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    2008

12.15

「じーさん武勇伝」竹内真

じーさん武勇伝 (講談社文庫)じーさん武勇伝 (講談社文庫)
(2006/08/12)
竹内 真

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あれは、二歳かそこらの頃だろう。僕は投げ飛ばされて宙を舞い、日本酒のたっぷり入った酒樽の中へと落っこちた。そのトラウマからか僕は今でも酒が飲めない。我が神楽坂家の男たちはみんな酒好きなのに。何か悪戯をしでかした僕がじーさんの逆鱗に触れて投げ飛ばされたということらしい。じーさんは畳職人だったから、そこに酒樽があったということは棟上げ式か何かの宴会の席だったのかもしれない。婆ちゃんが我に返って救い上げてくれた時にはすっかり酔っぱらっていたそうだ。

その婆ちゃんはもう亡くなったけど、じーさんは今も元気である。しかし、じーさんの墓というのは立派にたっている。終戦直後には、じーさんはサイパンで戦死したことになっていたのだ。じーさんは生きていた。激戦の戦場を生き抜き、捕虜となっても収容所から脱走していたのである。そして追っ手を巻いてジャングルに潜み、終戦の日を迎えたのだった。じーさんがお墓に入るなんてのはいつになるか知れたもんじゃない。じーさんの喧嘩連勝記録は今でも続いているのである。

とにかくじーさんは強い。僕の生まれ育った田舎町では、じーさんに逆らえる奴など誰一人としていなかった。たった一人、じーさんに命令することができたのは亡くなった婆ちゃんだけだった。なんでも、婆ちゃんは映画女優だったそうだ。一目惚れしたじーさんは、京都に出現した。撮影所に侵入したじーさんは人気女優をひっさらって逃走したのであった。そして、どうか自分と夫婦になってくれと三日三晩にわたって懇願したのだそうだ。一番不可解なのは、何故そこで婆ちゃんがその申し出を受けたのかということである。

そのじーさんが、再婚することになった。こともあろうに、再婚相手は僕の初恋の人だった。小学三年生の時の担任、美人の山咲先生だ。じーさんはスキューバーダイビングを始めていた。二人は趣味のダイビングを通じて知り合ったそうだ。そして、じーさんと山咲先生は、何を思ったのか、しばらくサイパンで暮らすと言って旅立った。後になって届いた手紙によると、じーさんの本当の目的はサイパン沖に沈んでいる船の財宝を見つけることだったというのだ。だが、そのじーさんが海で遭難してしまった。沈没船探しのダイビング中、鯨の群に遭遇するわ嵐に遭遇するわで消息を絶ったのだ。

畳職人という以外には何の肩書も持たないじーさん。だけど、無敵のじーさん。「男の価値ってのはなぁ、どれだけ無茶苦茶やって生きていくかだ」が持論のじーさん。サイパンで遭難したはずのじーさんが、海賊たちをモノともせず大暴れ。あり得ない荒唐無稽なドタバタ劇が、このじーさんならアリに思えてしまう。家族としては大迷惑なじーさんだけど、こんなじーさんがいるなら、そっと観察してみたい。

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