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    2010

03.17

「神様のすること」平安寿子

神様のすること神様のすること
(2010/01)
平 安寿子

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決して偉くも賢くもない、欠点だらけの父や母や友人たち……そのかけがえのなさに気付いた時、これほど胸が締めつけられる。親を見送るまでの長い日々を描く、かつてない自伝的私小説!《出版社より》

母が意識を取り戻したとき、「八十三まで生きることにした」と言った。そのとき、母は七十七と八ヶ月の齢を重ねていた。母の状態は予断を許さず、そのときが来ても延命措置はしないと担当医師と意思の確認までしたあとのことだった。わたしは母と違って、懐かしむのが好きだ。思い出すのが好きだ。だから、母の過去を、母に成り代わって懐かしみ、思い出す。ことに、わたしのお気に入りの京ちゃんのことを。

教養がないという根深いコンプレックスを抱えていた母。教養自慢で常に高いレベルを求めた伯母。出銭を抑えて現状維持を図る小心な父。そして、自分がしたいようにする自分だけの世界の女王様として君臨した若き日の著者の姿や、小説家になるまでの経緯が、その時の事情と今思えばというカタチで語られる。ちょっとビックリなぐらい、その人の欠点や痛い部分が赤裸々に綴られている。

もし自分の周囲にそういう人がいれば、お近づきになりたくない人もいる。でも著者の視点で物事を見れば、その人たちは可愛そうな人で、憎めない人になるのだ。この不思議なレンズがあるからこそ、三十代四十代の、いわゆる負け犬組の女性だって愛おしく思えてくる平作品が生まれてくるのだろう。その一方で、母のお葬式でいかにして喪主挨拶で聴衆にウケるかとシュミレーションするブラックな著者がいる。これは作家の業なのか。

子供とは無縁な平作品だが、いじめに関して目からウロコな言葉があった。子供というのは性悪で、いじめを娯楽にする生き物だ。昭和三十年代、小学校ではおおっぴらに貧乏人が「クサイ」「汚い」といじめられた。子供は天使などという戯言をわたしは信じない。自分が優位に立つために他者を踏みつけにする卑しさを、人間はみんな根本的に持っていると思う。他者と出会った子供が一番にやるのは、攻撃だ。(P105) 強気な記述だが、まったく同感だ。子供の満面の笑みと暴力ほど恐ろしいものはない。

そして、母の容態に振り回され続けた著者は、母の死を見届けたところで筆を置く。ここでも著者は正直だ。要介護状態になった年寄りには、何が起きるかわからない。こんなことなら、早くお迎えに来たほうが当人だって楽に違いない。あっちは死にかけてるけど、こっちは生きてるんだよ、と。憚れるような内容だが、介護を経験したことがある家族からすれば、実に的を射た意見だ。この潔い本音もまた、平作品を読みたくなる吸引力の一つなのかもしれない。

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