2008年08月11日 (月) | 編集 |
![]() | 警視庁特捜班ドットジェイピー (2008/06/20) 我孫子武丸 商品詳細を見る |
警察のイメージアップを図るため、日本のお偉方たちは、安易にも戦隊ヒーローブームにあやかり「警視庁戦隊」を作り、広報活動をさせることにした。部隊名は「警視庁特捜班ドットジェイピー」。ジェイピーはジャパニーズポリスの略。ドットが付くのは、なんか今風だから。集められたのは、性格に大きな難があるものの、格闘、射撃、コンピュータなどの達人にして美男美女の五人の警官。しかし、彼らを逆恨みする犯罪者が現れた! 戦え! ドットジェイピー! 世間の眼に負けるな! ドットジェイピー! 浅はかで投げやりな平成ニッポンを照射し笑いのめす怪作、誕生! 《本の帯より》
ぷぷっ。なんじゃこりゃ。はっきり言ってしまえばB級コメディである。しかし、このアホらしい笑いがツボに嵌まってしまった。我孫子センセイが好きなように遊んでいる。この遊びに上手いこと混ぜてもらったようだ。以前から、我孫子作品とは妙に波長が合う。デビュー作に登場した不幸なあの刑事からして爆笑だった。それが今回はリミッターを外してアクセルをベタ踏み状態だ。これを読んだら、今のバラエティ番組がいかにつまらないかを再認識させられる。
まずキャラがすごく良い。万年巡査部長だった高崎は、いきなり警部補に昇進されてドットジェイピーの班長に任命された。そんな彼の頭の中には七〇年代のあの伝説的刑事ドラマしかない。だから、自分のことを班長ではなくボスと呼ばせ、窓際でブラインドを人差し指で押し下げて、その隙間から下界を見下ろすポーズばかりを取っている。まるでボスになりきったような振る舞いが一貫していて、それゆえに威圧的な態度になる。
早崎綾は、ロリータアイドルのような容姿ながら格闘のエキスパートである。彼女の欠点は、エロを感じた瞬間に相手を半殺しの目に遭わせてしまうことで、それが犯人でも、今の東京都知事がモデルの知事でもかわりがないことだ。その知事を彼女はマスコミの前でノックアウトしてしまう。そのあとのメンバーによるフォローは、腹がよじれそうなほどに笑わせてくれる。それにコードネームであるバージンホワイトにまつわることでも。
五人のメンバーにはそれぞれコードネームがつけられる。格闘の達人の早崎綾はバージンホワイト。射撃の達人で、映画の銃撃戦に影響を受けまくっているのが三枝博信ことソルジャーブルー。見たものをそのまま記憶する能力を持った腐女子の沢渡香蓮はビューティーパープル。自然な女垂らしの窪寺類はキューティーイエロー。コンピューターに精通している一之瀬瑛次はデジタルブラック。そんな問題児集団である彼らが、ドタバタを繰り広げる。これが最初から最後まで抱腹絶倒で、読書のページを捲る手が止まらなかった。お約束の展開が好きな方は、ぜひどうぞ。
2008年08月09日 (土) | 編集 |
![]() | ラブコメ今昔 (2008/07/01) 有川 浩 商品詳細を見る |
突っ走り系広報自衛官の女子が鬼の上官に情報開示を迫るのは、「奥様とのナレソメ」。双方一歩もひかない攻防戦の行方は?(「ラブコメ今昔」)
出張中新幹線の中で釣り上げた、超かわいい年下の彼は自衛官。遠距離も恋する二人にはトキメキの促進剤。けれど……。(「軍事とオタクと彼」)
「広報官には女たらしが向いている」と言われつつも彼女のいない政屋一尉が、仕事先で出会ったいい感じの女子。だが現場はトラブル続きで……。(「広報官、走る!」)
旦那がかっこいいのはいいことだ。旦那がモテるのもまあまあ赦せる。しかし今度ばかりは洒落にならない事態が。(「青い衝撃」)
よりによって上官の愛娘と恋に落ちてしまった俺。彼女への思いは真剣なのに、最後の一歩が踏み出せない。(「秘め事」)
「ラブコメ今昔」では攻めに回った元気自衛官、千尋ちゃんも自分の恋はいっこうにままならず……。(「ダンディ・ライオン〜またはラブコメ今昔イマドキ編」)
内容紹介でどこまで書いてよいのやら判断できなかった。そこで角川のHPから引用させてもらうことにした。「クジラの彼」に続く自衛隊ラブコメシリーズ第二弾。ここからは個別の感想になるが、未読の方は注意して欲しい。大丈夫だと思って書いているけれど、ネタバレありかも。
「ラブコメ今昔」
突き放しても挫けないスマイル千尋ちゃんと、その追っかけに閉口する今村二佐。そして、天然の今村夫人が可愛かった。印象的だったのは、今村二佐が語る自衛官としての覚悟。その今村二佐をたじたじにする千尋ちゃんのパワーは圧巻だった。だけど、こういう形振りかまわない人は苦手かも。
「軍事とオタクと彼」
年下の自衛官の笑顔にやられてしまった大阪人の歌穂。出会ったときから彼に胸キュンで、歌穂からきっかけを作りだす。だけど、その彼は女性慣れしていないために少々じれったい。この行動力のギャップが楽しい。そしてかわいい。読んでいるこちらまでキュンときたし、歌穂の弟もいい味をだしていた。
「広報官、走る!」
ドラマ撮影に協力することになったが、撮影はスケジュール通りに実行されることは一度もない。隊内からも局側からも苦情の嵐で、その間に板挟みになったのが、広報の政屋一尉とADの汐里。二人の最大の敵は、横暴なディレクターの王様。この王様にムカついて、最後に溜飲を下げるという展開はオーソドックスかな。
「青い衝撃」
ブルーインパルスのパイロットと言えば、アクロバット飛行の花形。だから夫はモテモテ。そこに不吉な影が登場。公恵と目を合わせ、勝ったように微笑むあの女が現われた。それ以降、夫の飛行のたびに、浮気をにおわせるメモが女から送られてくるようになった。この女がとにかく気持ち悪い。だけど、ラストは爽快だった。
「秘め事」
手島二尉は上官の娘と付き合い、有季は父親に内緒で父親の部下と付き合っている。そんなこととは知らない父親は親バカ丸出し。その後の展開は一番ベタな作品かもしれない。そして、親父萌えの作品でもある。その一方で、自衛官の結婚式で語られるスピーチの重さは、簡単には言葉にならないぐらい心が引き締まる。
「ダンディ・ライオン〜またはラブコメ今昔イマドキ編」
一作目に登場した千尋ちゃんと吉敷の馴れ初め。先の作品では、突撃体当たりが得意な千尋ちゃんが目立っていたが、今回は吉敷の人物像を掘り下げている。僕は不器用ですから、というセリフが似合いそうな吉敷の一発逆転劇。この作品を書き下ろしたことで、もう一度「ラブコメ今昔」が生きてくる。これって「阪急電車」の逆折り返しバージョンなのか。
全体的に甘さは控えめかもしれない。そして、今回はシリーズ作の外伝はなかった。だけど、こういうわかりやすい恋愛ものは好きだ。甘酸っぱいだけでなく、そこに自衛官ならではのピリっとした緊張感を挿入し、それでもニヤニヤさせてくれるのだ。しかし、「別冊図書館戦争」を読んだあとでは、弱冠物足りないことがなくもない。ベタ甘に対する免疫力が知らないうちにアップしてしまったのか。こうなった要因は有川センセイに大いにあると思う。これは責任を取ってもらわなくては。もっと悶絶するような作品をお願いします。
2008年08月08日 (金) | 編集 |
![]() | プリズムの夏 (集英社文庫) (2005/07/20) 関口 尚 商品詳細を見る |
主人公のぼくはまあまあのレベルの高校に通っている。親友の今井とは、一年生のときに同じクラスになり、そして三年生になって違うクラスになった今でも、ほぼ毎日のようにつるんでいる。そんなある日、二人の少年は松下奈那に出会った。行きつけの映画館の切符売り場でアルバイトを始めた女性で、年齢不詳の年上美人だけど、無愛想で不可解な人だった。
謎めいた美しい大人の女性となんとか知り合いになりたい。あわよくば近づきたいと思う二人。しかし、彼女は二人の挨拶を正面から受け止めるけれど、どこまでも無愛想だった。二人はお互いに牽制しあいながらも、松下奈那の年齢や素性を知ろうとあの手この手を試みる。そして偶然、松下さんに彼氏がいることを知ってしまい、二人はなんとなく意気消沈してしまう。
二人の少年の楽しみは、一緒に観た映画やお互いに観た映画について語り合うこと。それに、今井は映画の感想を述べるサイトを運営していた。その今井が面白いサイトを見つけたと言って、ぼくに見せてくれた。アンアンのシネマ通信というサイトの中にある「やめていく日記」という題がついた日記だった。はじめはアンアンという女性の離れて行く恋人への切実さを今井は評価していたが、更新が進むにつれ、アンアンのうつ病日記に変貌していった。
どうせ弱いふりをして、かまってほしくて、いつも人のせいにするやつさ。今井は吐き捨てるように言った。今井の父親はリストラされたことでうつ病になり、その父親のノイローゼが家族を苦しめていた。それ以降、今井からこのサイトについて口が開かれることはなくなった。「やめていく日記」が更新されても、ぼくからも日記について話しかけることはなくなった。
学校が夏休みになり、あえて松下さんのいる映画館を避けて、別の映画館に行った二人だが、そこで過呼吸で苦しむ松下さんに出会い、ぼくは助けることになった。その夜、松下さんのことを思い出して眠れなかったぼくは、久々に「やめていく日記」を見てやろうと思った。するとそこにはアンアンが過呼吸になったと書いていた。この日記のアンアンという作者は松下さんなのか? 日記の女性が松下さんなら助けたい。第15回小説すばる新人賞受賞作。
また内容紹介をこれでもかというぐらい書いてしまった。最近の悪いクセが出たな。作品のことは書ききった感があるから、あと少しだけ書くことにするが、この少年たちぐらいの年頃って、年上の女性に憧れを持つのはふつうのことだ。同級生とは比べものにならない色気があって、会話をするだけで大人の仲間入りをしたような錯覚をするのだ。それが年を重ねていくと、いつの間にか、年下の若いお姉さんが輝いているように見えてくる。それが男にとっての女性の二十代である。女性の方からはお叱りを受けるかもしれない。だけど、男って何故、こんなに二十代女性に弱いんだろう、というオチを残して終わりにしたい。
2008年08月07日 (木) | 編集 |
![]() | ぼくは落ち着きがない (2008/06/20) 長嶋有 商品詳細を見る |
人って、生きにくいものだ。みんなみんな、本当の気持ちを言っているのかな?青春小説の金字塔、島田雅彦『僕は模造人間』(’86年)山田詠美『ぼくは勉強ができない』(’93年)偉大なる二作に(勝手に)つづく、’00年代の『ぼくは〜』シリーズとも言うべき最新作!「本が好き!」連載中に第一回大江健三郎賞を受賞したことで、ストーリーまでが(過激に)変化。だから(僕だけでなく)登場人物までがドキドキしている(つまり落ち着きがない)、かつてみたことのない(面白)不可思議学園小説の誕生!* ( )内は作者談《出版社より》
望美たちの通う桜ヶ丘高校の図書室のもろもろを取り仕切るのは「図書委員」と「図書部員」だ。図書委員はクラスから一名ずつ選抜される。昼休みや、ときには放課後も拘束される図書委員になるのを皆は嫌がる。仕方なしに選ばれた者は、なにかと口実をつけて図書室の業務をサボってしまう。望美の入学するより何年も前の代に、本好きの女子グループがあった。貸し出し作業をしてくれる者がいないと図書室は運営されない。自分たちの読みたい本も入荷しない。そこで、教師にかけあって、自発的に図書室の管理運営を執り行う「図書部」が発足した。
図書部員には、望美、頼子、健太郎、ナス先輩、部長、登美子、綾…その他多数の部員がいる。部員たちの多くは朝、登校しても教室にまっすぐいかない。まずは二階の図書室に寄り、部室に弁当を置いていく。弁当だけでなく、雑誌や漫画や、携帯電話を置いていくのだ。あるいはゲーム機やデジカメや、私服やネイルセットやドライヤーを。そんな好き勝ってがまかり通る部員たちの部室での日々を描いた、文科系部室小説。
自分が文系男子ではなかったので、文系のクラブってこんな感じなんだ、という興味の持ち方で読んだ。とにかく、まったりしている。部員たちの会話がユルいのである。トンちゃんがさぁ「カツクラ」に載ったんだよとか、けばだったここをむしるのはやめようとか、どうしたら女子アナと結婚できるんだろうとか、私コーヒー、俺ミロ、砂糖もね。牛乳いれてー。ガリガリ君買ってきてー。などと、だらだらしている。
しかし、そこにはいろんな個性があって、彼ら彼女たちは、どんなことで傷つくか分からない年代でもある。だから、理不尽な言いがかりによる無視といった心のすれ違いや、対人関係の未熟さからくるバランスの危うさがあって、第三者から見ればなんともなくても、内実は仲良しこよしの一枚岩というわけではない。おまけに融通の利かないカタブツの先生などが登場して、それが高校生活をリアルなものに感じさせたりするのだ。
きれいで爽やかなものだけが青春ではない。不器用で、無神経で、傷つきやすくて、あらゆることが不安定な年頃だからこそ、何気ないことで心が揺れたり、ぱっと楽しくなったり嬉しくなったりするのだ。思うことや興味や関心がたえずあっちこっちと動いている。そんな中での一瞬の心境が上手く捉えられていて、ここに長嶋流の青春があったと思った。ただ一つ残念だったのは、登場人物たちの学年関係がイマイチ把握できなかったことだ。この部分だけは不親切だと強く思った。「ンモー」。
2008年08月06日 (水) | 編集 |
![]() | 虚夢 (2008/05/23) 薬丸 岳 商品詳細を見る |
白い雪で覆われた公園にはたくさんの人たちが集まっていた。そのとき、どこからか奇声が聞こえてきた。少し先で小学生の子供たちが懸命に走り回るのが見える。子供たちを追いかけているのは黒いジャンパーを着た大人の男のようだ。男の右手に握られているものが光を放った。その正体に気づいたとき、公園のあちこちから悲鳴が上がった。男は子供を後から捕まえて羽交い絞めにすると、何度も子供の胸に刃物を突き刺した。
留美を見た。雪を丸めながらにこやかに笑っている。佐和子は必死に走った。助けて、あなた。後ろから衝撃があって、前のめりに倒れた。背中が妙に熱い。顔を上げると、男が見下ろしていた。血しぶきを顔に浴びた若い男に見覚えがあった。近くのコンビニで見かけるアルバイト店員だ。若い男が留美に目を向けた。やめて、お願い、助けて、神様。若い男が留美の首を刃物で突き刺した。
十二人もの人たちを殺傷する凶悪事件を起こした犯人には、精神科への通院歴があった。犯人の名前は藤崎裕之。留美を含めて三人を殺害し、九人に重軽症を負わせた藤崎が罪に問われることはなかった。この世には、人を殺しても、残虐な罪を犯しても、罰せられない者たちがいるのだ。刑法三十九条という法律によって。
逮捕されて検察に送致された藤崎は、起訴前鑑定で統合失調症と診断され、犯行時は心神喪失であったとして、不起訴となったのだ。心神喪失者の行為は、これを罰しない。心神衰弱者の行為は、その刑を軽減する。刑法三十九条という法律によって、あの通り魔事件は社会からなかったものにされたのだ。
三上孝一と佐和子は三年前に離婚してから、一度も連絡を取り合っていなかった。その佐和子から、あの男とすれ違ったといって三上に電話がかかってきた。佐和子が「あの男」というのはひとりしか思い浮かばない。藤崎とすれ違った――。そんな馬鹿なことがあるわけがない。藤崎がこの街にいるわけがない。あれほどの事件を起こしてから四年しか経っていないのだ。
佐和子は事件の後に統合失調症と診断されていた。留美を殺した藤崎と同じ病名だ。佐和子の幻覚かもしれない藤崎を探すことなど馬鹿馬鹿しいことかもしれないが、せめて自分だけでも佐和子の言葉に耳を傾けて、信じてやろうと三上は決めた。今回こそ佐和子を守ると誓った元夫の三上、徐々に壊れていく妻から逃げようとする今の夫の坂元、藤崎と接触してしまったキャバ嬢のゆき。彼ら三人の視点で、物語は展開してゆく。
長々と内容紹介をしたが、これは作品のさわりでしかない。ここから登場人物たちが動きだすのである。どう動くのか、どういうことが起こるのか、どういった結末を迎えるのか。それは作品を読んだ方だけが知ることのできる特権である。この著者の書くテーマは重いかもしれない。だけど、重さを感じさせずに、するするっと作品世界に引き込まれてしまう吸引力がある。
ただ、問題提起に対しての著者なりの答えがあれば、それに賛同するかは別にして、さらに良かったと思う。この著者は毎回問題提起を投げっぱなしだから、そこがもったいない点である。それに、どんでん返しやラストの展開は、活字中毒なら結果が見えてしまうかもしれない。しかし、これはフェアだからだ。やりすぎていないからだ。その点は認めてあげたいし、十分満足できる内容の作品だった。

2008年08月05日 (火) | 編集 |

平台がおまちかね (創元クライム・クラブ)
井辻智紀が明林書房に入ったのは昨年、大学を卒業してすぐの春からだ。その前に二年ほど同じく明林書房で編集のアルバイトを続けていた。四年生の秋に正社員の話を持ちかけられ、そのまま入社が決まった。それともうひとつ。明林書房からは、配属先が営業であるとあらかじめ告げられていた。これも入社を決めた大きな理由だった。本は好きで、昔から本に携わる仕事をするのは夢だったけれど、どうしても編集部だけは避けたかった。普通の活字中毒とは違い、魂本と出会うと物語世界にどっぷりのめりこんでしまうからで、本の名場面をジオラマとして再現するのが趣味だった。
営業が向いているとも思えない。どちらかといえば地味で不器用で、人前で何かをしゃべるのは大の苦手だ。尻込みなどという言葉はこのさい棚の上に放り投げ、両足に力を入れ、なんとか踏みとどまらなくては。そう思いながら、担当エリアの書店をまわる日々を送っている。そこでよく顔を合わせるのが、佐伯書店の営業マンだ。自分より四つ、五つ年上の真柴は、営業マンとしてたてるべき先輩であるのだが、どうも素直に尊敬しにくい。何かといい加減な男で、頭の中身は八割方女性のことで占められている。しかも「ひつじくん」などとふざけた呼び方をしてくる。そんな「ひつじくん」こと井辻智紀が次々と謎を解いていく。
「平台がおまちかね」
最新の売り上げデーターを目で追っていると、意外な数字に目が留まった。一冊の本だけ、やけに売れている店がある。その本はこの半年に四十八冊も売れていた。ベストセラーなら珍しくないが、でもこの本は五年前に出た本だった。早速その書店を訪ねてみたら、店長はにべもなくこう言った。君には関係ない。悪いが、帰ってくれないか。
「マドンナの憂鬱な棚」
書店員の彼女は仕事熱心で、接客はもとより品揃えにも、常にこまやかな気配りをしている。多忙の合間を縫い、棚作りにも精を出している。彼女を影ながら応援したいと思っている営業マンから、自分がマドンナと呼ばれていることなど、つゆほど気づいていないだろう。智紀も「マドンナの笑顔を守る会」に入会させられた。その彼女から笑顔が消えた。
「贈呈式で会いましょう」
今日は自社が主催する賞の贈呈式、並びに記念パーティーが開催される。贈呈式は作家本人にとって、おそらく人生の中でも大きな晴れ舞台であり、新人賞は門出を祝う席だ。塩原はまさに今日の主役で、彼を祝って会が催される。その主役が受賞作の贈呈式を前にして、長いこと出版界から遠ざかっている老作家に会いたいと突然取り乱した。
「絵本の神さま」
初めて訪れた書店のシャッターが閉じられていた。小さい書店ながら、絵本に力を入れた地元住民に愛される書店だった。ぼんやりと突っ立っていたら、となりの蕎麦屋のご主人が声をかけてくれた。商店街の客足も減り、経営が苦しかったんだろうと。そして、昨夜もシャッターの前で、雑誌を持ってぼんやり突っ立っていた男がいたと。
「ときめきポップスター」
書店主催でポップ販促コンテストが開催された。参加者は出版社の営業たち。みんなが忘れているような本を紹介し、優れたポップで販促効果を上げ、書店の売り上げに貢献する。そのイベントが始まると何故か、佐伯書店の真柴が選んだ本だけが、平台の上で一列ごっそり移動したり、他の本の間に一冊だけ挟まれたりという出来事が起こった。
成風堂シリーズは書店員の目線、新シリーズでは出版社営業マンの目線で、書店や書店員、あるいは本にまつわることを描いている。成風堂シリーズでは、ネタ切れの心配をしてしまうほど行き詰っていたが、本シリーズになって一皮むけていた。やはり想像だけど、一つの舞台で続けるのはしんどかったのに違いない。本作では、毎回違う書店で、たくさんの書店員が登場してくる。そして、出版社の目線ならではの見えてくる事柄が新しい。どう新しいかは、読む人の楽しみであるから、あえて書かないでおく。
それに、キャラの方もこちらの方が立っている。ライバル出版社の真柴であり、他の大手出版社の営業マンたちであったり、ひつじくんの前任だった先輩の吉野など、個性的な濃い面々が、作品に彩りを与えていた。こういった点では、作者の力量が上がってきたと言えるだろう。ただ、ミステリとしては弱いのはあいかわらずだ。しかし、自分を含めた読者というかファンは、この著者にミステリを求めていないかもしれない。(おい)
今後がもっともっと楽しみになった、新シリーズの開幕である。
2008年08月04日 (月) | 編集 |
![]() | ららら科學の子 (文春文庫) (2006/10) 矢作 俊彦 商品詳細を見る |
男は殺人未遂に問われ、中国に密航した。文化大革命、下放をへて帰還した「彼」は30年ぶりの日本に何を見たのか。携帯電話に戸惑い、不思議な女子高生に付きまとわれ、変貌した街並をひたすら彷徨する。1968年の『今』から未来世紀の東京へ―。30年の時を超え50歳の少年は二本の足で飛翔する。覚醒の時が訪れるのを信じて。《背表紙より》
日本を出る少し前、彼は殺人未遂容疑で指名手配を受けていた。殺し損ねたのは、数人の警察官だった。入学した大学は学生運動の真っ只中にあったのだ。彼は中国の漠とした山野に三十年、賓客として閉じ込められていたが、妻が家を出たことがきっかけで、日本への帰還を決意した。蛇頭に手引きされた密航船で伊豆の海岸にたどり着き、そのまま脱走して、現代の東京にやってきた。
頼る男は一人しかいなかった。中国行きをただ一人打ち明けていた親友の志垣だった。どうやら金融ヤクザをやっているらしく、本人はハワイで大事な仕事があるそうで会うことはできない。そのかわり、自分の傘下にあるホテルを世話してくれるし、お金まで用意してくれる。それに傑(ジェイ)というSP兼お目付け役の若者が、志垣の命で身の回りの面倒をみてくれる。しかし、なぜ志垣がここまでするのか。それは後ほど明かされる。
彼が三十年ぶりに目にした日本は、埴谷雄高は死んでいて、その小説が未完に終わったことも知った。金髪でピアスをした男が地面にしゃがみ、髪を染めた制服姿の少女が尻を地べたにつけて座り、「オヤジ、見るんじゃねえよ」とドスを効かせてくる。長嶋は監督になり、王はパリーグの監督になっていた。入った牛丼屋では、セーラー服姿の少女が牛丼の具をつまみにビールを飲んでいた。彼はなぜかその少女に気に入られて付きまとわれることになる。
まるで浦島太郎のようだった。彼は上陸して以来、日本の急激な変化に合わせるように年をとっていく。その一方で、大昔の想い出に執着している。幼き日の妹の姿が夢に現われ続けるのだ。彼の実家のあった場所は、地上げを食らってなくなり、両親はすでに死んでいた。妹の行方もわからない。そんなある日、大人になった妹の姿がテレビの画面に映った。
三十年間も中国の僻地で農業をしてきた彼が、現代の東京を見て触れて何を思うのか。これまで希薄だった家族というものに、どういった決断を下すのか。個人の思い描く祖国とは、という内容。主人公の生きている年代とは開きがあるが、考えさせられる部分はあった。だけど、興味のない中国時代の回想はかなり退屈だった。なんかイマイチ乗れない作品というか、苦手な作家というか…。察してください。
2008年08月03日 (日) | 編集 |
![]() | 埋もれる「日本ラブストーリー大賞」シリーズ (2008/03/07) 奈良美那 商品詳細を見る |
主人公は嶋崎由希、二十六歳。日本語と韓国語を操る通訳や翻訳家の仕事がしたくて、ソウルでアルバイトをしながら語学留学を始めて半年がたった。恋人のパクさんは大企業に勤めていて、経済的にも精神的にも安らぎを与えてくれる。そのパクさんとは、日本にいた頃からメル友で、つきあい出して一年目にして、ようやくスタートラインにたった。体を開かなければ心も開くことができなかった。しかし、本質的な根っこの部分は話せないでいた。どうせ分かってもらえないという諦めがあったのだ。
そんなある日、韓国ではよくあるタクシーの相乗りをしてきた見知らぬ男から声をかけられた。それが、キム・テソクとの出会いだった。作家志願のテソクは、友人の仕事を手伝いだしたところで、その彼から、翻訳の仕事を紹介された。面白い人、日本人なのに韓国人みたい、まともじゃない。どうしてキム・テソクと話すと、自分でも気づいていなかったような、深いところに隠された意識と対面させられるのだろう。そこには限界という壁を突き崩せない、情けない自分がいつもいた。
由希はテソクの中にも自分と同じ暗さがあることを見つけてしまう。包まれたい。胸がざわめく。自分の正直な思いを込めて彼の目を見つめ返した。すると、いきなり抱き寄せられてしまった。気がつくと、激しく唇を吸い合っていた。たった一晩で、テソクとは恋人になってしまった。どうなっているんだろう。こんな十一歳年上のオジサンを好きになるなんて。どうなっているんだろう。パクさんとこれから、というときに。由希は初めて恋を知った。第3回日本ラブストーリー大賞・大賞受賞作。
まず文章があまりよろしくない。おかしな文脈が多々あって、それがゆえに、世界観に浸ることが出来なかった。それに、主人公が乙女のように相手のことしか見えなくなってしまう、という心理描写が安易で新鮮味に欠けているし、帯によると、濃厚なベッドシーンが売りらしいが、別にどうってことがなかった。まあサカンではあるが、そういうのを読みたければそっちの作品があるわけだし。
日本人女性と韓国人男性の恋。そこにありそうな、民族の違いによる葛藤が描かれているわけでもなく、価値観の違いがあるわけでもなく、何故こういう設定にしたのかという意図が見えてこない。別に日本人どうしでもいいじゃんとというわけだ。はっきりいってすべてが中途半端のように思えた。
あまり文句をブーブー言っても面白くない。この感想を読んだ方も面白くないと思う。なので、ここら辺で終わりにしたい。まあ、自分とは合わなかったというだけの話だから、帯の文句に乗せられて読んでみるのも一興かも。
2008年08月02日 (土) | 編集 |
![]() | 檸檬のころ (幻冬舎文庫 と 8-2) (2007/02) 豊島 ミホ 商品詳細を見る |
保健室登校の女友達とのぎこちない友情。同級生と馴染めない、音楽タイター志望の偏屈な女子に突然訪れた恋。大好きな彼とさよならすることになっても、どうしても行きたかった、東京――。山と田んぼに囲まれた田舎の航行を舞台に、「あの頃」のかっこ悪くて、情けなくて、でもかけがえのない瞬間を切ないまでに瑞々しく綴る、傑作青春小説。《背表紙より》
これの前に読んだ「底辺女子高生」のあとがきに、自身の地味な高校生活から、あくまできらきらしたところを掬うというコンセプトで書いたのが本書だとあった。だから、きらきらを期待して読んだ。ええーーっ、どこがきらきらしているの? せいぜい一瞬のきらっしかない。そうか、そうだった。豊島さんの高校時代は底辺だった。地味女子のきらきらと自分が思うきらきらの基準が違うのだ。
でも、これは好きな作品だ。底辺には共感できないが、違う種類のダメな子だったので、なんとなく分かる。ちなみに自分のダメは、遊び呆けたアホというダメである。ここで主人公となるのは、クラスの輪に溶け込むことができない少年少女たち、あるいは、それを見守る大人たちである。いわゆる地味な人たちにスポットを当てている。
彼らの判断基準は自分がすべてである。馴染めそうにないから逃げる。自分は特別だと思っている。だから大人はわかってくれないと思っている。そういう日常の中で、恋と友情に揺れている。そういう若さによる青さが、痛くて痛くて、むずがゆくなるのである。かつての自分に当てはまる部分が、そうさせるのだ。ピンポイントで痛いところをちくちくと突いてくるのだ。
以下は、主人公たちの感情の揺れを中心にとらえた内容紹介。
「タンポポのわたげみたいだね」
サトはあまり教室にやってこない。週に十時間、授業に出ていればいいほうだ。私は保健室の常連客になったサトを訪ねる。私が誘ったところで、サトが授業に出るわけではない。サトは悲しそうに首を横に振る。けれど、「もう来ないで」とは言われない。だから私は繰り返す。返事がわかっていても、サトに声をかける。いつからこうなってしまったんだろう? 私は楽になりたかった。
「金子商店の夏」
いつもクラスの真ん中にいるあいつが俺と話して「面白かった」と言ってくれた。すっかり恋する乙女状態になった。教室の隅で、さえない仲間たちと話しながらも、真ん中からどっと笑い声が起こって、その真ん中にあの男がいるのを見ると、どこか誇らしい気持ちになったのだ。女子と話したことがないような男集団のなかにいて、自分はこいつらと違う。俺は真ん中に行けるんだ、と思っていた。
「ルパンとレモン」
秋元はもう、遠かった。だけど、秋元を見ると、息が止まるように感じられる。秋元にとって俺は今「富蔵の友達」でしかないんだ。なのに、秋元は富蔵と話している時に俺と目が合うと、申し訳なさそうな顔をするのだ。あの顔を見る度、秋元は一応、俺と一緒にいたことを憶えているのだとわかる。秋元が富蔵を悪く思っていないことは確かだった。それをわざわざ俺が、見届けていなければいけないなんて、何て残酷なんだろう。
「ジュリエット・スター」
母さんから珠紀のことを頼まれたのは、おとといの夜だった。下宿内恋愛は禁止である。一つ屋根の下に、うら若き男女が暮らしているのである。親御さんから預かっている子たちなので、絶対に「間違い」があってはならないのだ。だから建物を男子棟と女子棟に分け、間に食堂をはさみ、そこに私かかあさんがいることで通り抜けできないようにしている。今のところ規則を破った子はいない。そんななかで、珠紀は例外だった。
「ラブソング」
私たちはたくさんのバンド名と曲名をあげ、いいよいいよ、めちゃくちゃいいよ、と繰り返し言った。辻本くんは、普通同じ学年の人たちが知らないようなバンドをたくさん知っていた。今流れている音楽を漫然と受信しているような同級生とはまるで違った。私たちは何度も同じ言葉を使った。「好き」とか「最高」とかそういう言葉を。私は、思考のすきまを音楽のためでなく、辻本君のために割くようになった。
「担任稼業」
どうしてこういう時にいいことを言えないのか。ドラマの中の教師だったら、優しく諭すように、効果的なセリフを口にできるはずなのに。投げ出したい。けど投げ出したらいけない。生徒はちょっとくらいサボったって、どうということはないが、教師がそれをやったら即刻クビである。教師なんて、本当にむくわれない。これだけやった結果が「ハゲ」「ムカツク」だなんて、うんざりだ。
「雪の降る街、春に散る花」
佐々木くんと東京なら、私は東京を選ぶ。だってこの田舎には何もないのだ。働く場所も、遊ぶ場所も。のんびりと暮らすにはいいけど、私には足りない。それは漠然とした予感を超え、もはや確信だった。何になるとかどこで働くとかまるで見えないのに、東京に出なくちゃいけない、と思った。そこに行けばきっと何かあると感じたのかもしれない。だけど、佐々木くんにそれを見抜かれていることは、かなしかった。
2008年08月01日 (金) | 編集 |
![]() | 歳三の首 (2008/03) 藤井 邦夫 商品詳細を見る |
旧幕府脱走軍陸軍奉行並だった土方歳三は、函館奪還と守備隊救援のために部下を率いて出撃した。そして、五稜郭と函館の間にある一本木関門で新政府軍と激戦になった。そこに一発の銃弾が鳴り響き、歳三は腹を撃ち抜かれて落馬し、新撰組副長土方歳三は三十五歳の生涯を閉じた。その後、歳三の死体は、部下によって葬られたとされている。だが、その場所が何処かは正確に知る者はいない。
土方歳三と袂を分かっていなければ、永倉新八も五稜郭で死んでいたかもしれない。新八は神道無念流の岡田十松を師と仰ぎ、十八歳で本目録を与えられた。そして、剣術修行に明け暮れ、近藤勇を道場主とする天然理心流・試衛館に出入りをし始めた。その試衛館には、後に新撰組の幹部になる者たちがいた。新八は彼らと親しく交わり、京に赴いて新撰組結成に参加し、命を懸けて戦った。だが、そうした仲間たちも既にいない。
新八は新政府軍に帰属した松前藩に帰参していた。江戸家老下国七郎が、新八を快く迎えてくれたのだ。松前藩医杉村松柏の養子。それが、下国家老が、新八のために考えた策だった。蝦夷・松前。父祖の地であり、土方歳三が最後の望みを懸けて戦い、滅び去った処だ。新八は蝦夷の地を踏んだ。そして、杉村家の養子となった新八は、名を杉村治備と改めた。ここに新撰組助勤二番隊組長永倉新八の名は消えた。
そこに、新政府の弾正台として古高弥十郎が函館にやって来た。弥十郎の従兄・古高俊太郎は、土方歳三の残虐な拷問に敗れ、池田屋での同志の会合を教えた。新撰組は池田屋を襲撃し、多くの同志を倒した。その歳三への憎みから、歳三の死体を探し出してその首を獄門台にさらそうとしている男だった。新八は決意した。歳三の首は渡さぬと。
土方歳三の埋葬場所を巡る歴史ミステリという体裁をとった作品である。それゆえだからこそ言わせてもらう。歴史ミステリとしてはイケてない作品だ。歴史の謎にしろ、怪しい前振りにしろ、ミステリはへたくそだった。文章もあまり上手くはないが読みやすい。文章が巧みだから読みやすいのではない。難しい書き方をせずに気取っていないから、平易な言い方をすると読みやすいになる。
しかし、時代物としては面白かった。こういう作品は嫌いではない。むしろ好きなジャンルになるのだが、作品世界に引き込まれる何かが足りなかった。人物にしろ、撒き餌にしろ、とにかくすべてがぼやけているのである。もう少し筆力があれば、もっと面白くなりそうな気がした。この人は脚本家らしいが、小説家まではまだ届いていない。かなり辛く評するが、期待があるからこそである。書き手の少ないジャンルなので、今後もこういった作品を書き続けて、もっと飛躍してもらいたい。まだまだ荒さは目立つが、応援する価値のある作家だと思った。











