2008年05月31日 (土) | 編集 |
![]() | 熱風 (2008/02/29) 福田 隆浩 商品詳細を見る |
息を整え、黄色いボールをゆっくりと投げ上げた。夏の日差しが、ボールの底に鮮やかな黒い影を作り出している。片足に体重を写し、ラケットを振りかぶる。ゆるめた膝に力を入れ、高みに舞い上がっていくボールの影を目で追った。ボールは光の中で一瞬留まり、そして、あきらめたように落下を始める。体じゅうの力を右腕の一点に集中させ、黒い影めがけてラケットを振り下ろした。ラケット面がボールを捕らえる音が両耳の補聴器から体の中に響き渡る。
主人公は盲学校に通う十二歳の孝司。物心が付いた頃には耳に補聴器という奇妙な機械がかぶさっていた。いつ何をする時でもその小さな機械は自分の身近にあった。孝司はあの試合のことを思い出す。人を馬鹿にしたような挑戦的な目つきをした白い帽子の少年。完敗だった。中山順一。それがあいつの名前だった。中山は髪の毛が抜けてしまう病気で、あいつの白い帽子の下にそんな秘密があったことなんて考えもしないことだった。あの髪が抜けむき出しになった頭皮がもとで、前にいたテニスサークルで相当辛い目にあったらしく、うちの桜庭テニス会に移ってきたらしい。
ある日のミーティングで、孝司は中山とペアを組むことをコーチから命じられた。中山と組んでダブルスの試合。猛練習をするが、頑固で負けず嫌いの二人は喧嘩をするばかりだ。家族のこと、学校のこと、自分たちのハンデのこと。テニスをしていれば、あれこれ余計なことを考えたり、思い出したりしなくてよかった。それになにより、勝ちたいという思いが誰よりも強い二人は、お互いに競うように練習に励む。少しずつわかり通じ合える二人だが、試合数日前になって中山が練習に現れなくなってしまった。中山がコートに現れることを、孝司はひたすら信じて待つが……。第48回講談社児童文学新人賞佳作受賞作。
この痛さは反則気味かな。でも面白さが勝っていたとも思う。聴覚にハンデを負った孝司は、忙しく働く親とコミュニケーション不足のまま過ごしてきた。聾学校では、親と子が授業を受けるのが普通だが、仕事が忙しくて親は手話をちゃんと覚えることなく、自由に語り合えないないまま月日を重ねてきた。現実に理想はない、と悟ってしまった聴覚障害の少年の姿は痛すぎる。
一方の中山は、同級生だけでなく、母親までも中山の容姿を差別する環境で育った。これは酷い。そのフォローは一応あるものの、酷すぎて怒りがふつふつと湧き上がる。たったひとりで自分を守るしかなかった少年の心を思うと辛すぎるし、飛んでしまった帽子を必死で追う中山の姿は反則だ。それにイジメの場面はやはり気が滅入る。
そんな二人が、喧嘩をしながらも少しずつ心をかよわせ、試合に勝つというひとつの目標に向かってひたむきに突っ走る。ダブルスペアとしては、言葉少なだけど、お互いの意思を読み取って、助け合っていく姿には胸が熱くなった。重い設定だけど、彼らの前を向いた姿には清々しさがあり、二人の少年を応援したくなった。でもやはり、これは反則気味。
| ホーム |



