明治という時代。二百有余年にわたってこの国を縛り付けていた鎖を自ら断ち、激動する世界情勢の荒波に立ち向かうにはあまりにも幼い大日本帝国。だが、この国の行く末に心砕く人々がいないわけではなかった。彼らを煩悶させる内憂すなわち、国内に充満する不平士族という名の負の勢力。外患はアジアを目指す列強国との外交政策。そんな中、神仏分離令、廃仏毀釈運動により、仏教者にとっての維新とは、苦難の時代を宣言する先触れだった。同時に、それは仏教界存続をかけた、戦いの幕開けでもあった。
能海寛(のうみゆたか)は日本仏教立て直しのために清国にやってきた。まずは重慶へ。成田安輝。重慶の日本領事館で能海を待つ人物の名前である。ただし面識はない。法主よりの新書を受け取る折に、成田安輝という人物を訪ねるようにと厳命されたのである。ただ成田に会えばよい。会えばわかる。そして君はひたすらに拉薩を目指すがよい。己の信じる道を一心に信じ、君は拉薩に行くがよい。本山東本願寺法主よりの新書をダライ・ラマ十三世にお届けしなければならぬ。西蔵仏教に伝わる原点である経典を学び、そしてそれを日本に持ち帰ることがわたしの宿命。西蔵(チベット)へ。聖地・拉薩(ラッサ)へ。
重慶に向かう船中で、耶蘇教布教師たちの会話が聞こえてきた。どうやらこの男ではなかったようだ。やはり、カワグチ・エカイなのか。怪しいのはナリタ・ヤステルであろう。なんとしても密使を突き止めねば。――密使? 密使とはなんだ。なおも声は続く。グレートゲームを制するものこそが、アジアを制するのだ。能海寛のチベット行きは、本人の意思があるなしにかかわらず、当時のアジア大陸における西洋列強、露国等の思惑と戦略、情報戦といったものと無関係ではいられなかった。
案内人の揚用や洪水明、山の民である明蘭や義烏と出会いながら、能海寛がチベットを目指すのが縦軸ならば、アジア大陸における各国のパワーゲームが横軸である。当時のアジア大陸とは、どういう思惑が交差する地であったのか。ロシアにとっては長きにわたる不凍港への憧れを実現させる約束の地であり、欧州三カ国(英・仏・伊)にとっては、地上に残された最後の市場であり、強大国ロシアの南下政策を阻止するためには、譲ることのできない橋頭堡である。そして日本にとっては、シベリア鉄道の完成と共に、ロシアの南下政策は急激に進み、やがて日本国にまで手が伸びるのは間違いなかった。よってどうしても守らねばならない死線といえる重要な地だった。
そういった時代背景ゆえに暗躍する魑魅魍魎。そんな中を、純粋に仏教のことしか頭にない能海がえっちらおっちら旅をしていく。本の帯に、歴史のifに挑む秘史発掘ミステリーとあったけれど、そんな大層に身構えて読む作品ではない。電車もバスもない苦難の道中記に、ちょっとした冒険活劇というエンタメが付随し、列強国に食い荒らされた清国がその舞台になり、その主人公が実在の人だった、というぐらいの位置づけで構わないんじゃないでしょうか。だけど、思っていた内容とはかなり違っていたので、評価は微妙かな。いや、面白くは読めたんだけど、歴史ミステリを期待していたので。
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