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    2010

07.31

7月に買った書籍の代金

個人メモです。


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自分への戒め
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    2010

07.31

7月に買った書籍

単行本
闇の喇叭 (ミステリーYA!)闇の喇叭 (ミステリーYA!)
(2010/06/21)
有栖川 有栖

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光待つ場所へ光待つ場所へ
(2010/06/24)
辻村 深月

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文庫本
あなたを独りで、泣かせはしない (ポプラ文庫ピュアフル)あなたを独りで、泣かせはしない (ポプラ文庫ピュアフル)
(2010/07/06)
楡井亜木子

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    2010

07.26

「明日ハ晴レカナ曇リカナ」風野潮

明日ハ晴レカナ曇リカナ明日ハ晴レカナ曇リカナ
(2010/04)
風野 潮

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「小さな空」の五年後を描いた続編。新築マンションに引っ越して、光江が流産してからもう二ヶ月以上が経っていたが、朝食の用意をするのは、夫の潤三の役目になっていた。太一の高校志望校を決める大事な時期に、何も相談に乗ってやれなかったことは、大きな心残りになっていた。慎二が中学の吹奏楽部でやっていけているのかも、気がかりだった。部署が変わり、残業が多くなった潤三の体調も気にかかる。気がかりな事だらけであったが、光江はまだ朝早く起きることができない。光江は夢を見ていた。自分が、家族が、一番楽しかった頃を夢に見ているのだ。

以前住んでいた団地の隣の部屋の住人、十和田風希子。太一と同い年で、四年生の春に引っ越して来た。母親を亡くし、父親との二人暮らしだが、そんなことはみじんも感じさせない活発な女の子だ。まーくんこと十和田正見。職業、売れないミュージシャン。風希子の血の繋がらない父親。近所の楽器店でドラム講師をして、太一のドラムの師匠でもあった。当時、十和田家と岩本家は、何をするのも一緒の、切っても切れない間柄だった。特に正見の存在は光江にとって、夫や子供たちとは違った意味で、かけがえのない支えになっていたのだ。

正見のバンドは、今や音楽業界で知らない者がいないほどの人気バンドにのし上がっていた。それがメンバーの不祥事により活動休止。十和田親子は三年ぶりに大阪に戻り、住み始めたマンションには偶然にも三年前まで親しくしていた岩本家が住んでいた。交流を復活させる岩本家と十和田家、しかし以前とは何かが違う。二家族が再会する直前に起こったつらい出来事については、お互いに語りあうことはない。二家族のひとりひとりが言葉には出さないが心の中では「助けて!」と叫んでいるようだ。その声に気づくのは……。二家族の再生と旅立ちの物語。

一話完結の連作であり、二家族の三年間を描いた長編でもある作品。心が疲れてしまった光江、部活の練習につていけずにドロットアップする慎二、無理した結果入院することになる潤三、有名人の父親が原因でイジメられ、寂しかった風希子、好きな音楽を、バンドを封印した正見。それぞれの苦悩は結構重いかも。でもその重さを感じさせず、さくさくと読ませる原動力になっているのが、岩本家の長男である太一だ。すんげえ、いい子。こんな息子が欲しいランク一位。なのかは知らないが、めっちゃかわいいの。

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風野潮
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    2010

07.22

「プロムナード」道尾秀介

プロムナードプロムナード
(2010/05/28)
道尾秀介

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世間の評価は別として、自分の書く小説が大好き。誰の小説よりも好き。そんな小説を書いていられるのは、愛おしい日常のおかげ。そう宣言する、道尾のエッセイ集が本書だ。道尾の本は好きで数々読んでいる。それが何故これまで縁がなかったポプラ社から。しかもエッセイで。違和感ありありだが、気にせず、苦手と公言している作家エッセイを読んでみた。短い文章は読みやすく、ほどほどに面白かった。

ちょっと素敵なバイク屋のお話、よく行くバーのお茶目なマスター、趣味を通して知ったとっておきのお話、飼い猫ヒメのこと、南野陽子を好きになった小学生時代の兄との距離感、ラットマンの裏話、トイレの排便についてのくさい話、金田一シリーズの事件現場をめぐるお話、シマリス・イオっちの犯罪、出した既刊が実は干支シリーズだったというお話など、道尾の日常にくすっと笑い、ふふふと微笑み、たまにぐすんと泣いた。

数々の作品を読んで、この人はミステリの天才だ。自分とは違う次元の人だと思っていた。だが本書を読んで、あまり自分と変わらんなと思った。特に会社員時代のサボリぐせを知って、ハイタッチをしたくなったぐらいだ。自分の職場は、全面禁煙。休憩時間もしかり。だけど、一部の喫煙者だけが知っている秘密の場所があって、そこで煙をゆらゆら~と。だってこればかりは我慢できないのだから。隠れてトイレで吸うよりマシでしょ。

そして、一番興味深かったのは、僕が好きなもの~映画~本~で決まりでしょう。グーニーズやランボーは誰もが見たはず。たぶん。それらを当時に見て思ったことと、月日を経て見た時に気づく新たな発見ってあるよね。道尾にも当然あった。指摘されて、そうだったと思うこともあった。また本については、愛する本格ミステリ三作の中に、綾辻行人著「十角館の殺人」が挙げられていたことに同調。これは傑作中の傑作でしょう。

他に、17歳の時に初めて描いた絵本「緑色のうさぎの話」と、19歳の時に初めて書いた戯曲「誰かが出て行く」の貴重なデビュー前原稿も特別に収録されている。絵本はとにかくシュール。そして字が読みにくい。ごめんね道尾。戯曲はなんだかオチが意味不明。まえがきで、道尾自身も首をひねっていた。ラストシーンで提示された謎の解答に、さっぱりわかりません。どなたか教えていただけないものでしょうかと。おいおい、とツッコミ!

最後に、「ジャンルと色眼鏡とリドル・ストーリー」という題目で、ジャンル、タイミング、制約、トリック、お願い、策略、リドル・ストーリー、と章わけして、世間一般が思うミステリと、道尾自身が思うミステリの違いを語っていたことが印象的だった。これまでに道尾作品を数冊読んだ方なら誰もが思ったはず。これもミスリードを誘うトリックかもと。

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道尾秀介
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    2010

07.21

「夏色ジャンクション」福田栄一

夏色ジャンクション夏色ジャンクション
(2010/05/20)
福田 栄一

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信之が車を停めているのは、小さな丘の中腹にある公園の駐車場だった。親友と恋人から手酷い裏切りを受けて借金を背負い、夜逃げして車を住居として暮らすようになって半月以上が経っていた。車の周りをうろうろしているのは、小ぎれいな身なりをした老人だった。百円二百円に汲々とする生活を送っていた信之は、謝礼欲しさに老人・浮田勇を山形まで送り届けることにした。信之はふとバッグの中身を目にしてしまう。何のためかは知らないが、勇は七百万円もの大金を持ち歩いていたのだ。

信之を信頼しきって、安心して身を任せている勇の姿を見ていると、胸の奥底で良心が疼くのを感じてしまう。だが、今の惨めな境遇から抜け出すためには何としてもあの大金を手に入れなくければならない。信之は頻繁にサービスエリアに立ち寄り、何かと勇からバッグを奪おうと試みる。しかし、勇は決してバッグを体から離そうとしなかった。そこにヒッチハイカーのリサが加わる。アメリカ人の彼女は、日系一世の祖母が生まれ育った青森の村を目指しているそうだ。

ドカンという一発はないが、笑いのユーモアがほどほどにあり、ドキドキ感もそこそこで、基本的にいい人たち三人が紆余曲折の旅を通して親密になり、再会を約束して、また明日に向かって走り出す、というだけの物語。ふつうに読みやすく、ふつうに面白くて、ふつうに満足する作品。ただ著者得意のパズラー要素がなかったことだけが残念。とにかく余計なものをそぎ落としたようにシンプルで、ほのぼのとさせる作品だった。ツッコミを入れながら、軽~く読めるので、ストレス解消の気分転換にはいいかもしんない。

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福田栄一
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    2010

07.20

「小暮写眞館」宮部みゆき

小暮写眞館 (100周年書き下ろし)小暮写眞館 (100周年書き下ろし)
(2010/05/14)
宮部 みゆき

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高校生になった花菱英一は、変わり者の両親に慣れられないでいた。そもそも、自分の長男を、友達がみんなそう呼んでいるからといって、一緒になって、花ちゃんと呼ぶのはおかしくはないか。当然のように八歳年下の弟ピカもそれに倣う。花菱秀夫・京子夫婦は、この夏、結婚二十周年を機にマイホームを購入した。築三十三年の古家。しかも店舗付き。場所は、臨死状態になってしまった商店街のど真ん中に位置していた。酔狂な世帯主が固執したもの。それはお店の部分をそのまま残してリフォームした上で、この店の昔の商いを示す看板を掲げたまま生活を始めたことだ。〈小暮写眞館〉。この看板のせいで、小暮さんがプリントしたという心霊写真が持ち込まれてしまう。「第1話 小暮写眞館」

いい加減な噂がネット上で広がっていた。花菱英一は強力な霊能力者で、心霊写真の浄化をしたことがある、というものだった。確かに英一は持ち込まれた心霊写真に興味を惹かれて、ちょっと調べた。で、それなりに謎を解明した。じゃあ、もう一度やれるわね。そう言って、バレー部の田部女史から不思議な写真を押し付けられる「第2話 世界の縁側」。ST不動産の須藤社長にうまうまと任されたのは、お誕生会のスナップにカモメが写っていると少年が言い切った「第3話 カモメの名前」。絶縁した親戚関係がきっかけになって起こった花菱夫婦離婚騒動&秀夫野宿事件。その夜から、ピカの様子がおかしくなる「第4話 鉄路の春」。

700ページの大長編、という本の分厚さやその重さに読む前からめげてしまう自分がいた。だけど頑張って読んでみた。途中でその回りくどさに集中力が途切れて居眠りすることもあったが、なんとか三日で読みきった。一番に思ったことは、主人公を含めた登場人物に魅力がある。「ま、いいけど」が決め台詞の花ちゃんこと花菱英一、コドモ人生常勝将軍を行く弟のピカこと光、幼友達で人気者のテンコこと店子力(たなこつとむ)、丸顔で色黒からコゲパンと呼ばれている寺内千春、そのコゲパンに熱い視線を送る橋口、鉄ちゃんのヒロシとブンジなど、個性豊かな彼らに触れていると、ふとデビュー当時の宮部作品を思い出した。そうだった。いきいきした魅力ある少年を描かせたら右に出る者はいない。そう絶賛している過去の自分がいたのだ。

また、大人たちからも目が離せない人がいる。庭で野宿が趣味という面白系の代表と言っていいテンコの父ちゃんを筆頭に、英一の調査になにかと協力してくれるST不動産の須藤社長、その部下で、毒舌で邪眼を持っているミス垣本。このミス垣本が英一の鬼門のような存在であり、その動向が各章のサイドメニューになって作品の重要ファクターになっている。そして亡くなった小暮さんの幽霊が花菱家に出るという噂がずっとあって、さらに花菱家では暗黙の了解でタブーになっている四歳で亡くなった風子のことがあって。ゆっくりだけど、ひとつひとつを学び、成長していく花菱英一。いや、花菱兄弟の物語だ。

最後は、泣けた。グッドジョブと言いたい。だけど、かつての宮部作品では眠くなることはなかった。本作では、残念ながらそういう部分が多々あったのは確かだ。現代ものや、時代もの、ファンタジーと、幅広い作風を持つ著者だが、最近の作品は長いものばかりが続いている。ここらでギュっと内容が詰まった短編に一度戻って欲しいと一読者は思った。長ければ大作、ではないのだから。一度読んでももう一度読みたい。そんな作品を期待したい。面白かったけど、そういう満足感はなかった。

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宮部みゆき
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    2010

07.16

「小さいおうち」中島京子

小さいおうち小さいおうち
(2010/05)
中島 京子

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ありがたいことに、わたしもこうして茨城の田舎に引っ込み、細々ながら一人暮らしを続けている。近くには甥一家が住んでいて、ときどきはいっしょに食事をとることもある。もはや、わたしが女中奉公をしていた時代を知る方は一人もいない。わたしが尋常小学校を卒業して、東京へ出たのは、昭和五年の春のことである。わたしには一軒だけ、ここがわたしの終の棲家と思い定めた家があった。それが昭和十年に建った平井様のお邸だ。

二人の出会いは昭和六年、時子奥様は二十二になったばかりで、わたしは八歳下の十四歳だった。あれからわたしたちはずいぶん、濃い時間をいっしょに過ごした。なにしろ平井の旦那様は、お見合いの席で、すぐにも家を建てます、赤い瓦屋根の洋館です、と言われたのだそうで。奥様が二度目の結婚をして三年目に、あの赤甍を載せた二階建ての家は建った。ここに、落成の日に撮影した写真がある。旦那様と、奥様。恭一ぼっちゃんと、わたしが写っている。

回想録を書き始めた老婆タキ。それを盗み読みしている甥の次男の健史。その回想録は、歴史的な事変の中を過ごしながらも、どこか別の国のように能天気だ。その実際の歴史を知る現代の健史、あるいは自分にとっては、その当時の大らかさが嘘のように見える。でも、そこに生きた人たちは、そんなにきゅうっと縮こまっていなかった。その固定概念を覆すギャップがおもしろく、また時子奥様と女中タキのコンビが微笑ましい。

女中の基本は、「気は心」。賑やかなことのお好きな奥様はことのほかいきいきされた。お勝手のタキはてんやわんやでも、心が浮き立ったものである。二人の関係は一心同体のようであった。さらに、時子奥様と親友の職業婦人である睦子さんとのやり取りや、夫の部下の板倉さんとの怪しい関係からもわかる通り、人は今よりも純朴で純粋だった。だが時代は戦争へと突き進み、もちろん赤い屋根のその家も少しずつ何かが変わっていく。

始まったものは、いつかは終わる。戦争が終わり、タキの奥様との毎日も終わってしまう。タキは、胸を抉るような後悔をずっと抱えていた。その後悔の理由とは何か。それが明かされるのは最終章だ。点だったエピソードの数々がここで繋がって線になる。だけどそこにいた人たちの本当の気持ちは、読者の想像に委ねられている。そのときの選択は正解だったのか。それは切なくて、なんとも言えぬ深い感動が胸に込みあげてきた。泣けた。

直木賞受賞おめでとうございます。


中島京子さんのサイン。
中島京子

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中島京子
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    2010

07.15

「ぼくらのひみつ」藤谷治

ぼくらのひみつ (想像力の文学)ぼくらのひみつ (想像力の文学)
(2010/05/07)
藤谷治

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ぼくは二〇〇一年十月十二日金曜日午前十一時三十一分に生きている。寝て目が覚めると、午前十一時三十一分。町を歩いて、午前十一時三十一分。彷徨い疲れて、午前十一時三十一分。部屋に帰ると、午前十一時三十一分。文章を書いても、午前十一時三十一分。何をやっても、午前十一時三十一分。眠くなってきて、午前十一時三十一分。いつも昼間なんだ。いつまで経っても。時間が止まってから、もう何年も経った気がする。やんなっちゃうな、もう。

ぼくの住んでいる午前十一時三十一分は、古いSFなんかに出てくる「時間の止まった町」みたいなストップモーションじゃない。みんな普通に歩いている。ぼくも歩いている。クルマも走っているし、どんな店もたいてい開いている。ただひとつ、かなりはっきりしていること。それは、歩き回っている人たちは、ぼくと同じようにいつまでも同じ時間の中で生きているわけじゃないことだ。

ぼくは午前十一時三十一分に生きているだけじゃなくて、わけの判らない麻袋を担がされている。とにかくいつも、背中に麻袋があるんだ。汚い、湿っぽい、だいたい四十センチ四方くらいの麻袋が。そんなとき、毎日かならずセックスをする京野今日子と出逢った。なんでか知らないが、麻袋がもぞもぞしやがったんだ。だからぼくは声をかけることにした。そのせいで彼女も十一時三十一分にとどまることになってしまった。

作品の本筋はこれだけだ。わかりやすいと言えばわかりやすい。だが、これがとても難解な代物になっている。「いつか棺桶はやってくる」以降に見られる新境地の分類に入る作品だからだ。筋を外れることしばしで、その寄り道によって章立てられている。そして、どこか哲学的だ。読者は、主人公の思考に振り回されることになる。気がつけば、迷宮の中にいる。午前十一時三十一分という一分の世界に。理解するだとか、明快な回答を得るだとか、そういうたぐいの作品ではない。あるのは、想像力だけ。そんな不思議な物語。

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藤谷治
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    2010

07.12

「ヤングアダルト パパ」山本幸久

ヤングアダルト パパヤングアダルト パパ
(2010/04/29)
山本 幸久

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夏休みもあと数日。中学2年生の静男は、生後5ヶ月の赤ん坊を負ぶり保育所を探していた。10以上年の離れた花音と恋をして、優作が生まれた。しかし彼女は幼い父子を残し、消えてしまったのだ。もうすぐ二学期が始まる。急がなきゃ。しかし、中学生の保育所探しはどこからも相手にされない。途方に暮れながらそれでも、静男は優作を守ろうとするのだが…。14歳の父、5ヶ月の息子、幼い父子の、家族物語。《出版社より》

なんつうのかな~。さらっと読めて、健気な静男を応援したくなるが、ちょっと待て! 冷静に考えると無茶苦茶ではないか。静男の父さんは演劇関係の仕事をしていて、日本中、あちこちをまわっていて滅多にうちにはいない。母さんはそんな父さんに愛想をつかして、別の家庭を作ってしまった。家のことは、家政婦の喜代さんにきてもらっていたが、喜代さんは家庭の都合により実家に帰ってしまった。静男は、中学生でありながら、実質一人で暮らしていた。

そこに転がりこんできたのは父さんの知り合いらしい花音という女性。中学生の静男にとって、二十代のお姉さんは刺激的だろう。しかもこのお姉さんがイケイケっぽいのだ。しかし物語の序盤ではそういうことは語られていない。二学期が始まる数日後を控え、静男は五ヶ月になる優作を抱えてあたふたしている所から物語は始まる。優作の母であり、静男が恋した花音は、二週間前から行方不明になっていた。静男の両親もあてにならない。もうすぐ夏休みが終わり、中学の二学期が始まる。でも、五ヶ月の息子がいて。

ここで読者の気持ちが救われるのは、静男と優作の父子だけに伝わる漫才のような会話だ。父親の会話を聞いているだろう幼い息子に対して、「トーサマ」と息子が言っているかもしれないセリフが挟まれて、それに対して、あたふた返事をしている中二の父親がいる。実際は妄想だろうが、この以心伝心が中々リアルだ。また、二人を親子と知らない第三者が登場し、弟の面倒を見て偉いねえ、と優しいお節介をやくところだ。静男にとっては息子でも、傍から見れば弟。静男自身はイラッとしているけど、こういう労わりにはホロッとくる。

また、始めはムカツキ対象でしかない元親友の岸本とか、その彼女の真壁とか、楠ゆかりとか、同い年の少年少女たちは、いい奴ばかりだ。それと引きかえ、ここに出てくる大人たちの無責任なことと言ったら。なかでも行方をくらませた花音については、言語道断。しかも物語が進むにつれ、もっと酷い事実が浮上してくるのだから、言葉がでてこない。ふつうの神経なら人間不信に陥ってしまいそうだ。そうして迎える結末は…。人生はままならない、ということかしら。こればかりは、頑張れ、としか言い様がない。しょっぱいな~。

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山本幸久
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    2010

07.11

「道徳という名の少年」桜庭一樹

道徳という名の少年道徳という名の少年
(2010/05/11)
桜庭 一樹

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街でいちばんの美女が続けて父なし子を産み落とした。女の子の名前は、1、2、3、悠久と名付けられた。父が違うという噂だったが、四人はそっくりだった。美女たる母は、しばらくして町にやってきた黄色い目をして痩せこけた旅の商人と恋に落ち、四人を置いて町から出てしまった。娘たちは娼婦になった。とつぜんいなくなった四姉妹の母が弟を連れてとつぜん町に帰ってきた。やがて、悠久は身篭った。子の父は弟だった。生まれた男の子は、道徳(ジャグリン)と名付けられた。「1、2、3、悠久!」

そのあと続くのは、同い年のジャグリンではなく、ジャグリン・パパのカサカサした長い腕に惚れてしまった雑貨屋の娘「ジャングリン・パパの愛撫の手」、貴公子のようで、貴婦人のような、その恋人は金色に塗られたプラスチックの玩具という、人気歌手のジャグリーナさん「プラスチックの恋人」、書きかけのラヴ・レターのことだけが気がかりという、戦争の最前線に立つ十六歳のジャン「ぼくの代わりに歌ってくれ」、かつてのスーパー・スターに会うため、不機嫌なティーンエイジャーのミミとクリステルは旅立つ「地球で最後の日」。

なんかある意味濃い。でもどこか抽象的。ちょいとエロ。共通しているのは、道徳の反対をいく不道徳を淡々と突っ切るところ。そして世代を重ねるごとに、愛する者との距離が疎遠になっていく。そんなある一族のいびつな物語だ。誰かに共感できるとか、その毒気がおもしろいとか、そういうものはない。耽美で、幻想的で、人の温もりとかはなく、ともかく濃厚で、圧倒的な雰囲気で読ませる作品だと思う。薄い本だけど、どことなくオーラを発しているような、そんな一冊だった。

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桜庭一樹
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    2010

07.06

「炎上する君」西加奈子

炎上する君炎上する君
(2010/04/29)
西 加奈子

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閉塞感、切迫感、嫉妬感、無情感、不実感、乖離感、現実逃避、孤独感、何かに囚われ、しんどい思いをしている主人公たち。彼女らは、厳しい現実から逃避するという道を選んでしまった。自分を正当化、あるいはかわいそうと定義した理由を用意した上で…。そこは、ちょっと甘すぎるんじゃないの、と思う自分がいたが、誰だって自分を褒めて欲しいし、必要とされたいと思っているのは事実。それが人だから。そんな底辺から復活できるきっかけは何? 等身大の傷つきに共感するだろう八作を収録した短編集。

「太陽の上」
太陽という名の、中華料理屋がある。太陽の上は、アパートになっている。二〇一号室には、太陽の夫婦が住んでいる。そこは、女将さんとアルバイトの男の子との、逢引の場所にもなっている。あなたは、三〇一号室に住んでいる。初めてその声を聞いたとき、あなたは驚いた。しかし、徐々にそれにも慣れ、彼女の立てる声を、ノートにメモしてみたりもした。あなたは三年前から、外に出るのをやめてしまった。世界は選択の連続である。あなたは、それに疲れたのだ。

「空を待つ」
私は、作家だ。アイデアに煮詰まった私は深夜の徘徊をやめなかった。携帯電話を拾った。開くと、空の待ち受け画面だった。携帯の音で、目が覚めた。メールが来た合図だ。送信者はあっちゃん。私は一瞬考えて、返信を押した。空の携帯電話の持ち主からの連絡があっても良さそうだが、一向にかかってくる気配はなかった。交番に届けることも、しなかった。私はいまや完全に、空の携帯電話を手放せずにいた。あっちゃんにメールを打ち、返事を待つことは、毎日、水をごくごくと飲むようなものだった。

「甘い果実」
昼休み、休憩室に置いてあった女性雑誌をめくっていたら、また、山崎ナオコーラが笑っていた。どきっとした。読みたくないと思って、すぐに閉じたけれど、絶対に読んでしまうことは分かっていた。私は、大型書店の事務として働いている。なぜ事務の仕事を選んだのか、というと、私は、作家になりたいからだ。私は文芸の世界に触れていたかった。ナオコーラの受賞は、ネットで知った。そして、彼女と私は、生年月日が、まったく同じだった。私は、三十一歳。まだ、デビューできていない。

「炎上する君」
梨田と浜中は、女、それも不細工な女であるということで、いわれのない迫害を受けてきた。婚姻は毛頭望まないし恋愛などは唾棄すべきもの。三十二歳になってもおかっぱ頭とおさげ髪にこだわる親友二人は大東亜戦争というバンドを組んだ。けれど、固定ファンまでついたライブは没頭するというより、こなすものになってしまった。もっと、血が滾るようなこと、これがあれば死んでもいい、と思うようなこと、それを探していた。そして、「足が炎上している男」に、惹きつけられたのである。

「トロフィーワイフ」
瀟洒な邸宅がある。この家の住人は、宇津木ひさ江と宇津木江里子。ふたりは祖母と孫の関係である。ひさ江は七十八歳。江里子は二十四歳。江里子も、ひさ江も働いていないが、亡くなったひさ江の夫の遺した財産で、悠々とした生活を送っている。「あなたのような人をね、欧米ではトロフィーワイフというのよ。若い頃苦労して仕事して、年を取ってから成功した男の人が、今まで苦労を分かち合ってきた年を取った妻と別れて、若くて、綺麗な女の人を手に入れるの。」ひさ江は、自分の半生に後悔する。

「私のお尻」
綺麗。白くて、つるりとしていて、きゅう、と盛り上がっていて。綺麗。綺麗な、私のお尻。私は、パーツモデルをしている。パンティストッキングや下着のCMや、エステティック・サロンの広告などの、お尻専門のモデルだ。私の手元には、大金が入ってきた。私のお尻は、やはり特別だったのだ。でも、いつからか、だんだん、自分のお尻を、憎らしく思うようになった。みんな、私を見ないで、私のお尻ばかり見るからだ。分かっていた。男に会ったのは、そんなときだった。少し、遠くに置いておきたいものは、ないですか。

「舟の街」
あなたは思い立って、舟の街へ向かうことにした。舟の街は、地図に載っていない街だ。だが、確実に舟の街はある。そこから戻ってきた、という人がいるからだ。彼らは舟の街で数ヶ月、または数年を過ごし、幾分ふにゃふにゃした顔になって戻ってくる。ある日、あなたは、徹底的に参ってしまった。失恋したのだったが、彼があなたを捨てて手に入れた女の子は、あなたの昔からの親友だった。だが、涙は出なかった。舟の街に行こう。今がそのときだ、と、あなたは思った。あなたはそうやって、舟の街にたどり着いた。

「ある風船の落下」
体が浮き始めたのは、四月の半ばだった。初めは、なんとなく、歩きづらいな、と思う程度だった。ある朝、私は、はっきりと地面から浮いていた。ああ、と思った。とうとう私にも、それが来たのだ。世界中で風船病の症例が見られるようになったのは、数年前のことだった。溜め込んだストレスがガスとなり、体を膨張させる奇病である。やがて風船病患者は段階を踏んで、空の彼方へと浮遊していく。帰還した者はいない。その夜、私にそのときが訪れた。私はやはり、地上にとって無用の人間であったのだ。

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西加奈子
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    2010

07.05

「ザ・万遊記」万城目学

ザ・万遊記ザ・万遊記
(2010/04/23)
万城目 学

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エッセイって微妙なんだよ。興味が重なると面白いし、興味を外れると退屈で面白くない。それは好きな作家でも然りだ。その身近でタイムリーな笑えるエピソードでは、わっはっは!と笑いを飛ばし、興味外のテーマでは、その退屈な文章を当然のようにすっ飛ばす。読む読まないを決めるのは、読者の自由だから。まあ、そのことについては追々と触れていくが。

「現場から万城目」です、こう題されるタイムリーな裏話は、知っている人も登場するのでもちろん面白い。温泉地を訪問し、然るのちにスポーツ観戦をするという、万太郎がゆく「湯治と観戦」という旅日記も楽しむことができた。開始早々、アキレス腱を断裂するという不幸に見舞われるが、そのリハビリに湯治はピッタリだったりするのだ。また、どこへ行ってもその万城目の体験談が、緩るくて、妙に味がある。

また、読書にまつわるあれこれが素晴らしい。特に司馬作品に出てくる主人公の分析には、おもわず膝を打ちたくなった。そうなんだよ。読者をして主人公を大好きにさせてしまうと同時に、物語のなかの出来事をすべて事実のように錯覚させる魅力が、司馬作品のおそろしさであり、その感情移入こそが醍醐味なのだ。また井上靖のおもしろくないエッセイについてボヤいている部分は、先に触れたとおり、自分と重なって笑えた。

あと大阪で生まれ、京都で大学生活を過ごし、東京へと移って行った万城目ならではの根が関西人という部分に共感が持てた。まさかテレビのチャンネルひとつでここまで笑わせられるとは。さらにローカルCMこそが記憶に残ってしまっている事実。まさにその通りだ。中でも強烈なのは、何故か妖艶な女性しか登場しないハナテン中古車センターだ。それに有馬兵衛向陽閣とか、今でも歌えてしまうのだから。これぞ関西人。

さて、ずっと後回しにしてきたが、個人的に興味を持てなかった題材もある。それは雑誌「ダ・ヴィンチ」にて連載されていたテレビ番組「渡部篤史の建物探訪」についてのエッセイだ。まったく興味のない番組について等々と述べられても、それが何か?としか反応できない。前述で二度触れた「面白くない」がこれだった。よって、その部分はスルー。つうか、マニアックすぎて、付いていける人の方が少ないような気が。

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万城目学
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    2010

07.02

「オープン・セサミ」久保寺健彦

オープン・セサミオープン・セサミ
(2010/04)
久保寺 健彦

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20代、30代、40代、50代、60代、70代。いいオトナたちが経験する、6つの“初めて”。どこかで読んだことがあるようなネタばかりで、目新しさはまったくと言っていいほどなかった。でも、サブキャラのイヤ~感じが殺意を覚えるほどで、それがアクセントになって飽きのこない作品へと仕上げていたように思う。その一方で、心配性の父、子供相手にムキになる母親、子供に博打を教える老人などは、かわいらしい。良くも悪くもキャラで読ませる作品でしょうか。

子どもたちの叫びが大きくなる。教室へ行くのが怖かった。思い思いの服装をした二四人の生徒たちが、しゃべり、笑い、動き回っている。大きな石をのかして、無数の生きものがうごめいているのを目にした気分だ。大卒新任の時田陽介が担任になった五年四組は、学級崩壊をしていた。「先生一年生」

一人で出かけたい、と五歳になる娘の優奈に言われたとき、隆明は一瞬、言葉を失った。隆明は翻訳家だ。郁美は図書館流通センター勤務。都営アパートの2DKで結婚生活をスタートさせて以来、隆明がずっと家事を担当していた。郁美の反応は淡白だった。娘を心配するあまりストーカーになる三十代の父は。(「はじめてのおでかけ」)

俊の出番は、昼食前にダンスと組体操、昼食後に騎馬戦と学級対抗リレー。リレーは四年三組のアンカーで、熱心に練習もしたらしい。今日はわたしの四〇回目の誕生日。わたしが俊と同じ小学四年生だったのは、もう三十年も前だ。騎馬戦で右手を骨折した息子と急遽約束をし、リレーのアンカーを引き受けた母は。(「ラストラ40」)

佐久間さんがうちの課に来ることは、ちょっとしたニュースだった。佐久間さんはおれと同じ年で、今年、五〇歳になる。佐久間さんの評判は昔から耳にしていた。が、そこで致命的なミスを犯した。女性関係でトラぶったらしい。とにかく気にかかるという事実があり、佐久間さんの存在が、おれの中でどんどんふくらんでいく。(「彼氏彼氏の事情」)

弥生が山歩きに興味を持ったきっかけは、それには夫の和夫が定年を迎え、ずっと家にいるようになったのが影響していた。去年初めて山歩きサークルに参加して以来、今日が四回目の山行だった。弥生はクマ注意のポスターを目にしていた。しかも、急激に霧が濃くなり、一行は道に迷ってしまった。(「ある日、森の中」)

何日か前から具合が悪かったお母さんが、隣町の病院に入院することになった。お父さんは仕事で、ソウルに行くことになっていた。ぼくと弟の創太の二人きりになってしまうので、大伯父の進さんが泊まりに来ることになった。進さんはその年、七十四歳。おもしれえ遊びを教えてやるよ。進さんは、おいちょかぶを始めた。(「さよならは一度だけ」)

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久保寺健彦
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    2010

07.01

6月に買った書籍の代金

個人メモです。


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自分への戒め
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