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    2010

10.05

「おとうとの木」宮ノ川顕

おとうとの木おとうとの木
(2010/07/27)
宮ノ川 顕

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小さな平屋建ての家は、すっかり古びてしまっていて、空き家というより廃屋然とした様子だ。早いもので、母が亡くなってからもう三年が経とうとしていた。貧しい家庭で楽しい思い出は少なかった。それでも少年時代を過ごした場所であり、来る度にそれなりの感慨はあった。酒好きで癇癪持ちだった父は、たいした理由もなく母や子どもだった私に手を上げるような男だった。亡くなってからもう二十年近くなるというのに、嫌な記憶の方が多いのは、そのことに多くの原因がある。

第二子誕生を控え、この土地に新しく家を建てる計画が進んでいた。良くも悪くも、様々な想い出が詰まったこの家も、計画通りに進めば今年中に取り壊すことになる。せめて、庭くらいはかつての姿に近い状態にしておいてやりたいものである。庭の中心には懐かしいクヌギの木が真っ直ぐ立っていた。庭木と呼べるのは、子供の頃からこの一本だけだった。ふと子ども時代のクワガタ捕りを思い出した私は、木肌に三箇所の傷を付けた。なんだか人の顔に見える。やがて、木は彼に語りかけはじめる。―兄さん。アキオだよ。

本当にアキオなのだろうか。私は彼の言葉を聞きながら、幼くして亡くなったという弟のことを思い出していた。彼の名前がアキオだった。弟が亡くなったのは私が二歳になったばかりの秋のことである。まだ小さかったとはいえ、断片的にその顔や声、あるいは気配くらい覚えていてもいいはずなのに、なぜかまるで記憶にないのは、両親がそのことに触れないようにしていたためだろう。アキオに関することで、両親が私に語ったことはとても少なかった。そのアキオがここにいた。

なんかごめんよ。始まりからすべてが助長ですぐに飽きがきた。おやじの話って、やたらと長くて、しきりと同じ昔話を繰り返して、これらって意味がないものばかり。病気自慢と同じような自己満足だ。本書もこれと同じとは言い切れないが、似たような印象を受けた。そんなおやじ語りが長々と続くものだから、肝心のホラー部分が取って付けたもののように思えて、ただ必要以上に文字を追わされた感がある。要するに、これを長編にした甲斐が生かされていないと思った。前作が良かっただけに肩透かしをくらったようだ。ほんとごめん。

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