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    2008

08.02

「檸檬のころ」豊島ミホ

檸檬のころ (幻冬舎文庫 と 8-2)檸檬のころ (幻冬舎文庫 と 8-2)
(2007/02)
豊島 ミホ

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保健室登校の女友達とのぎこちない友情。同級生と馴染めない、音楽ライター志望の偏屈な女子に突然訪れた恋。大好きな彼とさよならすることになっても、どうしても行きたかった、東京――。山と田んぼに囲まれた田舎の航行を舞台に、「あの頃」のかっこ悪くて、情けなくて、でもかけがえのない瞬間を切ないまでに瑞々しく綴る、傑作青春小説。《背表紙より》

これの前に読んだ「底辺女子高生」のあとがきに、自身の地味な高校生活から、あくまできらきらしたところを掬うというコンセプトで書いたのが本書だとあった。だから、きらきらを期待して読んだ。ええーーっ、どこがきらきらしているの? せいぜい一瞬のきらっしかない。そうか、そうだった。豊島さんの高校時代は底辺だった。地味女子のきらきらと自分が思うきらきらの基準が違うのだ。

でも、これは好きな作品だ。底辺には共感できないが、違う種類のダメな子だったので、なんとなく分かる。ちなみに自分のダメは、遊び呆けたアホというダメである。ここで主人公となるのは、クラスの輪に溶け込むことができない少年少女たち、あるいは、それを見守る大人たちである。いわゆる地味な人たちにスポットを当てている。

彼らの判断基準は自分がすべてである。馴染めそうにないから逃げる。自分は特別だと思っている。だから大人はわかってくれないと思っている。そういう日常の中で、恋と友情に揺れている。そういう若さによる青さが、痛くて痛くて、むずがゆくなるのである。かつての自分に当てはまる部分が、そうさせるのだ。ピンポイントで痛いところをちくちくと突いてくるのだ。

以下は、主人公たちの感情の揺れを中心にとらえた内容紹介。

「タンポポのわたげみたいだね」
サトはあまり教室にやってこない。週に十時間、授業に出ていればいいほうだ。私は保健室の常連客になったサトを訪ねる。私が誘ったところで、サトが授業に出るわけではない。サトは悲しそうに首を横に振る。けれど、「もう来ないで」とは言われない。だから私は繰り返す。返事がわかっていても、サトに声をかける。いつからこうなってしまったんだろう? 私は楽になりたかった。

「金子商店の夏」
いつもクラスの真ん中にいるあいつが俺と話して「面白かった」と言ってくれた。すっかり恋する乙女状態になった。教室の隅で、さえない仲間たちと話しながらも、真ん中からどっと笑い声が起こって、その真ん中にあの男がいるのを見ると、どこか誇らしい気持ちになったのだ。女子と話したことがないような男集団のなかにいて、自分はこいつらと違う。俺は真ん中に行けるんだ、と思っていた。

「ルパンとレモン」
秋元はもう、遠かった。だけど、秋元を見ると、息が止まるように感じられる。秋元にとって俺は今「富蔵の友達」でしかないんだ。なのに、秋元は富蔵と話している時に俺と目が合うと、申し訳なさそうな顔をするのだ。あの顔を見る度、秋元は一応、俺と一緒にいたことを憶えているのだとわかる。秋元が富蔵を悪く思っていないことは確かだった。それをわざわざ俺が、見届けていなければいけないなんて、何て残酷なんだろう。

「ジュリエット・スター」
母さんから珠紀のことを頼まれたのは、おとといの夜だった。下宿内恋愛は禁止である。一つ屋根の下に、うら若き男女が暮らしているのである。親御さんから預かっている子たちなので、絶対に「間違い」があってはならないのだ。だから建物を男子棟と女子棟に分け、間に食堂をはさみ、そこに私かかあさんがいることで通り抜けできないようにしている。今のところ規則を破った子はいない。そんななかで、珠紀は例外だった。

「ラブソング」
私たちはたくさんのバンド名と曲名をあげ、いいよいいよ、めちゃくちゃいいよ、と繰り返し言った。辻本くんは、普通同じ学年の人たちが知らないようなバンドをたくさん知っていた。今流れている音楽を漫然と受信しているような同級生とはまるで違った。私たちは何度も同じ言葉を使った。「好き」とか「最高」とかそういう言葉を。私は、思考のすきまを音楽のためでなく、辻本君のために割くようになった。

「担任稼業」
どうしてこういう時にいいことを言えないのか。ドラマの中の教師だったら、優しく諭すように、効果的なセリフを口にできるはずなのに。投げ出したい。けど投げ出したらいけない。生徒はちょっとくらいサボったって、どうということはないが、教師がそれをやったら即刻クビである。教師なんて、本当にむくわれない。これだけやった結果が「ハゲ」「ムカツク」だなんて、うんざりだ。

「雪の降る街、春に散る花」
佐々木くんと東京なら、私は東京を選ぶ。だってこの田舎には何もないのだ。働く場所も、遊ぶ場所も。のんびりと暮らすにはいいけど、私には足りない。それは漠然とした予感を超え、もはや確信だった。何になるとかどこで働くとかまるで見えないのに、東京に出なくちゃいけない、と思った。そこに行けばきっと何かあると感じたのかもしれない。だけど、佐々木くんにそれを見抜かれていることは、かなしかった。

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豊島ミホ
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comments

しんちゃんのレビューを見ながら
「結構物語の断片は覚えてたなぁ」って思いました。
しんちゃんにとっては「きら」位だったんですね。
高校生のしんちゃん、見てみたい。

なな:2008/08/02(土) 21:48 | URL | [編集]

ななさん
彼らのような卑屈だったり、ウジウジがなかったです。
だから、「きら」で止まっちゃいました。
高校生時代は頭がとうもろこしでした(笑)

しんちゃん:2008/08/03(日) 19:31 | URL | [編集]

こんばんは。同じような田舎の県立高校に通っていたので、何だか余計に懐かしかったです。
金子商店みたいなお店があって、休み時間に抜け出して買い食いしてたなぁ~とか。

エビノート:2008/08/04(月) 22:00 | URL | [編集]

エビノートさん、こんにちは。
うちの学校の側にも、金子商店みたいなお店はありました。
こういうお店はどこにでもあるみたいですね。
もちろん常連でした。^^

しんちゃん:2008/08/05(火) 12:46 | URL | [編集]

これから「底辺~」読もうと思ってるんですが、「底辺~」にはきらもないんですね。
共感できたらどうしよう・・。

june:2008/08/23(土) 12:11 | URL | [編集]

juneさん
たぶん「底辺」はビックリすると思いますよ。
大人しい子ほど大胆ですから。

しんちゃん:2008/08/23(土) 19:16 | URL | [編集]

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「檸檬のころ」豊島ミホ


檸檬のころ 豊島 ミホ 東京から北に電車で4時間半。まわりに何もない町にある共学の進学校・北高。そこを舞台にした連続短編集。 著者があとがきに「私の高校生活は暗くて無様なものでした。…そういう「地味な人なりの青春」を、いつか書きたいと思っていまし

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