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    2007

11.26

「ぼくがぼくであること」山中恒

ぼくがぼくであること (岩波少年文庫 86)ぼくがぼくであること (岩波少年文庫 86)
(2001/06)
山中 恒

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画像がこれしかありませんでしたので使いましたが、読んだのは角川文庫版です。

「地震のものすげえのがきて、うちなんかぺちゃんこになっちまわないかな」などと、五人兄妹の下から二番目の小学六年生・秀一は思う。教育ママの説教にウンザリし、チクリ魔の妹には口で負け、兄妹はみんな優等生でそれがプレッシャー。それに学校でもヘマをやらかしては立たされてばかりのおちこぼれ。やがて夏休みになり、前から家出を計画していたことを、うっかり口を滑らせてしまうが、母や兄妹たちはゲラゲラ笑うばかり。秀一は勢いだけで家を出てしまう。

家は出たもののいくあてのない秀一は、公園わきに停まっているトラックの荷台に忍び込むが、そのトラックは轢き逃げ事件を起こしてしまう。あわてて逃げたその先の山村に迷い込んだ秀一は、老人と少女の二人暮らしの家になんとか転がり込んだ。そこで頑固でお節介なおじいさんの仕事を手伝いながら、同級生ながらも仕事の手伝いも家事もこなす夏代と友達になって、秀一はひと夏を居候で過ごす。

彼らと一緒に規則正しい暮らしをしながら、やがて自ら家に帰る決心をした秀一は、夏代らに別れを告げ、山村をあとにする。そのひと夏を過ごしたことで秀一は成長し、母の脅しやこまっしゃくれた妹が愚かに見えるようになっていた。いつでも家出していくところ、自分を受け入れてくれるところが出来た秀一は、何事にも冷静に対応するすべを身につけていた。

やがて母とぐるになった妹の暴挙が明らかになって、家族は崩壊寸前になり、そこへ他の兄妹たちも社会問題に巻き込まれてとばっちりを食うが、母親は息子たちが自分のいうことを聞かなかったせいだと一方的に決め付け、息子たちの言い分を聞かない。それによって反旗を翻した兄たちによって家族は崩壊してしまう。

秀一の成長を描きながらも、一方で当時の社会への問題提起がなされていく。しかしまあ、悪いことをして息子に謝れないバカな母親や、人間のクズに育ってしまった人受けのする妹がいる家って、むちゃくちゃ居心地が悪そう。こんな環境でよく少年が真直ぐに育ったと思う。こんな家を出て早く夏代たちの元へ行け、と思うのは自分だけだろうか。

その後の展開としては、自分の都合で子供をしばりつけようとしていた母親には鉄槌を食らわし、自分の儲けしか考えない轢き逃げ犯にも罰を与えるのは、痛快の一言だ。だけど、いくらしっかりと子供だけで生活できるといっても、親なしでは生きていくことは叶わない。そんな当たり前のもやもやがありながらも、秀一少年は「ぼくがぼくであること」を母親にわかって欲しい、と正面から向き合う決意を最後にする。えらいやっちゃ。

すごく痛い母親だったけど、こんな親になってしまう可能性が誰にでも起こりうる。子供に勉強しろと口うるさくいい、父親のような大人になるな、立派な大人になれという。そして、いつの間にか自分の思い描く理想に無理やり当てはめようとする。子供は大人のおもちゃじゃない。子供に道を示すのは当たり前だが、押し込めるものではない。児童書だけど、大人に読んでもらいたい作品であった。

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