言もらすかもしれない。お腹一杯、と。


余談をひとつ。
サイン会に行ってきました。会場は阪急今津線の逆瀬川駅すぐのショッピングセンター内。大阪から阪急神戸線に乗り、西宮北口駅で今津線に乗り換え、電車はガタゴトと急な坂を北上。圭一と美帆が出合う門戸厄神駅、女子高生のえっちゃんが乗り込んでくる甲東園駅、ミサが別れの覚悟をする仁川駅、翔子さんが降り立った小林駅、時江さんが孫娘と電車に乗り込んだ逆瀬川駅に到着。そう、「阪急電車」の本物を体験してきました。これにはちょっと感激。さてサイン会。大阪から参加した甲斐がありました。サインの下に「てへ」と書いてもらえますか、とお願い。てへ。そして、ツーショット写真を撮ってもらい、名刺を頂いて、にやにやしながら帰途に着きましたとさ。


有川浩さんのサイン。

有川3_r1

そして名刺。

Image252.jpg

他のサイン本はこちらをクリック。→「サイン本」


ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

有川浩
トラックバック(7)  コメント(8) 

    2009

08.06

「図書館の神様」瀬尾まいこ

図書館の神様図書館の神様
(2003/12/18)
瀬尾 まいこ

商品詳細を見る

清。私の名前だ。私が生まれる三日前に、母さんが八年間飼っていた雑種犬のキヨが死んだ。忠実なキヨ。それで、私が名前を引き継いだ。実はこの名前は私で三代目になる。母方の祖母が喜代。祖母の葬式の日、一匹の犬が我が家に迷い込んだ。それが忠犬キヨ。清は早川家では由緒ある名前なのだ。十八歳までの私は名前のとおり、清く正しい人間だった。バレーボールが私の全てだった。中学では県大会に、高校の時には国体に出場し、よい記録も残していた。ところが、ほんの些細なことがきっかけで、私は何よりも大切にしていたバレーボールを失ってしまうことになる。

四年後には統合されることが決まっている鄙びた高校の唯一の長所は、どの教室からも海が見えることだった。とりわけ、三階の図書室から見える海はすごかった。自分が生徒の頃には図書室なんてまったく寄り付かなかった。なのに、どうして私が文芸部の顧問なのだ。担当教科が国語だから? だったら困る。別に国語が得意なわけじゃない。文学なんてまったく興味がない。大学進学を間近に進路変更した私は、最も簡単そうな道を安易に選んだだけだ。浅見さんの提案で教員免許を取り、高校の講師になった。ただ、浅見さんは私だけのものじゃない。馬鹿だと思う。私は不合理な恋をしていた。

文芸部顧問は恐ろしく楽な仕事だった。部員はたった一名。放っておいても垣内君は黙々と作業する。メガネなんかかけてひ弱そうで色白な青年かと思いきや、垣内君はとても健康そうだった。病弱ならまだしも、健康そのものの垣内君が、放課後図書室でわけのわからない活動をしているのはとても違和感がある。「垣内君って、どうして文芸部なの?」「文学が好きだからです」「まさか」「本当です」冗談で言ってるのかと思いきや、垣内君は川端康成の本を開き、読み始めた。本気で文学をやりたいと思う高校生がいることにも、川端康成を自ら進んで読む若者がいることにも度肝を抜かれた。

ヒロインの清は、やりたくもない仕事をいい加減にこなし、だらしない恋愛におざなりに埋もれている。嘘をついているわけではないが、自分も他人もうまい具合に騙しながら、適当に毎日を過ごしている。しかし、ちょっと大人の垣内君との出会いから、少しずつ傷ついた心を回復していく。この二人の会話がすごくいい。いいのか悪いのかは判断できないが、先生と生徒なのに対等の関係で結びついている感じがする。ともすれば、どちらが先生なのかが逆転した関係。それだけでなく、弟の拓実もいいやつだ。そんな人たちに囲まれながら、日々新しいことを発見し、自分の意思を持てる人になっていく。瀬尾さんの文章に触れてみて、いいものを書くなぁとしみじみ思った。垣内君が欲しい。(おい)

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

瀬尾まいこ
トラックバック(1)  コメント(0) 

    2009

08.05

「ヴィラ・マグノリアの殺人」若竹七海

ヴィラ・マグノリアの殺人 (光文社文庫)ヴィラ・マグノリアの殺人 (光文社文庫)
(2002/09/10)
若竹 七海

商品詳細を見る

海に臨む〈ヴィラ・葉崎マグノリア〉は、坂道の下から、斜面の途中に建つ全部で十軒からなる建売住宅だ。その空き家になった三号棟で、死体が発見された。死体は両手両足を投げ出した形で、転がっていた。男であることはわかるが、あとのことはなにもわからない。顔も指紋もつぶされていたからだ。駒持時久警部補と一ツ橋初美巡査部長らは、発見者となった児島不動産の社長夫人やヴィラの居住者たちから聞き込みを始める。

もともとの大地主だった高台の旧前田邸に三ヶ月前にやって来たのは、ハードボイルド作家の角田港大夫婦。八号棟の住人・牧野セリナは夫の保険金でここを自分のものにしたホテル南海荘のオーナー。一号棟には葉崎市役所に勤める三島芙由と双子の娘たち亜矢・麻矢が住んでいる。九号棟の伊能渉は中古車自動車の販売会社の社長で、妻の圭子は息子をひたすら甘やかし、夫の稼いでくる金をすべて自分の見栄のために注ぎ込んでいる。七号棟の鬼頭家もこのところ喧嘩が絶えない。鬼頭堂という古本屋を経営する娘の典子に対し、六十歳になる時子がお見合いを勧めては、大変な抵抗にあっているのだ。

二号棟には五代四郎・フジ夫婦が住んでいる。五代四郎は自治会を組織立て、その会長におさまりたい。最近では回覧板に裏ビデオのビラについての悪趣味なシールを貼り付けてまわり、騒ぎを引き起こしたばかりだ。六号棟に一人で住んでいる翻訳家・入江菖子などはシールに真っ向から反対した。十号棟の、やはり独り暮らしの猛烈老婦人・十勝川レツや、四号棟の二人組、中里澤哉と岩崎晃も、反五代派だ。五代の見方になったのは、五号棟の松村朱美だけ。朱美は一言で言えば頭の働きが鈍く、とんちんかんな言動の多いトラブルメーカー。夫の健はファミリーレストランの店長だ。

ホテル南海荘のレストラン〈黄金のスープ亭〉は大盛況だった。ヴィラの住人たちは情報を交換すべく、あるいはたんに誰かとしゃべりたくて、レストランに足を運んだ。一方、駒持ら刑事の捜査は進展がない。誰だって隠したいことのひとつやふたつあり、個人的なことを話す必要ないと、ヴィラの住人たちは正直に答えようとしない。そうこうするうちに、ヴィラの住人が殺される第二の事件が発生した。住人たちの素顔も次第に明らかになり、近所同士が疑心暗鬼になる中、はたして二つの事件のつながりはどこに?

登場人物は多いが誰が犯人であってもおかしくない。みんな怪しい。それにまるで娯楽のように好き勝手に行動している。危機感なんてものもない。警察からすれば困った住人たちだ。でもそのやり取りがとても楽しいし、ふたりを除いては憎めない人たちだ。そう、松村朱美のようなはた迷惑な隣人とは、お近付きになりたくない。だから著者はああいう役割を振ったのかな。それなら伊能圭子もと思ってしまう自分は黒すぎでしょうか。そして犯人は意外なところから出てきた。これはちょっと…唐突?! でも全体的に面白かったです。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

若竹七海
トラックバック(0)  コメント(0) 

    2009

08.04

「セイギのチカラ」上村佑

セイギのチカラセイギのチカラ
(2009/06/15)
上村 佑

商品詳細を見る

赤くて、大きな月が出ていた。新宿南口のネットカフェ「サラマンダー」は、日本一の巨大さを誇っている。千を超えるブース、男女別に別けられたシャワー室、利用者同士が気楽にくつろいで楽しめる広いコミュニティスペースなど、従来のネットカフェより、高級かつ居住性の高さを謳っていた。ネットカフェに暮らす人々を、ネットカフェ難民とも呼ぶようになった昨今、「サラマンダー」で家出少女の惨殺遺体が発見された。通報で駆けつけた警察官は現場を見て、被害者が人間であるのかさえ分からなかった。無数の肉片が錯乱していた。シャワーカーテンのレールから切断された少女の首が髪の毛でぶら下がっていた。

伊能はサラマンダーの店内に入った。先日チャットに参加した「異能者の館」でオフ会に誘われたのだ。最高顧問は少年のような瞳を持つ須賀常太郎。名札には、この老人は認知症です。85歳など、書いてある。念力でティッシュがわずかに浮かぶが、副作用で毛髪が抜け落ちる万全大力。異性の注目を浴び、メガネをかけると誰からも注目されない二宮玲子。心の匂いを嗅ぎ、三十センチくらいのテレポテーション能力がある土岐。動物と会話ができるが、相手の動物の習性が身についてしまうタケト。そして、相手の望むことや期待していることを読み取ることができ、グーグル・マップのようなGPS機能を身体に宿した伊能。

全員の異能力を披露し終ったとき、入り口から、ヤクザのような男を先頭に、背広姿の男たちが入ってきた。殺人容疑で逮捕する。玲子は連れ去られた。玲子が容疑をかけられたのは、警察では「赤い月連続殺人事件」と呼ぶ残忍な事件だった。しかし玲子は無実である。そこで異能者たちは、玲子の無実が晴れるよう、真犯人を見つけようと行動する。一方、狂犬のような堂園刑事は、俺が処刑してやると、彼らを個人的に追う。そして暗躍する真犯人は、細菌学の世界的権威である三上をそそのかせて、官僚組織の破壊を目論むテロ計画を進めていた。

前作「守護天使」で笑撃のデビューを飾った上村佑さん。二作目は、六人の異能者たちの活躍を描いた作品。この能力がしょぼい。そして人としてどうかという半端者たちばかりだ。オタクに、詐欺師に、ギャンブラーに、ひきこもりに、ヤクザ。要するに、世間から偏見を持って見られる人たちが、「セイギのチカラ」を持って絶対悪に立ち向かう。ここであれ?と思った。前作の大まかな内容は、ストーカー親父が自分の差し歯を飛び道具にして、仲間二人と協力しつつ、女子高生を守ろうと奮闘する、というもの。本書と設定がすごく似ている。少し安易すぎないか。それにユーモアを含めた笑いも、読者とズレが生じているように思えた。リズム感、スピード感があって、読みやすいのは確かだ。でも前作と比べると物足りなかった。それとも期待が大きすぎたのかしら。ちょっと残念。

ポチッとお願いします。その一つが励みになります。 にほんブログ村 本ブログ 読書日記へ

その他の作家
トラックバック(0)  コメント(1) 

 |TOPBack
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。