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    2009

06.19

「深川にゃんにゃん横丁」宇江佐真理

深川にゃんにゃん横丁深川にゃんにゃん横丁
(2008/09)
宇江佐 真理

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悲しい朝も口惜しい夜も、猫がニャアと鳴けば大丈夫。明日はきっといい日になる――。深川・寺町、幅一間足らずの長屋横丁は、近所の猫の通り道。白に黒いの、よもぎにまだらが昼寝をしたりあくびをしたり。それにひきかえ雇われ大家の徳兵衛は、今日も店子たちのお世話に大忙し。けれども無病息災、お茶を入れつつ猫に煮干をやれるなら、こんな日々も悪くない。下町の人情と暮らしをあたたかく描き出す連作集!《出版社より》

必ず一匹や二匹の猫を見かけるにゃんにゃん横丁を抜け、仙台堀に向かった所に自身番がある。土地の岡っ引きの岩蔵が詰めており、喜兵衛店の大家の徳兵衛、書役の富蔵も一緒に詰めていて、岩蔵とともに色々と町内の雑事をこなしている。徳兵衛は五十五歳である。富蔵と徳兵衛は同い年で、子供の頃からの友人だった。指物師の女房のおふよも徳兵衛と富蔵の子供の頃からの友人で、町内のご意見番であり、喜兵衛店の店子でもあった。

喜兵衛店から咎人が出てしまった。咎人は泰蔵という二十五の若者だった。泰蔵の女房は娘を連れて男の許に走った。ある日、泰蔵は空き地で遊んでいた娘に気づいた。娘も泰蔵の顔を覚えていて、「ちゃん!」と懐かしそうに縋りついてきた。娘の喜ぶ顔を見ている内、泰蔵は時間を忘れた。女房は娘がいなくなったと自身番に訴えていた。泰蔵はかどわかしではない。だが、元の女房は泰蔵なんて知らないと言ってきた。(「ちゃん」)

男手ひとつで三人の息子を育てている川並鳶の巳之吉。女房は貧乏暮らしに耐えられず、家を出ていった。最近、長男と次男に川並鳶の仕事を仕込むため、巳之吉は二人を仕事場へ連れて行くようになったが、留守番を命じられたまだ十の音吉は素直に言うことを聞かない。悪さをする音吉に、もちろん近所から苦情が出る。子供相撲が開催されることになった。だが優勝候補の音吉は相撲に出たくないと駄々を捏ねて。(「恩返し」)

民蔵は、いつも酒に酔ってくだを巻いている男だった。元は名のある絵師の弟子だったが、何か不始末を起こして破門されたらしい。民蔵が酒浸りになったのは、それからだという。夫婦喧嘩は、いつも酒が原因だった。おもとは気丈な女だし、髪結いといいう手に職を持っているので、亭主に対してもへえへえなんてしない。喧嘩ばかりしていても、民蔵とおもとは十二の娘を頭に四人の子供をもうけている。その民蔵は酒毒が祟って倒れた。(「菩薩」)

煮売り屋は二十八になるお駒という女が切り盛りしていた。以前は亭主も仕入れを手伝っていたのだが、三年前に仲間と喧嘩になり、人足寄せ場送りになった。お駒は気丈に店を続けた。二人に子供はいなかったが、当時十五歳だった弟が一緒に住んでいた。それに、寄せ場送りになる少し前、亭主は友人から五歳の少年を預かっていた。この三年、三人でうまくやっていたところに、亭主が人足寄せ場から戻ってきた。(「雀、蛤になる」)

新しい店子の彦右衛門は老舗の薬種屋の大旦那だった。大店の女婿に入り、倅に商売を譲って隠居したから、これから気儘に独り暮らしがしたいそうだ。実は彦右衛門には婿に入る前に好いた娘がいた。その娘は火事で焼け死んだ。それは彦右衛門が婿に入ることを決心した後のことだった。娘は自分の人生にとって、どんな意味があったのか、その娘の住んでいた場所に自分の身を置いて、じっくり考えたいと思ったという。(「香、箱を作る」)

上方の本店で働いているおふよの長男の良吉が五年ぶりに江戸へ戻ってきた。だが、おふよ夫婦と孫娘のおさちとの蜜月は三日で仕舞いとなった。おさちは祖父母と仔猫に未練を残しながら、一家は再び上方へ向かった。徳兵衛も富蔵もおふよの寂しそうな顔を見るのが辛く、それから何となくおふよを避けるように過ごしていた。もっと親身におふよの話を聞いてやればよかったと、徳兵衛は後で悔やんだ。おふよの心の寂しさがあんな仕儀を呼び込んだような気がしてならなかった。(「そんな仕儀」)


江戸人情溢れる作品だ。今風にいえばお節介だけど、貧しく厳しい現実を抱えている人たちにとっては、その人情が救いとなる。大家の徳兵衛、書役の富蔵、ご意見番のおふよ。幼なじみである彼ら三人は、長屋に住む人たちのことを親身になって思いやり、頭を悩まし、奔走するのである。この舞台となるにゃんにゃん横丁には、その名の通りたくさんの猫が居ついている。人の言葉を話す猫まで存在する。(そう聞こえるだけ?)

人にドラマがあるように、猫にもドラマがある。まだら猫が子を産むと、その子猫がやがて大人になり、その猫が今度は子を産んでと、そこに猫の生がある。この猫たちは人と共に生きている。徳兵衛たちは自分にできることをやる。それは猫も同じかもしれない。そこが本書の一番の妙だったりする。猫好きも、そうでない方も、読んで損はないと思います。おすすめです。


宇江佐真理さんのサインは二冊目。ボールペン?なので若干見にくい写真。
写真をクリックすると、サインはアップ画像になります。

宇江佐2

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