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    2008

12.25

「おいしい水」原田マハ

おいしい水 (Coffee Books)おいしい水 (Coffee Books)
(2008/11)
原田 マハ伊庭 靖子

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泣き顔の女の子がポジフィルムに写っている。必死に走る女の子が写っている。どちらの写真も、神戸で撮影された、十九歳の私。まるで恋人に会いにいくように、毎週末、私は心を弾ませて出かけていった。大好きな通りがあった。大好きな店があった。おいしいコーヒー屋があった。心にいつまでも残る、山と海と街の風景があった。憧れのひとが、いた。あの頃。十九歳の私。

出勤時間よりも一時間早く、三宮駅に到着し、ベベの姿を見たくて、その店まで歩いていく。ママさんはときどき、ベベツ君と呼びかけることもあった。ベベツ、という苗字のようだ。いつものように、ベベが座っている。そのくせ、いったん彼の隣に座ると、もう顔を向けることもできない。テーブルの上には、いっぱい小さなスライドのポジ写真が並んでいる。なにが写ってるの。あなたが撮った写真? 

元町北の路地裏に、私のバイト先があった。「スチール・アンド・モーション」はポストカードや外国の文房具、写真集や画集などを売る輸入雑貨の店だ。その日、フランスの大写真家、ロベール・ドアノーの写真集が入荷していた。私は毎月のアルバイト料をもらうと、そっくりそのまま店で使ってしまっていた。この日もドアノーの写真集を買った。ふと、ベベの隣に座って、これを広げて見よう、と思いつく。

次の日、いつものように、いちばん奥の席に、ベベがいた。ただし、ひとりではなく、男のひとと一緒に。大柄な男は、何か激しくわめいている。次の瞬間、男はコップの水をベベの頭の上からかけた。ベベは、ぴくりとも動かない。男は荒々しく店を出て、やがてベベも出てきた。私は無意識に彼の名を呼んでいた。私は一歩も踏み出せずに、その場に立ち尽くしたまま、ドアノーの写真集を恐る恐る差し出した。ベベは黙って受け取った。私たちは、ぽつぽつと会うようになった。

原田さんの新刊は、わずか85ページの短篇で、画家の伊達靖子さんとのコラボ作品になっている。絵のことはよくわからないけれど、なんとなくおしゃれだ。作品の舞台は八十年代の神戸。今と変わらずあずき色の阪急電車が走り、だけど、携帯電話なんてなく、ましてやメールやインターネットなんてなかった。だから、待ち合わせをすれば、ただ、信じて待つしかない。そして、ベベは何ひとつ、自分のことを教えてくれない。好きなひと、いるの。私のことを、どう思っているの。と不安を抱えながらも、だけど、惹かれている。

まるで8ミリの短篇映画を観ているような作品。読んでいると、映像が脳裏にはっきりと浮かんでくる。一人の女の子が神戸の街を走り、大好きな店で働き、憧れの人をそっと見つめる。淡い恋心を抱き、その瞬間を生きている姿が、愛おしく思える。こういうのを、情感があるというのだろう。そして作品のラストを読み、冒頭を読み返してみると、ふるふると感動が込み上げてくる。懐かしい昭和の時代がここにあり、とても素敵な作品だと思った。

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原田マハ
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comments

携帯とかない時代のもどかしい距離感がなんだか懐かしかったです。
物語と油彩の絵がよく合ってましたね。雰囲気が素敵でした。

エビノート:2008/12/27(土) 20:19 | URL | [編集]

エビノートさん
セピア色が似合う、懐かしい匂いのする作品でした。
また、神戸の異人館という設定が良かったです。

しんちゃん:2008/12/28(日) 11:51 | URL | [編集]

あれ?写真じゃなくて絵だったの?!?!
もう一度、見てみなきゃです。
昭和が懐かしい物語でしたね。

なな:2009/01/16(金) 21:10 | URL | [編集]

ななさん
自分も最初は写真だと思いました。
ここに作者名を書こうと見てみたら画家とありました。
ええ~~っ!と驚きの次第です(笑)

しんちゃん:2009/01/17(土) 16:20 | URL | [編集]

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