2010

01.24

「坂道の向こうにある海」椰月美智子

坂道の向こうにある海坂道の向こうにある海
(2009/11)
椰月 美智子

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朝子と正人、卓也と梓は恋人同士。けれど少し前までは、朝子は卓也と、正人が梓と付き合っていて…。城下町・小田原を舞台に描かれる、傷つき、もつれた四角関係の“その後”。『しずかな日々』『るり姉』で人気急上昇の著者、初の青春群像ストーリー。

「朝のひかり−朝子」
デイサービスに職場を変わって四ヶ月が過ぎた。正人くんとちゃんと付き合うようになって四ヶ月が過ぎたことになる。だけど、付き合う前のほうが断然熱かった。それまで正人くんには梓がいたし、私にも卓也がいた。同僚の飲み会で気が合って、なんとなくそういうふうになった。回数を重ねているうちに、いつのまにか好きとか恋とかになっていた。私たちはそれぞれの恋人に別れを告げて、その別れた恋人同士が付き合うようになった。一体、付き合うってなんだろう。そうなる前のほうがよっぽど恋人らしかったのに。

「小田原ウメ子−梓」
ハローワークの帰り、思い立って城址公園の象のウメ子に会いにきた。卓也みたいに天然のマイペース男を前にすると、自分の本心がわからなくなる。心から卓也のことが好きなのか、それともこれまでにないタイプのやりとりに必死に追いついて、ただその先をいこうとしているだけなのか。そういえば、城址公園で会ったんだった。これがまた、朝子さんに対する憎しみも怒りも特になし。正人に対する怒りも特になし。別れた今も、正人のことは時々ふっと思い出す。まるで弟を思い出すような感覚で。

「新しい年−朝子」
正人くんの家の玄関脇に置いてある棚には、スター・ウォーズのフィギュアが並べてある。この中のいくつかは、お義兄さんから譲ってもらったものだ。だから正人くんは、私の姉とお義兄さんに会ったことがある。そのあとで、姉が母親に余計なことを伝えたらしく、母親は「連れてきなさい」の一点張りで、仕方なく正人くんを紹介することになってしまった。二十八歳。結婚なんて、ほとんど考えたことなかった。今でもまだ早い気がする。ばかみたいな話だけど、私は、正人くんの次の人と結婚したいって、そんな風に思ってる。

「山桜−卓也」
正人は、隣棟にある居宅介護支援センターへ異動となった。だから今までのように、正人と毎日顔を合わせることはなくなった。卓也は、周囲の好奇の目から逃れることができて、少しだけほっとした。いくら鈍感な卓也にだって、自分たちの四角関係を、他の職員がおもしろがっていることくらいはわかっていた。妹の祥子と梓はいつのまにか仲良くなっていた。そういえば二人は同い年だった。同僚で友人の村上冬樹と詳子と梓と卓也。この妙な組み合わせを考えたのは村上で、飲み会に賛同したのは、祥子と梓だった。

「貝の音−正人」
ハタチまで生きられれば御の字です。ちい兄が生まれたとき、病院の先生に言われたそうだ。心臓に疾患があった。それに比べれば多少の知的な問題など、うちの両親にとってみれば、とるに足らない懸念だったろうと思う。いちばん上の明良は小さい頃から、よくちい兄の面倒を見ていた。ちい兄はちい兄で、正人の面倒を見たがった。明良のように、かっこいい兄貴をやりたかったんだろうと今ならわかる。御の字から、十年経った。最近、ちい兄はよくない。今度一回、一緒に会いに行くわ。そんな風に恋人は言った。

「坂道の向こうにある海−梓」
祥子ちゃんは、卓也の同僚の村上冬樹と付き合ってたんだけど、現在まずい状態にある。村上は祥子ちゃんのことが大好きだから、簡単には別れることはできないし、かといって、祥子ちゃんのひと夏のアバンチュールを許せない。祥子ちゃんの誕生日。どういうわけか、四人で祝うことになった。四人というのは、祥子ちゃんと村上、卓也とあたしだ。村上から電話をもらったときから、そんな予感はしていた。待ち合わせ場所に行くのに、卓也は村上に、あたしは祥子ちゃんに、それぞれ一緒に行ってくれるよう頼まれた。

想像していたドロドロはなかった。というよりも、今風の若者らしく淡白だ。四人が視点を代えて、一人ひとりの心理描写や福祉の仕事を中心に語られ、季節を追いながら物語は進行していく。どの人に感情移入するかは、読む人それぞれに任されている。自分的には、無口なマイペース男子の卓也にグッときた。何を考えているのか外からまったく見えない。でも実はいっぱい思っていることがある。上手く口に出せないのだ。こういう男子っている。つうか、自分がそれだ。惚れた梓ちゃん、えらいっ^^;

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    2010

01.23

「リテイク・シックスティーン」豊島ミホ

リテイク・シックスティーンリテイク・シックスティーン
(2009/11)
豊島 ミホ

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ねえ、誰にも言わないでね。あたし、未来から来たの。ずっと無職でさ。二十七なのに、働かないで家でくさってて。人生やりなおしたい、って思った時に、高校からどうにかしたいと思ったのね。だからここに来たの。今度は絶対、青春って言える青春を送るんだあ。高校に入学したばかりの沙織は、クラスメイトの孝子に「未来から来た」と告白された。

ただ、「未来から来たの」を聞いてひとつだけ引っかかったことがある。入学式の時の孝子の態度だ。「あたし、貫井孝子」そう告げて、私が名乗るのを待つ間、孝子は何故か鼻穴を膨らませて笑いをこらえるような顔をしていた。そして、私が「小峰沙織です」と言うと、その顔を一気に崩してふにゃりと笑ったのだ。孝子は既に私を知っていた?

それ以来、孝子は二人だけの時にのみ「未来ネタ」を披露する。妄想でもなんでもいいじゃないか。この子が全力でやり直そうとしてるなら、青春って言える青春を送ろうとしてるなら、それが悪いことなわけがない。そして隣にいる私は、普通の友だちには見せてもらえような面白いものを、見せてもらえるんじゃないだろうか。

人生を変えたいと、青春を積極的に楽しもうとする孝子に引きずられ、地味で堅実な沙織の日々も少しずつ変わっていく。隣の席になった大海くんはアプローチをよこしまくりで、大海くんと仲がいい村山くんとも口をきく関係になり、調理実習、球技大会と学祭を経て、男女四人組はお昼休みに弁当を食べる仲になり、夏休みには海水浴にも出かける。

きらきらした学園生活だが、やがて暗雲が立ち込める。文系か、理系か、自分の進路を決定する文理選択希望書が配られるのだ。沙織の両親は幼い頃に別れ、母は祖母が営む雑貨屋の家業があるのにそれを手伝いもせず夜の仕事をしている。そんな母のような人生にしたくないと、沙織は金銭的に自立できる薬剤師になることを早くから決めていた。

沙織は仲間たちと過ごすうちに、本当にそれでいいんだろうかと心が揺らいでくる。そんな時、四人は職場見学をすることになる。明確な自分の進路のビジョンが見えた沙織らに対し、ただ一人、背を向けてしまう人物がいる。もう一度やり直すと告白していた孝子だ。彼女は逃げるように沙織と距離を取り、四人の関係もぐしゃぐしゃになるのだが……。

読み手によって受け方は違うだろうが、自分は孝子の負のスパイラルがすごく良くわかった。優等生の沙織目線だから、孝子に対してイラッとくる場面がないわけではない。でも、自分ってダメダメ〜と感じた時に、前を向いている存在は煙たい。はっきり言えば、うざい。一緒に暗いムードを漂わせてくれると、それが安心になったりする。

これまでの豊島作品なら、暗い方から明るい側を見ていた。そんな眩しい世界もあるのね、と。だが本書では、明るい側から暗い方を一貫して見ている。手を差しのべようにも、それ以前に距離を置く。ある意味、底辺を知る著者ならではの作品だと思った。休業宣言をした著者だが、最後を飾る小説としてはグッドすぎる。いつになっても次を待ちたい。

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    2010

01.22

「ハーブガーデン」草野たき

ハーブガーデン (物語の王国 10)ハーブガーデン (物語の王国 10)
(2009/10/23)
草野たき

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由美は四年生になって、学童クラブを卒業しなくてはならなくて、そのかわりみたいにお母さんに塾とそろばん教室にいれられた。由美はそのあと、近くの本屋で仕事帰りのお母さんと待ち合わせてから、家に帰る。五年生になった由美がまず向かうのは、雑誌のコーナーで、さくらちゃんは中学生向けファッション雑誌の看板モデルだった。なんて、かわいいんだろう。由美は、すぐにさくらちゃんに夢中になった。さくらちゃんは由美のあこがれになった。

空き地で寝転がってみたのも、もちろん、さくらちゃんと同じことをしてみたかったからだ。そんなとき、見慣れない制服を着た中学生に声をかけられた。おいしいハーブティーが飲める、すごくすてきな場所が、この近くにあるんだよ。さくらちゃんだ。気がつくと、由美はうなずいていた。あこがれのさくらちゃんに誘われて、どうしてイヤだなんて言えるだろう。だけど、期待はつぎの瞬間、あっさりうらぎられた。私は木下綾芽。だけど、すごく似ていた。

綾芽さんにつれられてやってきたところは、ハーブガーデン「すみれ」という小さなカフェだった。アーチをくぐって中へはいると、学校の教室二個分くらいの広さの庭がひろがっていた。ここはすみれさんがひとりでやっていて、それで綾芽さんもお手伝いするようになったのだという。その日も本屋さんに行くと、由美はまずさくらちゃんに会いに行った。明日もさくらちゃん、じゃなくて綾芽さんに会いたいな。放課後、由美はハーブガーデンに通うのだった。

自分の容姿にコンプレックスがあって、かわいい子に憧れる。友達になってもらいたくて、無理をする。でも自分には似合わないと思った途端、我慢して自分から離れる。だけど自分の居場所を守るためなら、それは違うだろうという気持ちでも言いなりになる。良い子ぶってお母さんに言いかえしたい気持ちをこらえる。そして、私は悪くないと、嘘を重ねてしまう。このひりひりした心の声がつらくて痛くてたまらない。

しかし女の子って大変で繊細でヘンな生き物だ。そうして女の子はやがて大人になって女性になる。そんなやっかいなものだから、男にとって、女心はいつまで経っても永遠に謎のままなのだ。うはーっ! 男ってわかりやすい。好きな子に、デブ、ブスなどと、嫌われることを言い続けるのだから。でも、こういう内向的な少女を描くと、著者の右に出る者はいないかも。また締め方も著者らしい。女子なら、共感ある一冊でしょう。

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    2010

01.21

「赤いカンナではじまる」はらだみずき

赤いカンナではじまる赤いカンナではじまる
(2009/10/27)
はらだみずき

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書店員、編集者、出版社営業マンたちの「過去との再会」を描いた恋愛小説集。誰しも忘れられない思い出や、引きずっている過去がある。ある人は待ち続け、ある人は過去を清算し、ある人は過去と向き合って前進し、ある人は逃げてしまったことを後悔し、ある人はかけがえのない思い出に…。ちょっと切なくて、ほんのり温かな気持ちになれる。みずみずしい文章が胸に静かに沁みてくる。そんな優しい一冊。

「赤いカンナではじまる」
その人は涙を流していた。偶然そのとき、同じようにその書店員を見ている男の姿に気づいた。出版社の書店回りの営業マン、作本龍太郎だった。副店長のわたしはその文芸担当の書店員がつくる棚が好きだった。その本たちは決して一冊の本として存在しているのではなく、棚は、棚として完結していた。その当人である保科史江が、まさか辞めるとまで言い出すとは予測していなかった。後日、関西出張で偶然彼女と出会った作本が、意外な秘密を聞き出してくる。

「風を切るボールの音」
サッカーに関する出版物の編集の仕事に就いたのは、五年ほど前のことだった。ようやく念願のサッカーの仕事にありついた。なぜサッカーだったのかといえば、単に、サッカーが好きだったのだ。だが、会う人間、会う人間がサッカー関係者だったりすると、ため息をつきたくなることもある。そんなとき、やはり自分がなりたかったのは、サッカーの選手だったのを思い出す。そういえば、もう何年もサッカーボールを蹴っていない。その日かかってきた電話から、懐かしい声が聞こえた。

「美しい丘」
ある朝、出版社で働く作本のもとに、お世話になった旭川の書店から電話が入った。東京に研修に出る店員を一日面倒みてくれないか、という話だった。東京の主にコミック専門店を見て回らせたいらしい。旭川からやって来たのは、作本を丁寧に客人として扱い、北海道ならではの美しい丘を見せてくれた若い青年だった。作本はそのお礼に彼にも東京の美しい丘を見せてやりたかった。彼には行きたい場所があった。そこでどうしても会いたい人がいたのだ。

「いちばん最初に好きになった花」
出版社で編集者をしているぼくは、ハンディタイプの図鑑シリーズ「野の花」の担当になった。七歳の娘の頭のなかにはどうやら「野の花」がインプットされたようだ。きれいな野の花を見つけたので、花のある場所まで連れて行ってあげる。市民の森のなかに少しばかり入った場所だった。小さな指先の示した場所を見ると、火を灯すようにその赤い花は咲いていた。ぼくはその花の名前を知っていた。彼岸花、別名、曼珠紗華。花を目にして、真菜はやはり自分の娘なのだな、と感じた。ぼくは切ない思い出を回想する。

「最後の夏休み」
大学の四年の夏。大学の友人のなかには、すでに内定をもらっている者もいた。作本はといえば、大学の就職課へも顔を出さずに、掃除機を売るアルバイトをはじめた。バイトが終わると、帰りは大抵マサカズの家へ寄った。同じ境遇の就職が決まらない男の家は、心の平穏を保てる場所といえそうだった。いったい自分は何をしたいんだろう。大人になれば、いつか自分にもやりたいことが見えてくる、そう思っていた。でも、いまだ自分には、何も見えてこない。そんなものだろうか。

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    2010

01.19

「田舎の刑事の闘病記」滝田務雄

田舎の刑事の闘病記 (ミステリ・フロンティア)田舎の刑事の闘病記 (ミステリ・フロンティア)
(2009/11/20)
滝田 務雄

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部下の白石の無能ぶりに卒倒し、病院に運ばれた黒川刑事。折しも入院病棟では、不審者が頻繁に病室に侵入しているらしい形跡が見られ…。表題作「田舎の刑事の闘病記」をはじめ六編を収録。田舎でだって難事件は起こる。鬼刑事黒川鈴木、今日も奮闘中。猿を追いかけ、蜂に追いかけられ、奥さんと台湾旅行に出かけて散々な目にあう黒川、今回は殺人事件にも遭遇します。お待たせしました、ミステリーズ!新人賞受賞作家による、待望の脱力系ミステリ・シリーズ第二弾。

「田舎の刑事の夏休みの絵日記」
たださえ暑い夏の日の午後。黒川刑事がなにげなく窓から裏庭を見たら、部下の白石が子ども用のビニールプールを出して行水をしていた。逃げ出した白石は近くの川を下流に向かって泳いでいた。鬼の形相で追跡する黒川だったが、二人は不審者に間違われて逮捕されてしまう。捕まえたのは管轄外の狛沢刑事。その後、黒川たちが追いかけっこしていた河原で死体が見つかった。容疑者は狛沢刑事。狛沢は双子の兄弟で、二人とも刑事だった。

「田舎の刑事の昆虫記」
ハチの研究施設からミツバチの巣箱が盗まれた。黒川刑事は過去に同種の事件がこの近くにあったことに目を留めた。ミツバチ研究の専門家である大学教授の自宅で火災が起きて、一人暮らしの教授は温室の中でハチに刺されてショック症状を起こして死亡していた。そこに犯人が逮捕されたと連絡が入った。容疑者の青年は、亡くなった教授からハチを盗んだという研究主任が、自分に罪を着せるために自作自演をしたのだと主張した。

「田舎の刑事の台湾旅行記」
黒川の妻が雑誌の懸賞でペアの台湾旅行を当ててしまったのが、彼の不幸の始まりであった。故宮博物院を観光して、たっぷりとお土産を抱えて売店を出たところ、日本から同じ飛行機に乗っていた白人夫婦が血相を変えて学芸員に話しかけていた。夫婦の子どもが誘拐されていた。そこに人質になったジミーくんからメールが届いた。閉じ込められた建物の窓から、「Welcome to Japan」と日本語で書いてある大きな看板が見える、と。

「田舎の刑事の闘病記」
白石を説教中に黒川は床に倒れふした。神経性胃炎は軽かったとはいえ、それでも三日ほど入院することになった。どうも入院患者が部屋を空けている間に、何者かが侵入した形跡が窺えるようなことが、たびたび起きていた。不倫スキャンダルで騒がれている時代劇俳優。窃盗事件が起きたビルを清掃していた職員。連続ビル荒らしが起きるビルのカルチャースクールに通っていたおばあちゃんと孫娘。黒川はこの三人の入院患者が気になった。

「田舎の刑事の動物記」
町は山から下りてきた野性のサルによる問題に悩まされていた。動物行動学の大学教授がいうには、ボスザルをこらしめて山奥に追い返せば、サルの群れは人里からいなくなるらしい。そのボスザルがスーパーに現れ、教授が追いかけたところ、屋上でサルは殺されていた。この変人教授、自分がサルを殺した犯人ではないというはっきりした証拠を見せられないうちは、どうしても取調室を出ないと居座ってしまった。

「田舎の刑事の冬休みの絵日記」
不法投棄をおこなっていた業者が摘発され、有害物質も投棄されているのが見つかった。不正軽油を生成してミニロータリーで販売していた男がいたのだ。その男が別件で逮捕された。男のミニロータリーは廃車手続きされており、ミニロータリーばかりが集められている廃車置場に置かれていることが判明した。その廃車置場が何者かに爆破された。どうやら男はこの大事件のアリバイを作るために、軽微な犯罪でわざと逮捕されたようだ。

前作は、めちゃくちゃツボに嵌った記憶がある。だが二作目となる本書はイマイチ乗れなかった。もちろん黒川の妻のブラックさは健在だ。黒川を皮肉って、イジメて、陥れようとして…。夫の黒川に何を望んでいるのだ、という黒い笑いが楽しめる。天敵の白石のアホぶりも全編に散りばめられ、吹き出す場面も何度かあった。でもトータルで見ればすべっている印象が強い。シリーズの二作目にありがちな狙いが空回りする悪いパターンだ。面白かったという前作に対する思い入れが記憶の刷り込みになった可能性はある。だが、期待したほど笑えなかったのは事実。それでもこの著者なら次はやってくれるだろう。そういう願いを込めて、次回作に期待したい。

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    2010

01.17

「化身」宮ノ川顕

化身化身
(2009/10/22)
宮ノ川 顕

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日本ホラー小説大賞受賞作「化身」(ヤゴを改題)に、書き下ろし「雷魚」「幸せという名のインコ」を収録。

「化身」
適当な理由をつけて会社に一週間の休暇を申請すると、ろくな着替えも持たずに空港に向かった。まさに悪夢だった。はるか南の島の生い茂る熱帯雨林の真っ只中で、地図にも載っていないような池に落ちたきり上がれなくなってしまったのである。何かの原因で地面が陥没し、そこに水が溜まったのだろうか。足がかりになる凹凸や亀裂はどこにもなく、おまけに上部に行くほど内側に向かってせり出しているから質が悪い。死にたくないというより生き延びたかった。やがて、安定した食料の確保に成功し、果実で酒造りを覚え、身体がより水に適合していくのに従って、両手両足の指の間に水掻きが形成され、身体の全身に苔が生え始め、いつの間にかこの池における生態系の頂点に君臨していた――。

「雷魚」
口裂け女の噂が広まったのは、康夫が小学校六年生の初夏のことだった。かつては附近の農業用水に利用していたという溜池がある。わずかな時間だったが、康夫はその姿形をはっきりと目に焼き付けた。雷魚は少なく見積もっても一メートルはあった。けれども、釣り上げるどころか姿すら見えなくなり、そのことが原因で、級友から嘘つきと呼ばれた。以来、雷魚を釣るために本格的に池に通うようになった。その女のひとは、村の人間でないことはすぐにわかった。女のひとはお祭りが終わる頃までここにいるという。何日かに一度会うと色々な話を聞かせてくれた。いつしか雷魚を釣ることよりも、女のひとに会うことを楽しみにするようになっていた。女のひとは会うたびに痩せていった。

「幸せという名のインコ」
オカメインコにハッピーという名前を付けたのは、娘の由紀だった。自営のデザイン事務所は年々経営が苦しくなるばかりだった。さらに由紀も再来年には高校に入学する。そんな状況の中で、小さな一羽のインコとはいえ、ペットを飼うことは、やはり容易なことではなかった。だがハッピーは完全な家族の一員になった。とにかく人間が大好きな鳥である。そしてハッピーは驚くほどおしゃべりの能力に長けていた。ハッピーが聞きなれない声でしゃべったのは、妻の亜矢子と言い争った日の夜のことである。ハッピーは確かに予言したのだと思っている。それ以来、インコの宣託に頼るだけの生活を送るようになった。ハッピーは自分の家族を救うために、その力を行使しているのだと思いたかった。

ホラーというよりも、幻想的な文学作品のような印象を受けた。三作とも、同じような日々を繰り返すところ、気がつけば後戻りできない精神状態に陥いるところはワンパターンで、そこは残念ながら単調と言える。だが飽きを感じさせない流暢な文章や、その後の変容ぶりを買いたい。また異界との境界線にいるような雰囲気作りもデビュー作とは思えないぐらい達者だった。今後は既視感のない作品をいかに上梓できるか。そこに大きく化けるかどうかの鍵があると思った。その期待値は高い。

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    2010

01.15

「戦友の恋」大島真寿美

戦友の恋戦友の恋
(2009/11/27)
大島 真寿美

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石堂玖美子は生前、何度か、私のことを、佐紀は友達じゃないから、と言った。玖美子が佐紀の生みの親でもあるし、育ての親でもあるし、佐紀が玖美子の生みの親でもあるし、育ての親でもあるし、友達ってだけの関係じゃないと思う。そんな簡単な言葉に当てはまらない。当てはめたくない。戦友? たしか玖美子が亡くなる一年くらい前だったと思うけど、半分酔っぱらった勢いでつぶやいたことがあった。

あなた、絵はとてつもなく下手だけど、ストーリーはなかなか面白いと思うのよ、原作者としてやってみない? 大学を卒業した後も就職はせず、漫画家を目指してバイトで食いつないでいた佐紀にかかってきた一本の電話が石堂玖美子との関係の始まりだった。その日、山本あかねという本名を捨てて、先へ先へって、山本佐紀になった。そういう冗談みたいなノリがその頃から私達にはあった。

玖美子は、新米だったけれど、すごく勉強家で努力家で、佐紀の面倒をよく見てくれた。玖美子を信じて書き続けることにした。玖美子が先に信じてくれたんだから、佐紀が信じるのは当然だった。気づけば看板連載の一つに化けていた。二十代は、怒涛のように過ぎて言った。仕事が順調で、楽しくて、打ち合わせと称して、相変わらず二人で飲み歩き、とはいえ、どちらかに好きな男が出来たりすると、優先順位はそっちに移行した。

最後に玖美子にあった日、彼女は頭痛を訴えていた。人間三十五年も生きてくると身体も変化してくるのかしらと鬱陶しそうな声で囁いた。病院へ行った方がいいよ、と今度は佐紀が忠告した。行くよ、と玖美子は答えた。でも、結局行かなかった。行かないで死んでしまった。戦友と呼べる特別な存在を失った主人公の再生の物語であり、ふたりの女性に関わる仕事や人間関係などを描いた六つの短編からなる連作短編集だ。

玖美子が男と別れた後も交流を続けていた息子のワタル。玖美子に心酔していた新担当編集者の君津。別れた後もずるずる友人関係らしきものが続いていた太刀川。祖父の風呂屋で働く看板娘の美和。二十年ぶりに偶然再会した同級生の木山達貴。ライブハウスのオーナーの律子さん。そうした人々とのふれあいの中で、玖美子がいなくなった年月を噛み締める佐紀は、玖美子が消えた穴を一つの言葉にしようとするがそうそう見つからない。

やがてスランプに陥り、玖美子とはじめた自分の夢とは違う漫画原作者の道を突き進むことへの疑問、心細さに、逃げ出したくなってしまう。そしてどうしたって戻らない、たった一人の戦友を想うのだった。でも自分一人で歩んでいかねばならない。生きてゆかねばならない。長く続いたスランプから脱出した佐紀を見て、ある人はこう告げる。ようやく長いスランプを抜けたのではなく、ようやく長い長い喪中を抜けたんじゃないかと。

担当が君津から新人編集者の女の子に代わり、佐紀は彼女が買っているまだデビュー前の漫画家の女の子と組むことを引き受ける。そこには、一人の新人漫画家を見出した一人の編集者の熱い想いが透けてみえていた。共に歩んで行きたいという若い二人に、それから未来そのものへの情熱。当然思い出す。玖美子と佐紀。かつての自分達の姿を見つけ、やっと再生を感じられるのだった。そうして見ることのできた日常の風景に、胸が熱くなる。面白かった。

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大島真寿美
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    2010

01.14

「扉守」光原百合

扉守(とびらもり)扉守(とびらもり)
(2009/11/25)
光原 百合

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山と海に囲まれた古い港町・潮ノ道市。ここの住人たちが次々と不思議な現象に見舞われます。古い館が立ち入られるのを拒否したり、大人しい女の子が急にはっきりと自己主張するようになったり。このミステリーを解くのが、町の世話役的存在である僧・了斎が招き入れた、不思議な霊力を持つ魔法使いたちです。それは人の怨念を吸い取るカメラマンだったり、もつれた愛情をほどく編み物作家だったり。彼らの活躍と振り回される地元の人々の怒鳴り声や足音が聞こえてくるような、ファンタジックな連作短篇集。《出版社より》

大学生の由布は、伯母の小さな飲み屋でバイトをしていた。その日、常連客の橋本さんがお別れの挨拶にやって来た。一人暮らしを心配する茨木で所帯を持った息子と一緒に暮らすことにしたそうだ。伯母の店の奥には、屋根も釣瓶もちゃんとついた井戸があった。この井戸の水には不思議な言い伝えがあった。潮ノ道を出るときにこの水を飲んでおけば、必ずもう一度、ここに戻ってこられる。浜中さんはぐい呑みを取り上げ、両手でおしいただくと、ゆっくりと飲み干した。「帰去来の井戸」

小学三年生の三咲は、劇団「天音」の熱心なファンだ。天音が公演するのは普通お芝居とは無縁な場所だった。天音のみんなはその場の物語に耳を傾け、そのままお芝居にしているのだ。噂の舞台は、古い洋館だった。住む人がいなくなって久しいらしい。長いこと放置されたままだったが、とうとう処分すると決まり、解体作業が始まった。ところが作業はいくらも進まないうちに中断した。出るというのである。二階からどんどんと激しく足を踏みならすような音がする。「天の音、地の声」

青年は右目をくしゃりと細め、相手を見た。セーラー服姿の女子高生だった。不意に少女の表情が変わった。幼い顔立ちがにわかに妖しく大人びたようだった。セルベルという店の存在に、雪乃はその朝はじめて気づいた。その背の高い青年の姿がかいま見えたとき、自転車のハンドルがそちらを向いたのだった。まるで自分の中の誰かが勝手にそうしたように。ミ、ツ、ケ、タ。頭の中でそんな声が聞こえた気がする。雪乃は周りの思惑に振り回されてばかりいた。それがはっきりと自己主張するようになった。「扉守」

旅人は持福寺の山門をくぐった。住職の了斎と絵師の行雲は長いつきあいだった。座敷の畳が見えないほど広げられた色紙の中のひときわ古びた一枚だった。高校生の早紀は、行雲が描いた絵の中に若い男の人がいるのを見た。しかし確かに見えた人影はいなくなっていた。その絵に魅せられた早紀は、持福寺に通うようになった。まるで絵が生きているみたい。もしこの絵が生きているのなら、こんな絵の中で生きていられるなら。私もこの中に――。早紀の姿は、行雲の絵の中に入っていた。「桜絵師」

祥江は晃代とは親友のつもりだった。夫とのすれ違い、夫の両親や親類との付き合いのわずらわしさ、育児の辛さ。晃代の愚痴メールを読んでいるとひどく気がふさぐ。職場の先輩である彼には、会ったときからすでに妻がいた。つい一線を越えてしまったことを悔やんではいない。でも彼の奥さんが羨ましい。晃代からのメールがうっとうしくなったのもその頃からだった。妙に艶っぽい声がした。若者に写真を撮られると、心の中で何かが弾け飛んだ。菊川は厄介な想いの気を吸い取るフォトアーティストだった。「写想家」

大学生の友香は、その女性をなんとなく見ていた。そのとき、まどろむ女性の脇におかれた布袋から、何かがまるで自分の意思を持つかのように飛び立った。その傲岸不遜な女性の名は新久峰亜夢といい、その筋では有名な編み物作家だった。どんなものでも使って、なんでも編んでしまうという。袋の中から飛び立ったあれは、不幸にも出産中のとき、母子共に命を落とした赤ちゃん用の靴下だった。本来は存在しない想いが形を得て、どこにもいない母親を探して動き出したらしい。「旅の編み人」

今日は神崎零ピアノコンサートの日だ。主催スッタフとして静音は張り切らずにはいられない。神崎零は、幻のピアニストと呼ばれているアーティストだ。常に全国を演奏旅行に回っている。零のコンサートに帯同してマネージャーの仕事も兼ねているのが、零の専属調律師である木戸柊だった。静音は、零と柊に関わるようになってからピアノに興味が出てきた。静音の家の応接間にはピアノが置いてある。この数十年というもの誰一人弾いたことがなく、音を出すこともできないピアノだった。「ピアニシモより小さな祈り」

山と海に囲まれた階段の町では、不思議な現象と共存しているかのようだ。著者はあとがきで故郷の尾道をモデルにしたとバラしているが、歴史ある町並みが情緒豊で、幻想的でも身近に感じることができ、切なさがありつつ優しくて、脳裏に浮かぶ映像的にもとても美しい作品だった。これまでデビュー作から三冊しか読んだことがなく、その時にいいかもと思ったけれど、薄味の印象しか残らかった。読まずにいた間に大化けしているじゃないか。これはすごいぞ。続編、きぼう〜! また尾道という階段の町に興味深々。

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    2010

01.13

「まほろ駅前番外地」三浦しをん

まほろ駅前番外地まほろ駅前番外地
(2009/10)
三浦 しをん

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多田・行天コンビが主人公の人気シリーズ『まほろ駅前多田便利軒』のパート2は“番外地”と銘打って、多田・行天の物語3篇に加え、本篇の脇役が主人公となる短篇4篇を収録。若き地元ヤクザ星良一、生意気小学生の田村由良のほか、意外な人物もフィーチャーされます。面白さも更に増しての待望の新刊、どうぞお楽しみに。《出版社より》

忘れてる……。何を? ほとんどと言えるかもしれない。便利屋の多田便利軒を営む多田と、そこに居候する変わり者の行天、彼らに一時は飼われることになったチワワと、そのチワワを引き取った娼婦のルルとハイシー。ここが記憶の限界だった。直木賞を受賞した前作は買って読んでいたので、本棚から引っぱり出せばすぐにおさらいができる。でもそれをしない自分がいた。なんとかなるだろうと。

「光る石」
多田便利軒に依頼者がやって来た。信用金庫に勤めている宮本由香里は、去年、駅前支店に異動になり、中学の同級生だった武内小夜と、同僚として再会した。由香里は結婚が決まっていて、エンゲージリングの下見に小夜を誘った。由香里はいいと思える指輪を見つけ、婚約者に0.45カラットのリングを買ってもらった。その後、小夜が婚約者から買ってもらったエンゲージリングは、同じデザインの、0.75カラット。便利屋さん。私もうこれ以上、あの女がエンゲージリングをしてるところを見たくないんです! 

「星良一の優雅な日常」
星良一がマンションの部屋を購入しようと決めた最大の理由は、まほろ自然の森公園に近いことだった。星は毎朝、ジョギングする。星は知っていた。夜の公園で薬を売るヤクザ。その薬をのこのこ買いにくるガキ。ヤクザの仕事場で横合いからカツアゲするチンピラ。どいつもこいつも、頭が悪すぎる。だが、商売の好機をつかんだとも言える。晴海は星の部屋に入り浸っていた。晴海は未成年だ。裏の世界にどっぷり浸かりきった男の部屋で過ごすことは、環境としては最悪だろう。

「思い出の銀幕」
曾根田菊子は父親と二人だけで映画館を切り盛りしていた。敗戦から二年が経ち、ひとも町も活気を取り戻しつつあった。だが許嫁は戦争に行ったきり帰ってこない。新しい生活を切り開く勇気がない。ただ待っているだけ。彼を本当に好きなのか、いまとなっては定かではないのに、生活が変わる日を待っていた。ある日、チンピラに追われていたヤクザのような男を助けた。菊子は恋に落ちた。その矢先、婚約者がシベリアから復員してきた。曽根田のばあちゃんが若かりし頃のロマンスを回想する。

「岡夫人は観察する」
岡夫人には近ごろ、三つの心配事がある。庭の椿の木に元気がない。夫は年々、気むずかしさに歯車をかけている。横中バスにほとんど恋をしているのではあるまいかと思われるほどに、バスの運行状況に目を光らせる日々だ。まほろ駅前にある多田便利軒を、夫は数年来、贔屓にしている。依頼内容はいつも同じ。庭しごとをするかたわら、横中バスの運行状況を監視せよ。岡夫人の楽しみは、多田が立ち働くさまをひそかに観察することである。最近の多田と助手の様子がなんだかおかしい。喧嘩でもしているようだ。

「由良公は運が悪い」
その日は休日だったので、田村由良は寝坊した。小学五年生ともなると、なかなか忙しい毎日だ。週に五日も塾に通い、当然、平日は小学校で授業を受けている。今日は両親と出かける予定だったが、二人とも仕事が入り、母親が置いていった三千円のお小遣いを持って駅前まで出かけた。由良はそこでギョーテンにつかまってしまう。由良の母親は以前、便利屋を営む多田という男に、塾から家まで由良を送り届けるよう依頼した。でも問題は、助手のギョーテンだ。由良は奇怪なギョーテンが苦手だった。

「逃げる男」
依頼内容は故人の遺品整理。その古ぼけたアパートの部屋は魔窟と呼べる有り様だった。余人には計り知れない美意識によって、ものが蓄積されている。依頼人の柏木亜沙子は、キッチンまほろグループの社長だ。二週間ほどまえに先代社長が急死して、専務だった妻の亜沙子が跡を継いだ。先代社長の名前は、柏木誠一郎。六十八歳。ちなみに亜沙子は、三十二歳。二年前にずっと年下の妻を捨て、せっかく建てた大きな家を出て、柏木誠一郎はなぜ、あんな埃っぽい、がらくたまみれの部屋で暮らしていたのか。

「なごり月」
田岡という男から電話がかかってきた。妻がインフルエンザに罹ったが、間の悪いことに、今日から一泊で出張しなければならない。わたしが帰るまで、妻と二歳の娘の世話をよろしく頼む。そして冷蔵庫に入っている健康食材以外は使わないよう言い含められた。多田はなんとか料理らしきものを作り上げ、女の子に食べさせていると急にぐずりだした。飯粒と唾液でべたべたになった手を振り回す。行天の様子が尋常ではない。ぶっ殺されたくなかったら黙れ。はじめて見る行天の姿に、多田は混乱した。

前作の記憶がないまま読んでみたが、なんとかなったかも。規則正しい生活を好むアウトローの星、バスの運行状況に執着する岡老人、塾通いで忙しい由良公など、なんとなく思い出すことができた。そして今回初登場する柏木亜沙子への多田の執心が、続編の存在を期待させるのだ。元々行天は謎の男だが憎めない駄目人間だった。それが最終話で、わけのわからないトラウマを抱えていたと提示される。その中途半端な締め方が、読後感をひとつ下のものへと落としていたように思う。そこがもったいない、と思った。


所蔵三冊目となる三浦しをんさんのサイン。

三浦3

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三浦しをん
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    2010

01.12

「ビッチマグネット」舞城王太郎

ビッチマグネットビッチマグネット
(2009/11/27)
舞城王太郎

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なんだか妙に仲のいい、香緒里と友徳姉弟。浮気のあげく家出してしまった父・和志とその愛人・花さん。そして、友徳のガールフレンド=ビッチビッチな三輪あかりちゃん登場。成長小説であり、家族をめぐるストーリーであり、物語をめぐる物語であり…。ネオ青春×家族小説。《出版社より》

お母さんの心をかじっているのはお父さんと弟の友徳で、お父さんは浮気癖状態だった。お父さん曰く、毎日カレーばかりだと飽きる、とか、思い返すのもうんざり。そういうのを赦すお母さんを見ていたせいで私は恋愛と結婚は馬鹿のすることって思い込んでいた。友徳は反抗期だった。でもお父さんとは違って友徳のことは好きだ。親なんて先に死ぬ。再婚してしまえば私以外と新しい家族を作る。一人にはなりたくない。姉弟ならば、そばにいさえすれば関係は壊れない。私は中学生になってもひとつ下の友徳と同じ布団に寝ていた。私たちは布団の中で沢山話をする。学校の話。友達の話。変な作り話。

姉の香織里が中一のころから就職して一年目というあたりまで、彼女の成長や家族の変容が描かれている。香織里は家族を捨てた父を憎みながら、何でも深々と考え、謎の衝動にかられて意味不明な言葉を言う。弟の友徳は面倒な女の子ばかりに好かれてしまう。彼が付き合うことになる三輪あかりは、安全な位置を確保しながら周囲を巻き込んで混乱させていくような女の子だ。大学生になった友徳は一人暮らしを始め、香織里は消極的なお母さんと二人きりの家が憂鬱になり、急ごしらえで彼氏を作ってみれば、家を出たお父さんと七年ぶりに再会する。しかも愛人付きで。さらにその花さんとは気が合って仲良くなる。

非常にアンバランスな家庭でも、それが日常化している。十八歳のときに漫画を描いてみることにした香織里は、まったく描けないことに唖然とする。彼女は自分に問いかける。私の中に物語はないの? 物語ってどうやって創っていくんだろう? 物語を生み出すに足る経験ってどこでどうやって手に入れられるんだろう? 大人になった香織里は自分なりの答えを得る。産まれて育っていろんな人に出会っていろんなことを知ってその人が出来上がっていく。いろんな物語を身にまとう。両親や弟や愛人など、誰にでも、自分自身にも物語があることに気づきくのだ。

深刻な設定なのに暗さを感じさせず、ひたすらポップにどこまでもあっけらかんとスピーディーに展開していく。熱心なファンではないが、デビュー作「煙か土か食い物」でも家族を描いていたことを思い出した。もっと異常で無茶苦茶で一応ミステリで、文字がまるでお経のようにぎっしり詰まっていたと記憶しているが、作品の雰囲気はこんな感じだったかも知れない。本作はそれらよりも文学色が強いと思っていたら、芥川賞の候補にノミネートされていた。ひょっとしたら、あるかも。いつか読もうと買って積んでいる舞城作品だが、これをきっかけに読むことになるかもね。

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舞城王太郎
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