2007
![]() | カレンダーボーイ (2007/11) 小路 幸也 商品詳細を見る |
二〇〇六年に四十八歳になった大学教授の三都充(あだ名はイッチ)と、同じ職場で働く事務局長の安斎武史(タケちゃん)は、小学校のクラスメイトで仲良しだった。そんな二人はある日、寝て起きると、そこは一九六八年の小学五年生の世界。そしてまた寝て起きると現在。二人は寝て起きることで、過去と現代を何故か一日ごとにタイムスリップするようになってしまった。
そして、彼らは過去の行動が果たして現在に影響を与えるのかを確かめるために、記憶していた佐藤先生の家が不審火で家事になった事件を、小学五年生の自分たちで防ごうとする。その結果、過去の世界でやったことが現実に反映され、あの世界と、この世界は、地続きの世界だということを知る。
そこで、一九六八年十二月に起こった三億円強奪事件をきっかけに、一家心中て死んでしまった里美ちゃんを救うと共に、犯人に奪われたままのあの三億円をふんだくってやることが、過去の世界で過ごす、彼らの目的になった。
最近の小路さんの作風ではなく、デビュー当時によく用いられた、なぜかわからないが不思議な出来事が起こっちゃいました、という系統の作品だ。今回はそれがタイムスリップという形になっている。眠ると時代を飛んでしまうという設定なので、過去はイッチ、現代は安斎、とストーリーは二人の目線で交互に綴られる。
あの時に里美ちゃんが救えなかったと悔やむ一九六八年のイッチの目線。大学の金を私物化した理事長の悪行を、三億円を手に入れてうやむやにしようとする二〇〇六年の安斎の目線。里美ちゃんを救うことはイッチの理由。三億円を奪うことは安斎の理由。二人の目的に対する比重や、自分の置かれた環境も違うが、救うことと奪うことはセットになっているので、二人は友達だからという枠を超えて繋がってゆく。どちらかと言えば、善の動機を持つイッチと、悪の動機を持つ安斎だが、どちらかに肩入れして読むようなことはなかった。
それにイッチの姉や謎の人物のガンガンといった脇役たちが、すごく魅力的でいい人たちなのだ。彼らが少年時代の二人を無条件に信用して、そして協力していく姿には、人の優しさだけでなく、一九六八年という年代には溢れていただろう過分なお節介を思いだした。他所の子を躾ける大人や叱る大人がいた時代。ちょっと前まで当たり前だったこんな風景が、今じゃ何事にも無関心になってしまった。そんなところにノスタルジーを感じてしまうなんて、自分も年をとったとつくづく思う。何故か昭和に魅力を感じる今日この頃って、オッサンの仲間入りだろうか。
タイムスリップものだから、歴史を変えるということは歪みを生じさせるのは当たり前の出来事。本書もこの決まりごとを継続しており、彼らはさまざまな歪みを体感していく。そこでの安斎の身に起こる歪みは、自業自得だが滑稽でもあった。それらに揺さぶられながらも、彼らは目的だけは絶対に変えてみせようと奮闘する。
そして迎えるラストは淡々とした描写ながらも、何かを得れば何かを失うという切なさがあり、世界を歪めてしまったという結果の潔さもある。だけど、人の命が対象だからと言えども、二人にとっては失ったものが大きすぎると思うのは、自分だけではないと思う。もう少し救いがあって、爽やかな余韻が欲しかった。あくまで個人的な思いだが、ね。
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