2008
![]() | 年下の男の子 (2008/05/16) 五十嵐 貴久 商品詳細を見る |
買ってしまった。印鑑を握る手が、ちょっと震えていた。三十七歳にして池袋から電車で三十分、2LDK、三千八百万円の新築マンションを買ってしまった。わたし(川村晶子)はマンションだけは買うまい、と決めていた。三十七歳、独身、一人暮らし。これでマンションを買ってしまったら、何かを認めることになってしまう。決して口には出せない、何かを。でも、買ってしまった。
マンション売買契約の翌日、いつも通りの一日が始まるはずだった。勤めている銘和乳業は飲料メーカーとして業界で中位クラスだが、最近は医療品や化粧品の分野にも進出している。わたしは宣伝広報課に所属し、社内広報とPR業務が仕事だ。それが三十七歳にして初めて、本物の土下座を見ていた。
銘和乳業では、春の主力商品である健康バランスドリンク?モナ″の宣伝のため、フリーペーパーの配布を実施することになっていた。そのフリーペーパーの編集は青葉ピー・アール社に一任してあった。そして配布を明日に控えた今日、定価表示が抜け落ちていることがわかった。?モナ″の発売日は明日だ。そこで抜け落ちた空白部分に価格を印刷したシールを貼ることになり、つまり、担当者であるわたしと、ピー・アール社契約社員の児島くん二十七歳の二人だけで、徹夜作業をすることになった。
登山が趣味だという典型的なアウトドア派の児島くんと、DVDを見るのが何よりの楽しみだという半ば引きこもりに近いわたしでは、生きている世界があまりに違う。おまけに彼は二十三歳、わたしは三十七歳、このジェネレーションギャップはどうにもならないだろう。十四も年下の男の子とどうにかなるなど、どんなうぬぼれた女でも考えない。でも、と思う。話さなくても、十分楽しかった。楽だった。そのあとはよく喋った。そして、もっと話していたいと思った。それって、もしかして。ちょっとだけだけど、胸が小さく鳴った。この感情はもしかしたら。そして……。
オレ、川村さんが好きなんです。まっすぐに好意を伝える児島くん。嬉しくないはずがない。でもそれはやっぱり難しい。まだ恋をしたい。男の人と付き合ってみたい。だけど、自分の年齢を考えれば、次に付き合う相手は結婚ということを考え合わせなければならない。だから十四歳下ともなると、常識の中ではあり得ない。彼が好意を示してくれたことは事実だけれど、本気で受け取ってはいけない。真剣になってしまえば、最終的に傷つくのは自分だから。
五十嵐さん、すごすぎです。なんで、こんなにも女性の心理がわかるのだろう。覆面作家で実は女性作家?なんてことを思ってしまうほどすごい。五十嵐さんのデビュー作から三冊ほどは、はらはらしながら読んだ記憶がある。それが、最近は安心して読めるようになった。今回はラブコメ要素がたっぷりで、大人の女性の恋物語になっている。主人公のわたしと年齢が近い女性の方は、羨ましいことこの上ないだろう。男である自分にとっては、共感できるとか、そういった部分は全然なかったけれど、十分とキャラ読みさせてもらった。
揺れるわたしの心と共に、お仕事小説の側面もある本書。若い児島くんが青すぎて、たまに寒くなるけれど、これは読んで損ナシだと思った。お薦め。
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