2008
![]() | ラン (2008/06/19) 森 絵都 商品詳細を見る |
本書はどこまでがネタバレになるのかわからない。だから、自分が思うところまで書いちゃえ、と書いた結果がこうなってしまった。とにかく大長編である。そして、いろんな要素が詰まっている。それゆえに、人によっては、ネタバレしすぎと言われる方がいるかもしれない。よって、未読の方はご注意を。
主人公は夏目環。十三歳で父を亡くしたとき、あの世はまだ遠かった。やや時間差で母が逝き、弟の修くんがそのあとを追った。そうして死がまわりで幅をきかせていくほどに、不思議と自分がひとりぼっちになっていくのでなく、むしろ死んでしまった彼らの側へ近づいていく気がした。引き取って面倒を見てくれたくれた奈々美おばさんを二十歳で失ったときには、あとひと息、というたしかな手応えがあった。そして、二十二の年にこよみが死んだ。それがはじまりだった。
こよみは近所の自転車屋さんの猫だった。特別な猫だった。サイクル紺野の紺野さんとは似たもの同士だった。紺野さんのまわりにもたくさんの死者がいた。その紺野さんが、こよみの四十九日を終えて間もないころ、郷里へ帰ると言い出した。そして、最後にとっておきのプレゼントをあげる、と紺野さんはそう言って、亡き息子に贈るために取り寄せた、俗にいうロードバイクの一種だけど、世界にひとつというオリジナルの自転車を譲ってくれた。
モナミ一号という名前の自転車は、積極的にどこかへ連れていってくれそうな自転車だった。以来、週末のたびにモナミ一号と遠出するようになった。ある日、モナミ一号が突然自分の意思で走りだした。そこでようやく気づいた。モナミ一号を走らせているのではなく、走らされているのだ、と。本当にどこまでもモナミ一号は走った。そうだ、走れ。走れ、走れ、このまま突き進め。
私たちはたどりついた。こよみが音もなくすりよってきて、足元で身体をくねらせる。ついてきて。OK。八階建てのマンション305号。ノックをすると、懐かしい声と共に扉が開かれ、懐かしい顔がいっぺんに現われた。パパ、ママ、修くん。私の家族、そう、みんながそこにいた。下界と冥界を結ぶ40キロのレーンを越えて、死後の世界にやって来た。それは、紺野さんの亡くなった息子さんの思いが憑依したモナミ一号のおかげだった。
私、家族に会ったんだ。あの世とこの世との境を突破して。それ以来、ひんぱんにその場所へと通うようになる。そこで過ごす時間は極楽そのもの。しかし、モナミ一号には本来の持ち主がいた。紺野さんの息子さんが自転車に強い未練を抱いているからこそ、懐かしい人たちに出会えたのだ。だけど、いつまでも自転車を独り占めしている訳にはいかなかった。悩んだ果てにモナミ一号を息子さんに返すことにし、40キロのレーンを自分の足で走りぬく決意をした。
環は走り出した。しかし、すぐに挫けそうになる。そんな自分の弱さに負けそうなある日、もみあげ男のドコロさんからなかば強制的にスカウトされた。チーム・イージーランナーズ。退職後の趣味、ダイエットが目的、ビールをおいしく飲みたいなどの動機で走るゆるい人たち。そんなバラバラな面子が集められた初心者ばかりのへっぽこチームだった。それが突然、五ヵ月後のフルマラソンに出場することになった――。
まずは主人公のダメっぷりが紹介される。人と交わるのがいやだとか、人に心を閉ざしているとか、すぐに人のせいにするとか、自分の居場所がないとか、不幸のヒロインに酔っているとか、この主人公はとんでもなく自分に弱い。しっかりしろ、と怒鳴りたくなってしまうのだ。しかし、意外と負けん気だけは強い。その対抗心を煽って大きな糧になるのが、手前勝手で人騒がせな真知栄子である。ムカつき度は高いが、裏返すと主人公にそっくりなのだ。このクレイジーなおばさんが痛いことによって、主人公の痛さが緩和されている。この手技には、上手いな〜と感心してしまった。
そして、あの世と繋がっているという森作品では二度目になる特殊な設定の説明があり、ラン(走る)に至る経緯が綴られている。主人公の走る目的が、居心地の良いあの世に自分で行き来するため、という後ろ向きのものだが、速く走ること、長い距離を走ることを達成していくことで、向こうにいる人たちはもう大丈夫だと感じ、留まっている未練が薄れて、転生の次のステージへと離れていく。安らぎの地へ行きたいがために頑張ることが、別離を促進するという矛盾が生まれてくるのだ。
しかし、主人公は走ることを止めない。なぜならば、周りにいるへっぽこな仲間たちが、気づかせてくれたからだ。自分のいる場所がどこなのか。そして、ひとりぼっちではないことを。後ろ向きではなく、前向きに走る。自分の足でしっかり地面を蹴って走る。力強く走るその姿をあの世で見ている家族に見せつけて、こんなにも頑張る底力があったのかとぎゃふんと言わせたい。それが家族との別れになることだとしても。仲間と共に走ってきたランが、自分との戦いでもあるランが、いつの間にか主人公を成長させて、自分の足で立つことを教えてくれていた。
自分の足で走り、自分の足で生きつづける。それが「ラン」という物語である。爽快!
絵都さんのサインは宝物。

他のサイン本はこちらをクリック。→「サイン本」
ポチッとお願いします。その一つが励みになります。




comments