2008
![]() | 猫泥棒と木曜日のキッチン (2005/08) 橋本 紡 商品詳細を見る |
お母さんが家出した。呆れはしたものの、わたしたちはそのまま暮らし続けた。お母さんがいなくなっても、ちっとも困ったりはしなかった。なにしろお母さんはお母さんのくせになんにもできない人で、家のことをやっていたのは、ほとんどわたしだった。お父さんを頼ろうにも、そんな存在はとっくの前に消え去っていた。わたしは死んだ猫を見つけると、家に持って帰る。庭に埋める。そんなことをしても叱る大人は、もういない。その猫の埋葬がきっかけで、健一君と出会った。姉のみずきは十七歳で、種違いの弟のコウちゃんは五歳。毎週木曜日には健一君が夕食を食べにくる。それはニセモノの家族だけど、みずきは安らぎを感じた。みずきと健一はある日、すでに息絶えた子猫の死骸の中から、かろうじて生きている子猫を見つけた。それが物語の始まりだった。
親が子供を捨てるなら、子供が親を捨てることもある。みずきは見事に親を捨てている。家計をやり繰りして、小さい弟と一緒にたくましく生きている。だけど、なにかを喪失している。少し痛さを感じる少女だが、彼女の視点がみずみずしい。そこにみずきに好意をよせている健一君が現れる。その健一君の目線でも描かれることで、より物語の世界が膨らむ。
しっかり者だけど不思議系少女。足にハンデを抱えるが現実的な少年。リアル感のない少女とまともな少年が作る世界が面白い。どちらかに偏ると、不安定で居心地が悪い世界になってしまう。その点、本書は二人のバランスが素晴らしかったと思う。絶妙というやつですかね。
やがて、二人はいつ死ぬかもしれない子猫を拾い、その子猫の死を看取る。そのことで、生きること、行き続けることを考え、みずきは喪失していたなにかを、猫を救うという行動へベクトルを向ける。この衝動ははっきり言って理解できない。だけど橋本作品特有の、心の一部が欠けた人物が動く行動性としては面白い。
猫の避妊をせずにえさを与える猫おばさん。その結果、子猫が生まれると無責任に捨てる猫おばさん。捨てられた子供が、捨てられた子猫の死に触れて、その元凶である親猫たちをまるまる七匹も盗んでやろうと計画する。考え方は子供っぽいが、中々面白いことを考えたものだ。
家族に飢えた少女の痛さがありつつ、少年の少女を思う心に温かさをもらい、猫泥棒に痛快を感じた。しかし、鳥頭の読者には、本書が何を言いたいのかよくわからなかった。だけど、生きていくって素晴らしいことだと思った。猫好きとしては、もう少し猫を大事に扱って欲しかったけど。
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