2008年07月15日 (火) | 編集 |
![]() | 銀河不動産の超越 (2008/05) 森 博嗣 商品詳細を見る |
毎日が気だるい。これまでの人生は、なんとか危険を避け、そんなに頑張らなくても生きてこられる道をあらかじめ吟味して、言い換えれば、怠わけられるだけ怠わけて過ごしてきた。しかしながら、就職活動でことごとく惨敗が続き、ここだけはやめておけ、と言われた銀河不動産へ就職する羽目になった。
銀河不動産は、下町の商店街の一番端にある。六十五歳になる銀亀元治社長は気力の人で、大人しい事務員の佐賀佐知子は四十代だと思う。銀河不動産の三人目の社員が、私こと高橋だ。ようするに、現在三人しかいない。私としては、銀河不動産が存続するかぎりは、ここに勤めていたい。なにしろ、居心地が良い。社長はやや偏屈ではあるが、悪い人ではない。佐賀さんも、もちろん良い人だ。仕事量は少なく、私のような虚弱な人間には、おあつらえ向きといえる。
その客は、ある日の午後に現れた。間宮葉子という地元の大金持ちの夫人である。私は彼女をある物件に案内したのだが、彼女はそこを買う代わりに、そこに私が住むように、という条件を提示したのだ。賃貸料は五万円と破格に安い。私は成り行きで引っ越すことになってしまった。ただ、そこは一戸建てで、しかも部屋が異様に広すぎるので、部屋のコーナーに、自分のものをまとめて置くことにした。炬燵、冷蔵庫、敷きっぱなしの布団。全体の面積の三パーセントだけが、私の住居空間になった。
ぼつぼつと銀河不動産にお客たちが訪れる。ミュージシャンの丹波さんを連れたまま忘れ物を取りに家に寄り、新居が火災にあった芸術家の山田さんと島田さんの女性二人を臨時的に部屋へ住まわせたり、高齢者向けのアミューズメント施設を始めたいという池谷さんは何故か我が家でジェットコースタを組み立て出し、その池谷さんの娘である登美子さんが突然やってきてなんとなく流れで同居することになり、その彼女は、とても可愛らしく、優しい人で、さらに、私と結婚したがっているのである。この広い部屋を借りたことが、人生のすべてのきっかけになっていく。
いい意味で力が抜けていて、つかみ所がないのに、状況だけは加速しながら展開していく、という、巻き込まれタイプのような作品でいて、実は優柔不断な主人公がお人好しをした結果に基づいている。いわば、わらしべ長者ならぬ、成り行き長者のような作品だ。そして、作品の設定上、主人公に欠落しているものを、周りの人たちが代弁するような言葉や、その人たちの多少強引な行動力もありながら、成り行きに身をまかせるが、それをしたということが、努力だと言っている。私は、私なりに努力したと。こういう姿勢は世間では認めてくれないだろうが、実際に、こういうことが起こったらちょっと面白いだろうな。夢があって、ハッピーな気持ちになれる。そんな一冊であった。
2008年07月14日 (月) | 編集 |
![]() | 生まれる森 (講談社文庫 し 75-3) (2007/05/15) 島本 理生 商品詳細を見る |
主人公のわたしは、同じ学科の加代ちゃんが夏休みの間は実家に帰っているというので、彼女の一人暮らしの部屋を借りることにした。深い森に落とされたような予備校の先生だったサイトウさんとの恋に、一方的に別れを告げられ、心のどこかで、新しい生活が始まれば彼のことなんてあっという間に忘れてしまうだろうとタカを括っていた。けれど実際は、未だにあのころの夢に捕まったまま途方に暮れていた。
そんなある日、だれにも話さなかった秘密を唯一打ち明けた高校時代の友人、キクちゃんからキャンプに行かないかという誘いを受けた。そのキクちゃん一家は、ガテン系のお父さん、バンドでボーカルをしているという中学生の弟の夏生君、区役所勤めの公務員だという兄の雪生さん、そして、同級生のキクちゃん。彼ら兄妹との関わりを通じて、わたしは少しだけ前へと一歩を歩み出す。
サイトウさんとの関係がよくわからない。離婚した四十歳の予備校講師が、高校生の生徒に優しくされたからといって、同じ部屋に泊まったり、抱き合ったり、一緒にお風呂に入ったりするけれど、体の関係はもたない。野獣になれとはいわないが、この男の精神構造が理解できなかった。いや、理解なんてしたくもないけど。とにかく最低な男だということだけはわかった。
その最低男との失恋で壊れてしまって、ぐちゃぐちゃになってという回想場面をまじえつつ、キクちゃんの兄の雪生さんが静かに温かく優しく主人公を見守る。その雪生さんが主人公を思う姿には恋心があると見え見えなのだが、このじれったさがたまんない。その弟の夏生君も、主人公のバイト先に顔を出したり、バンドのテープを渡したり、という距離感をキープしつつ、さり気なく姉の友人の前に現れる。中々愛いヤツなのだ。
そして、キクちゃん。高校時代にはあまり接点はなかったが、何故か突然仲良くなったという唐突感はあるものの、彼女がすごくかわいかった。どこか飛んでいるようで、私には友達が野田ちゃん(主人公)しかいないと言っているが、根っこの部分がすごく真面目で、男遊びも激しいようでいて、主人公にまっとうな意見を語ったりする。アンバランスなようでいて、主人公のことを本心から心配している。それに彼女の兄弟を見る目が、すごく仲良しなんだとこちらに伝わってくる。
主人公が捕われた森から脱出するという作品なんだろうが、途中からは、キクちゃんしか眼中になくなってしまった。「キクちゃん、わたし、どうすればいいんだろう」「私の胸で泣く?」 こういう男前なキクちゃんのような女の子は、どこかにいないかな。おっとっと、話が大きくずれてしまった。作品としても面白かったし、そしてなにより、キクちゃんがかわいかった。やはりそっちかよ(ヲイ)
2008年07月13日 (日) | 編集 |

渋谷ビター・エンジェルズ (ミステリーYA!)
シングルマザーの母親となんだかうまくいかない響、イケメンへの初恋でどうしたらいいのか分からない恵、初めてできた彼氏に絶対いえない秘密のある優香、妙な妄想に悩まされる健斗…、彼らの前にあらわれる天使たちは、ギャル男で、オカマで、ダンサーで、オバサンだった? 渋谷の天使たちとの、笑えて泣ける物語。《本の帯より》
シングルマザーの母は女手一つで私を育ててくれた。母はもともとキャリアウーマンだったから、私は小学生の頃から家事にいそしんだ。掃除はもとより料理なんか、今ではヘタな主婦よりもうまくできる自信がある。中学から私立の女子高に入って、お弁当になってからは、母親の弁当まで一緒につめてやる。だけど、時々、母親に対して無性にムカつく。普通の母親だったら、小学生の頃からまるで主婦みたいに働いている娘に感謝したり、ただの一度も母親らしいことをしてあげられなかった自分を反省したり、謝ったりするもんだろ。そう、心の中で罵倒しながらも、毎週お決まりの渋谷への買い物に響は母と出かけた。その響の前に天使が現れた。おっさんだけど、ギャル男の格好をした天使が。
心にくったくや悩みがある少女たちが、渋谷の街で風変わりな天使たちと出会う。その天使は強烈な個性と緩さでもって、少女たちの悩みを解消するサポートをする。という基本を同じくした作品集だ。キョーレツな母に対してわがままを言えない少女、初恋からくる体型などのコンプレックスに悩む少女、人とはあそこのカタチが違うんじゃないかと心配になる少女、頑張りすぎて妄想のネガティブ・スパイラルにはまる少年、そして、自分を出せずに受け身でいつづける元少女。
内容はマンガ的な展開でわかりやすい。天使たちの軽さもまあいい。出来すぎのラストも許容範囲。しかし、少女が話すギャル語だけはついていけなかった。とくに二話目の少女はキツかった。これだけはテンションの高さに自分の年齢が拒否反応を起こした。それともう一つ、本書はミステリYAシリーズだけど、どこがミステリになっているのかがわからなかった。
この作品がけっして嫌いではない。むしろわかる。大人から見ると取るに足らない悩みだけど、少女たちにとっては重大な悩みであったりする。これには共感できたとも言える。とくに三話目の性については、わかりすぎて、わかりやすすぎて、いろんなことを思い出した。本書の少女は、くらべっこはしなかったけれど…。つうか、これ以上は書けない。いや〜、あの頃は若かった。
とにかく、軽く読めるが共感できて、少しだけ痛くて、思春期の青さがちょっぴり恥ずかしくて、そして、あんなこともあったなと懐かしくもなれる。少女のギャル語さえクリア出来れば、十分に楽しめるんじゃないだろうか。ミステリとしては認められないが、思春期ものとしてならグッドだった。
2008年07月12日 (土) | 編集 |
![]() | 忍びの国 (2008/05) 和田 竜 商品詳細を見る |
人間離れした技ばかりが、忍びの術ではない。親兄弟すら欺き、ひたすら出し抜くこと。でなければ、生き残れぬ。戦国大名不在の国、伊賀国に織田軍一万余が攻め込んだ。「その腕、絶人の域」と言われる忍びの無門は想い女のお国を連れて敵前逃亡をはかるが……。歴史時代小説の枠を超えた面白さと圧倒的な感動に包まれる傑作長篇。《出版社より》
天正四年。この時期の伊賀の国では、戦国大名が不在の中、六十六人の地侍たちの間で、伊賀惣国一揆なる一種の同盟が結ばれていた。その第一条には、他国の者が当国に入った際は、惣国一味同心してこれを防ぐこと、と掲げられ、この六十六人の地侍から選出されたのが、十二家評定衆と呼ばれる十二人の地侍たちであった。
主人公は伊賀者の無門。上忍の命を受けて、忍び働きをする下忍。いわゆる忍者である。十二家評定衆の一員である百地家はおろか伊賀一国のうちでも「その腕絶人の域」と評された百地三大夫秘蔵の忍びである。他国の大名もこの男を雇うのに、三大夫に対して大金を支払った。ただ、非常ななまけものである。腕が良いのをいいことに、主の三大夫の下知もここのところ断りさえしていた。
無門には二年前に西国の安芸国から盗み出したお国という女がいた。ただ、お国は侍大将の娘という実家並みの生活にこだわり、彼女にとって関心があるのは無門の稼業ではなく、その稼ぐ額であった。そのお国の尻に敷かれた無門は、お国のご機嫌伺いのための小銭欲しさに、十二家評定衆の一員であり、小競り合いをする下山甲斐の次男を殺めた。そこには天正伊賀の乱に導く謀略が張り巡らされていた。
前作と同様にゆったりとした冒頭。中々動かない展開。そして何故か敵側の目線から物語は始まる。それともう一つ、史実の注釈が少しうるさい。気分は忍者なのに、たびたび説明が入るので、ずっと世界観に浸ることができない。しかし、一度物語が動き出せばその加速度はすごくはやいのである。
その伊賀対織田軍の戦闘シーンについては、一番盛り上がる場面なのであえて触れないが、伊賀者の尋常ではない働きに、わくわくドキドキが楽しめた。ただ、伊賀者という普通ではない感覚のない持ち主たちが集まる集団だからこそ、終盤には突然ゾッとさせられる。人を騙し、出し抜くことを至上とし、誰を犠牲にしようとも、金のために働く者たち。何度も前フリがあった言葉だが、一瞬で理解できてしまうと共に、その思想の怖さがはっきりとしたカタチとして見せられる。
評価としては面白かった。しかし、史実を大事にするのはいいが、エンタメ性を上げるならば、説明調の注釈は避けて、もっとさり気なく時代背景や薀蓄を織り込んでもらいたい。この著者の特色としてのねらいかもしれないが、現時点では浮いているのが気になってしまう。しかし、大阪人は大阪人を無条件に応援する不思議な民族である。今後もこの大阪出身の新人作家を応援し続けるぞ、とすでに大阪人である自分は決めている。次回作も買うぞ!できればまた、サイン本を。

2008年07月11日 (金) | 編集 |
![]() | 館島 (ミステリ・フロンティア) (2005/05/30) 東川 篤哉 商品詳細を見る |
会社社長にして異能の建築家、十文字和臣。彼の最新作は、彼自身が老後に備えて造ったといわれる四階建ての別荘である。六角形の奇抜な外観と、内部に秘められた巨大な螺旋階段、その他にもさまざまな特徴を有する、このいかにも十文字らしい館は、完成から一年もしないうちに彼の遺作となった。螺旋階段の踊り場で、十文字和臣が変死体となって発見されたのだ。死因は転落死ではなく墜落死。階段から落ちたくらいでは、こんな死に方はしない。結局、警察の捜査員の懸命の努力にもかかわらず、捜査は早々と頓挫した。
十文字和臣の謎の死から半年が過ぎ、本州と四国を結ぶ瀬戸大橋計画のルートに組み込まれた瀬戸内海のとある孤島、この横島にある別荘に、十文字和臣のすべてを引き継いだ未亡人の康子夫人の意向によってふたたび事件関係者が招かれた。
遠縁にあたる岡山県警捜査一課の相馬隆行。康子夫人の姪である私立探偵の小早川沙樹。十文字の右腕だった副社長の鷲尾賢蔵。県会議員の野々村淑江。そのひとり娘の奈々江。主治医の吉岡俊夫医師。フリーライターの栗山智治。そして、複雑な関係にある三人の跡取り息子、長男の信一郎、次男の正夫、三男の三郎。
彼らが集った別荘では、新たに連続して殺人事件が勃発する。しかし、嵐による悪天候のために警察の到着は望めない。そんななか、未亡人に依頼された女探偵は若手刑事を引き連れて事件および異形の館の謎に立ち向かう。
東川篤哉といえばユーモアミステリという方が多いだろう。しかし、これをミステリとは認めたくない。いや、他の東川作品もミステリとは言いたくない。何故か。それはなっていないからだ。冗談のような犯人の動機にしろ、SFのようなありえないトリックにしろ、こじ付けのような推理にしろ、ぜんぜんミステリになっていないからだ。それを知っていてなぜ読むのか。ユーモアの部分が格別に面白いからだ。
思い出したら下心をむき出しにする若手刑事の相馬隆行と、ただの酒豪のようでしかない女探偵の沙樹との絶妙なボケツッコミや、そこに美少女の奈々江という天然ボケを加えたトリオによる漫才と、あれこれカタチを変えながらも繰り広げるどたばたコメディ。これがとんでもなく面白いのだ。キャラが立つという言葉がピッタリくるのだ。この笑いについては読んでみてのお楽しみにしておくが、ミステリの拙さを差し引いても、読む価値ありだと思う。
こういったコメディだけを期待して読んでいる作家だが、いつかはミステリとしても読ませる日が来るのだろうか。今のところ、そんな兆候はまったく見えない。このまま見えないままでもいいかとも思うが…。
2008年07月11日 (金) | 編集 |
![]() | 眠らない少女―高橋克彦自薦短編集 (角川文庫) (2006/08) 高橋 克彦 商品詳細を見る |
深夜2時を過ぎても眠ろうとしない5歳の娘に手を焼き、妻が口にした一言。この一語によって、夫は、かつて耳にした世にも恐ろしい物語「人喰いあまんじゃく」を思い出すのだが…(表題作「眠らない少女」)。ホラー、ミステリー、タイムトラベル、幻想、掌編小説…。「いつかは果たしたい夢」だったと語る著者自薦による初期短編集。いずれも名品佳品の、高橋文学の精髄を示す宝玉10編!全編自作解題付き。《出版社より》
この短編集は、読んだことがある作品ばかりだった。ということは、高橋作品のすべてを持っている身としては、二重買いになってしまったことになる。やってしまった。内容を確かめずに買うから、こういうことになってしまうのだ。でも、半分以上は忘れているだろうと思って読んでみた。
やはり、高橋克彦のホラーは怖かった。背筋がぞぞぞっとするのだ。それ以外のジャンルもすごく上手い。懐かしいシリーズの短編もある。そして、今回のように再読するたびに思うことがある。自分の頭が忘れっぽいトリ頭で良かったと。さて、自虐はこの辺までにして、さらっと内容紹介をしておこう。
潜在意識の奥底で眠っていた記憶が、妻の一言でよみがえる「眠れない少女」では、著者のねらいどおりに気持ち悪くなり、三十年ぶりに参加したクラス会は、お互いに記憶のない人物ばかりだったという「卒業写真」では、記憶の錯覚に切なさがあふれ、美術界のスーパーマンである搭馬双太郎が初登場して、冷静に贋作者の罠に立ち向かう「歌麿の首」では、また塔馬の新作が読みたいと欲求がわき、「蒼夜叉」の原型作品だという「ばく食え」では、現代に伊達政宗が登場かよとツッコミをし、ホラーの「子をとろ子とろ」と幻想的な「星の塔」は、東北の民話をモチーフに上手く話を膨らませ、不思議な温泉宿に迷い込む「ゆきどまり」と母の死を追って無限ループにはまる「ねじれた記憶」は、ちょっと面白いオチが待っている。そして、覗くと人を狂わせてしまう魔鏡の「鏡台」を読むと、ラストには「ドールズ」の目吉センセイが登場する「紙の蜻蛉」が待っている。
高橋克彦といえば、多作でジャンルも幅広いことで有名だが、その高橋克彦がぎゅっと詰められた一冊になっている。自分のように高橋作品を読み尽したファンならば、新刊が待ち遠しくなるだろうし、あまり高橋作品を読んだことがない方には、自分に合う作品傾向が見つかるかもしれない。ここにはなかったが、いわゆるノーマルなミステリや、歴史ミステリや、歴史大河や、伝奇小説など、多数のジャンルを描いているからだ。ご本人はホラーが一番好きだと語られているが、どれもこれもすごく面白い作品ばかりだ。まだ読んだことがないという方は、本書を高橋克彦の入門書にしてはどうだろう。
2008年07月10日 (木) | 編集 |
![]() | カウントダウンノベルズ (2008/05) 豊島 ミホ 商品詳細を見る |
J-POP TOP10チャートから生まれるドラマ。トップを走り続ける歌姫の恐れ、人気アイドルグループの輝きの秘密、解散直前バンドの悲哀、話題の新人のデビューの経緯――トシマミホが音楽シーンで生きる若者達の光と影を描いた小説集。《出版社より》
チャートにランクインしたアーティストたち。そのアーティストたちのそれぞれの内面を描いた作品だ。カウントダウンならば、順位が下から上がっていくのが当たり前だが、これはまったく逆で、一位から順番にひとつずつ下りていく。その手法によって、ランク下位にいるアーティストたちの上辺だけでない悩みや葛藤を掘り下げていく。
伊藤ありさ、二十五歳。女性アーティストでシングルチャート一位を最多獲得している歌姫。この歌姫の地位はいつか譲ることになるなんて、最初からわかっている。でも、ずっと欲しがられていたい。「あたしはいい子」
相葉ミリ、二十二歳。しっかり歌って踊ってみんなをアゲて、そして自分も楽しい思いして恋もして幸せになりたい。あたしには、帰るところがちゃんとある。だから、手にしたものを、ちゃんと持っていかなくちゃいけない。「ぜんぶあげる、なんでもあげる」
スモール・ロンドン。Vo.智、G.伊勢谷、B.ムチP、Dr.アタル。七年前の高校時代にバンドを結成し、デビューから二年目。このスピードは怖い。速すぎて、真正面すら見えていない気がする。戸惑いから、バンドは崩れてしまうんじゃないか。「話があるよ」
コンペイトウスパーク。DJ.マリモ、MC.かっぺと相良。自分の頭の中にある音楽という楽園を他の人にも見せてやりたい。忙しい日々の中で、自分の楽園がなおも育ち続けると思われたある日、楽園が聞こえなくなった。「楽園が聞こえる」
シュガフル。景、ミーミーたちによる六人組のアイドルグループ。とっても尊い一瞬を生きている。高校生くらいじゃわかんないソレが、アイドルをやったおかげではっきりと見える。普通の子に戻るなるなんて、一度も考えたことがなかった。「きらめくさだめ」
浅田真樹。自分が歌ってる。聴いてくれる人がいる。路上ライブでCD手売り一千枚という目標を達成してデビュー。私の歌がみんなに届いて売れているんだと思った。なのに、この声が、正味の形で届いてはいないなんて。「きたない涙」
英怐子。音楽家の両親の才能を継いで生まれ、音楽家の道を踏み外してやったつもりで、ポップスの道に進んだ。わたしは、あの子守唄を、たったひとりの我が子のための歌を、結局リリースしてしまった。でも、馬鹿なわたしはやめられない。「ピクニック」
ウィンド・オア・ソングス。篤史は周とデュオを組んでデビューを果たした。それから二十年以上やってきた。今年四十三になる篤史は、声が出なくなった。若いときの曲を思うように歌えない。だけど、ステージの上で再現し続けたい。「永遠でなくもないだろう」
アライブ・オン・ザ・エッジ。オーディションからデビューまで放送された企画ものバンド。後ろ盾がなくなって、気づいたら、売れないバンドになっていた。ベースの江島、ドラムの名取、ボーカル&ギターのトモに、事務所から解雇が告げられた。「ラストシングル」
沼倉雄介。学校で日常的に行われるイジメ。ラジオから流れる曲のどれもが、自分を救ってくれなかった。沼倉は歌い始めた。ただ絶望を歌いあげる、自分だけのための歌を。なんら救いも励ましもない歌詞を、適当なコードに乗せてギターを弾く。「絶望ソング大全集」
この歌姫はあの売れっ子で、セクシー系の関西弁の女の子はあの人で、アイドルグループは娘かな。などと、想像しながら読んだ。流行り廃りの激しいJ-POPはほとんど聴かない。聴いても心に残る歌や曲がないからだ。しかし、そんな彼らにも、長いか短いかは別にして、一瞬の輝かしいスポットがあたる。その輝きを努力で継続しようともがく者、何も考えずに自分の勢いを信じる者、余裕がなくなる者、自分の才能だけに頼る者、仲間に自分にないものを見つける者、大人の世界に翻弄される者、世間の期待に自分の好きの反対を行く者、衰えを認めたくない者、ブームが終わった惨めな者、これからの可能性に生きる者など、華やかな世界であるがゆえに、そこに生まれる影も濃いわけで、さまざまな人間模様がここにはある。
読み物としての試みは面白いとは思うが、アーティスト十組の人間ドラマに拡散した結果、少し小さくまとまっていたように思った。十人十色のいろんなパターンが読めるという点では面白いのだけれど、ガツンとくるものがなかったように感じた。よって、個人的には、本書はもうちょっとだったかな。
2008年07月09日 (水) | 編集 |
![]() | 動物園の鳥 (創元推理文庫) (2006/10/11) 坂木 司 商品詳細を見る |
外資系の保険会社に勤める坂木司はいつもの友人の部屋にいた。鳥井真一。ひきこもり気味のコンピュータ・プログラマーで、最近では探偵のようなことをちらほらやっている。というのも、坂木が外出嫌いの彼をなんとかして外へ引っ張り出そうとしているうちに、いくつかの事件に巻き込まれ、それを鳥井が持ち前の頭脳で解決した結果、他人の相談事が持ち込まれるようになったからだ。
春が近づくある日、鳥井の部屋へ二人のお年寄りが訪ねてきた。坂木のお得意さんであり、今となってはもう年上の友人と呼んでも差し支えはないだろう木村栄三郎さん。もう一人は、栄三郎さんの幼なじみの高田安次朗さん。その安次朗さんは動物園にボランティアとして通っているが、松谷明子さんという二十三歳のボランティアも通っていて、最近の彼女はどことなく元気がない。原因は動物園に住み着いた野良猫が虐待される事件があいついで起こり、その野良猫の姿を見て心を痛めているという。
さっそく動物園に向かった坂木たちだが、その帰りに坂木は一人の男に声をかけられた。名前は、谷越淳三郎。坂木と鳥井が中学校のときのクラスメートで、鳥井を苛めていた奴だった。そう、思い出したくない人物。坂木の人生で唯一、存在を消したいとまで考えた人物。それが谷越淳三郎という男だった。シリーズ三冊目にして完結編。
苦手な部類に入るこのシリーズも終わってしまった。そして、三冊目にして、やっとしっくりきた。鳥井が引きこもる原因になったイジメや、坂木が鳥井に依存するようになった理由が明らかにされている。この原因や理由がわからなかったので、二人のべったり具合が気持ち悪かったのだとここにきてわかった。それと合わせて、二人をそっと見守ってきた友人の滝本にも、心の傷があったことが明かされる。その滝本には妹がいて、今回はたまたま上京していたので坂木たちと行動を共にする。この美月ちゃんがかわいくて、さらにミニ鳥井みたいで笑えた。
その一方で、イジメのことや、肩書きで人物を判断することや、ぶりっこで壁を作っていることなど、読んでいて重くなる場面がある。一番名の知れたものを選ぶブランド信仰と、それによる他者への世間体の押し付け。そして、同調しないものを排除するというイジメへの流れには、おもわずほほうと唸ってしまった。そういうイジメのパターンは確かにある。人と人は違うことが当たり前なのに、同類じゃばければハブをする。こんなことをするやつは小せえ。それに乗っかるやつも小せえ。そんな男をぐうの音が出ないほど理論攻めする場面は、ツッカエが取れたように胸がすうっとした。
本書は単独のミステリとしては物足りない。だけど、これまでの謎だった事柄が解けたというシリーズを通してのミステリとしてはアリだった。それに完結編としても、この内容なら納得できたし、心憎いオマケも巻末にあった。でも、これで終わってしまったことは、少しは寂しいかも。それに、坂木作品をすべて読んだことになるので、次に読む本がないことも寂しい。新刊をプリーズ。
2008年07月08日 (火) | 編集 |
![]() | かわいいカノン (2008/05/17) 季東 将司 商品詳細を見る |
かわいいね、とはじめて言われたのは7歳のときだった。そう言った肉屋のトシちゃんは、その2日後にずっと付き合ってた彼女と結婚した。あたしはわりとトシちゃんのことが好きだったから、落胆し、憤慨した。男なんて信ずるまい、と赤いランドセルの留め金をかちゃかちゃいわせながら拗ねた。カノンだってかわいいよ。マリちゃんのその一言は、10歳のあたしの自信を一気に回復させた。
従姉妹のマリちゃんはあたしのあこがれの人だった。細くて、でも出るとこは出てて、かわいくて、大きな目が愛くるしかった。そのマリちゃんが素敵なことを教えてくれた。かわいいね、とか、キレイだね、とか言われたらその数をちゃんと覚えておくこと。いち、にい、さん、しい……ひゃく。100番目。100番目にかわいいと言ったその人が、きっと運命の人だから。あたしはその日から「かわいいカウント」を始めた。先行きが不安だったので、肉屋のトシちゃんを記念すべき1番目にしてやった。そして、月日は過ぎる。
カメラマンのヒタチダイゴはいけ好かない。いけ好かないが、初恋のオトコだった。菅野カノン、小学生のとき「カノンのキャメラ」。タイラエイキは背の低い王子様。学年一の人気者から告白された。菅野カノン、中学生のとき「マイ・ダーティー・ハリー」。1つ年下で不器用なバイト仲間のカジくん。複雑な家族への想いを持つカジくんだけど、気が付けば好きになっていた。菅野カノン、高校生のとき「シンデレラ城を、あなたに」。人数合わせで合コンに参加をすると、中学時代の同級生と再会した。キャラの変わった和泉ノブに心をぐらぐら揺られる。菅野カノン、21歳のとき「同級生」。ライバルは5歳児の女の子。そしてついに、100番目をカウント。菅野カノン、26歳のとき「カウントダウン」。
広末涼子絶賛!という帯の文字に期待値を下げてしまったが(失礼)、そんなことは杞憂にすぎなかった。かわいいカノン。捻りはまったくないが、タイトルそのままにカノンがかわいかった。カノンの話し口調や、乙女ちっくな物の考え方や、成長しながらも一本の筋が通った変わらないところや、素敵な出会いからくる当然の別れなど、もうすべてがかわいくて、トロさが愛らしくて、幸せになって欲しいと応援したくなる。
基本的に悪いやつは出てこないが、カノンが恋心を抱く人物を除けても、たくさんの魅力ある人物が登場していた。友達のようなお母さんや、中学の数学教師だったハリーや、肝心なことはすべて任せてくるバイト先の店長や、ダメ男っぽいが憎めないノブの兄など、時にはひと際大きな輝きを放つ人物たち。主人公のカノンよりも目だってしまうサブキャラたちがすごく良かったと思う。
それに、飛びぬけて美人だとか、人よりどこそこが優れているとか、母性のかたまりだとか、そういう女の魅力や色気があるわけではなくて、カノンはいたって普通なところ、むしろさえない系の平凡な女の子だったところが好印象に繋がった。バカはみんなに愛されるとか、好きになって後悔のない人などと、作中でカノンを評していたが、ほんとにその通り。この作品には、かわいいという言葉しか出てこない。とにかくとにかく、かわいいのであった。
2008年07月07日 (月) | 編集 |
![]() | ささらさや (幻冬舎文庫) (2004/04) 加納 朋子 商品詳細を見る |
生まれて間もない赤ん坊をかかえる新婚夫婦だが、突然の交通事故で夫はあっけなく亡くなってしまった。義姉夫婦には子供がおらず、義姉は赤ん坊を養子として引き取ると言い出し、養母からはいっそ身軽になってしまった方が、あなたのためになると言われ、養父からは孫の将来のことをじっくり考えろと言われた。このままじゃ、ユウスケを盗られてしまう。サヤは彼らが怖かった。逃げるしかない。でもどこへ? ここでようやく、思い出したことがあった。可愛がってくれた亡き伯母が、遺言で自分の家を遺してくれていたことを。サヤは赤ん坊のユウスケと佐々良の街へ、伯母の家へ引っ越してきた。
サヤの周辺では不思議な事件が次々と起こる。けれど、サヤの側にはいつも守ってくれる存在があった。ささら さや……。と風が吹く。馬鹿っサヤ。おまえがそんなに馬鹿だから、そんなに弱くて頼りなくて馬鹿だから、俺は成仏できないんだぞ。なにか問題がサヤの身に降りかかると、亡き夫が他人の身体を借りて助けに来てくれる。馬鹿っサヤ、という愛情のこもった言葉と共に。
理不尽でおかしなことだらけの世の中で、怒らずに、いつだって気弱な笑みを浮かべて、簡単に諦めたり許したり忘れてしまうサヤにも、佐々良の街に来て新しいお友達ができた。世間知らずで内気なサヤを叱咤激励してくれる読書家の久代さん、甘えさせてくれるお母さんのようなお夏さん、いつも目を光らせていてくれる詮索好きな珠ちゃん、という女学校時代に同級だった三人の老婆たち。そして、公園で知り合ったヤンママのエリカと息子のダイヤくん。
にぎやかな彼女たちお友達と日々を過ごす中で、サヤを助けてくれる人たちがもうたくさんいるということにやがて幽霊の夫は気づく。サヤ自身と、サヤの周りにいる人たちの力があれば、いくらかは遠回りになるかもしれないが、問題はきっと解決するに違いない。自分がいなくても、何とかやっていける。いくらでも幸せになれる。それは喜ぶべきだ。本当にありがたいことだ。自分はすでに、死んでしまったのだから。
個人的なことだが、この「ささらさや」がマイベスト加納作品だ。そして、今回が三度目の再読になった。いや、再々読か。大好きで頼りになる夫が、冒頭で死んでしまうという悲しい設定のはずが、むしろほんわか温かく描かれている。サヤの頼りないところやどんくさいところにやきもきし、三人の老婆たちのやり取りに笑って元気をもらい、エリカの毒舌におもわず吹き出してしまい、時折あらわれる郵便配達員のサヤを眩しそうに見る目線が微笑ましい。そして、やはり一番は泣けてくるところだ。悲しくて、切なくて、泣けるのではない。たくさんの愛を感じて、泣けてくるのだ。
いつも謝り、いつも騙され、いつも助けられている印象があるサヤだけれど、すべてを許せてしまうということは、一番の強さなのかもしれない。それに、かなり強情な面もあって、思い込んだらテコでも動かない。弱々しくてお人形さんのように見えても、女性の本質の強さを持っている。これに気づかないで、俺が守ってやる、と思ってしまう自分を含めた男ってお馬鹿さん。女性は強い。母は強しなのだ。
この本はまた、確実に再読するだろう。そして「てるてるあした」もまた。











